第九十四話 追われる者達
状況は最悪だった。
ルビーナの偽装が解け、赤い目が露わになったところで何処からか飛来した火球が着弾し、負傷者が出た事により武装した百名ほどの市民は恐慌状態となった。
半数程度はその場にへたり込むか足がすくんで動けないようだが、残りの半数程がこちらに向かって来る。
「くっ、何故こんな事に……風よ!」
ルビーナが突風を起こし、向かってくる市民達を転倒させる。
大多数の市民が倒れて視界が開けると、その少し後方に黒いローブを纏った男がこちらを窺っているのが見えた。
「あれは魔術師……仕留めますわ」
「まて!」
ルビーナが攻撃のために腕を振りかぶったところを飛びつくようにして止める。
「何をするんですの? さっきの攻撃はあの魔術師ですわよ!?」
「分かってる! だけどここで俺達が人を殺すわけには行かないだろ!」
「ならどうしますのよ!?」
そう、これはきっと用意されたシナリオなのだ。
ベタベタの、それでいてとても効果的な……
あの魔術師はきっとこの事態を引き起こしたヤツの手先だ。
あいつの目的は、この場で混乱を発生させること。
そしてその様子を見た後ろにいる市民達に、俺達を敵だと認識させること。
もうその目的の半分は達成されたも同然だ。
ここで俺達が反撃すれば、残りの半分も自動的に達成される。
ミッションコンプリートって寸法だろう。
ああ知ってるよ、漫画なんかで腐るほど見たよこういうパターン。
だがまさか自分がこんな場面に出会うなんて驚きだ。
そして、本当にこんなに簡単に追い詰められるものだったなんてな……
非常事態だというのに、俺の頭は思ったよりも状況を素直に理解できていた。
“こういうパターンを知っている”というのはとても大きな事なのだと実感する。
そして同時に、もうここから先は打つ手など殆ど残されて無い事もまた、嫌というほど予想できた。
「逃げるしか無い」
状況が悪すぎる。
確認したい事は山ほどあるのに、その時間も手段もない。
まるで将棋の終盤に、連続で王手を受けている状態。
そしてこちらの打てる手はあと何手も残されていない、すぐに詰みになる。
そういう状況なのだということは、不思議と疑うこと無く理解できた。
だが逃げると言ってもどうする。
全員を連れて逃げる事なんて出来ない。
誰を連れて、誰を残す?
残した者達はどうなる?
身を切る決断をすると、すぐにまた次の究極の選択が現れる。
家には子供達だっている。
この暴徒に押しつぶされたら……そう考えると、最善だと分かっていても残していくという選択が出来ない。
答えが分かっているのに、選ぶ事が出来ない。
もう時間がないのに。
どうしたらいいんだ……
魔族だけを連れて逃げる。
この選択を実行に移せず立ち尽くす俺の目の前で、ルビーナによって吹き飛ばされた市民が続々と体勢を立て直し始める。
その目には恐怖と、狂気が宿っている。
言葉はもう通じないだろう。
なぜならこの市民達にとってはもう俺達が魔族だったという事は、疑いようのない真実となってしまったのだから。
誰か、助けてくれ……
身内を切り捨てる道を選べず、市民を排除する道も選べず。
あとは家に篭って自滅覚悟の籠城戦をするしかない……そう考えていた時だった。
「勇敢なるフィガロの市民よ、剣を収めよ! この地に巣食う魔の者は我々、ラギウス教会『聖浄なる血』の一団が捕縛した!」
突然聞こえたよく響く声に振り返ると、そこには銀の鎧で武装したアストリア達と、腕を縛られ拘束されているフェリスとユミナがいた。
二人の目は赤く輝いており、フェリスの髪は黄金色に染まっている。
完全に偽装を解除した状態であった。
突然現れた教会の銀鎧の集団に、殺気立った市民達の前進が止まる。
「ユーリ、カーナ、傷を負った者達を救護せよ」
「はっ!」
アストリアの声で、杖を持ったユーリとカーナが、先程の火球魔法で被害を受けた市民達の方へと走る。
