第九十七話 絵を描く魔王様
昼下がりのバルトリッジをユミナと歩く。
あの後、カサンドラ付きのメイドから明日のために買い揃えるもの一覧をもらい、早速買い出しにとバルトリッジの城下町に出たのだ。
ラギウス帝国北部の防衛拠点という事もあり、広範囲に敷かれた高い壁は中から見ても外から見ても壮観だ。
町には活気があり、鎧を着込んだ兵士たちの姿をそこかしこで見ることが出来た。
「ご主人様、えへへへっ」
隣を歩くユミナが俺の腕に抱きついてくる。
こうして二人で歩くのは本当に久しぶりだ。
ここのところユミナは剣の修行でずっとあの鬼教官の元だったからな。
「修行、辛くなかったか?」
「大丈夫です、最近はたまに一本取れるようになって、いっぱい褒められました」
「それは……凄いな」
現在のユミナの教官は、あのフィガロの武神と呼ばれたロレント千人長だった。
結婚もせず、酒も飲まず、その生涯をひたすら武術に捧げたという信じられないような人間だ。
その強さも本物で、フィガロ国内は愚か、近隣国からも一目置かれる存在なのだそうだ。
フィガロ人の間では「ラギウス帝国がなかなかフィガロに手を出さないのは、ロレント千人長が老衰で死ぬのを待っているからだ」なんて噂も立つほどだ。
「ごめんなユミナ、もっと剣の勉強したかったよな」
「ううん、剣は楽しいけど、ご主人様といられるのはもっともっと、ずーっと幸せです」
にこにこしながら元気な声でそう言うユミナを見ると、場所が何処だろうと抱きしめたくなる。
だがここはまかりなりにも敵地、なるべく目立つ行動は避けねばと何とか耐えた。
そうして買い物も終わり、帰路につく途中。
バルトリッジの名物と言われている、中央広場の噴水を眺めていた時の事だ。
裸の女性を象った像が立ち並び、その手に持つ瓶から水が流れ出すという細工が施された美術品。
裸婦像もなかなか良いデザインで様になっている。
周りにも何人か立ち止まって噴水を眺めている人間がいたのだが、その中で一人、道端に広げたキャンパスに向かって、絵を描いている男を見つけた。
特徴のある癖の強い髪の毛。
特徴的な三白眼、目付きの悪い人相。
そして、油絵の具でサラサラと書かれて行くアニメ絵……
間違いない、カズマだ。
魔王カズマだ。
「おい……こんなところで何をやってるんだ?」
後ろから声をかけると、カズマは面倒くさそうな表情でこちらを振り返った。
うん、人違いでは無かったようだ。
「ん? あん? 何でお前がここにいるんだ?」
「それはこっちのセリフだ、お前の家はジノーグって町じゃなかったのか?」
「ここにもあるんだよ、仕事でどこに潜り込まなきゃいけないか分からねえだろ、いろんな町に家は持ってる」
面倒臭そうに頭をかきながら何でも無い事のように答えるその様子を見て、俺はしばし絶句してしまった。
何ともブルジョアな魔王様だ。
暗殺者ってのは相当儲かる商売なんだろうか……
「それで、なんでフィガロ人がこんな所にいるんだよ」
「いや……ちょっと色々あって……」
俺はそれまでに経緯を簡単にカズマに話す。
すると返ってきたのは労いでも同情でもない、豪快な笑い声だった。
「ぶっ! ぶふぁははははは! だせえ! うははははは!」
「う、うるさい! 俺だって一生懸命やってたんだよ!」
「あんだけ戦力があって目的達成目前でちゃぶ台返し食らうなんて、狙っても出来ねえよそんな間抜けな事」
「お、お前だって似たようなもんだろ」
「バカ、バーカ、ばーか!」
何故か俺がとことん貶されまくってる。
いや、確かに俺の危機感が足りない部分もあっただろうけど、でも俺だって必死に頑張ったんだ。
知らず知らずのうちに涙が滲んでくる。
こんなところで泣くなんてみっともない、だけど止めたいのに止まらない。
「止めて下さい、ご主人様は立派な人です、一生懸命皆のために頑張ってるんです、あなたに何が分かるんですか!」
「ん? なんだこのちっこいのは」
カズマに茶々を入れられ凹んでいたところでユミナが割って入る。
そう言えばカズマはユミナを見るのは初めてだったか。
「ユミナだ、俺の奥さんだよ」
「奥さんっておい……この子幾つなんだよ」
「一三歳になりました!」
「オイ……」
少しだけ気まずい空気が流れる。
何を言いたいかは分からないではないが、いいじゃないか、世界的に許されてるんだから。
「ぷ、うははははは……」
しばらく固まった後、カズマは膝を叩いて笑いだした。
「何が可笑しいんですか」
「いや、すまないな。何となくこいつがヘタレてる理由が分かった気がしたからよ」
そう言って俺とユミナを交互に見て、もう一度笑った。
「良いじゃねえか、こんなに付いてきてくれる奴がいるならよ。
国を追われたなんて小せえ事でグダグダ言ってんなよ」
国を追われるのは小さい事なのだろうか。
もっとも、カズマは俺なんかよりも余程過酷な道を歩んできているのだから、そう思えるのかもしれない。
「第一、仕組んだ奴の目星は付いてんだろ?
