6発目
少しだけ時は遡る。
家を出た孫市の前に、ゴブリンたちが整列し、頭を下げた。なんとも統率のとれた姿である。特にこれといった指示を出したわけではないが、ゴブリンたちは孫市を「主」として認識しているようだった。
かつての雑賀衆や戦場での部下たちを思い出した孫市は、満足気に頷く。
「儂はこれからちょいとばかし出かけてくる。楽に過ごせ」
腰に提げた長巻を叩く孫市の前に、1匹のゴブリンが進み出た。
「ギッギッギギッギ」
甲高い不協和音で鳴く。人間には意味不明なはずのその音は、孫市の耳には確かな意味を持つ音として受け入れられたようだ。
「ふむ。貴様も付いて来たいと申すか。構わぬ、何かしか使い道はあるだろうからな」
孫市はゴブリンを引き連れて、ダンジョンから出た。
何故か人間には知る由もないが、孫市の大きな背中を追いかけるゴブリン♀はニヨニヨと嬉しそうにしている。
「さて、外をふらふらしている人間でも探すとするか」
人間と街の外で、取引なりして現金を手に入れなければいけない。しかし、普通に考えて身元不明の顔見知りでもない相手と、街の外で取引したい者など、相当な変人しかいないだろう。
それでも孫市は楽観的だった。彼はいたってシンプルに考えていたのだ。
――殺して奪えばいい。
ダンジョンに拉致してから止めを刺せばマナポイントも手に入る。それに、相手が冒険者や兵士であれば、ゴブリンに持たせる装備品も手に入るかもしれない。一石二鳥どころか三鳥だ。
完全に盗賊、いやゴブリン的な思考である。スクナが聞けば、ポカポカ腕を振り回して怒るような発想だった。
遠くの城壁を目指す途中。ゴブリンがフンガフンガと鼻を鳴らす。犬のように、四つん這いで地面の匂いを嗅ぎ始めた。
「何かあったか」
「ギギッギ」
「ほう、人間らしき臭いか。案内せい」
「ギ」
小柄な体を活かすように、ゴブリンはずいずい進んで行く。いくらか遅れながら、音を頼りにその後ろを追う孫市の耳に、小さな悲鳴が飛び込んできた。
「いやっ、ご、ゴブリン……!」
「よくやった」
長巻を横にひと振り。草が切り払われ、広いスペースが出来上がる。阿吽の呼吸と言うべきか、ゴブリンが1人の人間を小脇に抱えて現れた。
「ギギ」
ゴブリンが抱えてきたのは、襤褸をまとった、10歳くらいの少女。褐色の肌に、白色の髪。大きな瞳には涙を浮かべている。
「ふむ……。浮浪者か?」
突然ゴブリンに捕まり、連れていかれた先には見慣れぬ服装で、武装した大男。哀れな少女はすっかり怯え切っていた。
「放してやれ」
ゴブリンが少女を開放する。
地面に投げるように降ろされた少女は、不安に揺れる目で孫市を見上げた。
「む?」
孫市が眉をひそめる。
少女の首元には、まるで首輪のように刺青が彫られている。目のようなデザインが連なり、その瞳の一つ一つにバツ印が重ねられている。
「そういえば、古き中華の国では奴隷の目を潰す風習があったというな」
あくまで孫市が知る風説でしかないが――大昔にあった大陸の国では、戦争で捕らえた捕虜の目を針で潰し、自由を奪っていたという。
どうにもそれを連想させる刺青に。
「貴様は奴隷か?」
孫市はそんなことを口に出した。
強奪により街に入る金品を得ようとしていた孫市だが、流石に何も持っていなそうなボロボロの少女から、身ぐるみを剥ごうとは思わなかったらしい。
「は、はい……。戦争で敗れた、ドワーフです。おじさんは私を連れ戻しに来たんですか……?」
おそるおそる。そんな様子で少女が訊ねた。
孫市は首を左右に振る。
