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 公園に残された紀夫と槇島は作戦会議に入る。まず紀夫はピーちゃんに確認をとった。


「どうだ、ピーちゃん? 秋本の中に悪魔はいたか?」


 秋本は精神的にかなりおかしくなっていた。勉強時間が足りないので春休みをループさせているということが充分に考えられる。松川さんの方がループを起こす可能性もあるが、どちらかといえば秋本の方が怪しい。


「闇が深すぎてわかりません……。可能性はあると思います」


 ピーちゃんはお手上げといった風に肩をすくめる。もう時間がないというのに、はっきりしない返事である。相変わらず役に立たないニワトリだ。なんでもかんでも闇が深いって言えばいいわけじゃねーんだぞ。


 まぁいい。これまで通り、紀夫が問題を解決してやればいいだけだ。悪魔に憑かれているのが秋本でも松川さんでも関係ない。相手が松川さんなのであまりテンションは上がらないが、新アニメのためだ。見事にNTRして見せようではないか!


「どうすれば松川さんをNTRできるんだろうな……?」


「は? バカじゃないの?」


 紀夫が真剣な表情を浮かべて首を傾げていると、すかさず槇島が水を差してくる。せっかちなクソ女だ。せっかく人が雰囲気に浸っているのに台無しである。


 仕方なく紀夫は論点の整理を始める。


「一番の問題はアレだな。秋本が問題を問題と思ってないところだ」


「そうね。秋本君、自分ががんばったら松川さんが喜ぶと思い込んでるわ」


 ハァ……と二人は揃ってため息をついた。秋本に認識を改めてもらうしかないが、道は険しそうである。


「ストレートに行くしかないな。俺が新・彼氏になって松川さんとデートする! これしかない!」


 迂遠な策を練っても多分秋本には伝わらない。この上なくわかりやすい方法でやるしかないだろう。


 紀夫はベンチからガタリと立ち上がって拳を握る。しかし槇島はいたって平坦な声で、紀夫の作戦に赤ペンを入れていく。


「あんたなんかが彼氏役やっても相手にされないと思うわよ。長谷がまたバカなことやってる、で終わっちゃうでしょ。あんたが秋本君相手に罵詈雑言を浴びせた方がまだマシね。それはそれで萌えるし」


「俺は世界最強の魔法使いなのに!」


「ただの童貞でしょ……」


 槇島は大仰に手振りまで交えてため息をつく。まぁ、槇島の言わんとしていることはわかる。医者とはほど遠い紀夫では秋本の強力なライバルになり得ない。まだ高宮の方がマシかもしれないくらいだ。


「つまり俺が秋本が逆立ちしても敵わないくらいの、いい男を演じればいいってことだな!」


 イケメン、高身長、高学歴。魔法があれば何でもできる!


「不本意ながらそれしかなさそうね。でも、どうやって?」


 心底不本意そうな顔をして槇島は尋ねる。紀夫はドヤ顔で答えた。


「魔法の力で変身すればいいんだよ! できるよな、ピーちゃん?」


 紀夫の問い掛けにピーちゃんは困った顔をしてうなずく。


「はぁ……。紀夫さんが死んでもいいならできますが……」


「たかがイケメンになるくらいで、どうしてそんなに俺に負担が掛かるんだよ!」


 紀夫がイケメンになるためには、魔法だけで世界を救うのと同じくらいに代償が必要だというのか。いくらなんでもおかしいだろう。ピーちゃんは紀夫から目を逸らす。


「だって紀夫さんの顔があまりにもねぇ……」


 紀夫が不細工すぎて魔法さえ効かないらしい。ピーちゃんは紀夫をおざなりに慰める。


「まぁ、人間顔じゃないですよ」


 槇島も便乗してうなずく。


「うんうん、長谷は人間の顔じゃないわ」


 そのネタはもういい! おまえの心の汚さが人間じゃねぇよ! 終いには泣くぞクソ野郎!




 結局、魔法の力で服やらカツラやらシークレットシューズやらを作り、それを紀夫が装着することにした。一旦自宅に帰った後、紀夫はピーちゃんの力を借りて、大量に変装グッズを作り出す。ベッドの上に変装グッズを山のように積み上げ、紀夫は吟味する。さて、どんな格好がいいだろう?


「絶対こんなに使わないでしょ。金貨を無駄遣いして大丈夫なの?」


 槇島が横から口を挟んでくるが、紀夫は泰然として答える。


「金貨はいくらでもある。……いくらでもな」


「怪しいわね。また何かバカなこと考えてるでしょ?」


 槇島の言葉に紀夫は意味深な笑みを浮かべる。魔法を使ったときに多少鼻血が出たが、他に被害はない。槇島は胡乱な目を紀夫に向けつつも、衣装の山を漁り始める。


「さ~て、どんなコーディネートが長谷に似合うかしら?」


「これなんかどうだ? 男は黒に染まれ!」


 紀夫は黒のジャケットに黒のジーンズを合わせ、キリッとした顔をする。これでナイフでも装備すればなおいいだろう。闇より生まれ闇へと帰る、完璧なる闇属性の誕生だ。気分はバトル系アニメのライバルキャラである。


「ダサッ……。すんごいオタクっぽい……」


「何でだよ! かっこいいだろうが!」


 紀夫は抗議するが、槇島は本気で嫌そうな顔をする。時代が紀夫に追いついていないのか。こんなにかっこいいのに……。


「私が選んであげるから、あんたは何もせずに待ってなさい。余計なことしたらもっと悪くなるわ」


 槇島はそう言って服を漁り始めた。槇島に任せると言った覚えはないのだが、まぁいいだろう。槇島も一応生物学的には女子だし。女子にウケるファッションを揃えてくれるかもしれない。