俺に依頼しろよ、サクっと消してやるから」
「いや、まだそういう段階じゃない……」
「そんな事言ってるから舐められるんだよ」
俺の方を向きながらも器用に筆を動かして、キャンパスに風景画を描いていく。
何とも上手いものだ、さすが元芸大生。
「フィガロなんてこっちから願い下げだってくらいで丁度いいんだ、あんな小国いくらでも代わりがあるだろ。
アヴィリアの方に口利きしてやろうか? あっちなら顔が利くぜ」
さっきと打って変わって何やら世話を焼いてくれるような流れになってきた。
あれ、こいつ実は良い奴なんじゃ……と思ったところで、いつか言っていたメイアの言葉が蘇る。
――あいつ絶対友達いないよ――
そうなんだろうか、しかし面と向かってそういう事を聞くのも躊躇われるな。
そんな事を考えていると、ある重要なことを忘れていたのを思い出す。
そうだ、俺はフィガロにこだわらなくちゃいけない理由があったじゃないか。
「そうだ、そう言えばお前の体のうち、二パーツがフィガロにあったぞ」
「…………はぁ!?」
時が一瞬止まる。
そして次の瞬間、すごい勢いで立ち上がったカズマに胸ぐらを掴まれた。
「おい! どういう事だ、どこにあったんだよ!」
「ちょ、まっ、苦しい」
「やめて、やめてください!」
興奮したカズマをユミナが俺から引き剥がす。
力はどうやらユミナのほうが上のようだ。
「ど、どの部分だ!?」
「確か、胴体と右足だったと思う」
「うっしゃあ! 早速取りに行くぞ!」
「ちょ、待てって、話を最後まで聞け!」
興奮して飛び出しそうになるカズマを宥め、これまでの経緯を簡単に説明する。
カズマのやつ、俺には散々言うくせに自分の事となると後先考えずじゃないか。
「魔族が作った部屋ね……」
簡単な経緯を話し終えた後、カズマはつまらなさそうに顎に手を当ててそう呟いた。
「だから今は入れないんだ、何とかフィガロに戻らないと」
「そんなの邪魔する連中は全員ぶっ殺せばいいだろうが」
「無理言うなよ、世話になった人達にそんな事出来るか」
「と言っても結局お前を捨てた連中だろ?」
「それは……まだ分からないから」
俺の煮え切らない態度に舌打ちするとカズマはそっぽを向いてしまう。
どうしたものかと思案しているようだが、カズマ一人ではいくら何でも城の奥に切り込むことはできないだろう。
何よりあそこを開くにはシャルルの血族がいないといけないのだ。
「せっかく見つかったってのに、面倒なことになりやがったな……」
「フィガロの王もカズマに会ってみたいと言っていたんだ、だからきっと何か深い訳が……」
「俺の体は俺のモンだ、その事で他人が俺に指図しようって時点で気に入らないな」
確かにカズマの憤る気持ちも分かる。
元々は騙されて体を切り刻まれたのだからな。
「それに関しては後日必ず何とかする。
それこそ最悪フェリスを連れて押入ってでも体だけは取り戻すから。
だから早まってフィガロに喧嘩を売らないでくれよ」
そうして俺はカズマに今後の行動予定を話して聞かせた。
まずはこの足でロシュフォーンに向かい、当初の目的を果たす。
その後フィガロの様子を見て、戻れないようならカズマの体だけでも返してもらうという方針だ。
「……なに? ロシュフォーンに行くのか?」
しかしカズマが食いついたのは、意外にもロシュフォーン行きの情報の方だった。
「ああ、半年前に殺された王女とは縁があってな。今もここにいる」
自分の胸を差す様子を見て、カズマは首を傾げた。
「お、おう……随分とご執心だったんだな」
「いや本当にいるんだ。彼女は殺される未来を知っていた、そしてその前に俺の中に魂の大部分を移していたんだ」
「なん……だと?」
バカバカしい話だとスルーされるかと思ったが、随分と食いついてくるカズマに俺は事のあらましを語って聞かせた。
口は悪いがカズマはこちらの味方であり、何と言っても同郷人だ。
これからも関わることが多くなるだろうし、こちらの現状をできるだけ知ってもらったほうが良いだろうと考えたのだ。
「じゃあ何か、お前らはこれからロシュフォーン城に殴り込みをかけるんだな?」
今まではフィガロの事があったから、慎重に事を進めようとしていた。
しかしこうなってはもう考えても仕方のない事だ。
俺はロシュフォーンに恩があるとは思っていない、むしろ恨んでいるくらいだ。
この世界に来たばかりの俺をクラリス殺しの汚名を着せ殺そうとし、さらには良くしてくれたコリーン村の人達を殺した。
それがあったから今があると言われても、やられた事自体を水に流すつもりはない。
クラリスなら何故そうなったのか見当がついているとは思うが、彼女はその辺りの事を語りたがらない。
だから無理に聞き出すつもりはない。
