頭真っ白! え、最初から?
「すまない、待たせた」
私のいる所まで小走りでやってくるアルフリードさん。
ここまで走って来たのだろうか、額に汗をかいていた。
今の時間は日も落ちて辺りはすっかり暗い。私にはハンデにもならないけどね。
私達はあの後に一度別れ、アルフリードさんは詰所へと戻った。
なんでもアルフリードさんには魔薬調査の任が与えられていないとか……。アルフリードさん曰く、調査任務は実態の無い仕事にすり替えられ、それを先輩騎士達が全うしてくれているらしい。アホか。
そんなのを聞かされると領主様の失敗が可愛く見えるよ。
私は単独行動をしている間に下町を散策して地理の把握に努めた。
でも、さすがに路地裏などは避けといた。過去に拐われた事もある場所だし、絡まれるのは面倒だからね。
なので、アルフリードさんが合流した今だからこそ、そういった場所を調べたいと思っている。
「周りの人を見ていたので退屈はしませんでしたよ。それより、これを使ってください」
私はアルフリードさんにハンカチを渡した。
貴族の令嬢とかが使っている刺繍入りの物じゃないけどね。刺繍なんてできないし、そもそもできる環境が整ってないもの。
「ありがとう。借りておくよ」
やっぱり金髪碧眼って、プリンスって感じするよね。ホントにコレで王子じゃないの?
汗を拭うアルフリードさんを眺めながらアホな事を考える私。
やめとこ……。こんな事考えてるとポロっと口に出ちゃうからね。
「それでは、まずは貧民層が集まる場所、とやらに行きましょうか」
「あそこか……」
アルフリードさんがあからさまに嫌そうな顔をする。
「まさかとは思いますが、行きたくないなんて言わないですよね?」
「言うわけないだろ……。ただ、あまり気が乗らないだけだ」
「言っているようなものじゃないですか……」
まぁ、案内してくれるなら良いんだけどね。
私はアルフリードさんの後ろをついて行く。
しかし、さすがは王都。こんな時間なのに人が多い。
アルフリードさんから、はぐれないように注意する。
「あ、そういえば、アルフリード様は夕食は済ませましたか? 私は屋台で適当に済ませましたけど……」
ここに来た時は走って来ていたし、もしかしなくても食事はとっていない気がする。
「時間が勿体ないからね。家に戻ったら軽く食べる事もあるけど、最近は抜いているな」
「アルフリード様……」
「ん、なに?」
「どこか、お店に入りましょう。きちんと食べなきゃダメです」
「え…でも……」
「行きますよ!」
私がアルフリードさんの手を引っ張り歩き出す。
たしか、あっちの方に良い匂いがするお店があったんだよ。べ、別に私が食べたいわけじゃないからね!
アルフリードさんは夜遅くまで調査をしているって言ってたし、それなのに食事を抜いていたら体を壊しちゃう。
調査をする為の相棒が調子悪いんじゃ困るから、しっかりと食べてしっかりと働いて貰わなきゃね!
あ、ここだ。
「いらっしゃいませー」
私達がお店に入ると、女給さんが出迎えてくれる。
女給さんの案内に従って席に着くと店内を見廻す。
このお店はお酒も提供しているのか、酔っ払いもいるけど、なかなかに混み合っている。
「こういう店は初めて来たな……」
「慣れない食べ物もあるかも知れませんが、味は悪くないと思いますよ?」
もしかすると、こんなの食い物じゃねぇ! とか言われるかも知れないけど、そこはこの店に期待するとしよう。
「ご注文はお決まりですかー?」
女給の人が注文を尋ねてくるけど、私って初めてきた店だと最初にメニューの端から端まで見るところから始まるから、すぐには決まらないんだよね……。
でも、アルフリードさんはお腹減ってるだろうしなぁ……。
「この店のオススメは、どれ?」
「えーと、こちらですねー。アレッタ産牛肉とキノコの赤ワイン煮込み」
「シラハはそれで良い?」
「あ、はい。大丈夫です」
「それじゃあ、それを二つとワインは何がある?」
「あー……っと、スミマセンお客さん。ワインは赤か白のどちらかだけしか選べないんです」
「そうなんだ……。なら赤ワインを二つ」
「かしこまりましたー」
女給の人は軽い感じで注文を受けると奥に引っ込んでいく。
