フォーカス
太郎君に案内され、木の下に置かれた簡易椅子に座った。
「農作業の合間に休憩するとこで、汚いっすけど」と、言ってから太郎くんの顔が一瞬、暗くなった。
「いえ、こちらこそ突然、お伺いして」
「大丈夫です。わかってますから」
「そうなんですか?」
「わざわざ、こんなところまで来てもらって、俺、なんか恐縮しています。大丈夫ですから」
そうか、大丈夫なんだ。
でも私、なにが大丈夫なんだか、ちっとも理解できてない。
ともかく、三つの願いを聞くことから……。
「優ちゃんは、どんな様子ですか?」と、太郎くんが先に言った。
「優ちゃん? 話してないんですか」
「入院後から、連絡が取れなくなっていて、スマホも使われていませんって案内がはいるし」
叔母さん、さては強硬手段にでよったか。さすがオババの妹、手強い!
「今日、わざわざ断りに来られたんですよね」
な、なんという誤解。完璧に終わる方向にいってる。
娘をカゴに取り込んだね、叔母さん。
アメ、行きます!
「太郎くんは優ちゃんとの、結婚、どう思っていますか」
「僕は優ちゃんと結婚できるなら、なんでもしたい」
「その言葉が聞きたかった。わかりました。ほかに願いは」
「他の願い」
「あと二つ」
「あと二つ?」
って、なんでアラジンのランプに拘る。ま、いっか。
オババからの言いつけであるし、それに叔母のことを一番理解しているのは姉であるオババだろうから。
「優ちゃんと話したいかな、気持ちを聞きたい」
「それから。あと一つ」
「もう一度、ネズランドに行ってみたいです。優ちゃんと」
「わかりました。ご連絡します。それから、優ちゃんもあなたと結婚したいと思っています」
「ほ、ほんとっすか」
太郎くん、思わず飛びあがり、そして照れたように頭をかいた。
「本当よ、今日はそれを伝えてにきたの」
「ありがとうございます!」
彼、深々と頭を下げた。
しかし、オババよ、これは難題ぞ。
母親から娘を引き剥がすって大変だ。39年間、ずっと娘を囲っていた母なんだから。
それこそ難攻不落の刑務所から引きずりだすようなもので、
それは、肉体的に救出するというより、精神的に救出しなきゃなんないってことだから。
で、私、報告に行った。
「そうですか」と、オババは目を閉じた。
「ま、想定内ですね」
オババ、左側の唇をあげ不敵なニヤリ顔を浮かべた。
こ、怖い! そして、吠えた。
「オッシ、この手でいくわよ」
「聞きたくないです」
「仮面舞踏会じゃ」
か、仮面って、ぶ、舞踏会って、
だから聞きたくないって言ってるが、聞いてねぇ〜〜〜。
「ど、どこで、その、いわゆる、その仮面舞踏会を」
「ここじゃ」
オババの家。
「でもって、仮面舞踏会にどなたを呼ぶんですか」
答えはわかっていましたが、一応、聞いてみた。否定的な声音を含めたが、まったく気にしておられん様子。
「ふふふ、妹と優ちゃんを呼ぶ」
「仮面舞踏会に叔母さんが来ますか? 叔母さんは派手なことが嫌いで、パーティなんて苦手そうですが」
「アメ。考えが浅すぎですよ。仮面舞踏会と言って、あの神経質生真面目内向性おバカが来るはずないでしょう」
「では、舞踏会ってのは」
「言ってみたかった」
「……」
「次の土曜日は私の誕生会をします」
「え? 7月に? って、お誕生日でしたっけ」
「そんなもん、気合いだ。誕生日会といえば誕生日になる」
「そ、そういうもんでしょうか」
「そういうものです。そこで仮面を配って仮面舞踏会の趣向をね」
「は、はあ」
「30人くらいをエキストラで招待するから」
「いったいどこから、そんな人数を」
「一声かける」
な、なるほど。
「庭をオープンにすればなんとかなろう」
「しかし」
「アメ。いいかい、太郎くんとの結婚しか、優ちゃんを片付ける方法がない。そして、失敗すれば、あの親子の将来の介護という、ものすごい難題が降りかかってくる。それに比べれば、パーティの一つや二つ、なんのこともなかろう」
そうだ。忘れていた。そうだった。
「は!」
「では、仕掛けを仕込む。この作戦で大事なのは視線を盗むこと、そこがキモだから」
「それは叔母の視線ってことですね」
「わかりが良くなった」と、オババに褒められた。
オババ、腰掛けていた椅子で足を組むと、額をトントンと叩いた。
「作戦名はフォーカス作戦」
アメリカの軍事作戦かい。
「なんでしょうか、そのフォーカス作戦とは」
「魔神のくせになにも知らんようだが」
「は! にわか魔神なので」
「魔神といえば、映画『アラジン』。アラジンの魔神といえばウィル・スミス。ウィル・スミスといえば、映画『フォーカス』の天才詐欺師」
「はあ」
「ええい、心もとないのう、一回、Huluで映画を見てみい。叔母の視線をそらすんじゃ。ウィルが映画で言っておろうが、『脳は同時に物事を処理できない』とな。だから、できるだけ客を呼んで、料理を作ることにする。勝江は、人混みは苦手だから逃げたがるし、料理は得意。そこを利用して、キッチンにこもらせる。その間に太郎と優ちゃんを引き合わせると、そういうことです。この作戦の要点は優ちゃんを自宅から解放して、そして、勝江と引き離すことじゃ」
「で、仮面を」
「そう。だから100均へ行け」
「は!」
「仮面を30個ほど」
「は! 何店舗か回って、買い占めて参ります」
てな訳で、日本で仮面舞踏会ならぬ、時期外れのお誕生日会をする予定になった。
第2章 完結
第3章につづく
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