いい男① 筋トレの町のイケメン
この作品は本編『アーネム戦記』とは異なり、コメディ色強い作品となっていますのでご注意ください。
登場人物
都市同盟セントハイム地方図
「いい男いないかなぁ」
リオは上機嫌だった。
カーライルの大通りを歩きながら、右を見て、左を見て、ときにはわざわざ振り返ってまで道行く男たちを眺めている。少しでも目を引く男がいれば足を緩め、隣に女がいると分かれば、すぐに興味を失って次へ移った。
「……お嬢様」
「何よ」
「先ほどから何をなさっているのですか?」
「見れば分かるでしょ。いい男探し」
リオは悪びれもしなかった。
ここカーライルは、都市同盟随一の軍事都市である。
都市同盟には大小さまざまな都市が加盟しているが、その中でもカーライルは少し毛色が違う。
かつてカーライル公と、その寄子であった貴族たちが領地ごと都市同盟側へ寝返った。そのため、自治都市が多数を占める都市同盟にあって、今なお公爵を頂点とした貴族制度が残されている。
もっとも、古臭い身分社会というわけではない。
貴族と平民の婚姻が禁じられているわけでもなく、現在七十を越えた老カーライル公も、亡き妻は平民の出だった。
それよりも、この土地で何より重んじられているものがある。
強さである。
身体を鍛えることは美徳。
剣を磨くことも美徳。
男も女も、強い者は尊敬される。
大通りには武具を扱う店が並び、道場の前では若者たちが木剣を振っていた。少し先の広場では上半身裸の男たちが腕相撲に興じ、その脇を鍛え上げられた女兵士が走り抜けていく。
「暑苦しい街よね」
「昨日も同じことを仰っていました」
隣を歩くマルタが答えた。
二十八歳。
リオの侍女であり、副官でもある。
その少し後ろでは、三人分の荷物を抱えたロルフが歩いていた。
二十七歳。
身長百八十五センチの大男で、アスナムからリオの護衛として派遣されている。見た目に反して少々気は弱いが、公家の娘の護衛を任されるだけあって腕は確かだった。
「あ」
リオが突然足を止めた。
向こうから、訓練帰りらしい若い兵士たちが歩いてくる。
揃いの軍装。
よく鍛えられた身体。
互いの肩を叩きながら、楽しそうに笑っている。
リオの目が、一人ずつ追っていった。
「……訂正」
「何をです?」
「ここ、結構いい街かも」
「何がでしょう」
「男」
「…………」
マルタが黙った。
「見てよ。みんな結構鍛えてるじゃん」
「カーライルですから」
「顔も悪くない」
「個人差があります」
「あの人なんかいいかも」
リオが少し先を歩く男を指差す。
「隣に妻らしき女性がおります」
「じゃあ駄目」
「何を選別しているのですか」
「だから、いい男」
後ろでロルフが苦笑した。
「まあ、若い兵士は多いですからね」
「でしょ?」
「ロルフ、余計なことを言わないでください」
「す、すみません」
ロルフは素直に黙った。
三人がこの街までやってきた理由は、もちろん男探しではない。
少し前まで、リオはパドゥーラにいた。
従姉であるエル=リージェットが、パドゥーラ侯アムル=ドゥットゥカースの制止を振り切り、リービッヒへ出奔した。
その後、パドゥーラとリービッヒ中央との関係は急速に悪化した。
そして最終的にアムルは、エルを国家反逆罪で訴追し、自らドゥットゥカース家との絶縁まで宣言することになった。
そしてリオもまた、ドゥットゥカース家の人間である。
そのままパドゥーラに残れば、アムルが一族との関係を断ったという話そのものを疑われかねない。
だからリオもパドゥーラの街を出た。
ただし、そのままリービッヒ領を通って実家のアスナムへ帰るのも面倒だった。
パドゥーラで何をしていたのか。
アムルから何を聞いていたのか。
エルの出奔について何を知っているのか。
中央へ戻れば、あれこれ聞かれるに決まっている。最悪の場合、そのまま足止めされる可能性すらあった。
