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5発目

 とても未成年には見せられないような。むしろ大人だって見たくもないような夜を超えて、孫市は朝食を食べていた。


「マナポイントで食料も出せるとは、誠に便利だな。マナポイントさえ貯えておけば、籠城も容易になる」


「そうじゃの。マナポイントに余裕があれば、じゃが」


 スクナはしょんぼりとした表情で、食卓を見下ろした。

 座布団に座る二人の前には、膳が置かれている。その内容は、非常に質素なものだ。雑穀米、大根の味噌汁、菜っ葉の浅漬け。主菜は干したイワシのような小魚の塩焼きが一尾だけだ。

 彼らの食事は1人前で1ポイントの、最低ランクの食事だ。それでも、マシな方なのかもしれない。悲惨なのはダンジョンの草原部分にいるゴブリンたちだ。安いからという理由だけで、飼料用の豆だけを食べさせられている。


「これは早急にマナポイントを稼がねばならぬな」


「そうじゃのぅ。それに、いくら偽装をするとはいえども、ゴブリンに与える衣服や武器なども必要になるじゃろ。まあ、食料にせよその他の物資にせよ、完全に当てがないわけじゃないのじゃが」


「当てがあるのか?」


「単純なことじゃよ。街に行き、金を稼いでそれで買えばよい」


「なるほど。しかし街に入るには金がかかるのではないか?」


 孫市が想像したのは、関所だ。

 江戸時代までは日本国内を移動するにもお金が必要だった。というのも、旅人や商人が移動するときに、通行する場所に置いた関所からの通行税が、その土地の支配者の大事な収入源になっていたからである。

 通行に税をかけることで、金のない者――つまりは治安を乱す可能性がある者を排除することもできる。

 それに、通行に税をかけてしまえば、貧しい農民の逃散を防ぐことにも繋がる。自分の領地の農民が逃げ出すのを防ぎたい領主にとっては、必要なシステムでもある。


「もちろんじゃ。ここはハイカラット聖教国の辺境、サプレス領じゃ。近くにあるサプレスの街は、門を出入りするのに銀貨1枚が必要じゃな」


「銀貨1枚か。どのくらいの価値になる?」


「普通の市民が2日で稼げるくらいの金額じゃな。首都のような中央に近い街だと何倍もかかるが、辺境だからかなり安い金額じゃの。街の外を歩いてる冒険者――魔物を相手にする傭兵なんぞと取引すれば、用意できるやもしれんのぅ」


 流石は自分が管理している世界といったところか。詳しく説明する幼女に、強面のデカいおっさんは頷いた。


「あいわかった。今日中になんとかしてみよう」


 すっくと立ちあがると、長巻を鞘についた紐で背負い、孫市は外に向かって歩き出す。


「にょ? もう行くのか?」


「うむ。その冒険者とやらに、出れば必ず会えるとも限らぬからな。早いうちに行動した方が良いだろう」


「勤勉じゃのう。我の夕食も怪しいのでな、今夜はちゃんと帰ってきておくれよ」


「童のようなことを言う」


 孫市が鼻でフッと笑うと、スクナは頬を膨らませた。



 孫市とスクナが拠点を構える平原は、近くに大きな川が流れる農業に適した土地ではあるが、とある理由で開拓が進まずにいる。

 年中枯れることがない丈が高い草の中に、たくさんの小型の魔物が潜んでいるからだ。

 大規模な魔法で焼き払ってしまってもいいのだが、広大な自然にはそれ相応の力を持つ存在がいたりする。下手な手出しは大火傷を招くため、なかなか大がかりな対策をとれずにいるのだった。


 そんな草原の中を、刈り取り用の大鎌を振りながら歩く集団がいた。革鎧を身に着け、腰には剣やメイス、杖などをくくりつけて武装した6人組だ。奇麗な三角形の陣形を保ちながら進んでいる。

