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第04話

本当に遅くなりました。

 藤沢に案内された駐車場に到着した。停車してあった車は、普通の乗用車だった。偶然にも佳世の父親が乗るのと同じだったために佳世は一瞬動きが止まった。その様子をめざとく見つめていた藤沢が声をかける。


「……どうかした?」

「あ、ごめんなさい。家にあるのと全く同じだったでの一瞬父が来てるのかと思って変に焦っちゃいました」


 苦笑いをしている佳世の姿に藤沢もつられたように笑った。


「そうなんだ。この車は大学時代に購入してもう10年近くになるよ」

「家の車もそんな感じです。同じ車だんてなんだか、親近感わきますね」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」


 車の鍵が開いた音を確認して佳世は自分で助手席のドアを開けてささっと座る。その姿に苦笑を漏らして藤沢も運転席に乗り込んだ。すぐに車はスムーズに動き出した。

 しばらく穏やかな沈黙が二人を包むが気まずい空気はなかった。藤沢の運転する車は非常に穏やかで乗り心地も悪くなかった。あまり他人の車に乗る機会もまい佳世だが、違和感なく落ち着いていられた。

 そんな穏やかな空気をクウという間抜けな音が壊した。藤沢はすぐにその音の発生源を理解した。横目で佳世の様子を確認すれば、予想通りに佳世はお腹を軽く押さえ込んでいた。


「……」

「お腹空いてるよね。もうすぐ着くから……くくっ」

「ご、ごめんなさい」


 佳世は真っ赤になって俯いたが、お腹はまたもや藤沢にも聞こえるほどの音量で鳴った。佳世が藤沢の様子を目で確認すると、肩を震わせてどうにか笑うのを我慢していた。それを見てますます佳世は恥ずかしくなった。そんな恥ずかしそうな佳世の気持ちを理解して藤沢もどうにか笑いを抑えようとする。


「……ご、ごめん。あんまり可愛い音だったものでつい笑ってしまって」

「いいんです。仕方ないです。……そういえば今日行く予定のお店は、何屋さんですか?」


 何度か呼吸を整えた藤沢は佳世の話題転換に乗る。


「……高校時代の友人が洋食屋をやってるんだ。それなりに繁盛してるみたいだよ。昨日先に予約してあるからさほど待たずに食べれるはずだ」

「楽しみです」

「話は違うけど、佳世ちゃんて呼んでもかまわない?」

「はい」

「俺は章って呼んでくれていいから」

「章さんですか? でも年上なのに……」

「是非ともそう呼んで。」


 その言葉に佳世は顔を赤く染める。


「はい、章さん」

「うん」


 それから車で20分ほどした頃に駐車場に車が止まった。佳世の前にはこじんまりとしたおしゃれなお店があった。

 二人で並んで歩いて店の扉を開けると美味しそうな匂いがした。平日の夜だからか待っている人はいなかったが、30人くらい座れる店の中は満席に近い状態だ。二人に気付いた店員が笑顔で近寄って着た。二人は予約席にすぐに案内された。


「こんばんは。章さんが女性と二人で来るなんて初めてですね」

「久しぶり。あいつは?」

「厨房にいますよ。章さんが来たら料理は自分が運ぶって言ってました」

「そっか。……佳世ちゃん、特に苦手な食べ物ないって言ってたからお任せメニューっていうのがあるんだけど大丈夫?」

「あ、はい」

「じゃあお願いできるかな?」

「かしこまりました」


 店員が二人にお辞儀をして去る。その様子を確かめて藤沢が佳世に声をかける。


「勝手に頼んで大丈夫だった?」

「はい。……それで妹さんの反応はどうでした?」


 どうしても気になっていたことを佳世は聞いた。その様子に苦笑を洩らして藤沢も今度は答える。


「うん。予想以上に良かったよ。あんなに感謝されたのは初めてで本当に佳世ちゃんには感謝しているんだ」

「良かったです。図々しく私の好みの小説ばかりになったので不安だったんです」


 本当に藤沢が感謝しているのが確認できて佳世は安心した。料理も早くきて佳世はとにかく料理に集中した。ほとんど料理がなくなった頃に藤沢とは正反対なタイプの男性がデザートを持って佳世たちのテーブルにやってきた。


