9 アダリアと握手
私の提案にケン坊は首をかしげる。
「助け合うって言っても、俺は何もできないよ? まだ魔法も使えないし」
「あ~~、そうじゃなくてね? ケン坊には私に魔力を提供してもらいたいの」
「魔力を提供? なんで? だってアダリアは魔法が使えるじゃないか」
「えっと、実はさっき使った魔力が最後の魔力でね。もう魔法が使えないんだよ」
私の言葉に、ケン坊は少し驚いた顔をする。
「え? 魔力って使ったら回復しないの?」
「食事をすれば食材に含まれている魔力を摂取して回復することができるよ。
でもね、私は年齢的に食材から魔力を効率よく摂取できないんだよ」
「へ~~~~~!! てっきり魔力は時間とともに回復するもんだと思ってた!」
「そうなら便利なんだけどね〜。
体力と一緒で、魔力もしっかり食べないと回復しないんだよ」
「なるほどね~~~。・・・ん? ってことはだよ?
もしかして、アダリアは俺を食べようとしているの?」
ケン坊の口から出た言葉に、私は思わず笑ってしまう。
「あはははははははは! そんなことしないよ!
そもそも肉なんて食べられないし! ケン坊は面白いことを言うね~~、あはははは!」
そんな私の返答を聞いたケン坊は、先ほどよりも驚いた顔をしながら、
「え!? アダリア・・・っていうか、エルフって本当に肉を食べないの!?」
「・・・ああ、そうだね。
肉なんて食べないね。
・・・別に普通のことだよね?
そんなに驚くことかな?」
「あ~~・・・、そういえばさっきのスープも野菜しか入ってなかったっけ・・・」
もちろんケン坊が肉を食べられることを、私は知っている。
しかし、決して私から口には出さない。
「どうしたのケン坊?」
「いや~~~・・・、なんというか・・・、伝承の通りというか・・・」
「・・・ケン坊。よく聞いてね?
この世界はケン坊のいた世界とは違う世界なの。
だから、これから色々と戸惑うこともあると思うの」
「・・・まあ、そうだね」
「だから、約束して?
何か悩み事があったら、必ず私に相談するってことを約束して?
私は絶対にケン坊を裏切ることはしないから、ね?」
「・・・わかった。約束するよ」
「じゃあ、話してくれるよね? ケン坊は何を悩んでいるの?」
「あ~~~・・・、う~~~・・・。実は~~~~」
そしてケン坊はツバを飲み込み、覚悟した顔で口を開く。
「・・・俺は・・・肉が・・・食べられるんだよ」
「ケン坊は肉が食べられるの? 本当に?」
私の言葉にケン坊は居づらそうな顔で答える。
「・・・うん・・・」
「そっか、ケン坊は肉が食べられるんだ」
「・・・怒らないの?」
「え? 別に? そもそも何で怒られると思っていたの?」
「・・・エルフってさ、動物を森の仲間って認識しているから肉を食べないし、動物を食べる人間に対して嫌悪感を持っているって俺たちの世界では言われているんだよ」
ケン坊の言葉を聞き、私はケン坊が何を悩んでいたのか理解できた。
(ああ、なるほど。
つまり私がケン坊に対して嫌悪感を持つかもしれないと考えていたわけか)
「大丈夫大丈夫、別に嫌悪感なんて持たないよ。
そもそも自然界には肉食動物もいるんだよ?
それなのに肉を食べることを嫌悪するなんて、ケン坊の世界のエルフの考えはおかしいよ」
「まあ、そりゃ・・・ね・・・」
「安心して? 私は本当に気にしてないから」
そんな私の言葉を聞いたケン坊は、安堵した顔をする。
どうやら私を信用してくれたらしい。
「それで話を戻すけど、実のところ私は魔力がもう殆どなくて、ケン坊から魔力を補給させてほしいの。
その代わりに、私は魔法でケン坊の生活をサポートするし、この世界について色々と教えるから」
「そりゃ構わないけど、どうやって魔力をあげればいいの?」
このケン坊の言葉を聞いて、私は少しだけ恐怖感を覚えた。
だが、それを悟られないように言葉を吐き出す。
「別に難しい事じゃないよ。
私に魔力を与えることに同意してくれた状態で、私と握手してくれればいいんだけなんだけどぉ・・・」
・・・ダメだった。
恐怖感から言葉の最後から弱気な感情が出てしまった。
だって、仕方ないじゃないか。
この世界では私たち黒エルフは汚れた存在として忌み嫌われている。
そんな黒エルフの老婆に手を握られるなんて、同族の黒エルフですら嫌がるだろう。
当然の話ではあるが、幼い頃の私は黒い肌を汚いなどと思ったことはなかった。
しかし、故郷を滅ぼされ、奴隷として長年働かされ、年を取り魔法が使えなくなった後は他の黒エルフですら嫌がるような汚く危険で給料も安い仕事をするしか無かった私は、自分自身を汚れた存在であると認識してしまっている。
もちろん、ケン坊が異世界人であることは理解している。
だが、心が付いてこない。
もしもケン坊に、
「え? やだよ。だってアダリアの黒い肌は汚いし」
と言われたら、心がズキリと傷んでしまうだろう。
そんな心配をする私に、
「え? 同意してから握手するだけでいいの?」
と、ケン坊は答えてくれた。
「そ、うだね。握手してくれれば、それでいいんだよ」
「な~~~んだ。てっきり難しい呪文を唱えたりしないといけないのかと思っていたよ」
