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冬の陽射し 8

「俺、春にアメリカ行くんだ。勉強しに」

 日比野と三人で焼肉を食べながら海斗が瑠衣に言った。

「それ動画の勉強?」

「そう。いろんな国からクリエイターが集まって交流したり勉強するんだ、事務所で選ばれた」

「すごいね海斗」

「日本ではまだ職業としても認められたかどうか、ってとこだけどさ、アメリカはもっとすごいんだ。有名企業の広告作りだって動画クリエイターがアイデアを出して思わず何回も見てしまうようなものを作ってるんだ」

「すごく綺麗で感動するようなものとか、内容があって心に響くようなのだったら見ちゃうよね」

「そう、そうなんだよ瑠衣」

 海斗の口調が熱を帯びる。やりたいことにはものすごく熱心で真剣なんだ。

 以前は実家に居てコンビニでアルバイトしながら動画を撮っていた彼だけど、もう今は動画の収益で暮らしているプロのクリエイターだ。一人で生活して動画撮影もできる家を自分で借りている。

「そんなの普通にテレビで見るCMとかだと、ほとんどないよなあ」と日比野が言う。

「だろ、動画と広告の業界は今すごく活発なんだよ、日本はまだこれからだけど。大志はそういうとこずっと前に気づいて動いてる」

 海斗がそう言うのを聞くと瑠衣まで嬉しくなる。

「瑠衣はモデルもやってるけど今年から何かやりたいことないの。お前が動画でメッセージ的な事したらきっと皆んな見るぞ。動画でやりたいこと考えたら言ってみろよ」

「メッセージ、難しいなあ。見た人が元気になるようなのがきっといいんでしょ」

 言いたい事ならあるといえばある。

 例えばそう、お酒を飲みすぎないでって。

 母のように体も人生も壊れてしまうし、私みたいな子が増えないように。

 でも誰が見ているのかわからないのに顔を出すって考えたら怖いな。

「ねえ海斗、動画出したら見た人が色々言ってくるよね、コメントとか」

「あるあるすごいよ。いつも見てますー、とか励ましてくれるのも多いけどさ、アンチもすげーから」

「アンチって」と瑠衣が言うと、「悪口とかいちいちボロクソに言うやつだろ」と日比野。

「長々と書いてくるやつは、まあ暇かって思うことにしてるけど」

「海斗はよく心折れないね」

 瑠衣は最近絵菜から根も葉もないことを言われて傷ついたことを思い出した。

「俺はプロで、やりたいことやって生きてるわけだからさ、顔も知らない奴に何やかや言われるのも覚悟してっから」

「やりたいことか。私、自分で生きてくために仕事してるけど、何がやりたいかってちゃんと考えたこと、きっとないな」

「瑠衣は偉いよ。これからもし何か勉強したいとか思ったらした方がいい。お前さ、引越しのために貯金してたろ。でもこうなったからにはあの部屋にそのまま住めばいいじゃん。その分の金で勉強すればいいんだよ、なあ裕也」

「海斗それはないよ」

「ん、俺は別にいいけど。あんたがそうしたければ」

 骨付きカルビを切り分けながら日比野は淡々と答えた。

 さっきから何処となく彼は心ここに在らずという感じに思える。

「日比野さん、なんだか今日元気がない気がします」

「ああ?」

 日比野がこちらを見た。

「裕也、実家で無理難題言われたの。今年中に結婚しろとか」

「そっちは兄貴の案件だな、俺は近々ジャカルタ行くぞってさ」

「インドネシアか、親父さんと?」

「そう、自然環境と融合した都市開発を日本のノウハウでってのが具体化してて、チームづくりやプロジェクトの進め方を俺に勉強させたいんだと」

「ちぇ、アメリカ行くまでに裕也に英語教わろうと思ったのに、寂しいわあ」

「スカイプで教えてくれる講師見つけりゃいいじゃん、家でできるし結構いいらしいぞ。俺、先生紹介できると思う」

「うれすい、裕也お願いするう」と海斗。

「ジャカルタにはどのくらい行ってるんですか」

「きっと数週間にはなると思う」

 お父さんに言われての長い出張、日比野さんのお父さんが会社のトップなのかなあ。

 でも以前もそうだったけど日比野さんは家の話になるとあまり話さなくなる気がする。

 ふと思った。あのペットの黒猫マールはどこかに預けるんだろうか。

「じゃあマールはどうするんですか」

「そうだ。アイツ、これまで人に預けたことないんだよな。いきなりペットホテルかなあ」日比野が眉を寄せた。

「実家には……」そう瑠衣が言いかけると海斗が素早くこちらに目線を送り、「うちは無理」と日比野が言った。

 ご家族は動物嫌いなのかな。

 猫って散歩とかしなくてもいいし、大人しそうだけど。

「ならその間、私がお世話しますよ」そうしたら今度は私が日比野さんの役に立てる、と思った。

「そうか瑠衣がいるもんね。いいじゃん裕也、猫は環境変わるとストレスみたいだし」

「私のいる部屋に来てもらって、お世話すればいいんじゃないですか。毎日一緒にいればちょっとは慣れてくれますよね」

「でも慣れない場所とか物の匂いに反応してマーキングするかも。服の上とか、俺も最初やられて結構参った」と日比野が言った。それはちょっと困る。

「お前どうせ居ないんだからさ、逆にトイレとか餌やりとかを瑠衣にしに来てもらったらいいんじゃないの」

「ああなるほどね、そうだな」

 海斗の言葉に日比野がすんなり納得している。

「私はいいですけど日比野さん抵抗ないんですか」

「別に。キッチンも洗濯機も自由に使っていい。それならあんたにとっても悪くない方法だよな。はい、これ食べ頃」

 うなづきながら彼は焼けたお肉をそれぞれの皿に乗せてくれた。

「あんた猫飼ってたことはあるの?」

「ないです」

「じゃあ出張が決まったら教える。よろしくな」

「はい」

 話しているうちに彼のテンションが少し上がって表情が穏やかになった気がする。

「瑠衣ってなんで裕也にはずっと敬語なんだよ。『日比野さん』て。俺も裕也と同い年だぜ、もっと敬え」と海斗に言われた。

「日比野さんにはすごくすごーくお世話になってるし、なんか上司っぽいって言うか。じゃあ海斗はさっきみたいな悪戯やめてよ、そうしたら『近江さん』て呼んでもいいよ」

「はあ?嫌だね。いいぜ瑠衣、覚えとけよ」憎らしい顔で海斗が言う。あれはまた絶対悪戯しようと思ってる顔だ。

「いいから大人しく飯を食え」

 日比野さんが呆れて私たちに言った。

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