海だー!
ここは……どこ?
全部が白黒で、目の前にいる人も、自分の姿も曖昧な世界。
そんな全てが曖昧なこの場所でも、わかる事はある。
目の前のこの人は私の両親だ。
ヤメテ……。
叩かないで、殴らないで、蹴らないで……。
痛いのも、苦しいのも、熱いのも、冷たいのも、ひもじいのも全部イヤ。
私は家の外に出ちゃいけない。
何故かは知らないけれど、お母さんが私は生まれていない事になっている、って言っていた。
だから家の中では喋っちゃいけないし、物音も立てちゃいけない。
私が殴られるのは私がそこに居る、という音を立てるからだと言われた。
なら悪いのは私。
お父さんとお母さんを困らせないように静かにしてなくちゃ……。
だから帰って来て……。
もう、一人はイヤだよ。
ああ、寒いな…………お腹減ったな……。
なん、か…凄、く眠た…いな……、だれか…私を……助け…………
「ん……」
全身に吹き付ける風で私は目を覚ます。
何か凄く辛い夢を見た気がするけど、よく覚えていない。
むくりと体を起こせば青空一色の景色と眼下に広がる雲海。
こんな風景を見られる幸運な人は私くらいだと思う。
「シーちゃん、おはよう。体の調子はどうかしら?」
私が空の景色に見惚れていると、真後ろから声をかけられる。私、母さんに抱きかかえられながら寝てたんだ。
空を飛んでいる状況から考えれば母さんの背中に乗っている、と思っていたけれどよく見れば父さんの背中だった。
まだ、寝ぼけているみたいだね。
「もう大丈夫だよ。私どれくらい眠ってたの?」
「今はお昼頃の時間だから丸一日くらいかしらね。ただ夜明け前にはシーちゃんの魔力もほとんど回復していたから、シーちゃんを抱きしめながらの空の旅を始めちゃったわ」
母さんがニコニコと嬉しそうに笑っている。
きっと父さんと取り合いをしたに違いない。そして容赦なく叩きのめしたんだと思う。精神的に……
あとで父さんを慰めておこう。
「それよりシーちゃん、お腹減ってない?」
「お腹……? たしかに減ってるかも……」
なんか凄くお腹が減っていた気がするんだよね。なんでだっけ?
「そっか、それじゃあ、はい。あーん」
母さんが私を抱きしめたまま、どこからか取り出した魔物肉を私の口へと運んでくる。
母さんの拘束が解けないので、私は止む無くそのままの状態で食べる事にする。
「あ、あ〜ん……」
もぐもぐと黙って食べる。
「美味しい?」
「う、うん。美味しいよ……」
恥ずかしいよ……。
どんな羞恥プレイ? 餌を貰う雛みたいだね。
でも、こんな恥ずかしい行為でも嬉しく感じるのだから自分が分からない。
そんなこんなしていると、何処までも続いているように見えた雲海に切れ目が見えた。
そこからは、空とは違った青が太陽の光を反射させながらキラキラと照らされていた。
「海だっ!」
遠くに見える海に私は胸を躍らせる。
さすがに父さんの背中から真下の海を覗くのは危ないので、母さんに抱えられたまま辺りをキョロキョロと見回すだけに留めておく。
少ししてから、父さんが高度を下げていく。
どこか降りる場所を見つけたのかな?
ぶわりと何処かの砂浜へと着地する。
懐かしい潮の香りだ。
私と母さんが父さんの背中から降りると、父さんも人化して三人で海を眺める。
「ふむ。海は塩っ辛くて飲めんし、水を浴びればベタつくから近づく事はあまりしなかったが、こうして見ているだけというのも悪くないな」
「そうね……。それに何故だか楽しく感じるわ」
「たしかにな」
「うん。私も楽しい……」
父さんと母さんと海を見ている。ただ、それだけなのに、なんでこんなにも満たされるんだろう。
凄く楽しくて、嬉しくて、温かくて、胸が苦しいよ。
「シーちゃん……? どうしたの!?」
母さんが私を見て慌てている。母さんの指が私の頬に触れると涙を拭ってくれた。
私、泣いていた?
「ありがと。海を見れて感動しちゃったのかな……」
とりあえず適当に誤魔化しておく。母さんを騙せるとは思えないけど、自分でも分からないので答えようがない。
感動して泣いていた? そんな事ない。
別に海なんて珍しくもないんだし。
「さて、シラハよ。海ではどのようにして過ごすのだ?」
父さんが唐突にそんな事を言い出してきた。
一体どうしたの?
