7発目
冒険者の戦士ジョッターは、自分のパーティーを半壊させた襲撃者を前に、背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
ジョッターたちは中堅を名乗るのに相応しい、実力ある冒険者たちだった。
無茶な依頼を受けず、かといって自分たちを過小評価することもなく、堅実に堅実にのし上がって来た。
田舎の農家の3男に生まれ、同じように土地を継げない幼馴染の連中を連れて都会に出た。
その日から、ジョッターの目標は「仲間たちを一生食わせていくこと」だ。
誰よりも体を張る戦士として最前線で戦い、報酬は貯蓄しながらも平等に分配した。
腹いっぱい食わせ、装備を少しずつ強化し、力をつけてまた腹いっぱい食わせる。
泥と垢まみれで痩せこけていた幼馴染たちも、自信に満ちたいい顔をするようになってきた。
というのに。
「なんでだよ……!」
腕を飛ばされ、肩を潰され、歯を折られ、理不尽にも仲間たちが倒されている。
襲撃者は、とても賊の類には見えなかった。
不思議な衣装ではあるが、清潔感のある格好をしている。武器の質も良さそうだ。
「わからぬか?」
「わかんねぇよ」
「恨みを買わずに生きてきたか。残念ながら、善い生き方をすれば良く死ねるものでもない」
穂先が長い短槍を、後ろに大きく引いた独特な構え。深く腰を落とし、剣呑な目で見上げてくる。
剣も槍も、振り下ろすもの。ないしは突くもの。切り下ろした後の跳ね上げならともかく、最初から切っ先を下に構えるのは、ジョッターの知識にない。
ジョッターは小さな円盾、バックラーを向け、剣を向けて攻撃のルートを制限するように、牽制した。
威圧感を孕んだ空気が、ジリジリと肌を焦がすようだ。ジョッターだけでなく、後ろの2人も冷や汗を流す。
「シッ」
短い吐息を伴って。銀閃が走った。
偶然だったのか。時を同じくして、我慢し切れなくなった弓使いが、矢から手を離す。
ジョッターは信じられないものを見た。
長巻の鍔に弾かれ、宙に跳ねる矢。そして、盾に深く切り込んだ刃先。
「ぐぁぁっ」
金属をものともせずに貫通し、盾に固定した手を切り裂き、さらには剣を持つ右手の鎖骨に突き刺さる刃物。血が吹き出す。
思わずジョッターは剣を取り落とした。
仲間思い故か。激痛に悶えながら後ろを見たジョッターの目に入ったのは、己を飛び越えた大男の後ろ姿。そして、殴り伏せられる弓使いと魔法使いの姿だった。
ジョッターら中堅冒険者パーティーを、あっさりと殲滅した孫市。彼は湧き上がる歓喜に胸を熱くしていた。
「悪くない。悪くない戦であった」
一見は楽々と仕留めたように見える。しかし、その内実は紙一重だった。
戦いとは往々にして、あっさりと決着がつくものである。ただ、その中にはいくつもの揺れやすい天秤が含まれている。
最初の奇襲が成功しなければ、敵の数は倍だった。
戦士を1人落としたところで、もう1人が食い止めている間に回復し、また戦線に戻ってきたことだろう。
斥候のような身軽な敵が自由に動き回れば、背後にも注意を払わなければいけない。
前線が機能すれば、後方火力も活躍したことだろう。
だからこそ、孫市は満面の笑みを浮かべる。
「なんとも、落とし甲斐のある世界よ」
楽しいのだ。難敵に挑むことが。
弱者しかいない世界で制覇を唱えても、所詮は子どもの箱庭遊びと変わらない。楽して支配者ぶりたいなら、ビンに蟻でも詰めて、巣穴を掘るのを眺めていればいいのだ。
――現地人でこれだ。転生者には、これでも遠く及ばない。
「くふっ、ふっふっふっ……」
抑えきれず、口から笑いが零れた。そんな彼の眼前で、茂みが揺れる。
「なーに冒険者をボコって笑っとるんじゃ。頭おかしいんじゃないかのぅ……」
ゴブリンを先頭に、スクナとシェリルが現れた。
倒した冒険者を回収するために、しばらく時間を置いてからゴブリンたちを連れてくるよう、囮役を務めたゴブリンを伝令にも使ったのだ。
シェリルは盾を半ばまで切り裂きそのままにされている長巻に、ドン引きした。
「えええぇ……」
孫市は盾を踏みつけ、ふんと引き抜く。血脂を払い、刃を光に透かして眺めた。
「やはり刃こぼれしているか」
「当たり前じゃろう。硬いものを切れば、刃こぼれするのは道理じゃて。ただの鉄の刃なのじゃぞ」
「ただの鉄なんですか!?」
呆れるスクナと、驚くシェリル。
孫市は長巻を鞘に納めた。
「長物の端を片手で握り、振りながらもう片手を端へと寄せるのだ。擦るようにな。そうすれば切っ先は加速し、射程も伸びる。ただ、外せば振り回されて終わる、諸刃の刃よ」
「『次』が無ければ欠陥技よの」
スクナはくぁぁと欠伸をした。
孫市に驚かされっぱなしのスクナではあるが、純粋な戦闘力という面では、孫市にさほど驚きはない。もっと理不尽な戦闘力の権化が、この世界にはうじゃうじゃいるからだ。
「にしても、小娘を守るために冒険者を倒すとはの。情けをかけたくなったのかの?」
スクナが厳しい目で孫市を見やる。冷たい気配に、シェリルは身を縮こませた。
スクナは奴隷制度を否定しない。それが、この世界の秩序だからだ。また、秩序を守る機能の1つとして、冒険者をも評価している。
みだりに奴隷を解放し、冒険者を傷つけるのは、スクナの望むことではなかった。
「いんや」
しかし。その怒気をさらりと孫市は受け流す。
「欲しかった故、奪っただけのこと」
ドワーフの技術を。冒険者の金を。そして、装備と命を。
取引など面倒だ、奪ってしまえ。そう考えただけだった。
「む、無茶苦茶じゃろ!」
「それが人という生き物の根幹であろう。なぜ社会がある、なぜ秩序がある。人が人から奪うが為に、身を守ろうと社会と秩序が生まれたのであろうよ」
「ぬっ」
「そして、誰よりも多く奪えた者のことを、王と呼ぶのだ。儂は奪うぞ、この世界で誰よりも。案ずることはない、きっかり転生者の命も奪ってやろう」
「不安しかないわ!!!」
改めてスクナは思った。
――我の人選、めっっっっっちゃミスったかもしれん……。
そしてシェリルは諦めた。
――こんなヤバい人の下で生き残れる気がしないよ……。




