小さな熱い舌 4
今夜は夕食をともにした後、久しぶりに大志の部屋で過ごしている。
お正月が明けるとすぐにゴールデンウィークに向けたイベントの仕事が舞い込み、彼は忙しくなったから最近はゆっくり会ったり話す機会がなかった。
けれどその合間を縫って、大志は瑠衣が前から行きたがっていたテーマパークでデートしようと誘ってくれた。
まさかのタイミングで驚いたけど、とても嬉しい。大志くんらしいな。
「どこから周ろうか、瑠衣ちゃんはどれが気になるの」
明日のデートのためガイドブックと運営サイトを睨めっこして、待ち時間を考えながらアトラクションを周る計画を二人で立てようとしている。
「そうだ。限定ショーの入場QRコードが来てるからそれをシェアしておこうね」
「うん、当たってすっごく嬉しい。くじ運いいんだね、大志くん」
「いつもはそうでもないよ。けど瑠衣ちゃんがそんなに喜ぶなんて、僕かなりいい仕事したってことかな」
テーマパークの周年行事で事前抽選の当選者だけが観覧できる期間限定のショーがあって、それに彼が応募してくれたらなんと当選した。
それだけでももう期待十分。
「ああ、嬉しくって今夜寝れなくなりそう」
「瑠衣ちゃんのテンション見てたら僕まで遠足前みたいになりそう」
入場にはメールで配信されたQRコードが必要になる。
ワクワクしてバッグからスマホを出した時、カシャっと小さく音がした。
床に何かを落とし、それを拾ってくれた大志の表情が急に曇った。
彼が手にしたのはブルーのキーリングが付いた鍵。
日比野の部屋の合鍵だった。
ブルーのレザー調のバーに銀の円いトップがあり、そこにあのフォークみたいな形のエンブレムが刻まれている。
「これマセラティのエンブレム。この鍵って誰の」
「それは日比野さんに預かった家の鍵なの」
「なぜ君が裕也の家の鍵なんか?」
少し眉を寄せて言う大志に瑠衣は日比野の出張のことや、自分からマールの世話を引き受けたことを話した。
「そう、理由はわかった。でも瑠衣ちゃん、それが終わったらこの先もうこういう事はしないで」
少し顔を俯け黙って瑠衣の話を聞いていた大志が低く、これまでになく強い言葉で言った。
一本の鍵が、いやそうではなく、ちゃんと言葉にして伝えていなかった事が大志くんの心を傷つけた。
私がいけなかった。
「大志くんごめんなさい。でも、もうしないって約束します」
彼の目を見つめて言ったけれどいつもの大好きな笑顔を取り戻せない。
「大志くん、怒ってるの」
「違うよ。でも君はわかっていない、僕がどれだけ君を好きかってこと」
「私が好きなのは大志くんだよ。本当なの。信じてくれないの?」
「瑠衣ちゃん、それ以上に僕は君が好きだ。教えてあげる」
そう言った彼の両手が頬にかかると顔を上向きにされ唇が触れた。
それがそのまま深く重なる。
舌先が唇の内側をなぞって歯並びに触れ、瑠衣の舌を見つけた。
捕まった舌を吸われて今はもう、「好き」も「ごめんなさい」もただの吐息に変わってしまう。
大志くんのこと、温かい太陽みたいな人って思ってた。
でも太陽って熱くて眩しくて直視してはいられない。
大きな湖でさえも容赦なく枯らすし、何万度という炎を高く噴き上げて燃えている。
穏やかな光の向こうに垣間見える本当の大志くんは、もしかしてすごく熱いの。
キスの感触に頭がクラクラしてきて彼の腕をつかみかけたら、その腕に背中を支えられてそのままゆっくりソファに仰向けにされた。
唇が離れ褐色の瞳が瑠衣を見つめる。
「わかった?」
そう訊かれた時、急に激しく胸が脈打ち小刻みに体が震えだした。
「瑠衣ちゃんどうしたの」
顔を覗き込んで大志くんが言ったけど、呼吸が速く浅くなってうまく喋れない。