そしてニッコリと笑うとケン坊は、
「じゃあ、はい」
と手を伸ばしてきた。
私は緊張を気取られないように、ケン坊の手を握る。
その瞬間、ケン坊の口から、
「あっ」
と声が漏れた。
「な、に? どうしたのケン坊?」
「いや~~、アダリアみたいな美少女と握手するのに、手を洗ってなかったことに今気が付いたんだよ。ごめんね?」
そういうとケン坊は恥ずかしそうに微笑んだ。
その笑顔が、私にはとても愛おしく感じてしまう。
私は、
「び、美少女なんて~、ケン坊は口が上手いね~~。あはははは~~」
とあえて茶化した返事をしたが、心臓はバクバクと音を立てている。
(私の手を握り、魔力を分けて貰えるだけでも涙を流すほどにありがたいというのに、美しいとまで言ってくれるなんて・・・)
私は嬉しさのあまり、本当に涙を流しそうになったが、異変を悟られないように必死にこらえる。
「それじゃあ、魔力をもらうね?」
「うん」
ケン坊の了承を貰えた私は、少しづつ魔力を貰い始める。
「・・・あっ・・・」
「ん? ケン坊、どうしたの?」
「・・・いや、なんか、体から力が抜け落ちる感覚があるんだけど、これが魔力を吸われるって感覚なの?」
「そうだね。
大丈夫? 気分が悪くなったら直ぐに言ってね?」
「全然平気。むしろ少し気持ちがいいくらいだよ」
と言って、ケン坊ははにかんだ。
それから少しの間、私たちは握手を続ける。
私はケン坊の体から流れ込む信じられないほど膨大な魔力を感じながら、ケン坊に緊張を悟られないように務めた。
それと同時に、ケン坊のやわらかい掌の感触を私は楽しんだ。
長年の重労働で硬くなった私の手と違い、ケン坊の手はフニフニとやわらかく、いつまでも握り続けていたいと思えるほどだ。
「? アダリア? 大丈夫?」
「え? ああ、どうしたの?」
「いや、さっきから俯いているから、何か気分でも悪いのかと」
「違う、違うよ。ケン坊から流れ込んでくる魔力が濃厚で、驚いていたんだよ」
「ああ、そうなの? ・・・ところで、いつまで握手していればいいの?」
「え~~と・・・。はい! もういいよ! これで十分!」
そして私はケン坊の手を放し、感謝の言葉を述べる。
「うん。これで魔法が使えるようになったよ。ありがとうね」
この言葉は嘘ではない。
時間にすれば短いものだが、私は膨大な魔力を分けてもらえた。
しかし、驚くべきはケン坊の魔力量だ。
私が貰ったのは精々が全体の1%・・・いや、その半分もないかもしれない。
だというのに、この魔力量である。
だが、それを知らないケン坊は驚いた顔をしている。
「え? これでおしまいなの?」
「おしまい、おしまい。その証拠に、ほら」
そして私は魔法陣を思い浮かべ、天を指さす。
すると指さした先に青白い光の球が現れ、周囲を照らし出した。
「おおおおおおぉ!! 凄い!」
初めて魔法らしい魔法を見たであろうケン坊は興奮気味にフヨフヨと浮かぶ光球を見ている。
「ふふふ、これは一般的な魔法の一種で、こうして周囲を照らしてくれるんだよ。
さっきまでは魔力が全然なかったから出せなかったけど、ケン坊のお陰で魔法が使えるようになったんだ」
私の言葉を聞いたケン坊は目を輝かせる。
「他には!? 他にどんな魔法があるの!?」
「他? う~~~ん・・・。じゃあ、結界を張ろうか?」
「結界!? 凄く見たい!! 見せて見せて!」
目をキラキラと輝かせて魔法をせがむケン坊の姿に、私の口から笑みがこぼれてしまう。
「それじゃあ、結界を張るから見ててね」
そういうと私は先ほどの照明魔法よりも少しだけ複雑な魔法陣を頭の中に描き、魔力を流した。
すると私たちの周囲を囲うように薄っすらと光を放つ大きなドーム状の結界が形成された。
それを見たケン坊は、
「うわああああああああああああ!! 本物の結界だああああああああああ!!」
とピョンピョンと飛び跳ねながら喜んでいる。
「ねえねえアダリア!! この結界って防御力どれくらいあるの!?」
「う~~ん、まあ、旅先で使う一般的な魔法だからね。
普通なら雨風とか虫を防げる程度だけど、この魔力量なら大型獣の攻撃だって防げちゃうよ」
「すげえええええええええええ!! 移動式の要塞じゃん!!」
薄っすらと光を放つ結界の中で、ケン坊は結界を見上げながら興奮し続けている。
「アダリア! アダリア! この結界って触っても大丈夫?!」
「うん、大丈夫。
ちゃんと私とケン坊は自由に出入り出来るようにしてあるからね」
そんな私の言葉を聞くや否や、ケン坊は結界から飛び出し、そして結界に飛び込むを繰り返し始めた。
「うおおおおおおお!! 本当だああああ!!
アダリア! アダリア! 結界に入るとき、何かに触れた感触があるよ!」
「それが結界の感触だね。
この結界はケン坊と私なら自由に出入りできるけど、私たち以外の生き物は通ることが出来ないんだよ」
「なるほどね~~!! こんな魔法が使えるなんて、アダリアは凄いね!!」
「そんなことないよ。これは普通の魔法だからね」
と、私は平静な顔をして答えたが、無邪気なケン坊の言葉に年甲斐もなく照れてしまう。
そして、可愛らしく飛び跳ねるケン坊を見つめながら、私は小さく微笑んだ。