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ランニングに戻った森橋を見送った後、紀夫はピーちゃんを呼び出し尋ねた。
「今からあいつの入学を取り消す魔法使えるか?」
森橋を翻意させることができても、茨城の高校への入学をなかったことにしなければ意味がない。この時期だともう入学手続きは終わってるはずだ。
「はぁ……。紀夫さんが瀕死級のダメージを受けてもいいなら可能です。しかし……」
ピーちゃんは困った顔をする。
「紀夫さん、目的を忘れていませんか? 私たちの目的はあくまで時間のループを止めることです。人助けではないのですよ」
「わかってる……。話を聞く限りだと、森橋と輝沢さんは二人とも怪しいな。策を考えようぜ」
紀夫はピーちゃんを連れて帰宅し、ピーちゃんの魔法を使って二人の監視をする。他の者を監視したときと違い画面の乱れが酷い。それだけ二人の闇が濃いという証明であり、二人のどちらかが悪魔の力を借りた可能性が高いということである。
森橋は雑念を振り切るように激しいトレーニングに励み、輝沢さんは悲しみを隠せない様子で日常生活を送っていた。
森橋が茨城に向けて出発するのは今週末だ。今日は金曜日なので、もうあまり時間はない。日曜日までに糸口を見つけなくてはならない。
途中から槇島も来て一緒に監視しつつ、策を練る。
「まずは正攻法から試すべきね。輝沢さんに森橋くんのことを納得してもらうのが一番簡単だと思う」
森橋の決意は固いようなので、輝沢さんから攻めるというのは間違っていないだろう。輝沢さんが森橋のことを諦めてくれれば、紀夫が森橋の野球留学取り消しのため、代償を払って魔法を使う必要がなくなるのでちょうどいい。問題はどうやって輝沢さんに森橋を諦めてもらうかだ。ここは紀夫が男を見せるしかあるまい。
「つまり俺が森橋から輝沢さんを寝取ればいいんだな!」
NTRは男の夢だ。うまくいけば森橋は失意のうちに故郷を去ることになる。のこのこ残留を決めれば俺と輝沢さんの甘い生活を見せつけてやろう。ざまあみろ!
紀夫の発言を槇島は鼻で笑う。
「あんた、自分の顔を鏡で見てから言いなさいよ」
「に、人間、顔じゃないんだよ」
「あんたは人間の顔じゃないでしょ……」
俺のマジカルチ○ポで輝沢さんが完全陥落する可能性もゼロじゃないだろ(震え声)。
槇島は渋面を作る紀夫を見て大袈裟にため息をついた。
「あんたが間違って童貞卒業したら、魔法を使えなくなるでしょ。ただでさえ少ない取り柄がなくなっちゃうじゃない」
「クソッ……その可能性は見落としていたぜ! 危ないところだった……!」
槇島の指摘を受けて紀夫はわりと本気で悔しがる。『魔法少女マジデ!? マジカ!?』でもそうだった。魔法には大きな代償があるのだ。選ばれし者として、紀夫もまた悲劇を背負わなければならないらしい。
「童貞を守りつつ、輝沢さんを寝取らなきゃならないんだな……。厳しい戦いになりそうだぜ……!」
紀夫は恋人を置いて戦場に赴くヒーローのような顔をする。紀夫の目には行く手を阻む数万の軍勢の姿が映っていた。他の誰にも見えないけれども。
「いや、別に守らなくていいんじゃない? あんたの魔法って、基本的に一切役に立たないんだし……」
槇島はぼそりとつっこむが、馬耳東風というやつである。童貞らしく一人で盛り上がっている紀夫には、全く効果がなかった。槇島はやがて諦め、「気分転換も必要ね」と紀夫の作戦を認めた。
ともかく、「気分転換に」という名目で輝沢さんを遊びに誘うことに決まった。山科さんのときと同じパターンだが、非リア充たる紀夫は他のアプローチなど思いつかない。紀夫は輝沢さんにメールを送る。
「なんでメールなのよ……。電話しなさいよ……」
「馬鹿野郎! 輝沢さんに電話なんかして、俺の心臓が止まったらどうするんだ!」
勢いよく言い返す紀夫に、槇島は大きくため息をついた。紀夫はウキウキと輝沢さんからの返事を待ち続ける。ところが、待てど暮らせど輝沢さんから返信が来ない。たまらず紀夫はピーちゃんの魔法で煙に映った輝沢さんの部屋を凝視する。輝沢さんは、全くスマホを覗く素振りを見せず机に向かっていた。
「何故だ! 何故なんだ! 何故輝沢さんはスマホを見ない!」
まさか着信拒否にでもされているというのか。紀夫は取り乱し、槇島は簡単に理由を察した。
「あ~、多分輝沢さんって全然メール使わないんだと思う。LINEの方が便利だし」
ガラケー民の紀夫にそんな便利なアプリなどない。最近の若者は迷惑メールが面倒臭いので一切メールを使わないのだそうだ。紀夫の計画は一歩目から頓挫する。
「メールが使えないならどうやって輝沢さんに連絡をとればいいんだ……!」