「大丈夫、気分が悪いの」
大志はそばにあったブランケットを取ると震える瑠衣の体を抱き起こして包み、その上から抱き抱えた。
そのまま暫く抱かれていると、やがて震えがおさまってきて声が出た。
「大志くんありがとう。さっきは急にドキドキして。もう何ともない、平気だよ」
「瑠衣ちゃん顔色が白っぽい。さっきはパニックしたんじゃない、僕が怖い思いさせたんでしょう」
「大志くんは優しいもの、怖くなんかないよ」
「僕は勝手に嫉妬して瑠衣ちゃんを責めたんだ。済まないと思ってる。許して」
そう言って頭を撫でてくれる大志くんが怖いんじゃない。私こそ大志くんを傷つけたのに。
「ねえ謝らないで。大志くんの気持ちがわかったから良かったの。だから、ね」
それから彼がココアを作ってくれて、一緒に飲みながら明日のことを話した。
明日は大志くんの運転で現地に向かい、幾つかアトラクションを周ってランチにして、それから事前抽選のショーを観る。
煌びやかな電飾が美しいナイトパレードまで全部観たら、帰りは結構遅くなってしまう。
だから「それは今度系列のホテルに泊まってちゃんと観ようね」と大志くんが言った。
彼と旅行したり家にお泊まりしたりって、友達の話では聞くけど私は経験がない。
一緒にお風呂に入ったことも、裸になったことも。
もしもさっき私があんな発作みたいになっていなかったら、あのまま大志くんとどうなっていたのかな。
大志くんはその後もあんな激しいキスはせずにいつも通り穏やかで優しく、帰りも愛車の赤いSUVで送ってくれた。
いつもならマンションに戻ると真っ直ぐ十階に上がってマールの様子を見に行くのだけど、今夜はなぜか気まずいというか後ろめたい変な気分で、一度自分の部屋に戻って着替えをした。
変なの、この気持ちって何。
日比野の部屋の扉を開けると、また三和土のところにマールが出迎えてくれてこちらを見上げた。
「ミヤーオ」
「マール、遅くなってごめんね」
そう言った時ジーンズのバックポケットに入れたスマホが震えた。
日比野からの電話だった。
「はい」
「瑠衣、遅くにすまない。そっちは二十二時過ぎてるよな。今電話大丈夫」
「大丈夫です。そっちは何時?どうしたんですか、日比野さん」
「二十時すぎだよ。今更だけどそっちは変わりないかなと思って、マールも瑠衣も。困ったことはないか」
「ちょうど今お部屋に来たとこなんです。マールがそばに居ます、何か言ってくれるかな」
スマホをマールに向けてみたけど、フンフンと匂いを嗅ぐようにしただけでそれ以上リアクションはない。
電話の向こうでは日比野が笑っている。
「無理だって、犬と違って吠えないし」
「マールは良い子にしてますよ。ご飯の食べが少ない日もあったけど、あとは変わりないです。でも、私にちょっと甘えてくるからやっぱり寂しいのかも」
「さすがにそうなのかなあ。あと数日で予定通り戻るから、悪いけどあと少しだけ頼むな」
「日比野さんも、頑張ってください」
電話の後でいつものように世話をしていたら、マールが脚に頭を擦り付けて甘えてきた。
「君のパパさんから電話だったんだよ、後もう少しだからね」
そう話してスティック状のパウチを開封して舐めるおやつをあげていた時、ザラッとした熱い舌に指先を舐められた。
その時にわかった。
後ろめたい気持ち、真っ直ぐにこの部屋に来られなかった気まずさの正体が。
マールを前に、まるで今夜のことを見透かされるような感じがしたんだ。
『この先もうこういうことはしないで』
そう大志くんに言われたからなの?
ねえマール、あなたと仲良くなれたけど、こうしてお世話するのもあと少しだけなんだね。
日比野さんが戻るまで。




