29 花畑で踊るアダリア (挿絵有)
翌朝。
いつも通りに朝食を食べ終えた俺たちは、アダリアを先頭に街を目指して歩き始めた。
「ねえねえアダリア。昨日の夜は色々とお願いしちゃってごめんね?」
するとアダリアはケラケラと笑いながら、
「え? ああ、別にケン坊の為だからね。
なんてことないよ。
ふっふっふっ。
ケン坊はもっともっと、私を頼っていいからね~♪」
と答えてくれた。
「それに結界の魔法陣を見せてからケン坊は元気になったからね。
私としても嬉しい限りだよ」
「ああ、まあ、元気ってよりも諦めの境地って感じだけどね」
「アハハハハ。
諦めの境地って、ケン坊は若いのに随分と達観しているんだねぇ~~。
まだまだ若いんだから、そんな境地に立たなくてもいいんだよ~」
と、アダリアはケラケラと笑う。
その一方で、俺は夜空から見た結界魔法の魔法陣を思い出していた。
光球に照らされ先にあったのは、幾何学模様を幾重にも重ねた巨大で複雑な魔法陣だった。
(あんなん覚えるなんて不可能だろうがよ・・・。
どこに、どうやって魔力を流せば結界を発動できるのか?
そもそも、あんなに細部まで漏れることなく魔力を流せるのか?
ってか、あれでも一部ってなんなんだよ!!
無理! 絶対に! ぜ~~ったいに無理!
くぅぅぅ~~~・・・!!
・・・くっそ・・・、最悪だ・・・。
考えただけで頭が痛くなって来た・・・)
一方で、そんな俺の考えなど知るはずもないアダリアは、
「ケン坊ケン坊。
今、パパっと周囲を魔法で調べたんだけど、この先に崖があるみたいなんだよ。
だから、少しだけルートを変えようか?」
「ケン坊ケン坊。
ほら! あそこ! あの木の上に美味しそうな果実があるよ!!
え? 高すぎないかって?
大丈夫大丈夫! 跳べば直ぐに取れるから」
「ケン坊ケン坊。
以前、ケン坊が美味しいって言ってた動物があそこにいるよ!
ちょっと待ってね。
今、仕留めるから!」
「ケン坊ケン坊。
雨が降ってきたから結界を張るね。
え? 難しくないのかって?
まあ、こんなの慣れだよ慣れ」
と、次々と魔法を繰り出していく。
(いや、本当に凄いわ)
恐らく、そのどれもが複雑怪奇な魔法陣を必要とする魔法なのだろう。
そんな魔法を難なく使いこなすアダリアの姿に、俺は後光が見えた気がした。
それから暫く歩き続けると、いきなり視界が開けた。
そして、目の前に広がる光景に俺は感嘆の声を出す。
「おおぉぉぉ~~~。こりゃ凄い光景だ!」
そこには様々な花が咲き乱れる、巨大な花畑が広がっていたのだ。
「へ~~~。
森の奥に、こんな綺麗な花畑があるなんて・・・。
流石は異世界。
ファンタジーだわ~~~」
あまりに美しい光景に、俺はスマホを取り出し撮影を始める。
風に揺れる花々の姿は、まるで完成された芸術作品のようだ。
そんな俺が興奮する一方、アダリアは何やら複雑な表情を浮かべながら花畑に視線を送っていた。
「ん? アダリア? 難しい顔をしているけど、どうしたの?」
「・・・え? ああぁ・・・。
・・・うん。大したことないよ。
少し、昔を思い出してただけだから」
「昔? 花畑で何か辛いことでもあったの?」
「ん~~~・・・、別に花畑そのものに悪印象があるわけじゃないんだけどね・・・。
まあ、人に歴史ありってことだよケン坊」
そしてアダリアは、少しだけ力なく笑った。
・・・どうやら、俺が簡単に触れて良いような思い出ではないようだ。
俺はアダリアを気遣い、声をかける。
「・・・そっか。じゃあ、もう先に進んだ方がいいかな?」
だが、アダリアは花畑を見つめながら俺に答えた。
「・・・ねえねえ、ケン坊」
「ん? 何?」
「昨日の夜さ、色々と協力したよね?」
「ああ、うん。色々と協力してもらったね。
おかげで助かったよ」
「だよね?
・・・まあ、恩着せがましい様で申し訳ないんだけど。
今晩はケン坊が私に協力して貰えないかな?」
「別にいいけど・・・、え? 一体、何をすればいいの?」
「えっと、詳しいことは夜になったら話すから。
とりあえず、今日はここに泊まろっか?」
「・・・まあ、はい。分かったよ」
なんとも釈然としない会話だったが、まあ、アダリアなら無理難題を押し付けたりはしないだろう。
俺は夜になるのを待つことにした。
そして夜になると、花畑は昼間とは全く違う姿を見せた。
「!! 花が!! 光ってる!!