アルフリードさんはお腹減ってたのかな? ささっと注文を決めたくらいだし。
「お腹減ってたのなら我慢しなければ良いのに……」
「減ってはいるけど我慢できない程じゃない。ただ、僕は君と話がしたかったんだ」
「え? 急になんですか……口説いてるんですか?」
「違うよ! 午前に会った時は時間がなかったから、従者を置いてきた理由とか色々を聞けなかったじゃないか」
「ああ……そんな事もありましたね」
「他人事みたいに言うなよ……」
そんな事言われてもねぇ。
もう私の中では、かなりどうでも良い事だし……。
とはいえ仕方ない。そこは説明しておかないと安心できないだろうしね。
気は進まないけど、私はアルフリードさんにアルクーレの冒険者ギルドで痴漢野郎に遭遇した事を説明する事にした。
「それで、ソイツはどうなったの?」
私が説明を終えると、アルフリードさんが険しい顔でそんな事を聞いてきた。
「ソイツ……?」
「君を襲った、痴漢野郎またはオーク野郎の事だよ」
「私が直接関わったのは殴った時だけですし、その後は傷を癒してあげて終わりなんじゃないんですか? あの感じだと」
「正気かい?」
「殴ったことですか?」
「まさか! 殴ったのは、まさに自己防衛じゃないか。僕が正気を疑ったのは、そのオーク野郎を拘留していない事だよ」
「それは私も思いましたけど、殴り過ぎだから精算されたような事を言われましたよ?」
「あり得ないだろ……」
「同感ですね」
まぁ、その為に従者の人を置いてきたのだから、少しでもまともな罰が与えられている事を祈るよ。
「お待たせしましたー」
話し込んでいると、注文していた料理が運ばれてくる。
うわっ、良い匂いー。
「美味しそうだね」
「ですね。……では、さっそく」
「シラハ、ちょっと待って」
食べようとすると、アルフリードさんに邪魔された。食べ物の恨みは怖いんだぞ! 邪魔をするなら相応の覚悟をしなさいよ!
とか考えているとアルフリードさんが赤ワインが注がれたグラスを手に持った。
「それじゃあ、二人の再会を祝して……乾杯」
「か、乾杯」
そういう事を平気な顔して言うのやめようよ……。日本人は、そういうのに免疫ないんだぞぅ!
私だけかも知れないけども!
私は照れを隠すようにワインを一気に呷る。
なんなら樽で持ってくるがいい! 飲み尽くしてやる!
さて、馬鹿な事を言ってないで牛肉を頂くとしよう。
ぱくり。
「美味しい……」
「驚いた……。下町にこんな美味しい料理を出す店があったなんて」
失礼なくらいに上からな言い草だけど、それくらい驚いたという事なんだろうね。
本当に美味しい。もぐもぐ……
アルフリードさんは食べるのに夢中になっている。
まぁ、食べている時まで話すこともないよね。
アルフリードさんは、よほど空腹だったのか同じ物をまた注文していた。
「本当に美味しいね。今度ヴァンスにも教えてやろうかな……」
「ヴァンス様って、私が訓練場に行った時にアルフリード様を連れて来てくれた人ですよね?」
「うん。僕と同期で、よく剣の手合わせをしているよ」
「友達……いたんですね」
「君、時折すごく酷いこというよね?」
「そうですか?」
「自覚ないの?」
「初対面で、色々と文句を言ってくる人が酷いとか……」
「あの時は本当にすみませんでした……」
「冗談ですよ」
可哀想なので、これくらいにしといてあげよう。
「それで、ヴァンス様は調査に参加してくれなかったんですか?」
「ヴァンスの他にも何人か手伝ってくれてたんだけどね。こんな時間から調査するのに無報酬だからね。長続きしなかったんだ」
「やっぱり直接アルクーレで製作所を潰したから真剣味が違いますね」
「違いがあるとしたら、そこだろうね」
「つまり、あそこで一緒にならなかったら、アルフリード様も今頃は家でゴロゴロしていたかもしれないと……」
「かもね」
しかし、ここまで騎士が動いていないとは思わなかった。
こんな状況だと、領主様が言っていた貴族絡みな可能性が高い。というかアルフリードさんの話だと真っ黒だろうね。
そして、それに気付かない王族……。
無能王族にクソ貴族かよ……。
