オーク野郎は、ぶっ殺せー!
ふぅ……文句を言って、ちょっとスッキリしたね。
あれ…なんの話をしてたんだっけ?
ちょっと腹が立っちゃって収まりがつかなかったよ。
そうそう、領主様がカイラスの話を出してきたのが悪いんだよ。アレに対して私が良い感情を持ってる訳ないのに。
「領主様。私に伝えたい事は終わりですか? それなら、私は帰りますけど……」
なんか微妙な空気になっちゃったしね。さっさと退散したかったりするんだよね。
「それなんだが、実は嬢ちゃんに頼みがある」
「…………」
なにやらレギオラさんが話しかけてきたけど、とりあえず無視だ。
たしかに私も悪い言い方はしたけれど、領主様と話をしている最中に割って入ってきて、人を掴み上げておいて謝罪も無しで何事もなかったかのように話しかけてくるなんて、どうかしている。というか謝れ。
「おい、嬢ちゃん……」
「レギオラ殿。お話の前に、まずはシラハ様にきちんと謝罪をなさるべきかと……。先程はルーク様を庇おうとしてくださったのは分かりますが、それでシラハ様に掴みかかった事実をなかった事にするのはお勧めしませんな」
「セバスチャンさん……」
セバスチャンさんに窘められ、レギオラさんが居心地が悪そうに周囲を見回す。
領主様は困ったような表情をしていたけれど、アゼリアさんは目を合わせようともしてないし、エレナさんは逆に睨み付けていた。
あれは怒ってるね。
「嬢ちゃん。その……さっきは俺も頭に血が上っちまって、手荒な真似して、すまなかった……」
レギオラさんが私に向かって頭を下げてきた。さすがはセバスチャンさんだね。まさかレギオラさんが素直に謝ってくるとは思っていなかったよ。
「良いですよ、別に。私も好き勝手に言わせてもらいましたし……」
「そうか……」
レギオラさんが少し安心したような顔をする。
単純に私に許されたからか、それでエレナさん達に恨まれずに済んだからかは分からないけど。
「それで私に頼みたい事ってなんですか?」
「それについては私から話をするよ」
領主様が疲れた顔をしていたけれど、それでも真面目な表情を作る。
領主様絡みの話かぁ……。厄介事なんだろうな……。
「シラハ、君には王都に行ってもらいたい」
「王都、ですか……」
なにをさせるつもりなんだろう。
「そこで魔薬の調査を行なってほしい」
「今しがたの遣り取りのあとにする話ですか、それ?」
「カイラスの話をすれば君の不興を買うのはわかっていたんだが、あそこまでとは思っていなかったんだ」
ほほぅ、つまり確信犯という事ですか。面白い……
「不興を買うのを前提としていたのなら、断っても構わないですね」
「いや、それは困る。シラハも知っているだろう? 魔薬中毒者の話の通じなさは……」
そんなのは当然知っている。
アルクーレに来てから、何回絡まれたか……。
「王都の方は治安が悪いのですか?」
「まだ表立って素行の悪い者が出歩くといった事はないが、貧困層が集まる場所を中毒者がうろついている、という情報もあるから、あまり悠長にもしていられん」
「王都の治安維持をする組織などは……」
「あまり警備を増やすと、民が不安がり外出が減り経済が滞る」
「なんの話ですか?」
「そんな理由で治安維持活動ができないらしい……」
「…………それは、正気ですか?」
「私から言わせれば論外だが、大抵の貴族は目先の金にしか興味がないからな」
「民が魔薬にお金を使えば、結局自分の手元に入る収入は減りますよね?」
「魔薬を売り捌いている者以外はな」
「そんな面倒な事に私を巻き込むんですか?」
凄く面倒臭そうじゃん。
どうしよう、お家帰りたい……。
「そうだ。お家に帰ろう」
「いやいやいや、ホントに頼むよ。君ならではの調べ方があるのだろ? なら、それを――」
「もし本当に貴族が魔薬に絡んでいて、私が邪魔と判断されたら、その時点で私は消されませんか?」
私も簡単に捕まったり殺されたりはしないと言いたいけど、以前あっさり捕まってしまった事があるので、できれば強い権力を持つ者を相手にはしたくない。
「万全とは言い難いが、王都での協力者は用意している」
「協力者?」
「というよりは依頼者だな。君の能力を信用していて、君を頼りたいと私に手紙を送ってきたんだ」
「もしかして、アルフリード様ですか?」
「そうだ。彼は今、若手の騎士達と共に調査を行なっているそうだが進展がないらしい。そこで君に協力を仰いだわけだ」
めんどくせー……。超めんどい。
でも、アルフリードさんか……。あの人いきなり喧嘩売ってきたけど、注意したら態度を直したんだよね。
あそこまで変わるとは思っていなかったから驚いたし、私が魔薬を飲んだ時には本当に心配してくれていた。
だから手伝うのは構わない。構わないんだけど……
他の騎士って貴族でしょ?
