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アーネム戦記外伝 目指せ!世界一の歓楽街  作者: Tanu1016


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9/9

いい男⑨ さらば、心の故郷

 カジノで手にした大金は、リオたちの旅程を大きく狂わせた。


 本来なら、セントハイムには数日ほど滞在し、そのままアスナムへ向かう予定だった。


 だが。


「今日はどこ行く?」


「昨日は劇場でしたから、今日は別のところにしましょうか」


「競馬は?」


「ゴルッシが出ないなら行ってもいいと思いますが」


「まだ根に持ってるの?」


「お嬢様もでしょう」


「もちろん。あんな駄馬二度と見たくない」


 金がある。


 遊ぶ場所もある。


 そして何より、先を急ぐ理由がない。


 ならば、もう少しくらい遊んでもいいだろう。


 最初は、その程度だった。


     ◇


 一週間が過ぎた。


 酒場へ行った。


 芝居を見た。


 競馬場にも行った。


 賭場では、今度こそ妙な男に騙されないよう気をつけながら、それでも普通に遊んだ。


「ねえ、マルタ」


「何です?」


「昨日の酒場にいた男、結構よかったよね」


「どの男です?」


「金髪の」


「金髪だけでは分かりません」


「私に酒奢ってくれた人」


「ああ。あれですか。悪くはなかったですね」


「今日もいるかな」


「……見に行きます?」


「行こ」


「行きましょう」


 少し後ろを歩いていたロルフが首を傾げる。


「マルタさん」


「何です?」


「お嬢様を止めなくていいんですか?」


「何をいっているのですか、監視業務です」


「……そういうことにしておきます」


     ◇


 一か月が過ぎた。


「お嬢様」


「何?」


「さっきの酒場で『いつものお二人ですね』と言われました」


「常連になったってことじゃん」


「別の店でも言われました」


「顔が広いねぇ」


「昨日は賭場でも言われました」


「人気者だ」


「競馬場でも係員に顔を覚えられています」


「もうセントハイム市民じゃん」


「アスナムへ帰ってください」


「嫌」


 即答だった。


     ◇


 二か月。


 三か月。


 気がつけば、三人は歓楽街のどこへ行っても誰かしらに声をかけられるようになっていた。


 小柄な黒髪の女。


 眼鏡をかけた女。


 そして、その二人に振り回されながら荷物を持っている大男。


 酒場にいる。


 賭場にもいる。


 競馬場にもいる。


 劇場でも見かける。


 あまりにも羽振りよく、あまりにも好き勝手に遊んでいるため、いつしか歓楽街では妙な噂まで立ち始めた。


「また、あのチビとメガネか」


「昨日は西通りで飲んでたぞ」


「昼は競馬場にいた」


「その前は南の賭場だ」


「あいつら、いつまでセントハイムにいるんだ?」


 そんな話が、表通りだけでなく、少し怪しげな店の奥でも交わされるようになっていた。


 夜の酒場には、商人だけが集まるわけではない。


 興行師。


 賭場の用心棒。


 金貸し。


 港で荷を動かす男たち。


 表では名前を出せない商売をしている者までいる。


 だが、リオは相手の素性など大して気にしなかった。


「リオ、この前言ってた酒が入ったぞ」


「ほんと? 後で飲みに行く」


「今度いい店教えてやるよ」


「男いる?」


「そこから聞くのかよ」


「重要でしょ」


 マルタも似たようなものだった。


 酒さえ入れば、相手の身分など関係ない。


「おい、もう一杯持ってこい!」


「マルタさん、飲みすぎでは?」


「うるせぇ、ロルフ。今日はまだまともだ」


「その口調になった時点で駄目だと思います」


「誰が駄目だぁ?」


「私です。私が悪かったです」


 そんな毎日を繰り返すうちに、酒場の主人も、劇場の役者も、賭場の人間も、裏通りの顔役も。


 いつの間にか。


 あのチビとメガネを知るようになっていた。


     ◇


 四か月が過ぎた頃には。


「リオ!」


 通りを歩いているだけで、酒場の二階から声が飛んでくるようになっていた。


「今日も来るんだろ!」


「あとで行く!」


「マルタも連れてこい!」


「勝手に名前呼ぶな!」


