第1話:夜の帳と冷たい指名
Q. 嘘と計算で塗り固められた夜の街で、本物の恋なんて存在するのか――?
ゴールデンウィークの喧騒、大宮の歓楽街。
背中に刺青を背負った女・礼亜との出会いから、すべてが始まった。
大人たちの欲望と心理戦が交錯する、リアルで切ないミステリアス・ラブストーリー。
※面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや評価(★★★★★)で応援していただけると大変執筆の励みになります!
ゴールデンウィークの真っ最中という狂騒のなかにあっても、深夜の歓楽街はどこか白々しい熱を帯びていた。
安い香水と、無数の煙草の匂いが混ざり合う店内の喧騒。仕事とは関係のない昔からの友人である恭平は、隣に座ったキャスト相手に持ち前のお節介とお人好しさを発揮して、とにかくよく喋り、おちゃらけて場を盛り上げている。夜の街のきらびやかさに素直にはしゃげるあいつの無邪気さが、今の私には少しだけ羨ましく、あるいは少しだけ遠く見えた。
私の隣に座ったのは、玲亜という女だった。
店内は、艶消しの黒を基調としたシックな内装で統一されている。華奢で高身長な体躯を包む、深いグリーンのへそ出しドレス。彼女がグラスを持つために細い身体をひねるたび、その剥き出しの背中に彫られた細い睡蓮のタトゥーが、漆黒の壁を背景にして、安っぽいネオンの光を吸いながら妖しく明滅した。
そして何より、黒い空間を切り裂くように存在していたのが、彼女の指先に施された長めの鮮烈な赤いネイルだった。
玲亜はその赤い爪でグラスの縁をなぞりながら、私の目をじっと覗き込んでくる。距離感はやたらと近い。言葉の端々には甘い愛想が散りばめられている。だが、私の目は騙されなかった。
(――この女は、心からは笑っていない)
それは、初めて店にやってきた客の身なりや時計、佇まいからその格を冷徹に値踏みするような、夜の住人特有の乾いた視線だった。シックな黒の空間に溶け込む私の沈黙を、彼女は頭のなかで計算高き数字へと翻訳していたのだろう。
時計の針が22時を過ぎた頃、私はグラスを置き、飲み慣れた大人の男としての余裕を崩さないまま、彼女にひとつの提案を持ちかけた。
「一度店を出て、1時間ほど他で飲んでからまた戻ってくる。そのときに、君を指名してやるよ。その方が、ちゃんと売上がつくだろう?」
指名で売上がつくように――こちらなりの配慮を利かせた提案に、玲亜の瞳の奥の値踏みするような光が、一瞬だけ歓喜に揺れた。
「本当? 嬉しい、待ってるね」
闇に浮かぶ赤い爪が、約束を交わすように私の腕に嬉しそうに絡みつく。その感触の軽さを、私はまだ知る由もなかった。
23時前、私と恭平は一度 MIRAGE の重いドアを出た。
夜の帳に放り出された瞬間、安い香水の匂いが大宮の冷たい夜風にかき消されていく。あと1時間。この虚構のゲームの盤面を、どうスマートに進めてやろうか。そんな傲慢な余裕を胸に抱きながら、私は恭平の他愛のないお喋りに付き合い、別の店へと足を向けた。
読んでいただきありがとうございます!面白いと思っていただけたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価やブックマークをお願いします!




