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森橋は偶然目撃したという体で、最も綺麗に撮れた一枚をスマホで秋本に送った。やれることはやった。さぁ、果たしてうまくいくだろうか。
不安に思いながらも紀夫たちは秋本の反応を待つ。写真を送ってから数分で秋本は現れた。
「長谷ィィィィ!」
秋本は奇声を上げながら、紀夫の顔面に拳を叩き込んだ。変装したままだった紀夫はぶっ飛ばされてその場に倒れ、帽子とカツラがはずれて転がる。
「どこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだよ! このクソヤロー!」
殴った勢いそのままに秋本は紀夫の上に馬乗りになって、容赦なく紀夫の顔面に拳を叩きつける。
「俺が本気で医者を目指しちゃ悪いのかよ! そんなに俺には見込みがないって言うのかよ! なんで、俺を信じてくれないんだよ、畜生!」
紀夫を殴り続けながら秋本は涙を流す。
「俺は本当に、医者になりたいだけなんだよ……! 俺を救ってくれた、奈緒のお父さんみたいな医者に……! どうして誰もわかってくれないんだよ……!」
秋本は松川さんと付き合い続けるために医学部を受験すると言い出したわけではなく、自分が医者になりたいから猛勉強に励んでいたのだ。ところが松川さんは受かるわけがないからやめろという。秋本は意固地になってもっと頑張ることで医者になれることを証明しようとする。松川さんはさらに嫌がる。丸っきり悪循環に陥っていたのだ。
なるほど、秋本の言いたいことはわかった。わかったから、そろそろ紀夫を殴るのをやめてほしい。紀夫のヒットポイントはもうゼロである。ブサイクな顔がさらにブサイクに腫れ上がっている。死体蹴りはいかんでしょ。ていうか、誰か秋本を止めろよ。
紀夫はチラリと槇島の方を見てみる。槇島は殴られ続ける紀夫を見て無駄に興奮していた。
「秋本くんの熱い思いを長谷が受け止めてるのね! リョナっていうのも悪くないわね!」
受け止めてるんじゃなくて、一方的に殴られてるだけなんだけどなぁ。あまりに壮絶な絵面でフリーズしていた他の面々は、紀夫が完全にもの言わぬ死体と化してからようやく秋本を止めに入る。
「ミッツ! もうやめて!」
「秋本、その辺にしとけ」
松川さんは秋本にしがみつき、森橋は秋本を後ろから取り押さえる。秋本はしばらくもがいていたが森橋の力には敵わず、やがて荒い息をつきながらも大人しくなった。
「ごめん……。私、ミッツの気持ちが全然わかってなかった……。ミッツがそこまで本気だったなんて……」
ようやく秋本の本心を知った松川さんはむせび泣く。秋本は少し落ち着きを取り戻し、松川さんの頭を撫でる。
「わかってくれればいいんだ、わかってくれれば……」
秋本は倒れたままの紀夫の上からどく。一件落着……なのか? しかし森橋は険しい表情を変えず、秋本に言った。
「松川はおまえのこと、わかったみたいだな。けど、おまえもわかっていないことがあるんじゃないのか?」
「え……?」
森橋の言葉に、秋本は呆けたような顔を見せる。森橋は少し表情を緩め、諭すように言葉を重ねた。
「夢ってのは、一人で叶えるものじゃないだろ? ……俺も長谷に殴られるまで、本当の意味じゃわかってなかった。おまえが一人で夢を語っても、独り善がりになるだけだ。松川を置いて行くのはやめろ」
迷いながらも甲子園を目指すため、野球留学を決めた森橋の言葉には重みがあった。秋本は素直に受け入れ、神妙な顔でうなずく。
「……そうだな。俺は、間違ってた。ごめん、奈緒」
秋本は松川さんに頭を下げる。松川さんは小さな体で目一杯秋本に抱きつく。
「……いいの。私がミッツのことわかってあげられなかったのが悪いんだから。でも、無茶をするのはやめて。ミッツはミッツのままでがんばって」
「そうするよ。奈緒を心配させて夢を叶えたとしても、意味なんかないからな……」
「センター8割くらいで受かる推薦なんかもあるって、お父さん言ってた。今まで通りに努力すれば大丈夫だよ」
「ああ。あくまで俺らしく、やってやるさ!」
「久しぶりにデートしましょう! 一週間分、埋め合わせてもらうんだからね!」
「任せろ! 今から一週間分楽しませて見せるさ!」
秋本と松川さんは仲良く手を繋いで公園から去っていった。急転直下のスピード解決である。……今回俺、何の役にも立ってなくね?
「大丈夫か?」
秋本と松川さんの姿が見えなくなってから、森橋は思い出したように声を掛け、紀夫に手を差し出した。紀夫は森橋の手を掴んでよろよろと立ち上がる。
「てめぇ……。あいつらのこと、知ってたな?」
紀夫は半ば恨み節のように尋ねる。森橋はニコリともせずにうなずいた。
「どうして揉めてるかは、だいたい聞いてたな」
秋本が進路で悩んでいたことは、クラスのほとんどが知っていたことだった。が、卒業前後でみんながゴタついていたため、誰も世話を焼く者がいなかったのである。ましてや松川さんとのツーショット写真で秋本を挑発しようと考える者など、紀夫くらいのものだった。
「ほっとけば時間が解決すると思ってたが、長谷が一芝居打つってことだからな。これで借りは返したぞ」
貸し借りなどというなら、紀夫が秋本にマウントをとられているときに助けてほしかった。紀夫が森橋と輝沢さんとの仲を取り持ったことでプラス1、秋本と松川さんを森橋が復縁させたことでプラス1、紀夫が殴られていたときに森橋が助けてくれなかったことでマイナス1。ボコられた分、紀夫的にはマイナスである。
その旨を伝えると、森橋はフンと鼻を鳴らした。
「い~や、俺としては収支がピッタリ合ってる。昨日の夜、電話で輝沢がずっとおまえの話をしてたんだぞ? その分を足せばこれで貸し借りなしだ」
「何だよ、それは……」
輝沢さんが長谷の話ばかりをしたので森橋は長谷にジェラシーを感じていたらしい。器の小さい男だ。本当にNTRするぞこの野郎。
「ま、おまえもほどほどにしとけよ。どういう風の吹き回しか知らないが、何でも首を突っ込めばいいってもんじゃない」
そこで改めて真面目な顔をして、森橋は問い掛ける。
「長谷、おまえには夢があるか?」
「ねぇよ、んなもん……!」
「ならおまえにはわからない……とまでは言わないが、誰だって夢を笑われるのは腹が立つ。それくらいはわかってくれ」
「何が言いたいんだよ」
「おまえを殴った秋本を許してやれってことだよ」
「ハァ!? 俺は最初から怒ってなんかいねーよ!」
まさかそんなことを言いたかったのか? 全く心外である。そこまで紀夫は器の小さい男ではない。
紀夫の返答を聞いて森橋は愉快そうに笑う。
「ハハハハハッ! おまえはそういうやつだったな。じゃあ、秋本とも貸し借りなしってことにしておけよ。これで心残りなく関東に行ける」
森橋はスッキリとした表情を浮かべ、軽やかな足取りで帰っていった。
「何なんだ、あいつ……」
「これも男同士の友情ね! 腹を割って話せる関係ってやっぱり素敵! 女子じゃこうはいかないわ!」
取り残された紀夫が憮然と立ち尽くす隣で、無意味に槇島がはしゃいでいた。とりあえず解決したので、まぁいいのか……?