 マルタが怒鳴り返す。


「随分馴染みましたね……」


 ロルフが呟いた。


「生まれ故郷だから当然よ」


 リオは満足そうに辺りを見渡した。


 昼も。


 夜も。


 いつ来ても人がいる。


 誰もが何かを求めている。


 酒。


 芝居。


 金。


 恋。


 刺激。


 夢。


 そして、この街はそれを否定しない。


 金さえ払えば、欲しいものを差し出してくれる。


「やっぱり」


 リオはしみじみと言った。


「ここ、私の故郷だわ」


「違います」


 マルタが即答する。


「心の故郷」


「それならもう好きにしてください」


     ◇


 五か月。


 そして。


 半年近くが過ぎた。


 季節まで変わっていた。


 最初は旅の途中に立ち寄っただけだった街。


 それが今では、行きつけの酒場があり、馴染みの劇場があり、賭場の人間とも顔が繋がり、競馬場では係員にまで顔を覚えられている。


 リオは完全にセントハイムでの生活を満喫していた。


 そして本人は、この日々がまだまだ続くものだと思っていた。


     ◇


 ある朝。


「お嬢様、お話があります」


「ん?」


 宿の部屋。


 鏡の前で髪を整えていたリオは、振り返りもせずに答えた。


「今日はどこで遊ぶ?」


「その話ではありません」


「じゃあ夜? 昨日の店もう一回行く?」


「お嬢様」


 妙に真面目な声だった。


 リオが振り返る。


 マルタが立っている。


 その後ろには、ロルフ。


「何?」


「そろそろ、アスナムへ帰らないと」


「……」


 リオは数秒だけ考えた。


「別に帰らなくていいよ。あんな田舎」


「あなたが継ぐべき領地でしょう」


「まだ、ジンドおじ様も健在だし、私がいようがいまいがアスナムには関係ないよ」


「そういう問題ではありません」


「私はここで暮らす」


「駄目です」


「というか、生まれた時からここの住民だった気がする」


「そんな事実はありません」


「家買おうかな」


「お嬢様」


「マルタ、どんな家がいいと思う? 表通りに空き家が出てたじゃん。あそこ結構よくない?」


「……」


「一階を酒場にしてもいいよね。二階に住んでさ。競馬場にも近いし、賭場も歩いて――」


 マルタは深いため息をついた。


 そして。


 完全にセントハイムへ居着くつもりの主人を、じっと見る。


「これはもう駄目ですね」


「何が?」


 マルタが横を向いた。


「ロルフ」


「はい」


「やりなさい」


「え?」


 次の瞬間。


 後ろから伸びてきた太い腕が、リオの身体をがっちりと捕まえた。


「わっ!?」


 そのまま。


 ひょい。


 足が床から浮く。


「ちょっ、ロルフ!」


「お嬢様、ごめんなさい」


「何してんの! 降ろせ!」


「本当にごめんなさい」


 そして。


 抱え上げたリオを、ロルフは手早く簀巻きにした。


「はぁ!?」


「申し訳ありません!」


「なんでそんなもの準備してんのよ! ちょっと待て! ほどけ!」


 布にぐるぐると巻かれたリオが、芋虫のように暴れる。


「主人に向かって何するんだ! クビにするぞ!」


「本当に申し訳ありません!」


「謝りながら続けるな!」


「マルタ!」


「はい」


「止めろ!」


「できません」


「なんで!」


 マルタは平然と答えた。


「私も主人からの命令です」


「何言ってんだ! まだ昨日の酒が抜けてないのか!」


「……」


「お前の主人は私だろ!」


 マルタが深くため息をつく。


 その時だった。


 扉が開いた。


「ご苦労様」


 聞き覚えのある男の声。


「……」


 リオの動きが止まった。


 恐る恐る。


 入口を見る。


「おじ様……?」


 そこに立っていたのは、ジンドだった。


「随分と楽しんでいたようだな」


「……まあ」


 リオは簀巻きにされたまま、気まずそうに目を逸らす。


「って、なんでおじ様がここに?」


「マルタとロルフから手紙が来てね」


「手紙?」


「お前がまったく帰る気を見せなくて、ほとほと困っていると」


「……」


 リオがゆっくりマルタを見る。


 マルタは何食わぬ顔をしていた。


「それに、ちょうど商売でセントハイムへ来る用事もあったからね。なら、ついでに様子を見ていこうと思って」