そこで一度都市同盟へ抜け、そこから南へ回り、最後は海路でアスナムへ帰る。
本来なら、それだけの旅だった。
「お嬢様」
「何よ」
「念のため申し上げておきますが、我々は観光旅行をしているのではありません」
「知ってる」
「一応、逃亡中です」
「それも知ってる」
「でしたら、もう少し緊張感を持ってください」
「でもセイレンまで来ても追手いなかったじゃん」
「今後も来ないとは限りません」
「大丈夫でしょ」
リオは軽く手を振った。
都市同盟領へ入ってからも、追跡されている気配はない。
セイレンへたどり着くまではリオもそれなりに大人しくしていたが、安全だと分かった途端、緊張感などどこかへ消えた。
「せっかく都市同盟まで来たのよ。楽しまないともったいないでしょ」
「アスナムへ帰ってから遊んでください」
「アスナムには面白い店もなければ、こんなにいい男いない」
「言い切りましたね」
マルタはため息を吐いた。
「いい男そのものはいるでしょうが、お嬢様に都合のよい男性など、そう簡単には見つかりません」
「何よ、都合がいいって」
「顔がよく、性格もよく、独身で、恋人がおらず、そのうえ腐った性根のお嬢様を気に入る男性です」
「……… まあ、一人くらいいるでしょ」
「そんな都合のよい男が、そこらに転がっているはずがありません」
「諦めるの早すぎ」
「現実です」
「だからマルタは二十八年間生きてて、一度も男が――」
「お嬢様」
マルタの声が低くなった。
「何よ」
「それ以上仰るなら、今夜の甘味はなしです」
「卑怯!」
「何が卑怯なのですか」
十九歳のリオは不満そうに頬を膨らませた。
ロルフが後ろで困ったように笑う。
そんなやり取りをしながら広場へ差しかかったところで、リオの足が止まった。
「……」
「お嬢様?」
返事がない。
広場の端。
木陰に置かれた長椅子に、一人の若い兵士が座っていた。
年は二十歳を少し過ぎたくらいだろう。
カーライル兵らしく身体はよく鍛えられているが、無骨というほどではない。
そして何より。
顔立ちが、かなり整っていた。
「……いた」
「はい?」
リオの口元が上がった。
「ちょっと待ってて」
「何を――」
マルタが言い終えるより早かった。
リオはもう男の方へ向かっていた。
「行動が早いですね」
ロルフが感心したように言った。
「褒めておりません」
◇
「ふぅ……」
フリードは長椅子に腰掛けたまま、何度目か分からないため息を吐いた。
「……あのぉ」
柔らかな声が聞こえた。
顔を上げる。
見知らぬ少女が立っていた。
黒いショートボブ。
ところどころに明るい色の髪が混じっている。
小柄で華奢。
耳には小さなピアスが一つ。
猫のような目が、心配そうにこちらを見つめていた。
「はい?」
「ごめんなさい。急に声かけちゃって」
リオは少しだけ首を傾げた。
「さっきから何度もため息ついてたからぁ……何か困ってるのかなって」
少し離れた場所。
マルタは無表情だった。
「……リオ様ですよね?」
ロルフが小声で聞く。
「似た人でしょう」
「いや、でも」
「あれがお嬢様のはずがありません」
つい先ほどまで男を品定めしていた女とは、とても思えない。
「あ、いえ。大したことじゃないんです」
「そうなんですかぁ?」
リオは申し訳なさそうに眉を下げた。
「余計なお世話だったら、ごめんなさい」
「いや! そんなことは」
フリードが慌てる。
リオはほっとしたように微笑んだ。
「よかったぁ」
「……あなたは?」
「私、リオっていいます。旅の商人です」
「商人?」
「はい。都市同盟を回ってて」
旅をしているのは本当だった。
商人ではないが。
「俺はフリードです。カーライル軍の兵士です」
「やっぱり兵士さんなんですねぇ」
「分かります?」
「身体、鍛えてるからぁ」
にこり。
少し上目遣い。
フリードが僅かに照れた。
リオは内心で頷いた。
悪くない。
いや、かなりいい。