「そこの二人も捕縛せよ、抵抗するなら殺して構わん」
その指示に従い、アストリア団の二人が俺とルビーナの手を縛り上げる。
「ちょ、ちょっと! 何をしますの!」
「ルビーナ! 大人しくするんだ」
俺は抵抗の素振りを見せたルビーナに短く注意し、黙らせる。
恐らくこれは……誰の判断かは分からないが、何か考えがあっての行いだと直感した。
でなければ、フェリスとユミナがアストリア達にこうも容易く捕まるはずがないではないか。
銀色のバケツのような兜を付けたアストリア団に捕縛され、俺はルビーナと共にフェリスの隣に並ばされる。
その様子を確認すると、アストリアは市民の前に立った。
「我々は、ラギウス教会『聖浄なる血』の一団である。
聖王ラギウス様の神託により、この地域に魔の者がいるとの情報を受け、以前から極秘に調査を行っていた。
そして今日、諸君らの協力により、魔の者をあぶり出すことに成功したのだ。
これよりこの者達は、ラギウス教会による浄化の儀式を以って、偉大なる天族の元へと還るであろう。
また、この地に住む者達の中に、まだ他にも魔族がいるとも限らない。
魔の物によって汚染された地域の浄化も必要である。
よって、その一連の儀が終了するまで、この丘の上一帯はラギウス教会の管轄となる。
勇敢なるフィガロ市民の諸君!
君達のおかげで世界はまた一つ、聖浄なるものへと近づいた!
私は、聖王ラギウス様の下僕である教会を代表し、君達に礼を述べたい。
フィガロ王国が永久に聖王の光で満たされんことを!」
締めの台詞と同時に、アストリア達が武器を眼前に構え、天を仰ぐ。
その様子を見たフィガロ市民達は、皆口々に聖王を讃え、涙を流しながら祈りを捧げる者すらいた。
その様子を俺は、唖然としながら眺めている。
……これが、天族の力なのか。
これほどまでに魔族は無条件で忌避され、天族は崇められるのか。
分かっていたはずではあったが、実際にその格差を見せつけられてしまうと絶句する以外に無い。
だって、天族は旧人類を……俺達を殺した張本人なんだぞ。
魔族はこの世界を守るために戦ってきたんだぞ。
なのに……
叫びたいが、叫んだところで意味がないと知り、さらに俺の心に鬱屈したものが溜まっていく。
旧人類が何百年もかけてあの地下施設を作り上げ、天族に与するものを滅ぼそうとした心情が、今は手に取るように分かる気がした。
アストリアの演説で民衆達は一応の落ち着きを取り戻した。
しかしすぐに教会に使者を送り、この地を浄化……要するにお祈りをして回って国や個人に金を要求する作業が必要となる。
教会は各地に散った協会関係者からの求めに応じ、その地に司祭を派遣して浄化を行うという業務を取り扱っている。
しかしこれは殆どがでっち上げによるものばかりで、要するにヤクザがミカジメ料を要求するのと同じような行為なのだ。
実際のところ、クロウ・ヨシツネのような教会がマークしている魔族以外で純粋な魔族が発見されたというケースはここ数百年程無く。
ヴァンパイア族も、その存在が最後に確認されたのは数十年前だ。
故に、複数の魔族が人族の国に入り込んでいたという事実はほぼ前例がない為、非常に慎重な対応が必要となる。
アストリア達はこの事実を教会に報告し、教会は聖都ラギウスに住む皇帝へ連絡。
皇帝が聖女ルミナスに伺いを立て、対応策が下知される。
恐らくそのような流れになる。
「つまり、この場合は通常の“浄化”とは違い、方針が決まるまでにより多くの時間が必要になると思います。
教会からの応援は恐らく一週間以内に到着するでしょう。
そうしたら臨時の異端審問会が開かれ、ここに住んでいる方達を調査します」
住民達を丘から避難という名目で追い出し、家の中に入ったアストリアは俺達の拘束を解きながらこの先の事を説明した。
「異端審問って何をやるんだ?」