 紀夫の心内も知らず、槇島は紫色の何の変哲もないパーカーに飛びつき、何やら小躍りする。


「これ、松パーカーじゃない! ちょうど売り切れちゃってて買えなかったのよね~! これ、もらうわね!」


 う~ん、ちょこんとデザインされた松マークがチ○コにしか見えない。前言撤回。やっぱこいつを女子に数えるのは間違いだわ。




 ともかく、紀夫は変装した。シークレットシューズで身長を5センチほど盛り、茶髪のカツラを被ってさらに帽子を合わせる。さらに脚を引き締める黒スキニーパンツと春らしく明るい色のロングコートを組み合わせ、体型を細身に見せる。


「顔以外は完璧ね。なんか出来損ないのコラージュみたい……」


「大学デビューに失敗した人っぽいですね……」


 コーディネートした槇島は微妙に不満げで、ピーちゃんも渋い顔をする。こういうことを言われるからファッションなんて糞喰らえなのだ。紀夫の気も知らず、一人と一匹は紀夫をディスり続ける。


「やっぱり肌が荒れてるのが問題なのではないでしょうか。化粧で白く塗ってごまかしては……」


「ダメよ。チ○コみたいな顔になっちゃう」


「では逆に黒塗りにするとか……」


「ダメよ。ウ○コみたいな顔になっちゃう」


 何度人の顔を馬鹿にすれば気が済むのだ。紀夫は自称、水嶋○ロや相葉○紀に似ているのに。紀夫は震え声で口を挟む。


「人間、顔じゃないからな」


「あんたは中身も汚いでしょ」


 槇島、おまえだけには言われたくねーよ!




 気を取り直して紀夫は変装したまま外に出た。この格好で松川さんとデートして、秋本を正気に戻らせる。


「身長が五センチ伸びるだけで全然世界が変わるんだな! ピーちゃん、身長を伸ばす魔法って使えないか?」


 シークレットシューズを履いてウキウキの紀夫はそんなことを言うが、ピーちゃんは嘆息するばかりである。


「はぁ……。紀夫さんが死んでもいいならできますが……」


 ピーちゃんには紀夫のかっこよさが全く理解できていないようだった。ま、鳥頭なので仕方あるまい。こんだけキッチリ決めてたら、案外本当に松川さんをNTRできるんじゃね? なんだかそんな気がしてきた。


 紀夫は軽やかな足取りで待ち合わせ場所の公園に向かう。秋本を正気に戻すための作戦とあって松川さんも気合いが入っているようで、今回は遅刻せずに時間通り公園にいた。


 紀夫の姿を見た松川さんは、ガチで嫌そうな顔をして目を逸らした。


「……キモい」


「何だよ、その反応は!」


 紀夫は憤慨するが、松川さんは自説を曲げる気がない様子で、黙ってうつむくばかりである。なぜ三次元は紀夫に試練を与え続けるのか。


「……後ろから見ればそれなりだから、別にいいだろう」


 紀夫たちの依頼で合流した森橋は腕組みして仏頂面で言った。全くフォローになってない。むしろ追い討ちである。ああ、俺がイケメンに見える世界ってどこかにないかな。美醜逆転世界とかさ。


「忙しいのに悪いわね、森橋くん」


「気にするな。おまえらには借りがあるし……バカやれるのも今日で最後だからな。それに、今回は俺がいた方がいい気がする」


 森橋は照れているのか、そっぽを向きながら槇島の言葉に応じる。森橋は明日、関東へと移る予定だ。引っ越し準備の合間を縫って、紀夫の要請を受けてくれたのだった。


 気持ちを切り替えて、作戦を開始する。やることはたった一つだけ。紀夫と松川さんがデートしている様子を森橋に撮影してもらい、写真を秋本に送るのだ。


 撮影場所が秋本家の近所の公園という時点で怪しさ満天だが、今の秋本はいい具合に脳が死んでいるので、きっと騙されてくれるだろう。さすがに槇島に写真を送らせると露骨すぎるので、事情を説明してわざわざ森橋に来てもらった。秋本もまさか紀夫と森橋がグルだとは思わないだろう。


「松川さん、手を繋いで公園を歩こう」


 紀夫は提案し、手を差し出した。嫌がられるかと思ったが、松川さんはロリ顔に憂いを浮かべたまま素直に紀夫の手をとる。


「……ありがとう。これでも感謝してんのよ? 他のみんなはどうせいつものでしょ、って相手にしてくれなかった。長谷だけが私を助けようとしてくれた……」


「お、おう」


 ちょっと顔は不服そうだが、松川さんは紀夫の手をしっかりと握ってくれる。松川さんの小さな手が暖かくて、柄にもなく紀夫はドキドキしてしまう。普段からこれくらい素直なら、紀夫だってホレてしまうのに。


「行くか」


「うん」


 川沿いは桜並木が続いており、提灯で飾られていた。夜になれば酒を持ち込んだ花見客で賑わうが、今は川に向かって竿を出す釣り人くらいしかいない。先日降った雨がよかったのか桜は満開で、春らしい壮観な眺めとなっている。条件は最高だ。紀夫はぎこちない手つきで松川さんをエスコートする。


 微風で、花びらが舞った。紀夫は松川さんと手を繋ぎ、桜吹雪の中を歩く。黙々と森橋はその様子を後ろから撮影する。うぬぼれかもしれないが、本物のカップルのように見えたのではないかと思う。

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