「そうなんだ……」


 リオは引きつった笑みを浮かべる。


「でも、ちょうどよかった。私も明日にでも帰ろうかなぁって思ってたところで――」


「昨日から見ていたが」


「……」


「酒場で『もうアスナムには帰らない』『ここに永住する』と言っていたね」


「げぇ……」


 逃げ道が消えた。


 ジンドは簀巻きになったリオを一瞥すると、マルタとロルフへ目を向けた。


「二人とも、ご苦労だった」


「はい」


 マルタが一礼する。


「……」


 その様子を見ていたリオの目が細くなった。


「裏切ったな、マルタ!」


「裏切っておりません」


「何が裏切ってないだ! お前だって毎晩一緒に飲んでたじゃん!」


「私はお嬢様の監視をしていただけです」


「嘘つけ! 監視だったら知らない男と朝まで飲む必要ないだろ!」


「……」


「この前だって金髪の男に酒奢らせて――」


 マルタが、ゆっくりリオへ視線を向けた。


「……」


 何も言わない。


 だが。


 その目は、はっきりと言っていた。


 ――余計なことを言うな。


「……」


 リオにも、その意味は分かった。


 分かったが。


「あと南通りの酒場でも――」


「ロルフ」


「はい」


「ちょ、待て」


 ロルフは申し訳なさそうな顔をしながら、一枚の布を取り出した。


「お嬢様、本当にごめんなさい」


「待って待って! まだ全部言ってない!」


「もごっ!」


 猿ぐつわを噛まされた。


「んんんんっ!」


 簀巻きのまま、リオが猛烈に暴れる。


 マルタは満足そうに一度だけ頷いた。


「これで静かになりました」


「もごーーー!」


 ロルフがリオを抱え上げる。


「では、行きましょう」


「はい」


「もご! もごごごご!」


 廊下へ。


 階段を下り。


 宿を出る。


 今日も。


 セントハイムは美しかった。


 大通りには人が溢れ、遠くから音楽が聞こえてくる。


 劇場の前には新しい演目の看板が立ち、酒場の窓からは朝だというのに笑い声まで聞こえていた。


「んんんんんん!」


 ロルフの肩越しに。


 リオが動きもしない手を必死に街へ伸ばそうとする。


「もごーーー!」


 だが。


 無情にも。


 心の故郷は、少しずつ遠ざかっていった。


     ◇


 こうして。


 パドゥーラを飛び出してから一年近くに及んだ、リオの旅は終わった。


 最後は簀巻きにされ。


 猿ぐつわを噛まされ。


 ロルフに抱えられたまま。


 心の故郷とまで呼んだセントハイムから、アスナムへ強制送還された。


 酒を飲み。


 男を追いかけ。


 芝居を見て。


 競馬に熱狂し。


 賭場で騙され。


 それでも最後には大金をせしめて、半年近く遊び続けた。


 どう考えても。


 立派な旅ではない。


 本人に聞けば、きっとこう答えるだろう。


 ――最高の旅だった、と。


 そして。


 この旅で見たもの。


 出会った人々。


 酒場も。


 劇場も。


 競馬場も。


 賭場も。


 夜になれば灯りに満ち、人々の欲望さえ楽しみに変えてしまうセントハイムという街も。


 そのすべてが。


 やがて、一つの夢へと繋がっていく。


 もっと楽しい街を。


 もっと人が集まる街を。


 誰もが遊ぶために訪れるような街を。


 そして何より。


 毎日、自分が心ゆくまで遊べる街を。いつか。


 自分の手で作ってみたい。


 この頃のリオは。


 まだ、その夢がどこまで大きくなるのかを知らない。


 これは。


 後に――


 **世界一の歓楽街を築いた女の、若き日の物語である。** 

 

「面白かった!」「別の外伝もかけ!」

→ 下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に!


駆け出しなので皆さんから反応していただけると喜びます。

感想も気軽にお寄せいただけると嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたします!



なお、本編をお読みでない方がいたら是非本編もお読みください。

https://ncode.syosetu.com/n4723mo/

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