「異端審問は通常であれば、結果ありきのでっち上げ裁判ですが、今回は正式なものを要求します。
そうしますと、エルフ族から調査員が派遣され、一人一人容疑者を確認する形となります。
エルフ族は相手が魔族であるかどうかを判断できますので、これを以て子供達の身の潔白は証明されるでしょう」
俺達がフィガロ市民と睨み合っている間、家の中ではフェリスとカーナから事情を聞いたアストリアが、この場を収める方法を探っていた。
それが先程の演説に繋がったのだ。
魔族関連の事件では、教会が非常に強い捜査権を持つ。
教会が関与したとなれば、国王ですら下手に異を唱えることはできないのだ。
恐らく俺達の敵は、ここに教会関係者がいる事までは把握していなかったのだろう。
それはそうだ。
ラギウス教会の関係者が魔族と仲良くしているなど、普通であれば誰も考えもしない事だ。
今回はそれが良い方向に働いた。
「今回は既に魔族らしき者がいるという事実を見られてしまっています。
なので教会への報告をしないという訳にはいきませんが、これで時間は稼げます。
旦那達はこの間に、追手の届かないところへ逃げて下さい」
「アストリアお前……俺達の事を信用してくれるのか?」
「ははは、今更ですよ旦那。
俺はけっこう俗物なんで、教義よりもこの目で見たものを信用しちまうんです。
姐さんには借りもあるし、旦那のおかげでいい暮らしも出来てる。
それに、カーナから聞きました、シエルさんの事。
ちょっとまだ信じられないですが……でも、実際に旦那はナーガ様とも仲が良かったし、ティアマト様からも信頼されてる。
その上旦那が頑張ってこの国に溶け込もうとしてるのを、ここ数ヶ月ずっと見てましたからね……そんな人が悪人だとは、俺には思えませんよ」
「だが、俺達を取り逃がしたとなったらお前がまずい事になるんじゃないのか」
「なに、そこは何とかします。ガドラスの旦那達にも証言して貰えれば恐らく大丈夫でしょう……旦那達は完全に悪者になっちまいますが……」
「それは……この際仕方ない。だが俺達はどうでも子供達は必ず守って欲しい。
あいつらは連れていけないが、俺達と一緒にいたとなればきっと疑われる……」
「分かってます、任せてください。
伊達に二〇年も教会に勤めてませんよ、連中のごまかし方なら心得てます。
ただ、旦那達の事はこの先どうなるか分からない、長丁場になるかもしれません」
「ああ……」
そこまで言ってアストリアは改めて兜を付けると、他の五名の戦士と並ぶ。
「さあ、姐さん、やっちまってください」
その声に呼応するかのように、フェリスの爪が長く伸びる。
戦闘態勢だ……どういう事だ?
「正体を表した強力なヴァンパイアと戦うも負傷、素性を知られた魔族達は逃走。
……とりあえずそういう事にするしかありません。さあ、死なない程度に頼みますぜ」
「……うむ、許せよ」
フェリスは短く呟くと、俺が止める間もなく六人の戦士に斬りかかった。
爪がひるがえる度に、銀色の鎧が大した抵抗もなく切り裂かれ、中の肉をえぐって行く。
絶叫が響き渡り、えぐられた鎧の隙間からは鮮血が流れ出す。
フェリスは致命傷にならないギリギリを狙い、浅くなく、深過ぎない戦闘の痕跡をそれぞれに付けていった。
それと同時にユーリとカーナが皆を治療に走る。
「お前ら……ここまでして」
「へへ……これやっておかないと、最悪こっちも疑われちまいますからね……まあ……保険みたいなもんですよ」
「……ありがとう、すまない」
荒く息をつくアストリアの手を握りしめ、俺は頭を下げ続ける事しか出来なかった。
「礼なんか……後にして下さい、恐らくそこまでのんびりしていられる時間はない。
すぐに逃げる用意をして、持ち物も最低限で……恐らくこの後、このクソッタレな絵図を書いた連中の追撃があるはずです」
アストリアの忠告に従い、俺はすぐにこの後の行動を思案する。