クラリスを取り戻しに行くにあたって、俺はロシュフォーン王族に遠慮するつもりなど無いというだけだ。
「降りかかる火の粉は例え王族だろうと薙ぎ払って進むつもりだ。
これは俺にとってもケジメみたいなものだからな」
カズマは俺の告白に少し驚いたような顔をし、しばらく考え込んだ後、広げていた絵画道具を片付け始める。
「分かった、俺も同行しよう」
「……え?」
次にカズマから出た言葉に俺は驚愕した。
どういう風の吹き回しだろうか。
自分の利益になりそうもない事には無関心な男だと思っていたのだが。
「何だ、俺がいると迷惑か?」
「い、いやそんな事はない、今は少しでも味方が必要だ……何というか、少し意外だっただけだよ」
「俺だって損得勘定だけで動くわけじゃない……いや、違うな。
お前は俺の体を探すという約束を守った。少しは信用できる奴だと感じたから力になってやろうという訳だ。
これから何かと縁があるだろうからな」
「カズマ……ありがとう」
俺より遥か以前にこの世界に呼ばれ、恐らく俺には想像もつかない戦いをくぐり抜けてきた男。
そんな男に多少なりとも認められた嬉しさから、俺は思わずカズマの手を握って振り回した。
「おいやめろ、男と密着する趣味はねえんだよ」
「お、おう、済まない」
「まあ、行くところがないならジノーグの俺の家にでも来りゃ良い。
あそこはもう俺の街だからな、お前達くらいならいくらでも匿ってやれるだろう」
「本当か!? それは助かる!」
話の流れで潜伏先まで提供してくれることになった。
なんだか急に世話を焼いてくれるようになって少し不気味なところはあるが……何にしても安心できる場所を提供してくれるというなら喜ばしいことだ。
しかし俺の街とはどういう意味だろうか。
まさか領主なのか?
「カズマ様!」
俺との話が一段落つき絵画道具を仕舞っていると、カズマの元に一人の少女が走り寄ってきた。
少女は嬉しそうにカズマから絵の具などが入ったバッグを受け取る。
この少女、どこかで見た事があるような……
「何をされていたのですか? あっ……」
少女はカズマと話していた俺達を見て表情を変える。
その様子を見て、俺もようやく思い出した。
そこにいたのは、かつてポロニアの街で一晩の宿を借りた女性。
かつて俺の護衛役としてロシュフォーンへの道を共にし、そして死んでいったカッツという警備兵の妻であった少女。
フローリカであった。
「ノアさん……」
「……やあ、元気そうだな」
フローリカは俺とカズマを交互に見た後、バツの悪そうな顔をする。
それはそうだろう。あの時、ポロニアの町に潜入した俺達を、フローリカは警備隊に売ったのだから。
とは言え、俺はあの時の事を今更責めるつもりはない。
彼女に関しては、怒りよりも同情心のほうが強かった。
カズマが彼女を保護したと聞いたときは、驚きつつもホッとしたものだ。
「その節は……申し訳ございませんでした」
そう言ってフローリカは俺に深々と頭を下げる。
元々憎からず思っていたので、俺としては謝罪が聞けただけで十分ではあった。
「お互い不安だったのは同じだ、今更それを言うつもりはないよ。
ガドラスも元気でやってる、今度結婚するらしいよ」
「そうなのですか……良かった」
フウと短い息を吐くフローリカ、どうやら気にはなっていたのだろう。
何せ自分の行動が原因となり、面倒を見てくれていた人間が追放される事になったのだから。
「話は聞いたよ、カズマのところで働いてるんだって?」
「はい、カズマ様のお世話や、教会の仕事のお手伝いをしています」
元気にそう答えるフローリカを見ると、そっちでの生活に問題はなさそうだ。
先程もカズマによく懐いていたようだし、心配は杞憂だったな。
「あの……あの時の女性は……?」
「フェリスなら今別の場所にいる、彼女も元気だよ」
「そうですか……私はカズマ様に助けられ、そこで色々な事を学びました。
魔族の方についてのお話もたくさん聞きました。
もしよろしければ……フェリス様に、あの時は申し訳ありませんでしたとお伝え下さい」
「ああ、伝えておくよ」
深々と頭を下げるフローリカを見て、俺は今まで沈んでいた気持ちが幾分楽になったように感じていた。
彼女はただの一般人。
この世界の常識に染まり、魔族は無条件で悪だと考えていた人間だ。
しかし、カズマとの出会いで彼女の考えは変化した。
偏見は取り除く事が出来るのだ。
そう、すぐには無理でも、一般人から魔族への先入観を消し去る事は出来る。
それはつまり、シャルルの思い描いていた世界を作る事も不可能ではないという事だ。
ほんの僅かな変化ではあったが、俺は暗闇の中に一筋の光を見出したような気持ちになっていた。




