今市陸の性体験の聞き取り①
「変なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」
俺は頭を下げた。
「体験談の聞き取りに戻りたいと思います。今市さん、お願いします」
今市は耳が隠れるほどの長髪揺らし、頭をちょこんと突き出し、会釈をした。
「先ほど休職中とおっしゃいましたね」
「ええ」
「どこか体の具合でも悪いんですか?」
「か、体は特に」
「ではうつ病とかそういった理由でしょうか?」
「……いえ。そういうのでもないです」
「では、家族の介護とか、職業訓練をしているとか」
今市は首を振った。
「特に理由もなく定職に就かず、たまにアルバイトをしているだけなんですね。失礼ですが、どうやって生活されているんですか?」
「まあ、実家暮らしなので。生活費もそんなにかからないので……」
童貞ニートというワードが頭に浮かんだ。
外見や能力のスペックが低く、女性に縁がない。そのくせプライドだけは高く、努力や妥協をして状況を変えようという選択は、本人の中には存在しない。具体的な出会いのプランは無いが、気楽に生きていればいつか自分にほほ笑んでくれる女神が現れるに違いない。そう信じながら生活しているうちに、何も起こらないまま時間だけが過ぎていく。そして、いつしか気付けば三十代。同年代の夫婦とすれ違うたびに、あんな低レベルの女と結婚するくらいなら一人でいる方がましだ。毎日金を貢がされてかわいそうに。そう心の中で悪態をつく。気晴らしはネットの匿名掲示板。
今市を見ているだけで、そのような人物像が見て取れる。
まあ、彼としても俺にそんなことを指摘されたくはないだろうが。
「不定期のアルバイトは、どういうものをやっているんですか?」
「まあ、いろいろですよ」
「いろいろ?」
「配送の補助とか、交通整理とか」
「いくら実家暮らしといっても、それだけで生活費や社会保障費は賄えるんですか?」
「……」
「どれくらいの期間、そういった生活を? 高校は共学でしたか? 高校卒業後の学歴と職歴を教えていただけますか?」
「あの、これって童貞を当てるゲームですよね」
今市は不満を露わにした。
「経歴が何か関係ありますか? 他の方には性体験を中心に質問していたと思いますが」
皮肉交じりに彼は言った。
「重要なことと考えます。その人がどういった経歴を歩んできたかが、女性との関係性に密接な影響を与えるからです」
本心だった。
共学の高校か男子校か。工学部か教育学部か。営業職か技術職か。そういった要素は、ある男が童貞かどうかに少なからず影響する。女性の少ない環境でも恋愛経験豊富な男はいるから一概にはいえないが、傾向はつかめる。
「共学の高校の普通科を卒業して、情報処理の専門学校に二年通いました。新卒で、期間工として四年くらい勤務しました」
今市は渋々答えた。
情報処理の専門学校と期間工はあまり関係ないように思える。希望する進路へ進めなかったのだろうか。
「期間工、というと?」
「自動車工場の期間工です。寮に住んでました」
「その後は」
「その後はいろいろです」
「いろいろ?」
「清掃会社とか、他の工場のライン作業とか」
「苦労されたんですね」
「……。別に」
今市がつぶやく。
「ところで一つ、初体験のことについて確認したいことがあるのですが」
「え?」
ふと見ると、彼はさっと目をそらした。
怪しい。