2時間のサスペンスドラマ
レストランの席についた途端、オババ、弾丸トーク炸裂させた。
「それで、あなた、どんなお仕事をしているの」
「仕事は百姓です」
「百姓? お一人で」
「はい。20年ほど前にオヤジとオフクロを亡くしたから、その土地で農業を続けるっきゃ、なかったです。だから高校を卒業できなかったス、あっ、です」
オババの豪速球を直球ストレートで投げ返してきた。
「高校を途中でやめたの」
「僕は中卒です」
結婚詐欺にしては、ずいぶんと素直な答え。普通、詐欺師って高学歴とか、高収入とか、ま、夢見たいな男を演出するんじゃないのか?
あるいは、新手の詐欺手口?
私、混乱した。
「ご兄弟は?」
「いません」
「ご親戚は」
「つきあい、ないです」
オババの感嘆すべき性質は、言いにくいことをズバズバと聞く、ほとんどマニアックな性質だ。どこでも井戸端会議にしてしまう。たとえ豪華なレストランだろうと、井戸を掘ってくる。ツルハシ、忘れない。掘って掘って掘りまくる。
相手の矛盾点をついてくる。いや、失礼でしょ。ま、いいか。
詐欺師だし。
「年収は」
うおっと、聞きにくいこと真っ正面から聞いた。
太郎、怒ってもいいぞ、なんか、私は許す。
「今年は、800万円より、ちょっと少ないです。だいたい、そんなものです」
ほへ?
「そう」
800万円と聞いて、オババ、最初のいきおいが消えた。
これが詐欺師なら、随分とレアケースな職業を選択しているけど、でも、微妙に年収的に詐欺師。
まあ、オレオレ詐欺も最近では、ずっと手が込んでいる話もあり、騙されるわけにはいかないが。
「太郎さんはね」と、優ちゃんが口を挟もうとすると、叔母が「ねえ、優ちゃん、何にするの?」と、メニューを差し出して遮った。
「えーーと、わたしは……、うーーーん」
はじまったぁ、はじまっちまったぁ、優ちゃんのえーーと何も選べませんコース。だから、普段なら叔母はメニューを与えない。全部、叔母が決める。
優ちゃんがメニューで迷いはじめると止まらないから。普通に迷うだけならいいのだが、そこは優ちゃん、どこまでも迷う。地球が終わっても迷い続ける。一種そこに迷いがない。
オババは攻撃を続行中。
どれだけ太郎、耐えきれるだろうか?
詐欺師でないとすれば、太郎、この家族も引き受ける度胸があんのか?
「それで、優子とのこと、どう考えらっしゃるのでしょうか。この子は、見ての通り、とても、そのね。あれでしょ」
おや、言い淀んでる。優ちゃんカテゴリーを、あれに集約してる。
「僕は結婚を前提におつきあいしたいと思ってます」
ワォ!
メニューを前に素直に迷っている、この子よ。この子を嫁にって、どんだけすごいことか、わかってるのか?
て、あれ?
婚活詐欺師じゃないの?
「はっきり申し上げます。私どもは、とても不安に思っているんです」
「わかります。僕は孤児です。大学も出ていません。しかし、ずっと働いてきて貯金はあります。今、農業もネットワーク化されてきて、収入も増えました。大学を出てはいませんが、優ちゃんを養うくらいは稼いでいます」
立派だ。緊張気味で、少し額に汗が浮かんでいるが、真摯にうったえる口調に嘘はない、と見える。
この男、詐欺師ではないのか? しかし、相手は優ちゃん。なぜ、優ちゃんを選ぶというところで詐欺師かと疑うのだ、家族としては。非常に失礼だけど、数々の武勇伝を持つ優ちゃんだから。
「それにしても、なぜ、この子でしょうか」
「おばさん、それ、どういうこと?」と、素直に優ちゃんが聞いてる。
「アメ、背後の敵!」
オババ、それ、なんの暗号。
と、オババが唇の左端を、これ見よがしにあげています。
へ?
わからない。全くわからない。背後の敵?
オババの視線が、ゆっくりと優ちゃんに向かいます。
ああ、な、なるほど。
私、バッグからスマホを取り出して、イアホンを装備した。
「優ちゃん。ほら、山Pが新曲だしたの、聞いてみない?」と、言いながら強引に耳にイアホンを突っ込んでみた。
優ちゃん、驚いた表情を浮かべたが、そのまま聞いてる。根っから素直な子なんです。
「で、この子のどこがいいの? はっきり申し上げますが家事一切できない子ですよ」
「僕は、ずっと一人でやってきたんで、心配ないです。僕がやります」
「一人にしておくと、とんでもないことします、おそらく、あなたの想像以上です」
「どうせ、田舎の一軒家です。なにをしようが問題ないです」
「農家の嫁って、大変なんでしょ」
「それは、僕も近所の人に世話になりました。だから、都会に比べれば近所付き合いも多いです。今日も、いつもと違う格好してたら、隣のおばちゃんがどうしたのって聞いてくるようなところです」
「この子には、それは務まりません」
「務める必要はないです。それに、優ちゃんなら、みんなに好かれます」
おお、鉄壁の攻め VS 鉄壁の防御。
「それよりも、こんな僕でもいいんでしょうか?」
え? いきなりの反撃。さすがのオババも、つんのめっている。
「僕は中卒で、大学出のお嬢さんを嫁さんなんて、不釣り合いはわかっているつもりです。優子さんは僕より年上ですが、本当にかわいい人です。写真をネットでみて、一目惚れしました。僕には家族がいません。暖かい家庭が欲しいと、心から思っています。でも普通の結婚相談所にも行っても、孤児で中卒で農家で、なかなか交際にはいかなかったです」と、こんな内容を一息ではなく、訥々《とつとつ》と彼は話した。
「優子さんは、そういうことを全く気にせず、僕のことが好きだと言ってくれました。嬉しかったです」
優ちゃぁぁああん。
こんな大事なときに、山Pを鼻で歌っていて良いのか?
て、私がイアフォン突っ込んだんだけど。
オババ、珍しく口を挟まない。
こちら側陣営、全員、言葉を失っている。
「うちの畑で採れた大根はレストランの直契約をしているので、季節に左右されずに収入は確保しています。優子さんを大切にします。結婚を前提にお付き合いをさせてください」
太郎は椅子から立ち上がると、折れ曲がらんばかりに頭を下げた。
その瞬間。私は気づいてしまった。
気づいてしまったのだ。
頭を下げている太郎の手。それは労働者の手だった。高校の頃から畑で必死に働き、自活してきた男の手だった。どれだけ洗っても取りきれない、黒い泥が割れた爪の間に黒ずみを作っている。
山Pを聞いていた優ちゃんがにっこりして、イアホンを耳から外すと、立ち上がった。
彼の隣に立つと、一緒に頭を下げてる。
二人は頭を下げながら、お互いの顔を確認して、それから、優しげに微笑みあった。
本当に愛し合っています。
天然記念物指定が必要になるかもしれない絶滅危惧種たちかもしれない。
そうか、これは……。
月9なんだ。2時間サスペンスドラマではなかった。船越英一郎氏はでてこない。純愛ドラマだった。
その瞬間だ。
まさに、その瞬間だった。なんとも奇妙な声がレストランに響き渡りった。
最初は何なのかわからなかった。
叔母の口から、奇妙な悲鳴に近い高音が発せられていた。
よく聞くと……。
「ダメ! ダメ、ダメェーーー!!」
と、それは叫んでいるように聞こえた。
その声の悲痛さと、それから不気味さに、その場の全員が凍りついた。
やはり、船越英一郎氏の出番か……。
(つづく)