やる気無くすわぁ。帰ろうかなぁ。でも、そうするとアルフリードさんがボッチになっちゃうしなぁ……。
「アルフリード様のボッチ貴族……」
「え、なんて?」
「なんでもないです」
「いや、気になるんだけど……。そこはかとなく馬鹿にされた気がするし」
「気のせいです。そんな事ないので忘れてください」
スキルもないのに聞こえるなんて地獄耳ですか……。今度から気をつけよう。
「是非とも問い詰めたいところだけど……食事も終わったことだし、そろそろ行こうか」
「ですね」
なんとか逃れられたね。追及されたら危なかったよ。
私達は調査を再開する為に店を後にした。
あ、食事代は有無も言わさずにアルフリードさんが払ってくれた。
「また来てくださいねー」
女給の人が手を振って見送ってくれる。
美味しかったし、また来よう。
「ご馳走様でした」
「これくらい気にしないでくれ。君には礼をしたいと思っていたんだ」
「私、何かしましたか?」
「アルクーレで手伝ってくれたじゃないか」
「それでアルフリード様は今も苦労しているじゃないですか」
「そうだね。でも、そのおかげで僕は腐らずに騎士としてやれているんだと思うんだ」
「そうですか……」
自分から苦労を背負い込むなんて、アルフリードさんは苦労人だねぇ……。ハイオークを隠れて倒そうとした私が言えることじゃないけどね。
「さてと、それじゃあ行こうか」
アルフリードさんが私の肩に手を回してくる。
先日のアルクーレでの痴漢野郎の件もあるので、体が強張ってしまう。
「あの……アルフリード様?」
「どうしたんだい?」
私は緊張しているというのにアルフリードさんの方は、とても自然な気がする。貴族ではこれくらい普通なのかも知れない。でも私は辛い。
「ちょっと体が近い……ですね」
私は離れて欲しいと伝えてみる。
「ダメ……かな?」
あれ? 全然効果ないや……。むしろ力が加わった気がする。やだ怖い……
「ダメです。離れてください」
今度はハッキリと伝える。
というか、さっき痴漢野郎の話をした時は怒ってくれていたと思ったのに、これですか。男って皆こうなのかな……。
男性不信になりそうだよ。
するとアルフリードさんが私の顔を覗き込んできた。近いですヤバイです、アルフリードさんが怖い。殴っていいですか……?
「シラハ……君は綺麗だ……」
全身がゾワリとした。
これは不味い。
なんで? いつから……?
「アルフリード様……こっちに来てください」
私はアルフリードさんの手を掴むと、早鐘を打つ胸を押さえながら、人気のない路地へとアルフリードさんを連れ込む。
路地に入るとアルフリードさんが私を後ろから抱きしめてきた。
そこで、私の体は完全に固まってしまう。
「あ、あぅ……あ、ある、ふりーど様? ちょっ…と離して、くださ……」
「離さないよ……」
お願い離して?!
変な汗が吹き出そうだよ!
あわわ……どうしよう、解けない……。
いや、スキル使えば解けるんだけどね? 今使うと加減を間違えそうなんだよね。
でも私も余裕ないし……使っちゃおうか?
私が逡巡しているとアルフリードさんの拘束が緩んだ。
チャンス! と思ったのも束の間。アルフリードさんが私の体をクルリと反転させる。こういう時、小柄な体が恨めしい。
「え……」
振り返させられるとアルフリードさんの顔が目の前にあった。
もはや頭は真っ白だ。
私は避ける事もままならず、アルフリードさんにキスされた。
シラハ「アルフリード様のケダモノー」
アルフリード「違うんだ。弁明をさせてくれ」
シラハ「聞こうではないですか」
アルフリード「君は綺麗だ」
シラハ「それは聞きました」
アルフリード「君は可愛い」
シラハ「他には?」
アルフリード「小柄なのも君の可愛らしさの一つだね」
シラハ「ん?」
アルフリード「できれば、そのまま成長しないで欲しい」
シラハ「無理言わないでください。あと私は大きくなりたいので縁起でもないこと言うな」
アルフリード「そんな……大きくなってしまったら君の魅力が……」
シラハ「幼女趣味ですか?!」
アルフリード「なら大きくなる前に殺めてしまえば、君は僕の物に……」
シラハ「こわっ! おまわりさーん!」




