二本のガーベラ 2
食事の後で、港が見える公園を散歩した。
秋晴れの空を映して光る海に白く波を分けて進む遊覧船が見える。
「遊覧船、乗りたい?」
「ううん。ここから見ていたい」
大志に聞かれて瑠衣は答えた。
皆んなの大志くんを独り占めして並んでゆっくり歩くなんて特別だもの。
「大志くんはいつもみんなと一緒だから、二人で居たら抜け駆けしたって言われそう」
「そんな、それは僕の方だよ」
「え?」
「抜け駆けしてでも、瑠衣ちゃんとデートしたかった」
「大志くん……」
「僕、ずるいかな」
あのバーベキューの日みたいに瑠衣の方に身をかがめて真剣な目をした大志が言った。
「私も、今日は大志くんを独り占めなんだって思ってました」
彼の言葉につられて、瑠衣は戸惑いながらも正直に気持ちを口にしていた。
「君もそう思ってくれてたの?」
微笑んでうなづいた。
「ああよかった。すごく嬉しい」
こんな展開にまだ夢を見てるようで慣れなくて、恥ずかしくなって顔を上げられない。
率直に思いを伝える彼の言葉に胸がいっぱいになった。
「また一緒にね。短い時間でも誘ってしまうかも、会えるなら」
帰り際に大志が言ったその言葉の余韻は、思い出すたびに瑠衣の心を鮮やかに染めた。
翌日、瑠衣は自分のフォトブログにオープンテラスからの風景とランチの写真をアップした。
大志くんと自分の姿はないけど大切な思い出の写真。
見てくれた友達からも好評価やコメントがあった。
「瑠衣、あのレストラン行ったんだ。ランチどうだった?」
瑠衣がシフトの時間にアパレルショップに来た南絵菜が開口一番聞いてきた。
「美味しかったよ。スイーツも可愛くて美味しかった」
「へえ、そうなんだ。ふうん、誰と行ったの」
「誰とって?」
いきなりそう聞いてきた絵菜の口調がちょっと鋭くて、何だか追及されてるみたいな気がする。
「もしかして、大志くんと?」
名指しでそう聞かれた。
これまでに大志への好意を絵菜に打ち明けたことはない。
でも自分には絵菜と知り合う以前からの、大志との交流と思いの積み重ねがある。
過去の出会いの時のことを絵菜は知らない。
けど、この事は別段彼女に隠すつもりもなくて瑠衣は正直に答えた。
「うん。大志くんと」
「やっぱりそうか。瑠衣、それって抜け駆けだね。ちょっとズルくない?」
抜け駆け、人からそう言われるとやはり心がヒリッと痛む。
リーダーシップがあって優しい大志くんは人に好かれるし、周りの女の子にも人気がある。
絵菜も大志くんに好意を持ってるのはわかるけど、今日は何だかこれまでと違って機嫌が悪そう。
いつもグループで遊んできたから、私が大志くんと二人で会ったのがショックだったのかな。
もしかして、絵菜も大志くんのことを?
絵菜は瑠衣と目も合わせずに、店内の商品を気のないそぶりで眺めている。
一つ年上で店のお客さんでもある彼女と、こんな風に気まずくなりたくない。
これ以上大志くんとの事は言わない方がいいのかも。
「この前、私の誕生祝いが途中になってしまったからって気を遣ってくれたんだよ」
「それ、別に大志くんが気を遣うとこじゃないし。あれは皆んなも私も協力したのに」
「そうだったよね。この前は本当にごめんね」
「もういいよ。あーなんか、今日は気分が乗らない。じゃあまた今度ね」
それだけ言うと絵菜は帰って行った。
日頃の遊び仲間で他にも絵菜と同じように思う人がいるだろうか。
大志くんに迷惑がかからないかな。
そう悩んだ瑠衣は、絵菜の名前は出さずに大志に相談した。
「二人で会うこと、僕は別に秘密にしないよ。もう大人だし悪いことしてるわけじゃない。でもそれは君の気持ちが楽なようにして」
大志くん、あなたのことが好きなだけ。私が隣に居てもいいんだよね。
彼の言葉に守られた気がして、瑠衣のモヤモヤした気持ちは溶けていった。
仕事の後の短い時間に夕食を一緒にしておしゃべりする。
休日は映画に行ったり、ショッピングしたり二人とも好きなスイーツを食べ歩く。
いつも全てが瑠衣にとって初めてのことばかりで、甘く幸せで大切な時間が重なる。
ある日のデートの終わりにフラワーショップの前を通りかかった時「瑠衣ちゃんどんな花が好き?」と聞かれた。
足早に去る秋の陽が街灯りに取って代わる、夕暮れの店先に咲く花々はどれも生き生きと美しい。
中でもピンクのガーベラがとても可愛らしく見えた。
「このガーベラが可愛いくて好き」
「じゃあそれを買おう、僕の分も」
瑠衣が驚いている間に大志はもう小さなブーケと、それとは別にピンクと黄色の二本のガーベラを包んでくれるよう店員に頼んだ。
「これは瑠衣ちゃんに。この二本は僕のね」
店を出ると彼は瑠衣にブーケを渡してくれた。
「とっても綺麗、ありがとう。大事にお部屋に飾ります」
「うん、僕も部屋に飾るよ。お花が枯れちゃう前に、また会おうね」
そして並んで歩きながら大志は言った。
「好きなんだ、瑠衣ちゃん。僕と付き合ってほしい」
「大志くん……」
顔を上げて背の高い彼を見上げると目が合った。
「私も好きです、大志くん。だから、よろしくお願いします」瑠衣が答えると大志は瑠衣の手を取った。
「こうして歩こうよ」
彼の手は大きくて、温かく瑠衣の手を包んだ。
「瑠衣ちゃん、この前夕方に駅前で背が高いイケメンと一緒にいるとこ見たわよ。さては彼氏かな?」
ファミレスでのバイトに入ったら、優子さんに聞かれた。
「え、優子さん見てたんですか?」
「ごめんねえ、やっぱりそうか。彼ウチの店に来ていた人でしょ。時々仕事の打ち合わせしながら御飯食べてた」
また耳が赤くなる気がしながら瑠衣はうなづいた。
「仲よさそうで羨ましいな、あー若いっていいわねえ。あんな王子様みたいな彼氏とデート、素敵ねえ」
優子さんは両手を組みうっとりした顔で言い、少し困りながらも微笑んだ瑠衣は思った。
王子様みたい、だって大志くん。
瑠衣はブーケと一緒に贈られた大志の言葉を思い出した。
大志くん、あなたといるといつも自分が特別な人になった気がする。
だから大志くんは本当に私にとっての王子様なのかも知れない。