「よう。久しぶり」

「おいしく頂いたよ」

「それは良かった。ええと始めまして。この藤沢の友人の神木一仁かみきかずひとです」

「はじめまして。相田佳世です。料理すごくおいしかったです」

「気に入ってくれて良かった。よければ今度はお友達とも来て」

「はい!」

「それじゃまたな」

「ああ。今日は無理言ってすまなかった」

「いや。お前が女性を連れてくるって聞いて楽しみだったからな。彼女みたいな子で良かったよ。頑張れよ」

「余計なお世話だ」


 軽口を叩いて神木は厨房に戻っていった。まだまだ店内にはお客がいて忙しいようだ。佳世は持ってきてもらったデザートを目の色を変えておいしく頂いた。デザートを楽しんでいる佳世を嬉しそうに藤沢は見ている。二人でお互いの情報交換や趣味などいろいろ楽しく話している間に時間が経った。


「ごちそうさまでした」

「おいしかった?」

「はい! 連れてきてもらって良かったです。今度は友達連れて来ます」

「そうしてくれると嬉しいよ」


 二人で店を出て車に乗り込む。近場の駅で構わないという佳世と佳世の家付近まで車で送るという藤沢の間で軽く口論になった。


「……佳世ちゃんが心配なんだ。無事に家に着いたか冷や冷やするよりも安心したい。お願いだから送らせて」

「じゃあ申し訳ないですけどよろしくお願いします」

「うん」


 佳世の告げた最寄りの駅を聞いて車はゆっくりと動き出した。さほど交通量の多くない道路をゆっくりとした速度で藤沢は車を運転している。


「制限速度守ってるんですね」

「今の速度は、規定速度より遅めだよ」

「え? そうなんですか? 安全運転なんですね」

「佳世ちゃんと少しでも一緒にいたいっていう邪な気持ちもあるんだよ」

「……そんな風に言ってくれるなんて優しいですね」

「本気だよ」


 藤沢は車をゆっくりと路肩に止めた。


「章さん?」

「まだ会って間もないけど佳世ちゃんの恋人になりたいんだ」

「ええっ!!」

「そんなに驚くことかな? これでもかなりアピールしたつもりだったんだけど、伝わってない?」

「いえ、だって、その……」


 思いもかけない言葉に頭の中が真っ白になるのを佳世は初めて体験した。藤沢は更にシートベルトを外して佳世の方に身体の向きを変えた。

 その表情は車内の暗さではっきりとは窺えないが、真剣なのは雰囲気で痛いほど伝わった。佳世は自分の心臓の鼓動が早足になっていくのを意識した。


「あの本屋で佳世ちゃんを見て初めて話してからずっと、どんどん佳世ちゃんに惹かれていった。こんなに気持ちが制御できないなんてびっくりしてる。……でもその気持ちを否定したいとも思わない。日ごとに君のことを好きになっていくんだ」


 横を通りすぎた車のライトで一瞬だけ車内が明るくなった。その明かりで藤沢の表情が見えた佳世はどんどん早くなる心臓の鼓動を持て余す。顔の熱は一層熱くなって考えもぼんやりとしていく。

 早く何かを言わなくてはと焦れば焦るほど何も考えられなくなっていく。


「……」

「佳世ちゃん? 誰か他に好きな人とかいるのかな?」

「いえ!」

「それなら俺のことも少しは意識してくれてる?」

「も、もちろんです! あ、あの、私こんなこと初めてなので、どうしたらいいのか分からなくて」


 佳世がどうにか返答すれば、その様子で何かを察したのか藤沢の口調も柔らかくなった。


「俺もこんなに緊張するの初めてだよ。一緒だね。……佳世ちゃんにも俺のことをもっと知って欲しいし俺も佳世ちゃんのことをもっと知りたいんだ。無理かな?」

「う、嬉しいです! あ、章さんのこと、私もいろんなこと知っていきたいです。えっと、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく」


 そう言って藤沢は、今まで見たことがないくらいに嬉しそうな笑顔を浮かべた。その笑顔に見惚れながら、佳世は感慨深げに呟く。


「こうして二人でいるのが、信じられない気持ちです。まさか本屋さんで出会った人と恋人になるなんて……」

「そう?……いいんじゃないかな。恋の始まりは本屋さんていうのもね」


 いつの間にか藤沢の顔が自分に近付いたのにようやく佳世は気付いた。さすがにどういうことなのかは分かって目を瞑った。すると優しく唇に柔らかい感触がした。


 ――ああ、本当に恋が始まったんだ。


 ようやく実感した佳世もさきほどの藤沢と同じように眩い笑顔を浮かべた。

もう少し続く予定でしたが、無理でした。またいつか二人の恋人時代とか書けたらいいなと思います。

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