え?! アダリア! まさかこの花畑って、魔物の群れなの!?」
「・・・ああ、うん。そうだね。
昼間に話しておけばよかったね。
ほら、ケン坊が前々から見たがっていた魔物だよ。
この花々は光球魔法に近い魔法を使うことで、夜でも光ることが出来るんだよ」
「やっぱり!! すげーーー!!
こんな幻想的な風景を現実で見れるなんて!!」
俺は興奮しながらスマホで花畑を撮影したが、アダリアはやはり何か想うことがあるのだろう。
ただ静かに、
「・・・そうだね。綺麗だね。とっても綺麗」
と答えた。
そして彼女は小さく深呼吸をすると、
「それじゃあケン坊。お願い、聞いてもらえるかな?」
と覚悟を決めた声で言った。
「え? 花畑で踊るアダリアをスマホで撮影すればいいの?
それだけ?」
「そう。それだけ。
ケン坊、お願いできる?」
「まあ、全然問題ないけど・・・」
そして俺はスマホを手に持つと、
「それじゃあアダリア、撮影を始めるよ~」
と光る花畑の中に立つアダリアに声をかけた。
「うん、お願いケン坊」
「分かった。それじゃあ撮影、スタート」
そして俺はスマホの録画ボタンを押す。
すると、アダリアは静かに歌い始めた。
それは聞いたこともないメロディーだったが、心に染みる歌声だった。
なんとか歌詞を聞き取ろうとしたが、日本語に対応する単語が存在しないのだろう。
翻訳魔法は上手く機能しない。
だが、そんなことは問題にならないくらい、アダリアの歌は素晴らしいものだった。
そしてアダリアは歌いながら、ゆっくりと踊り始める。
その光景に、俺は声が出せなくなった。
アダリアの歌と踊りは、それほどまでに神秘的な雰囲気をまとっていたのだ。
優雅に、美しく、優しく、それでいて何故か、深い悲しみと底知れぬ怒りを感じるアダリアの姿に、俺の瞳から涙がこぼれた。
理由なんて分からない。
だが、アダリアの歌と踊りは、彼女が生きた「歴史」が形となったかのような錯覚を覚えた。
俺はポロポロと涙を流しながら、必死にアダリアを撮影し続ける。
一体、どれほどの時間が過ぎたのだろう。
既に俺には時間感覚が失われていた。
出来ることなら、このままずっとアダリアの踊る姿を見ていたいと思うほど、俺はアダリアの姿に魅了されていたのだ。
そして、
「・・・ケン坊、ありがとうね」
という言葉で我に返り、アダリアの歌と踊りが終わったことを知った。
すると、少しだけ汗をかいたアダリアは静かに歩きながら俺の目の前に立ち、
「ケン坊のお陰で私も吹っ切れたよ。
・・・まあ、諦めの境地に近いけどね。
ハハハ」
と言って微笑みながら、俺の瞳に溜まった涙を指で拭ってくれた。
一方で俺は、
(ああ・・・。
俺は、この夜の事を死ぬまで忘れることはないんだろうな・・・)
と、何故か、そんな事を考えていた。
翌日。
俺たちは花畑を旅立ち、森の中を無言で進み始める。
昨晩の光景は、それほどまでに衝撃的だったのだろう。
俺たちは二人とも、昨晩の踊りの後から殆ど喋る事が出来なくなっていた。
だが、その静寂は破られる。
「ケン坊。そろそろ街に着くよ」
そしてアダリアは立ち止まると、森の奥を指さした。
「あと少し、このペースだと10分もしない位で森を抜けると思うの。
そうしたら、目指している街が見えるはずだよ」
アダリアはそういうと、優しく微笑む。
すると、何故だか分からないが、俺はアダリアの微笑みを見て胸がドキリと痛んだ。
「街に行けば、ケン坊が帰るヒントが掴めるかもしれない。
ひょっとしたら、異世界に転移する魔法を知っている人が居るかもしれない。
・・・だからケン坊。
これから街の中で何があっても、希望を捨てずに頑張ろうね?
諦めの境地なんて、何度も立つもんじゃないんだから。
ケン坊の側には、私がずっといるからね?
ね?」
そう言うと、アダリアは俺の頭を優しく撫でる。
一方で俺はアダリアに撫でられながら、森の奥を凝視し、覚悟を決めた。
そんな俺を誘うかのように、木漏れ日が風に揺れる。
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