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福助、ため息とともに平木の推理を否定する

 しばしの沈黙があり、福助は言った。

《あきれてものも言えんよ。もう少しましな推理が聞けると思ったが。お前、本当にバカだな》

 俺は福助人形を改めて見た。

 ジェイソンマスクとマイクとスピーカーを除けば、いたって普通の置物に見える。

 サイズはバスケットボール程だ。

「じゃあネズミ……とか?」 

《ネズミ?》

「そうさ。この福助人形の中に潜んでいるネズミだよ。福助は、童貞は人間の男とは言っていない。メスネズミと交尾経験のないオスネズミがこの中にいる。童貞はネズミだ」

 福助からため息が漏れた。

目頭をおさえている対象者もいた。

《貴様には失望した。いいかよく聞け。まず私は、『この五人の男の中に一人童貞がいる』とは言っていない。『今からこの部屋に五人の男が入ってくる。その中に一人だけ童貞がいる』と言ったんだ。お前の目の前に座っている五人の対象者の男、近藤、黒咲、小野寺、半田、今市。この中に一人童貞がいる。童貞は人間だ。あの柱の中に人は隠れていない。私の中にネズミはいない》

 福助の口調からは苛立ちが感じられた。

《それから当然小野寺純は男だ。あと、手記のことだが、ナツキを、彼女、と呼んでいる場面が何度もあっただろ。それに、生理の描写はどう説明をつけるつもりだ。そもそもナツキは仮名だ。ちなみにあの手記のナツキの表記はカタカナだ。嘘だと思うなら見せてもらえ》

「福助さんの言う通りです」

 小野寺は冷たい目で言った。

「嘘だと思うなら、見て確認していただいてもいいですけど」

 小野寺はそう付け加えた。

「それは、下半身を? それとも手記を?」

「疑いが晴れるなら、僕は別にどっちでも構いませんけど」

「じゃあ手記だけ見せてくれる?」

 福助が男というのだから、そちらの方は確認する必要がない。

 小野寺は俺に手記を手渡した。

俺は手記を流し読みし、まだ聞いていなかった後半部分の内容を確認した。そこには何の変哲もない、甘美な体験談が書かれているだけだった。

「ちなみに、ナツキというのは仮名で、本当の名前は秘密です」

 先ほども言ったことを、小野寺は繰り返した。

「そうだよね。こんな怪しい場所で、彼女の本名をさらしたくないよね」

「はい、そうです」

 俺の言葉に、小野寺は頷いた。

「夏祭りでキスしたからナツキとつけただけです」

 どうでもいい。

 ゲーム室には、完全に白けた空気が漂っていた。


 まあ、こうなるとは思ったけどね。


 アホのふりをし、貴重な時間を使ってまで茶番を演じたのには、無論、狙いがあった。 

 俺には、ゲーム開始当初からかなり悔やんでいることがあった。

 それは、問題文を聞いてメモを取るとき、単語の羅列で意訳してしまったことだった。

 手元のメモ帳の最初のページには『この部屋、5人の男、そのうち一人童貞』と走り書きされてある。

 通常、話し言葉をメモする際、話者に普通の速度で話されたら、速記者でもなければ文章そのものを完全な形で書き留めることは難しい。どうしても単語の羅列になってしまう。だから、話者が伝えたい微妙なニュアンスまでは、正確には記録できない。

 俺のメモもそうだ。これらの単語だけでは、この部屋の柱に隠れた男が童貞という解釈も成り立ってしまうのだ。

 一部分だけではあるが、完全な形で福助から問題文を再度聞くことができたのは収穫だった。五人の対象者の中に童貞がいることは、これではっきりした。

 対象者の発言には、嘘や隠し事がどれだけ含まれているかわかったもんじゃない。対象者の言葉はあてにならない。それに対して福助の言うことは十倍の価値がある。少しでも正しい情報が欲しい。

 このゲーム、俺と童貞との対決であるが、俺と福助との戦いでもあるのだ。つまり、対象者と話しながら福助にも適度に会話を振り、情報を引き出す駆け引きが問われるように思う。


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