お偉い人も貴族でしょ?
嫌だなぁー。
「ちなみにアルフリード様の家は、どの爵位を賜っているのですか?」
「子爵家だよ。オーベル子爵は騎士の家系で、彼は次男。現当主と次期当主に何かがなければ、彼が当主になるのは難しいよ」
「なんの話ですか……」
「君がアルフリード殿に嫁いだ場合の、オーベル家掌握までの道のり?」
「嫁ぎませんよ……」
「それは失礼。爵位を尋ねてきたから、てっきり……」
貴族怖いよ! 私は権力に興味なんてないから!
「私はただ、アルフリード様の家が後ろ盾になるのかを確認したかっただけです」
「ああ、成る程。言っただろう、万全ではないと」
「ですね。子爵家では最悪の場合、取り潰しもあり得えますね……」
「怖い事を言うな。確かにあり得るが、それは君が無茶をした場合に限ると思うが……」
「なら、やはり引き受けるべきではないですね。私にはどれが無茶か判別がつきませんし」
「だが大丈夫だ。名前は明かさないが、他にも協力者はいるんだ」
「それはオーベル家より上の立場の者、という事ですか?」
「そうだ」
本当は名前を教えてほしいところだけど、多分聞いても教えてくれないよね。
誰かも分からないんじゃ安心できないよ。聞いても貴族の名前なんて知らないけどね。
「はぁ……。わかりました、お引き受けします」
……嫌だけど。
けど、頼られたのなら断りたくないって思っている私がいる。困ったね。
「そうか、助かる……」
助かる、って領主様の領地ではないよね?
単純に国が荒れると領地にまで影響がある、とかって事?
それとも領主様相手に人手を寄越すようにと催促できる人って事……?
「急がせて悪いが明朝には出て欲しい。馬車は用意しておく」
「急ですね」
「それだけ被害を抑えたい、という事だ。あと今夜は我が家には泊められんから、宿を手配しておいた」
「構いませんけど、できればファーリア様に挨拶したかったですね」
「ファーリアと会ったら、挨拶だけで済むわけないだろう……」
「分かってますけど、除け者にするみたいで申し訳ないです」
「なら戻って来たら構ってやってくれ」
「そうします」
ファーリア様には会えないのか、残念だなぁ。
では解散、みたいな流れになったところで、エレナさんが私に近付いてきた。
「シラハちゃん。もし良かったら、私の家に泊まっていかない? お母さんもシラハちゃんなら歓迎すると思うし……」
エレナさんの申し出を聞いて、私はふっと領主様に視線を向ける。
「別にどちらに泊まっても構わないぞ。そちらの娘の家に泊まるのなら宿の方はこちらで予約を取り下げておく」
「では私はエレナさんの家に泊まるので、そちらの方はお願いします」
とくに悩むこともなく私はエレナさんの家に泊まる事を決める。
友達の家にお泊まりだー!
これで話は終わりだ、と領主様とセバスチャンさんはすぐに帰っていく。
あまり外にいると、ファーリア様に怪しまれるのだとか。
なんか浮気をしている旦那さんみたいな発言だよね。
レギオラさんは、まだ仕事が残っていると言いながら倒れた棚を起こして中身を戻していた。大変だね。
エレナさんとアゼリアさんは、とっくに仕事時間は終わっているみたいだけど、とりあえず中途半端になっていた仕事だけ片付けてから帰るとの事で、私はそれを待つことになった。
ミューゼルおばあちゃんはお休みみたいで、書庫には誰もいなかった。
いつもミューゼルおばあちゃんが一人静かに本を読んだりしている暖かな空気が好きだけど、無人の書庫の空気は冷たくて寂しい雰囲気にさせられる。
私は書庫から離れて一階に下りると、それなりの人数の冒険者達がいた。
半数はオヤジさんの所で飲み食いしていて、残りは受付待ちだ。
何人かの冒険者と目が合うと手を振ってくる。同じパーティーなのかな?
