10 おやすみ、ケン坊
結界魔法を展開してから少しして、ケン坊の興奮が落ち着いた頃、
「じゃあケン坊。そろそろ寝ようか?」
と私は提案する。
「ケン坊は朝からずっと緊張状態が続いていたようだから疲れているんじゃない?
それに私もずっと山道を歩き続けていたから、かなり疲れているんだよ」
「そうだね。それじゃあ、明日になったら他の魔法も見せてくれる?」
「もちろん。他にも魔法はいくつもあるし、それに世界についても色々と教えるからね」
「うおおおおお!! 楽しみーーー!!!」
「ふっふっふっ」
それから私たちは就寝の準備を始める。
私は焚火を消し、光球を少しだけ暗くする。
そして収納袋から薄い布を引っ張り出し、地面に敷いた。
するとケン坊が口を開く。
「ところでアダリアはどうやって寝るの? 空中に浮いて寝たりするの?」
「ははは、まさかまさか。
いくら魔法でも空を飛ぶなんて出来るわけないよ。
私は普通に地面で寝るからね」
そういって私は地面に敷いた布の上で横になる。
これは別に特別なことでもなく、私にとっては日常だった。
だが、そんな私の姿を見たケン坊は驚いた顔をする。
「え?! 地面で寝るの!? そんな薄い布一枚敷いただけで!?」
「うん? そうだよ?」
別にケン坊に対して気を使ったわけではなく、これは事実だ。
劣等人種とされる黒エルフの大半は日常的に酷使されており、普段から地面に寝る事が多い。
その事実に対して私は疑問すら持ったことが無かったが、ケン坊は違った。
「えええぇぇぇ・・・、こんな木の根っことか石がゴロゴロある地面に横になっても疲れが取れるわけ無いじゃん・・・。
それに風邪でもひいたらどうすんの・・・」
「大丈夫大丈夫。
今はそれほど寒くもないし、結界の中に居れば雨風も心配ないから平気だよ」
「いや、そうなのかもしれないけど・・・」
ケン坊は複雑そうな顔で悩み始める。
「ケン坊? 何を悩んでいるの?」
「・・・いや、アダリアを地面に寝かせて俺はベッドで寝るなんて、流石に出来ないよ」
「ケン坊は優しいね、でも大丈夫。
私は本当に慣れているから気にしないで?
それに、私は日中歩き続けていたから体が汚れているし汗臭いんだよ。
そんな私がベッドで寝たら、高そうな寝具を汚しちゃう」
「でも・・・」
「大丈夫だから、ね?」
「・・・」
私の言葉を聞き、ケン坊はベッドの上で悩み続ける。
そして、口を開いた。
「いや、やっぱり駄目だよ。女の子を地面で寝かせて、俺がベッドで寝るなんて」
「だから私は慣れているし、体も汚れているんだよ」
「駄目だよ。それに俺にとってアダリアは無くてはならない存在なんだし、もし病気になったりしたらそれこそ一大事だよ」
そこまで言ったケン坊は、
「でも、俺も地面で寝たら病気になっちゃうかもしれないから・・・よかったら・・・一緒に・・・寝ない・・・?」
と提案してきた。
「・・・ケン坊がいいなら、私もベッドで寝るけど・・・。
本当に大丈夫? 無理してない?」
「してない! してない! ・・・むしろ、あの・・・アダリアが嫌じゃなければって話なんだけど・・・」
ケン坊の提案は、正直、ありがたい話ではある。
いくら慣れているとはいえ、地面で寝るのはそれなりに辛い。
ちゃんとした寝具に包まれて眠ることが出来るのであれば、それはありがたいことだ。
「分かったよ。じゃあ、一緒に寝ようか?」
「!! は、はい!!」
「? 何を緊張しているの?」
「いや! 別に! だ、大丈夫! 体には触らないから!! 絶対に!!」
「え? うん?? 分かった???」
何故か異常なくらいに緊張するケン坊を尻目に、私はベッドにもぐりこむ。
それから少しの間、ケン坊は体をこわばらせていたが、やはり疲れていたのだろう。
気が付いたら可愛らしい寝息を立てていた。
そんなケン坊の肌に私は触れると、少し前の記憶を探る。
そしてケン坊が私に対してどんな感情を持っていたのかを確認すると、
「・・・ふふふ・・・」
自然と笑みがこぼれた。
(ああ、やはりケン坊は無知で幼い・・・。
黒エルフの私に対して、拒絶どころか好意すら持っているのだから。
こんな子供を見捨てるなんて到底出来ない・・・)
私は恥ずかしさから背を向けて眠るケン坊の背中を、そっと撫でる。
その時、ケン坊の口から、
「・・・お母さん・・・」
と小さな寝言が聞こえてきた。
この瞬間、私の中の母性本能がくすぐられたのだろう。
更に言えば、ケン坊に昔の自分を重ね合わせたのだろう。
私はケン坊の頭を優しく撫でながら、
(ケン坊の母様、そして父様。
非力な身ではありますが、私がケン坊を守ります。
そしていつの日か、ケン坊をそちらの世界へ帰します)
と決意し、私はケン坊の頭を抱きしめ眠った。




