23発目
「なるほどな?」
斥候リーバスの報告を、全身が筋肉の塊で出来たような巨漢が、頬杖をつきながら聞いていた。
サプレスの街にある、木造街と呼ばれる地域の小さな酒場に、同じように屈強な男どもがたむろしていた。
木造街は、その名の通り完全に木だけで作られた街だ。
土魔法という便利な存在があるこの世界では、本来は木造建築なんて必要ない。強力な土魔法使いなら、住居丸ごとを頑丈な石で作ってしまえるからだ。
そうでなくても、煉瓦のように切りそろえられた小さなパーツなら、力のない魔法使いでも作ってしまえる。
それでも木造の住居が存在するのは、純粋に貧しさから来るものだ。
魔法使いは、生まれつき魔法の素質があるものしかなれない。魔法を使えない者は、魔法の練習すら出来ないため、魔法スキルが育たない。
反面、木を伐採するのに使えるスキルは、練習で得ることが出来る。
だからこそ、やや希少価値の高い魔法使いに頼む金がない貧民たちが、自分たちの手で木を切り出し、勝手に街を作り上げたのだ。
貧しい者達が住むため、当然治安は悪い。しかも、火災を頻発させる。
サプレスの街全体で言うなら頭痛の種だが、悪しき企みを抱く者達にとっては、格好の隠れ場所だ。
「あいつが一人きりで寂しく穴ぐら暮らしを楽しんでいるなら、侵入は容易そうだが……」
巨漢は、言外に他の住人がいることを警戒する。
彼の名はゲドラド。職業は驚きの「海賊」だ。なぜ陸の端の辺境に来たのか、理由は語りたがらない。
「しかしゲドラドさん。他に夜な夜な街から出ていく奴なんて、しばらく見張っていましたがいませんぜ」
リーバスが言い切る。
ここ数日間の城門の様子を見張っていたリーバス。確かに、彼の言うことは間違いじゃない。ヨミを含めて冒険者登録をしたホブゴブリンたちは、きちんと城壁内の宿に泊まっている。
「ふーむ。ただ、この街に入っていないだけかもしれねぇぞ?」
「あいつはそんなに食料を持ち運んだりしていやせんよ」
「じゃあいても数人ってところか。ならうちの戦力で落としきれるな。野郎ども、やってやんぞ。決行は、あのイカレ野郎が依頼で出た時だ!」
彼らは孫市がギルドで暴れたときに、眺めていた野次馬冒険者の中に混ざっていた。
それ以来孫市に目をつけて注目していたが、ここ最近になり、大きな金を稼ぐのを見て、決意を固めたのだ。
その大金を奪ってやろう、と。
彼らは既に滅んだ国で、名の知れた盗賊団だった。
が、取り締まるはずの国自体が戦争に敗れて滅び、その罪を問う者すらいなくなった。
結果、野放しになった犯罪集団は、冒険者として綺麗な身分に戻ることが出来たのだ。
総勢40人。
うち、魔法使い3人と僧侶2人を擁する巨大パーティー。
それが、今の彼らの姿だ。しかも単独でCランク級の実力者が4人もいる。
彼らは盗賊団には有り得ない、冒険者になったからこその綿密さで、襲撃計画を立て始めた。
夜は、深まっていく。
孫市が出かけたあとのダンジョンは、暇を持て余した神の遊び場だ。
孫市はマナポイントにしても、ガッツリと使い込まないなら、多少くらいの無駄遣いは見逃してくれる。1ポイントのおはじきもそうだ。
スクナは自分とシェリルの分の、ペンギン着ぐるみパジャマを召喚した。デフォルメされた丸々フカフカなペンギンの口から、顔を出すようなデザインだ。
「のう、ヨイチよ」
「如何なされましたか?」
「全ての偽装を使えるゴブリンたちに、この格好をするように申し付けよ」
「はっ。これは一体何を模したものなのでしょうか?」
「神的に意味のあるものじゃ」
「差し出がましい質問を致しました。すぐに徹底させます」
哀れなるは生真面目なヨイチ。
ポンコツ女神の言うことを真に受けて、巨大ペンギンの姿と化した。
「そうそう、それを身につけているときは、『ペンペン』と鳴くのじゃぞ。孫市と話すときは普通で良いが」
「周知徹底させます」
孫市と話すときまでそれをやると、無関係な一般ゴブリンが無礼打ちにされかねない。
巨大ペンギンが「ペンペン!」と鳴きながら出ていく後ろ姿を見て、スクナはご満悦だ。
「ダンジョン可愛い化計画も順調じゃの」
「これに本当はなんの意味があるんですか……?」
「我の癒しじゃ。このダンジョン、娯楽がゴミのカスであるから
のぅ」
スクナの本音を聞いたシェリルはジト目で、ポンコツ女神を見た。
働き者であり、かつ良心をしっかりと持ち合わせているシェリルは、マナポイントで召喚した農業の本を開いた。
現在ダンジョンにいるのは、第4世代と同じ性能の第5世代、第6世代を含めた、640匹のゴブリンだ。
この多数のゴブリンを養うために、早急に農業をしなければいけないのだ。
この問題点は孫市も意識している。だからこそ、彼は隙あらばその辺から技術者を誘拐してくることだろう。それは阻止しなければいけない。シェリルは自分で勉強し、まだ見ぬ何者かを守るのだ。
「シェリルはお勉強か。つまらんのぅ」
スクナはぶーと子どものように不満を露わにした。
「ペンギンたちでも見に行くとするかの」
立ち上がったスクナの前に、猛スピードでペンギンが迫って来る。
「な、なんじゃ?」
「ペンペン。ペンペンペンペンペンペンペンペン。ペンペンペンペン。ペンペンペン!」
謎の鳴き声を発して、ペンギンは立ち去った。
スクナとシェリルは目を白黒とさせる。
「ほ、本当になんだったんじゃ?」
「ペンペン鳴いてました……」
「まぁ、なんか楽しそうな感じだったし、遊びに来たんじゃろな」
「はぁ……」
スクナは忘れていた。
ペンギンの格好をしていれば、どんな振る舞いでも楽しそうに見えてしまうことを。
それと、ペンギンの口部分は開けて顔を出すという、使い方を教えるのを。
ペンペン鳴いていたペンギンことヨイチは、こう言っていたのに。
「何やら大規模で不審な集団が近づいています。ダンジョン内で迎撃しますので、屋敷から決して出ぬようお願い申し上げます。私は前線で指揮を取ります」
と。