顔は完全に好みだった。
身体もよく鍛えられているし、話し方も真面目そうだ。
「それで……何かあったんですか?」
「……」
「話したくなかったら、無理しなくてもいいんですけどぉ」
「いえ」
フリードは少し迷った。
「実は、恋人のことで」
リオの笑顔が一瞬止まった。
「……恋人?」
「はい」
「そうなんだぁ」
即座に元へ戻る。
その一瞬を、遠くから見ていたマルタだけは見逃さなかった。
「エリーゼといいます。カーライルでも古い家の娘で」
「貴族なんですねぇ」
「はい。俺は平民です」
「それで反対されてるんですか?」
「平民だからというだけじゃないんです」
フリードは苦笑した。
「カーライルでは、貴族と平民が結婚すること自体は珍しくありません。カーライル公だって、亡くなられた奥方は平民の出でしたから」
「じゃあ、何が問題なの?」
「俺が弱いからです」
「……弱い?」
フリードは俯いた。
「部隊じゃ、顔だけの男って馬鹿にされています」
「……」
「カーライルじゃ、強くない男なんて価値がありませんから」
リオは笑顔のまま黙っていた。
――は?
――顔がいい方がいいに決まってるでしょ。
――何なの、この脳筋公国。
――こいつら馬鹿なの?
もちろん口には出さない。
「エリーゼの父上も、俺みたいな男に娘は任せられないと」
「それで?」
「一週間後に剣術大会があります」
「剣術大会?」
「カーライルでは毎年開かれる大会です。兵士も騎士も、身分に関係なく出られます」
「それで優勝したら認めるって?」
フリードが驚いて顔を上げた。
「よく分かりましたね」
「なんとなくですぅ」
「その通りです。でも、俺には無理です」
「どうして?」
「去年は二回戦で負けました。今年も大して変わってません」
「……」
「大会には騎士団の人間も出ます。俺なんかじゃ、とても」
フリードは拳を握った。
「でも、エリーゼさんのことは好きなんですよねぇ?」
「もちろんです」
「だったら」
リオは少し身を乗り出した。
「やってみなきゃ、分からないんじゃないですかぁ?」
「でも……」
「一週間あるんですよね?」
「はい」
「じゃあ、一週間だけでも頑張ってみましょうよ」
「……え?」
「私も応援しますぅ」
フリードの目が大きくなる。
「いいんですか?」
「困ってる人、放っておけないからぁ」
マルタは遠くで目を閉じた。
「マルタさん」
「何ですか」
「本当に放っておけないからでしょうか?」
「ロルフ」
「はい」
「余計なことを考えない方が幸せよ」
◇
「お嬢様にも、よいところがあるのですね」
その日の夕方。
宿へ戻る途中、マルタが言った。
「何が?」
「フリードさんです」
「ああ」
「恋人がいると知っても、大会へ向けて手伝うとは思いませんでした」
リオが怪訝そうにマルタを見る。
「勝てるわけないでしょ」
「……はい?」
「去年二回戦負けなのよ?」
「そう聞きました」
「あと一週間しかないのよ? そんなので優勝できるなら苦労しないじゃん」
「では、なぜ手伝うのです?」
リオは平然と答えた。
「少しくらい勝たせる」
「はい」
「そうして期待させる」
「……はい」
「それなのに負ける」
「……」
「確実に弱る」
マルタの目が徐々に冷たくなった。
リオはにやりと笑った。
「そこを落とす」
「…………」
「完璧な計画」
「ゲス……」
「なんか言った?」
「何もありません」
ロルフが困った顔をする。
「でも、フリードさんにはエリーゼさんがいるんですよね?」
「負けたら結婚できないんでしょ?」
「そうですが」
「なら問題ないじゃん」
「問題しかありません」
「それに」
リオは楽しそうに笑った。
「顔かなりいいし」
マルタは大きくため息を吐いた。
――昔は、ここまでではなかった。
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