「海に来たいと言ったのだから、なにかやりたい事があったのだろう? なら、やりたい事を全て言え。我が最後まで付き合うぞ!」
「ええ、娘との思い出作りだもの。私も一緒よ」
二人は当たり前のように私と一緒に居てくれるんだね。
それは嬉しい事だけど、寂しくもあるね。
私は二人より先に死んじゃうんだから。
寿命。それは、まだ何十年も先の話だけど、竜である二人にとっては決して長くない時間。
だからこそ、こうやって私と一緒に居てくれてるんだろうけど、私は二人の重荷になってはいないのかな……。
でも、ここでそれを聞くのは野暮だよね。
なので私は二人に、いくつかの遊びを提案して遊び倒す事にした。
まずは砂浜で砂のお城作り。
チマチマと砂を集めるのに飽きた父さんが、竜の姿になって大量の砂を集めてくれたので、【迷宮領域拡大】と【迷宮創造】を使って、チャチャっと日除けを作る。
魔力はそれなりに使ったけど、砂山に範囲を絞ったので、まだ大丈夫だ。さすがにイスとかは無理だけどね。
お次は食料調達も兼ねて釣りをしてみた。
当然だけど釣竿がなかったので、丈夫そうな木の枝と蔦を使って、釣り針は父さんが自分の鱗を加工して釣り針にしてくれた。
私が砂浜に描いた絵だけで、ちゃんと作ってくれたし父さんって意外と器用なのかもしれない。
でも、せっかく作った釣竿は掛かった魚に折られて私達の釣果はゼロだった。
そしたら父さんが海に向かって【竜咆哮】を放って、何匹もの魚や魔物がプカプカと浮いてきたので、私が食べられる分だけ【水渡】を使って回収してきた。
【水渡】は、やっぱり水の上を移動できるスキルで、海の上でも地面と同じように歩いたり走ったりする事ができた。
浮いていた海の魔物はキラーフィッシュという、大きなピラニアみたいな魚ばかりだった。
大きさは1メートルくらいだね。
あとは泳いだりして遊ぶ。
本当はスイカ割り、ビーチバレー、花火とかやりたい事はあるんだけど道具がないからね。残念。
空が茜色に染まってくる時間帯。
もう帰らなきゃ……という気分にさせられる。
(遊び過ぎたね……そろそろ帰らないと)
片道でどれくらいの時間がかかったのかは分からないけれど、すでに夕方なので今から帰っても夜中になっちゃうね。
「楽しかったね。そろそろ帰る?」
私が帰る事を提案すると二人が顔を見合わせる。
「いや、今日は泊まっていくぞ」
「え、どこに?」
私が作った日除けがあるけど、もしかしてここで寝るの?
「この近くに泊まれる所があるのよ」
「あ、そうなんだ」
母さんの言葉に少しホッとする。
波の音に耳を傾けながら寝るのも悪くはないけど、できれば静かに寝れる場所が良い。
父さんが竜になって私達は移動を開始する。
移動を始めて、すぐに私は首を傾げた。
なんで海岸沿いに移動するのだろう?
寝床なら洞窟のような場所なはずなのに、どこを目指しているのかな?
すると前方に街が見え始めた。
もしかして泊まる場所って……。
「ねぇ母さん。泊まる所って、もしかしてあの街?」
「そうよ」
「おおぅ……」
まさかの街だよ!
竜である母さん達は最初から街に泊まるつもりで、人の私が泊まる所=洞窟って思ってるあたり、かなり毒されているね……。
それにしても母さん達は、あの街に行った事ってあるのかな?
「母さんは、あの街にはよく行くの?」
「いいえ、初めてよ。どうして?」
「じゃあ、父さんが入り浸ってたりは……」
「シーちゃんが娘になった今ならともかく、ガイアスが人間の街に興味を持つと思う?」
「思わない……」
「でしょ?」
どうしよう、物凄く不安になってきた。
母さん達は人の文化について、どれくらい知っているんだろう。問題とか起こさなきゃいいけれど……。
街に近付くと、父さんは人化して私達は街の入り口まで歩いて行く。
すると入り口には何人かの見張りが立っていた。
私達が近付くと、一人の見張りが止まるように指示する。
「子連れで旅とは酔狂な親だな……」
見張りが私達を上から下へとジロジロと見てくる。
あまり父さんを刺激しないでよね……。
私が内心、凄く焦っていると、さらにもう一人近づいてくる。新手かっ
追加でやってきた見張りの人が、父さんに話しかけてくる。
「通行料は三人分で、9000コールだ」
「む? なんだ、それは?」
「なにって、通行料だが……」
ちょ、ちょっと父さん?! 通行料も知らないでよく街に行こうなんて思ったね!
そんな言ってる意味分かりません、みたいな顔されても見張りの人も困ってるよ!