好意的な様子なので私も手を振り返す。そういえば私はそれなりに有名だとか以前聞いた気がする。
私って、あまり人に近づこうとしないから、冒険者とは接点が少ない。
でも、それで仲良くなれる人との繋がりを得るチャンスを逃していたら、それは勿体ない。
良い人だって中にはいるんだから。
私は、道中で拾ったソロの冒険者になんだかんだと気を遣ってくれたリィナさん達を思い出して、クスッと笑みが溢れる。
その瞬間に周囲からザワリと声が上がった気がした。
あ、またスキルの影響が漏れたっ!
少し笑うだけで、この反応とか、やっぱり私は外に出ないで引き篭もっていた方が良いのかも知れぬ……。
周りの人達が私をチラチラと見ながら動き出す。
うーん、エレナさん早く仕事終わらないかな……さっさとギルドを出た方がいいかも。
私が少し周囲を警戒すると、そこへエレナさんの声が聞こえてきた。
「シラハちゃん、待たせてゴメンね!」
「いえ、大じょぅ――」
「うぉっと…手が滑っちまったぜ……」
大丈夫です、と言い掛けたところで背後から手が伸びてきた。
エレナさんに意識を取られたタイミングだったので反応が出来なかった。
背後から伸びた手は、そのまま迷う事なく私の胸を鷲掴む。ピシリと体が固まった気がした。
胸を掴んだ手は私が動かないのをいいことに胸を揉み始める。誰だ揉める程の胸が無いとか言ったヤツは!
私は一人ツッコミで不快感、嫌悪感、悪寒を吹き飛ばすと、私の胸にある手を掴むと変な音がするくらい捻る。
「あぃでででで?! 何しやがるんだ! 離しやが――」
捻った腕からボキリと音がするのと同時に、振り向きざまに痴漢野郎の顔面に拳を叩き込む。
私の【竜気】と【剛体】と怒りの三種盛りのパンチで、盛大に吹き飛ぶ痴漢野郎。
私は意識があるかも分からない痴漢野郎に近付き、仰向けにさせた後、馬乗りになると拳を振り上げる。
いきなり胸を揉まれた。コイツはアレだ。女性を攫って酷いことをするオークと同じだ。
「そんなオーク野郎は…………死ねっ……!」
馬乗りになったまま私はボッコボコに男を殴り続ける。
痴漢オーク野郎は、もはや殴られるたびにピクピクと動いているだけだ。
「お、おい! 止めろよ、ソイツ死んじまう!」
「お前、止めてこいよ。仲間なんだろ?」
「仲間だけど、あの嬢ちゃん……なんかヤバくね?」
「あのブチギレ方からすると、過去に何かあったのかもな……」
なんか外野が煩い。
それにいくら殴ってもスッキリしない。
なんで私、こんなにイライラしてるんだろ……。
「シラハちゃん!」
エレナさんの声で、思考が途切れる。
良かった、あのままウジウジとしてたら不味かったかも……。暗くなったところで良いことなんてないからね。
そこで、ようやく自分が注目を集めている事に気が付く。
(みんな見てる……)
私がやった事を考えれば当然なんだけど、私は被害者だと主張したい。まあ、ほんの少し過剰防衛だったかもだけどね。
頭が重いな……。
嫌な事があったからかな?
またみんなに変な物でも見るような目で、見られるのかな……。
みんなの視線が生まれたばかりの頃の、私を見る大人達の視線と重なる。
気持ち悪い。
きもちわるい。
キモチワルイ。
なんで、みんなして私をそんな目で見るの……?
全部、私が……悪いの……?
私は立っている事ができなくなり、床に倒れ込むと意識を手放した。
シラハ「え、やり過ぎ? いえいえ、同意もなく触った不届き者には、容赦しませんよ」
エレナ「シラハちゃん、一緒にお風呂入りましょー」
シラハ「はーい!」
エレナ「シラハちゃん、洗いっこしない?」
シラハ「いいですよ」
エレナ「やった! じ、じゃあ…私から……」
シラハ「エレナさん、なんか鼻息荒いですよ?」
エレナ「本人から許可が出たから、合法的にシラハちゃんに触りたい放題!」
シラハ「なん…だと…!」
エレナ「ふふふ……。いつから浴場にシラハちゃんを触りたい人間がいないと錯覚したの?」
シラハ「いやー! エレナさんが肉食獣の目つきになってるー!」