紀夫が頭を抱える横で槇島はつぶやく。
「普通に電話すればいいじゃない……」
結局、紀夫に代わって槇島が連絡を取り、昼から遊びに行く約束を取り付けた。
「で……おまえもついてくるのかよ」
待ち合わせ場所のクソぼろい無人駅で紀夫は槇島をまじまじと見て言う。槇島は無駄におめかしをして、輝沢さんと張り合う気満々だった。
「当然でしょ。連絡つけたのあたしなんだから。ほら見て、『例のひも』よ、『例のひも』!」
槇島は無い乳の下に青いリボンを通して、両の二の腕に結んでいた。乳のある人間なら大きくて柔らかい胸が腕を動かすたびに連動して動き、強調されてグッとくるのだが、こいつの場合は哀れさが強調されるだけである。腕を動かしてもリボンが虚しく槇島の貧しい胸の表面を滑るのみだ。ああ、諸行無常。
「二人きりの時間を邪魔する気かよ……」
紀夫はげんなりする。これから紀夫は輝沢さんをオトさなくてはならないのに、槇島が同行したら台無しではないか。
槇島は腕組みしてニッコリ笑い、指摘する。
「あんた、二人きりで輝沢さんと会話を続けられるの?」
「そ、それは……」
槇島の言葉で紀夫は一気に不安になる。紀夫一人だけで間を保たせられるかと問われれば、非情に難しい気がする。
紀夫は輝沢さんとの会話をシミュレートする。最初は輝沢さんが自分で話し、紀夫が相槌を打って盛り上がるだろう。しかし輝沢さんも一人で喋り続けていると、ネタが尽きるに違いない。そうなったとき、紀夫が頑張らなければならない。
しかし何の話をすればよいのだ。アニメ、漫画、ゲームの話はまず通じない。共通の話題といえばクラスメイトの話くらいだが、皆について紀夫が特別詳しいというわけではないのだ。どれほど戦線を維持できるか。
確実に紀夫は高宮の馬鹿話を披露することになる。輝沢さんが知らなくて紀夫が知っている話題など、高宮のことくらいだ。一応は輝沢さんも笑ってくれるだろう。ではその後は?
紀夫は破れかぶれで二次元ネタを開陳するが、輝沢さんの反応は薄い。焦った紀夫は下ネタを持ち出して自爆。気まずい沈黙が辺りを包む……。輝沢さんはこの件について親しい女子に漏らしてしまい、紀夫の黒歴史はLINEに乗って拡散。稀代の変態男として、町中に紀夫の名が知られる……。
「うわああああっ!」
最悪の想像に、紀夫は人目をはばからずに絶叫してうずくまった。勝ち誇った槇島は紀夫を見下ろす。
「どう? 私のありがたみがわかった?」
「お、おう……。恩に着るぜ……」
吹き出した汗を拭って立ち上がる。約束の時間はもうすぐだ。一応味方もいることだし、このデートで輝沢さんの心を掴んで終わらせる。そうすれば彼女ゲットと同時に春アニメ見放題だぜ!
やってきた輝沢さんと合流し、電車に揺られて隣の市に向かう。紀夫たちが住んでいる町は自称「教育の町」であるせいか、遊ぶようなところはほとんどない。イ○ンはあるが、雰囲気がない上に大したテナントは入っていないので却下だ。大昔に学問の神様、菅原道真が住んでいたかららしいが、力みすぎである。
紀夫はアニメショップのあるターミナル駅で下車したい衝動に抗して乗り換え、大型ショッピングモールがある駅で降りた。ショッピングモール内に映画館があるのだ。紀夫の町にもイ○ンは存在し、映画館もあるが前述のように他に何もないし、雰囲気が出ないので都会(当社比)に出ることになった。
映画というチョイスになったのは、間を保たせるためである。輝沢さんとの話題が乏しいというのが紀夫の弱点だが、映画をネタに盛り上がることができる。
輝沢さんはフリンジがついた膝丈の白い花柄ワンピースを着ていた。活発な印象の彼女によく似合う。紀夫と一緒に出かけるということで、お洒落をしてくれたのだろうか。そう思うと、見ているだけで嬉しくなる。どこかの形だけヒロイン女とは大違いだ。
「ウチ、映画は久しぶり! 受験で遠ざかっちゃった! 一、二年の頃はよくコウくんと一緒に行ってたんだけどね~。今日は何観るの?」
輝沢さんはそこそこ映画に詳しいようだ。童顔をほころばせて子どものようにはしゃぐ。
輝沢さんに訊かれて、紀夫は自信満々に答えた。
「先週公開されたばかりの超大作だ。期待してくれ!」
紀夫と槇島が選んだのはハリウッドの新作だ。原作は日本の漫画で、紀夫も読んだことがある。映画を観た後のお喋りで、紀夫は主導権をとれるだろう。さすが、策士俺。提案したのは槇島であるが、細かいことを気にしてはいけない。
「そうなんだ。俳優の人とか、全然聞いたことない人ばっかだけど、長谷が言うなら絶対面白いよね!」
……だんだんハードルが上がっている気がする。膨らんでくる不安に胃をキリキリさせつつ紀夫は映画館に入場した。