「あ、あの!」
慌てて私が前に出る。
「スミマセン……父さん達は街に来たことがないので勝手が分からないんです」
「そうなのか? それで、通行料は君が払うのかい?」
「はい。……えっと、今は手持ちがないので冒険者ギルドでお金を引き出したいんですけど大丈夫ですか?」
「あ…ああ、大丈夫だよ」
私が冒険者カードを見せると、見張りの人が少し驚いた顔をしていたけれど、普通に対応してくれた。
「それじゃあ、俺は冒険者ギルドまで付き添ってくるから、あとはよろしくな」
「うっす」
最初にジロジロ見ていた人が、付き添ってくれる見張りの人の言葉にペコリと頭を下げながら返事をしていた。
付き添ってくれる人は、対応もしっかりしてるし好感が持てるね。
「あ、そうだ。父さん達の身分証って作らなきゃダメですかね?」
これは確認しておかなきゃ不味い。
冒険者カードを作ると年齢が表示されてしまう。見た目は騙せても年齢は誤魔化せないと思うので、冒険者カードを作るのだけはダメだ。
「普通なら作るのを勧めするけど、君の両親は観光でここに来たのかな?」
「はい、そうなんです。村からあまり出ない二人に街を見せてあげたくて」
「優しい娘さんだね」
「そうだろう? 我の自慢の娘だ!」
「あはは。ウチの娘もこんな子に育ってほしいよ」
「貴様はなかなか見る目があるからな! その目が曇らなければ問題ないぞ」
「そりゃどうも」
父さん、打ち解けるの早いね。喋り方は尊大なままだけど、人と話すのは抵抗ないんだね。
そのまま父さんと見張りの人は冒険者ギルドまで娘談議をしていた。まだ話の途中だったんだけど……。
冒険者ギルドにつくと、私はすぐに受付に向かって口座に預けてあったお金をいくらか引き出した。
それを母さんが私の後ろにピッタリついて観察していた。
お金を受け取った私は、父さんと盛り上がっている見張りの人に通行料を支払う。
「あ、ちゃんと通行料は頂いたよ。さて、もっと話していたいけれど、俺は戻らなきゃ」
「そうか、ではレオよ。またな」
「ああ、ガイアスもまた。何か困った事があったら声をかけてくれよ」
そう言って見張りの人は手を振って去っていった。
って、父さんいつの間に名乗ってたのさ。お互いに名前で呼び合ったりして。その順応力に驚きだよ。
そして私達は受付で宿屋の場所を聞いてから、冒険者ギルドを出ると宿屋に向かう。
もう早くお風呂に入りたい……。
海で泳いだから体がベタベタだよ。
受付で聞いた話だとこの街では潮風で体がベタつくので、大きい木の桶にお湯を溜めてお風呂代わりに使うらしい。
それなりに値段は高くなるみたいだけどね。
教えて貰った宿屋に辿り着いて中へと入る。
木造だけど、なかなか大きい建物だ。
「いらっしゃいませ、宿泊ですか? お部屋はどうなさいますか?」
「どう、とは?」
母さんが聞き返す。
私の周りに大人がいると、私に話しかけてこなくなるから、ちょっと困るね……。
私はすぐにずずいっと前に出る。
「あ、部屋は一部屋で大丈夫です」
「かしこまりました。お食事はどうなさいますか」
「食事は部屋で食べるので、オススメを三人前お願いします。それと体を洗いたいのでお湯もお願いします」
私はさっさと手続きを済ませ、二人を連れて部屋へと移動した。
部屋に入ると、すぐに鍵を掛ける。
「父さん、母さん」
「なんだ?」
「シーちゃん、どうしたの?」
二人して首を傾げる。見た目は整った顔の立派な大人なのに所作は子供のようだ。
「お金もないのに、なんで街に来ようなんて思ったの?」
「シラハと来たかったからな」
「そうよ、シーちゃんと色んな所に行きたかったもの」
「それは嬉しいけどね……。二人は身分証を作れないから、私の冒険者カードを使わなきゃいけないの。だから前もって言っておいて欲しかったよ。街の事も少しは説明できただろうし」
二人が何を仕出かすか分からなかったので、本当に気が気ではなかった。
「スマン……シラハが喜ぶと思ってな」
「私達も浮かれ過ぎたわ……シーちゃん、ゴメンなさいね」
そんなに落ち込まないでよ……私が悪い事をしたみたいじゃん。
「分かってくれたなら良いよ。私も怒ってるわけじゃないし、嬉しいのも本当だよ」
だから元気を出してほしい。
「それじゃあ、少ししたらご飯がくるから人の食事を堪能してみてよ。そしたらお風呂だね。それらが終わったら、寝るまで街について簡単に説明するから」
「うむ。我が娘は頼もしいな」
「頼りにしてるわ」
最初はかなり焦ったけれど、頼られるのは悪い気はしないね。
普段は頼りっぱなしだし。
二人は食事やお風呂にどんな反応するんだろうね。今から楽しみだよ。
あ、まだ街の名前も分からないや。
でも、三人で街を散策するのも楽しそうだね。
さて、明日から何をしようかな。
シラハ「ふー。お風呂入って、さっぱりー」
母さん「シーちゃん、気持ち良かったわねぇ」
シラハ「だね。って、あれ父さんは?」
母さん「いないわね。どこ行ったのかしら?」
父さん「レオよ聞いてくれ……」
レオ「さっきぶりだな、ガイアス。どうしたんだ?」
父さん「実は……娘に一緒にお風呂入るのを拒否されたんだ!」
レオ「えっ……そりゃ、されるだろ。ガイアスの娘は13歳だろ? その年なら普通だって」
父さん「まだ一度も一緒に入った事がないのだぞ?!」
レオ「知らんがな……」




