幕間①:聖騎士団長の皇子
ゾディアック帝国において重罪を犯した貴族は一族連座で処刑される。しかし、その前に一年間の禁錮が課される決まりだ。
その理由は二つある。
一つは、処刑の段取りや事業及び領地の引き継ぎに時間がかかるため。
そしてもう一つは、冤罪の可能性がある案件に対して聖騎士団が再調査を行う時間を確保するためである。
短く刈り込んだ金髪と鋭い瞳をもつ美貌の男がいた。眉の形はやや上向きで、瞳の色は左右で違う。右の瞳は夜明け前の空のようなアイスブルーで、左は不動の大地のごとき重厚感のあるブラウン。すらりとした長躯だが線の細さはない。着崩すことなく、かっちりと騎士服をまとった体は筋肉質で凜と引き締まっている。
「巧妙に隠されているが、ポーク・ロースター男爵の一件は仕組まれていたものだった可能性が高い」
苦々しい顔で部下に告げた男の名はリブラ・ゾディアック。この国の第三皇子である。
少々規則に厳しすぎる所はあるものの、その性質は公明正大で聡明。弱い魔力を一つでも発現すればもてはやされる中で『風』と『変化』という、戦闘と搦手に通じた二つの強大な魔力を扱うこともできる。もし、生まれた場所や時代が違えば「英雄」や「勇者」と呼ばれていたかもしれない逸材だ。
聖騎士団の団長でもあるリブラは数か月に渡る緻密な調査の末、ロースター男爵が捕まったのは冤罪だった事を突き止めていた。
「なるほど、嫉妬した高位貴族が結託して憲兵も買収し……おお怖! 豪華な生活をするのも考え物ですなぁ、いくら自分で稼いだ金とはいえ。」
「いいや、問題はそこではない。『貴族の誇り』を勘違いした連中が多すぎるのだ。」
叩き上げの副団長をやんわりと諭す。
本来貴族の誇りというのは、人を導く立場を自覚して襟を正し、国や民のために尽くす事を言う。
様々な事業を大成功させ真っ当に稼ぎ、またその金をよく使う事で経済を回すロースター家は貴族として正しい行いをしていた。悪いのはあくまでも冤罪をふっかけた高位貴族連中である。
「とはいえ、再審判決が出るまでもう少しの間、ポーク殿もプティ嬢も監獄暮らしが続いてしまうわけですか。」
副団長の言葉に、かつて王城で一度だけみたプティ・ロースターを思い出す。
たしか当時、自分は十歳で、母親を亡くしたばかりのプティは五歳だった。うろ覚えだが、ほっそりした姿の可憐な女の子だった記憶がある。
騎士道精神に溢れるリブラは、二度も理不尽な運命に巻き込まれることになった彼女を哀れに思った。
「特にプティ嬢はデビュタント前の淑女でしょう? 監獄内で理不尽な扱いを受けてなければ良いのですが。」
「……よし、変化の魔術を使える私が覆面捜査官として様子を見にいってみよう」
「全てお1人で?よろしければ数名、補助役を付けますが」
「いや、いい。その分最近国内で流通している麻薬捜査に多く人員を割いてくれ」
それからリブラは、一月ほど看守見習いとしてディスト監獄で働くことになった。王家とつながりの深い商家の伝手を使い『幹部子息の見識を広めるための勉強』という名目で潜入したのである。この監獄内まで高位貴族連中の息はかかっていないようだったが、メリーという女看守の言葉はリブラにとって意外なものであった。
「プティ? ああ、彼女は看守からも一目置かれているよ。何せやって来た当初から模範囚だったからね。親の連座で捕まった貴族令嬢とは思えないくらいさ。」
驚きに目を見開く。
貴族は刑に服すことになっても選民意識が抜けず、監獄内で不貞腐れて問題行動を起こす者が多いことを知っていたからだ。
しかも彼女の場合は冤罪の連座。
つまり完全なとばっちりだと言うのに……
「男も嫌がる大変な刑務作業も率先して引き受けるし、ただでさえ少ない食事を子供に分けてあげるのも見たね。今では『監獄の聖女』なんて噂になっているよ」
「それは凄いですね」
無事を確認できればそれで良いと思っていたリブラだが、その言葉をきいて一目見ておこうかと思うくらいにはプティ・ロースターに興味が湧いた。
どうやら彼女は、貴族にふさわしい高潔な魂の持ち主の様だ。
勿論そんな事はない。
全ては痩せるためである。
「あら、新任の看守様ですか? お仕事お疲れ様です」
記憶の中では可憐なドレスを着ていたプティ・ロースターは現在、野暮ったい囚人服を着て、刑務作業で薄汚れていた。
だが、そんな彼女をみてリブラは
(美しい……)
そんな事を思った。
桜色の豊かな髪に形良い唇。それらを際立たせる、すらっとしたフェイスラインに大きな瞳。ダボついたローブから覗く引き締まり形の良い手足。隠されているが、きっとボディーラインにもメリハリがあるはずだ。
元々両親が美形だったプティ。
監獄ダイエットにバッチリ成功した結果、子豚令嬢から絶世の美人にクラスチェンジしていたのである。
なお、監獄に鏡なんて高級品はない。もしも今プティが自分の姿をみたら「どちら様!?」と声をあげるだろう。
(化粧をして着飾れば間違いなく、国で一、二を争う美姫となる。それこそ、高位貴族からみそめられる程に……彼女の父親が下級貴族の集まりに出すのを渋っていたのもわかるな。)
ちなみにポーク・ロースター男爵は娘に関してはただのバカ親で、デビュタントを渋ることに政治的な思惑など何もない。
しかしリブラがその事実と、監獄ダイエット前の彼女の容姿について知ることはなかった。
「ああ……ところで君は模範囚らしいね。連座でつれてこられて理不尽な思いをしているだろうに、何故そこまで立派なふるまいができるのかな?」
「それは……『だらしない姿』は見せられないからですわ。」
(なるほど……不貞腐れるのはだらしない事だと。たとえどんな理不尽を受けようとも己を律し、襟を正した行動をするという意思がこの娘にはあるのだな。立派な事だ。)
プティの言葉に、リブラは本当の意味での貴族の誇りを見た気がした。
勿論、ただの誤解である。
彼女は処刑される時の体型的な意味で言っているだけなのだから。
「ところで、食事は足りているかい? 子供の囚人に分け与えていたときいているが……君は模範囚だし、多少は便宜をはかれるよ。周囲も、君が食べる姿は『癒し』と笑っていたしね」
その言葉に頬を染めるプティ。
なんと純情で可愛らしいのだと思った。
その後、プティが「と、特別扱いは結構です……私、もっと淑女らしくならなくては……」なんて呟きはじめた様子をみながら、リブラは皮算用をはじめる。
潜入調査中の身なので伝えてやる事は出来ないが、彼女は、おそらく近いうちに自由の身となるだろう。
そして冤罪をふっかけた高位貴族のポストがいくつか空き、ロースター家はそこに陞爵されるはずだ。
そうなれば彼女は伯爵令嬢。
王族の伴侶としても釣り合いが取れる身分になる。
(……なんてね。しかしこの監獄、ジェミニ・マリシャスの下で一見統制はとれているように見えるが、何か違和感がある。念のため、このままもう少し捜査を続けてみよう)
ちなみにその時プティはというと
「い、『卑しい』だなんて……お恥ずかしい限りですわ……」
私の食べる姿は、そんなにがっついて見えてたのかと誤解して内心で羞恥に悶えていたのだが、その呟きが思索にふける皇子の耳に入ることはなかった。