 全員が長物の鎌を振ることで、草を刈り倒して視界と足場の確保につながり、同時に敵を遠ざけることを狙っての動きをしているようだ。


「にしても、こんなところに逃亡した奴隷が来るのかねえ」


 先頭を歩く、剣と盾を装備している男がぼやいた。

 彼らは中堅の冒険者のパーティだ。戦闘や野営に向いたスキルを習得し、安定して稼げるようになった、成功者たちが集まった集団である。


 冒険者とは、街の外での活動に特化した何でも屋だ。

 人間同士での争いに、軍の人手が取られているご時世。しかし、そんな人間の事情など知ったことではないと言いたげに、街の外では魔物たちが幅を利かせている。

 危険でいっぱいな街の外での用事をこなすために、人々は戦闘を得意とする者たち――冒険者に、お金を払って様々な依頼をするようになった。


「城門から逃げ出しておいて、街道警備の連中が目撃していないっていうんだから、こっちにしか逃げ場はないだろうよ。うまいことこっちを超えりゃ、亜人の土地だ」


 短い曲刀を腰に括った、身軽な装備の男が気怠そうに言う。

 彼らは逃亡奴隷の捜索依頼を受けていた。人探しや魔物の情報収集に関する依頼を受ける者は多い。達成できれば儲けもの、達成できずとも、魔物を倒したり素材を採取することで日銭を稼ぐことが出来るからだ。


「今頃は死体になっていてもおかしくないがな。こんな危険を冒すなんて馬鹿な奴だぜ」


 先頭の男が言う。それに対して、杖を装備した魔術師のインテリ風男が反論する。


「亜人の戦争奴隷らしいですからねぇ。扱いを考えれば、逃げ出すのも不思議ではないでしょうね」


 ハイカラット聖教国には奴隷制度がある。これには3種類の区分がある。

 税を払えなかった者、借金を返せなかった者がなる借金奴隷。

 奴隷の間で生まれた子どもである、身分奴隷。

 戦争で奪った捕虜や、敵前逃亡などの軍規違反をした者がなる、戦争奴隷。


 借金奴隷は、足りない金を働いて返す、ある意味仕事を斡旋してもらえる社会保障のようなものだ。強制的に働かされるが、借金の分を働ききれば解放される。あまり酷い扱いは受けないので、大人しく働く者が多い。

 身分奴隷は、親が奴隷から解放されると、一緒に開放される。


 対照的なのが、戦争奴隷だ。

 この世界では、国ごとに民族や宗教が異なることが多い。つまり、戦争している敵国の人間に対して容赦がないのだ。

 人間として見ていない相手を、戦争で打ち負かし奴隷にする。その先にあるのは、人権意識など欠片もない残酷な扱いである。


「さーて、亜人ちゃん。亜人ちゃんはどこかなーっと」


 警戒はしつつも、適度にリラックスしている彼らのパーティー編成は、オーソドックスなものになっている。

 前衛に戦士が2人。斥候が1人。魔法使いが1人。弓使いが1人。回復薬の僧侶が1人。僧侶だけが女性だ。

 魔法使いの鎌が草をなぎ倒し、ぽっかり空いた空間に、ひょっこりと小さな人影が姿を現した。ボロボロの布切れだけを身に着けた、中性的な顔立ちの子どもである。


「お、発見した」


 魔法使いが鎌を子どもに突きつけた。子どもの顔に怯えの色が浮かんだ。

 斥候が懐から紙を取り出し、書かれている絵と見比べる。


「人相書きとも一致してんな」


 その人相書きには、非常に精密な似顔絵が描かれている。これは、転生者がもたらした写真と印刷技術によるものだ。魔法スキルを利用した念写と、彫金スキルを利用した金属版印刷が、こんなところでも利用されている。


「おら、抵抗すんなよ」


 戦士が子どもを殴りつけ、ロープで縛ろうとする。そんな彼らの背後で、小さく草が揺れた。


 ――ざんっ。


 金属が金属を断ち切る音がして。後方を警戒していたもう一人の戦士の腕が、くるくると宙に飛んだ。

 異変に気付き振り返った斥候の男。その目に入ったのは、巨大な刀剣を振りかぶる、これまた巨大な男の影。逆光の暗がりに、爛々と目だけが光る。


「がっ」


 こぼれた悲鳴は短かった。

 峰打ちとはいえ、振り下ろされた長巻は、西洋剣にも匹敵する大きな金属の塊だ。

 斥候の肩口に打ち込まれた長巻は、鎖骨やら肩甲骨やら、周囲の骨を巻き込んで粉砕した。


 突然吹き荒れた暴力に、僧侶が驚きの表情を浮かべる。その顔面に、容赦なく拳が飛んだ。一撃で失神した僧侶を踏みつけ、大男は嗤った。


「偽装スキルも便利よな。奇襲にはうってつけであろう」


 右手に長巻。左手は返り血を浴びた握り拳。冒険者を急襲した暴力の正体は、雑賀孫市だった。

 彼の視線の先。ついさっきまで逃亡奴隷の子どもがいたはずの場所には、ぷるぷる震えるゴブリンがいた。

よいお年を。

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