「儂はそうよな……この小鬼共の王、とでも言ったところか。貴様はこれよりどうするつもりだ?」
逃げ出した奴隷への処遇は厳しい。死ぬことは、ほぼ免れないだろう。問題は、その殺され方だ。
時としてヒトは、まともな精神では思いつかないような残虐な行為を実行してしまう。被害者の苦痛は計り知れない。
「帰りたくない……帰りたくないんですッ」
もはやそれは、自棄だったのかもしれない。
少女は血を吐くような声で叫んだ。
「死んでもいい……ッ! もう、あの場所には戻りたくない!!!」
泣き叫ぶ少女の頭に、大きな手が乗せられた。
「あいわかった。貴様の命は、この雑賀孫市が預かろう。名を何という」
「シェリル……。ドワーフの里、ガルガラ地区出身のシェリルです!」
孫市はシェリルの言葉に頷き、そして言った。
「ところでドワーフとは何だ?」
「えええぇ……」
シェリルからドワーフについてや、追っ手が来ていること、冒険者の戦闘力などについて孫市は聞き出した。
孫市はにぃと凶悪な笑みを浮かべる。
「そうかそうか。ドワーフは冶金や彫金に優れた民族で、冒険者の戦力とはそのようなものか」
シェリルはぶるりと身震いする。
「ぼ、冒険者のパーティーと戦うつもりですか?」
「もちろん、討つ。生け捕りに出来れば最良だが、まぁ無理はしなくても良かろう」
「無茶です!」
シェリルが悲鳴を上げた。
「冒険者のパーティーは戦闘のプロなんです。しかもチームで連携するのに慣れてます! いくら貴方が強いとしても、1人で崩すなんて出来ません!」
シェリルの頭には、前衛の強固な防御を崩せないまま、魔法を浴びて倒れる孫市の姿が浮かんでいた。
冒険者パーティーは少人数で展開するチーム戦闘においては、軍人よりも優れている。寝食を共にし、一緒に旅をして育まれた絆は強い。
それに、無駄が少ないというのも、ある意味で冒険者たちの強みだろう。
出来る者が出来る依頼を引き受ける。その性質上、求めている必要最低限の機能を果たせるよう、厳選されたメンバーでパーティーは組まれている。だからこそ、動きに無駄がなく、小さな戦場ひとつに全員の能力が総動員される。
1人の強敵を大勢の剣士が囲んでも、まともに戦えるのは一度にせいぜい3人。
突破力の高い強敵に弓兵100人で挑んでも、懐に飛び込まれれば一気にぐちゃぐちゃにされるだろう。
そんな無駄で脆い戦力は、冒険者には存在しない。
戦士が敵を受け止めて、僧侶が回復し、弓兵と魔術師が火力を飛ばす。
だからこそ――。
「その連携の要を打ち壊されれば、機械仕掛けの時計よりも脆い」
歯車の1枚が落ちるだけで、機能不全を起こす。
「それでも……無理ですよ……」
シェリルは首を振る。
「回復する僧侶がいたら、怪我くらいすぐに治してしまいます」
「ならば奇襲で坊主なり尼から落とせば良かろう。なに、貴様らにも少しばかり協力してもらえばいい」
孫市は不敵に鼻を鳴らす。
その結果が。
「大駒、落としたり」
歯を折られた僧侶が、ご機嫌な孫市の足の下で呻いた。
「何者だてめえ!」
無事だった方の戦士が素早く剣を抜き、油断なく孫市に向けた。即座にその後ろに弓使いと魔法使いが逃げ込む。
即席の小さなパーティー。そこに必要な機能が欠けていたとしても。不意打ちで多大な出血を強いられたとしても。そこにいるのは、百戦錬磨の中堅冒険者パーティーだった。
「かっかっかっか。これでこそ滾るというものだ。見せてもらおうか、この世の戦人の力を!」
孫市は長巻の切っ先を地面すれすれに、大きく後ろに引いた。
冒険者「うわ~~~きちがいだ だれかだれかきてくれ~~~」