魂喰いと金貨を少々持ち、後は極力身軽に……
考えたいこと、やりたいことはいくらでもある。
しかし時間がもう無いという事も、俺にはよく理解することが出来た。
俺は覚悟を決め、皆に指示を出す。
「人族以外はすぐにここを脱出する。
俺とフローワ、メイア、ヘリオトロープは黒王に乗って、体力に自信がある者は済まないが走ってくれ、馬車を用意している時間はない。
まずは以前と同じルートを通ってベルレッタに行く。
そこに預けてある馬車を回収して、その後の進路を決めよう……それでいいか?」
ろくに考えもせずに決めた方針に、皆は何も言わずに頷いてくれた。
とにかくこの場にいてはまずいという事だけは確か。
しかし俺にはフィガロの他に頼れる場所など無い。
ベルレッタのスレイとは、以前のような険悪な関係ではないが、それでも今は信頼を構築し始めたばかりの段階だ。
ここで匿ってくれなどと泣きつく事はできない。
しかしフローワとルビーナを安全な場所に返すことは出来る。
この二人はエルフの村にいれば安全なのだ。まずはそれを目指そう。
「ノア殿……アリスはどうするのだ!?」
その中で少し遠慮気味にフローワが俺に尋ねる。
勿論それは大きな問題として俺も考えていたところだ。
アリスは俺達とは別にネルソン達に付き添って今、フィガロ城にいるはずなのだ。
「アリスは……今城に行く事は出来ない」
「そんな、アリスを見捨てるというのか!?」
そうしてすがるように俺の胸に手を合わせ、目で訴えかける。
フローワは頭のいい女性だ。
俺達が置かれた状況は勿論嫌というほど分かっているだろう。
しかし、正体がわからない敵がいるど真ん中に娘を一人だけ置いていくとなれば、何も言わないという訳には行くまい。
「私が残る、私が城に行ってアリスを守る……だからノア殿は構わずに行ってくれ」
「いや、それは……」
アリスは魔族化している。
敵は俺達の中に魔族がいることを知っていた。
もしアリスの事がバレれば、アリスの身は大きな危険に晒されるだろう。
そこにフローワが行って何とかなるのだろうか。
何より……もし、ネルソンが心変わりをして俺達を切り捨てるつもりなのだとしたら……フローワを行かせるのは非常に危険だ。
……無いと思いたい。
あのネルソンが、俺達を裏切ったなど。
あの思慮深い王が、ここまで魔族に踏み込んだ挙句に手のひらを返すなど。
無いと……思いたい。
だが同時に、昨日マリアベルから告げられた別れの言葉が頭に木霊する。
一体何が起こっているのだろうか。
一体誰が味方で、誰が敵なのか。
考えれば考えるほど分からなくなる。
「行かせておけば良いですわ」
「ルビーナ……そんな簡単に」
「簡単な話だからですわ。フローワは表向き魔族と接点がないのですから、堂々としていれば良いのです。
どのような謀があろうとフローワはエルフ族。よもや人族が手出しはしないでしょう」
「だが、それでも安全だという保証は無いだろう」
「この状況で保証など求めていたら何も出来ませんわ」
ルビーナの言い分にも一理ある、完全を求めていられる状況ではない。
そして誰が黒幕であろうが、エルフ族に危害を加えるのはリスクが高いはずだ。
常識的に考えればそうなのだ、しかし、この事態にその常識がどこまで当てはまるのだろうか。
正直なところ、俺には決断がつかない。
フローワを危険に晒したくはない、しかしアリスが孤立しているのだとしたら、フローワを行かせることで脱出の機会を作ることも出来るのではないか。
そして、もしネルソンが窮地に立たされているというなら、フローワの力は大きな助けになるだろう。
「フローワ……」
城に行けとは言いたくない、どのような状況にしろ全く危険がないという事は無いからだ。
しかしアリスを――娘を置いて逃げろとも口にできない。
頭がぐちゃぐちゃだ、どうするのが正解なのか分からない。
「そんな顔をしないでくれ、私なら大丈夫だ」
方針を決められずに情けない顔で固まる俺の手を取り、フローワが微笑む。
「私は行くよ……ルビーナの言う通りだ、今この場でアリスの元に行けるのは私しかいないのだから」
「……済まない」
「謝らないでくれ、こうするのが最もベストだと思ったからそうするだけなのだ。
それに、私も少しは役に立ちたい……というのもある」
少し照れながらそう言うフローワを見ていると、涙がこみ上げてきて仕方がない。
俺がもっとはっきりと決めないといけないのに……不甲斐なさばかりが募っていく。
それを誤魔化すように、俺はきつくフローワを抱きしめた。
「……済まないフローワ、きっと戻るから、それまでアリスを頼む」
「任せてくれ……」
断腸の思いではあったが、フローワはここに残り、城へと行くことになった。
頭のいいフローワならとりあえず話を合わせる程度は問題なく出来るだろう。
城へは魔族から保護したという体でアストリア達に送ってもらえばいい。
そしてかさばらない程度の荷物を持った俺達は、最後に子供達を集めて家の留守を任せる。
教会への根回しはアストリアがやってくれるはずだ。
そして実際に魔族ではないこの子達は、異端審問とやらが終われば自由になれるだろう。
もし……万が一、この子達に何かあったとしたら。
その時は俺も覚悟を決めなくてはならない。
「――そういう訳で俺はしばらく旅に出る、留守の番はお前達に任せる。
もうお前達だけで仕事は十分にやっていけるはずだ。
だが無理はしなくていい、問題が発生したらアランやアストリアやガドラス達に助けを求めろ。
仕事をするのが危険になったら操業を止めてもいい、とにかく俺が戻るまで皆無事でいる事が仕事だ」
俺は旅に必要な最低限の路銀だけ持ち、残りの財産は全て子供達に任せていく。
金が窮地を救うことだってあるからだ。
こいつらが無事で済むなら金なんか全部使い切ったって構わない。
集まった子供達は皆俺の言葉に頷く。
泣いても覆らない状況だと分かっているのだろう、誰一人泣き言を言う者はいなかった。
「旦那様!」
そんな中、ミルフィオリが声を上げる。
「旦那様、私も連れて行って下さい。お役に立ちます、何でもします」
「わ、私も……」
ミルフィオリにつられるようにファムも名乗りを上げる。
どれだけ厳しい旅になるか分からないというのに、その気持はとても嬉しい……しかし。
「いやダメだ、お前達がいなくなったら工場が続けられない。
理由があって操業を止めるなら仕方ないが、最初から投げ出すのは許可できない」
いくら嬉しくても、子供達を巻き込むことだけはあってはならない。
この子達はここにいればアストリアの協力を得られる、そして教会からお墨付きが貰えれば安全な身になる。
何が起きるか分からない旅に出るよりも遥かに安全だ。
「では……せめてお約束を。
旦那様が帰ってくるまでしっかりここは守ります、だからどうか帰られましたら……皆のお願いを聞いて下さい!」
「分かった、何でもしてやる、約束だ」
だから無事でいてくれよと、俺は一人一人子供達を抱きしめて別れを惜しんだ。
言いたい事は山ほどある。
心配事だって山ほどある。
だけど時間がない、伝えたいのに伝えられない。
そんな悲しさやもどかしさが止めどなく溢れてくる。
「それじゃあ頼んだぞ、必ず戻ってくるから」
俺達はそう言って、家の裏口を盛大に突き破って外へと飛び出した。
そしてすぐに黒王に飛び乗り、そのまま街道を逸れて西の山地へと向かう。
危険は承知の上だが、街道を進めばフィガロの兵士たちに出会う可能性も高い。
どこまで手が回っているのか分からないが、たとえ攻撃されたとしてもフィガロの兵士達と戦うわけには行かない。
これまで積み上げてきたものが次々と崩れていく音を聞きながら。
俺達は一路、ベルレッタを目指して走り出した。




