第七十九話 蒼き鋼の巨人
最初に入った部屋――審査室を出て、長い通路を走る。
明かりがついたので周りの様子はよく分かった。
通路にはあちこち、赤黒い何かが飛び散った跡が付いている。
それが何なのか、もう考えるまでもない。
いつの事かは分からないが、ここで昔、戦闘があったのだ。
そして何故なのかは分からないが、この場所はその時の状態をある程度保ったまま時が流れているように感じる。
不明な事が多すぎる、もっと慎重になるべきだったのだ。
通路の先から一際大きな悲鳴が聞こえた。
声はフローワのもの。
それと同時に大きな爆発音。
嫌な予感はますます大きくなる。
五〇メートルほど通路を進むと、大きな広間に出た。
他の場所と同じ青と白を基調とした、清潔感あふれる色をした部屋。
大きさは小中学校の体育館程度だろうか。
以前は多目的ホールのような使われ方をしていたのだろう、ソファやテーブルと言った家具が、円形の部屋の隅に乱雑に積まれていた。
その大きな部屋から五つの通路が外側に向かって伸びており、そのうちの一つが、今俺達が進んできた通路だ。
小さめの四本の通路、そして、中央にある大きな通路。
その通路の前に、異様な影が立っている。
「フローワ! ルビーナ! 大丈夫か!?」
その広間に飛び込んだ俺達がまず見たものは、腰を抜かしてへたり込んだフローワと、それを庇うように前に立つルビーナ。
そしてルビーナの視線の先にあったものは……蒼い人影。
一見すると、分厚い鎧を着込んだ人間のようにも見える。
しかしそうではあるまい、その身の丈は普通の人間の倍以上あるからだ。
蒼色に輝く鎧の隙間からは、金属の部品のようなものが見え隠れしている。
有り体に言うのなら体長五メートル程の人形のロボット、そんなものが、中央の大きな通路を守るように立っていた。
「大丈夫か? さっきの爆発音は?」
「わ、私ですわ……いきなり周囲が明るくなって、あんなものが見えたので驚いてしまって……」
どうやらフローワとルビーナがこの部屋に入ってきた時に丁度明かりがついたようだ。
そして、あの巨人に驚いて、ルビーナが魔法を使ったらしい。
見れば確かに巨人の足元あたりが焼け焦げたように黒ずんでいる。
「だけどあの鎧、動いてないよ?」
メイアの言う通り、その鎧は場違いな存在感こそあるものの、その場に静かに佇み動くような気配は無い。
壁際に押しやられている家具類を見る限り、ここは元々多目的ホールのような役割の部屋だったと考えられる。
となれば普通はあんなものを置いておくことは無いだろう。
廊下に大量にあった人骨といい、過去にここで何かが起き、その際にあの巨人が配置されたと考えるのが自然だ。
だとすれば、ただの人形だとは思えない、注意した方がいい。
「すっごいな……これ、文献で見たアイアンゴーレムというやつではないかな」
「ゴーレム?」
「古代人が使っていた兵器だよ、見たまえ、ルビーナの魔法が直撃したのに傷一つ付いていない。
これがアイアンゴーレムだとすると、作ったのは第一次天魔戦争後に生き残った古代人達だ。
これはすごい発見だぞ!」
恐怖よりも学者としての好奇心が勝るのか、フローワは興奮した様子で鉄の巨人――ゴーレムの近くへと走っていく。
しかし俺の中の不安は晴れるどころか、ますます大きくなっていった。
フローワの言う通り、ここが最初の天魔戦争後に作られた施設だとするなら、もう俺の知識の及ぶところではない。
そもそもダムの下にこんな施設を作らなければならない理由とは何なのだ。
ここは一体、何をする為の施設なのだろう。
俺のいた時代の施設だというならそこまでの危険はないと思っていたが、兵器が配置してあるとなれば話は別だ。
あの人骨といい、もっと十分な人員を呼び寄せて、慎重に調査すべきだと感じる。
「フローワ、ここは危険だ! 今回はこの辺で引き上げよう!」
「まて、せめてゴーレムの部品の一部だけでも……おいアリスちょっと手伝ってくれ」
フローワは既にゴーレムの側まで行き、取れそうなパーツを物色しているようだ。
嫌な予感が俺の中で急速に膨れ上がる。
「アリス、すぐにフローワを連れてこい!」
「は、はい!」
俺は反射的に魂喰いを手に持ち、周囲を確認する。
攻撃予測は……発動しない。
一先ず胸をなでおろし、念の為ゴーレムから離れるよう皆に指示を出そうとした時だった。
ゴーレムの装甲が光ったような気がした。
光の反射か? と天井を仰ぎ見る。
天井には俺に馴染みのある丸型のシーリングライトのようなものが規則正しく並んでおり、光を放っていた。
一体これの動力は何なのだろうか。
まさかどこかに発電施設があるという訳でもあるまい。
あったとしても、千年以上ろくなメンテナンスもせずに動き続ける施設など存在するのだろうか。
そんな事を考えながら、再びゴーレムに視線を戻す。
そして、次の瞬間、全身の毛が逆立つような感覚が俺を襲う。
今度は見間違いではない。
ゴーレムの蒼い装甲の間を縫うように、赤い光が走っていく。
次に、人間で言う目の部分に相当する場所に赤く輝く光体が浮かび上がった。
「アリス急げ! ゴーレムが動く!」
俺の叫びに、アリスが振り向きもせず急加速を行う。
しかしアリスはユミナほど身体能力は強化されていない、速いには速いが微妙なところだ。
ティアマトに頼んだほうが良かったかもしれない。
「ティアマト!」
「分かってる!」
アリスの後を追うようにティアマトが前に出る。
ゴーレムはその間、ゆっくりと首を動かし、自身の足元にいるフローワに目を向けた。
そうして背中に手を回し、恐らくそこに取り付けてあったのだろう、黒い巨大な剣をその手に持つ。
そのタイミングになって、ようやくフローワは様子がおかしいことに気が付いたらしい。
不思議そうに頭上を見上げ、そして、放心したように口を開ける。
もしかしたら今まさに踏み潰されようとしている蟻は、そういう気持ちになるのかもしれない。
状況が飲み込めておらず、恐怖がまだ認識できていないのだろう。
魂喰いを手にした俺の目に、赤い攻撃予測線が映し出される。
それは間違いなくフローワを両断する軌道だった。
「振り下ろしだ!」
詳しく説明している暇など無い。
しかしそれだけで理解したのか、一段と速度を増したアリスは、半ば体当たりするかのようにフローワに突進した。
それと同時に、ゴーレムの黒い大剣が振り下ろされる。
その巨体からは想像がつかない速度だ。
間一髪、アリスはフローワを抱きかかるようにして、そのまま勢いを殺さずにゴーレムの後方に滑り込んだ。
ゴーレムはというと、剣を地面まで振り下ろさず、途中で止めてゆっくりと姿勢を戻して行く。
どうやら施設自体には傷を付けたくないようだ。
「くらえ!」
そこに駆けつけたティアマトが、髪をまとめて手加減なしの攻撃を繰り出す。
先程鉄の扉を撃ち抜いた一撃と同じものだ。
ゴーレムはその攻撃を躱そうとせず、左腕を使いガードしようとするが、それよりも早くティアマトの攻撃がゴーレムのボディに突き刺さった。
重い金属同士をぶつけ合うような鈍い音がホールに響き渡る。
しかし次の瞬間、ゴーレムは何事もなかったかのように黒い大剣を構え、ティアマトに向かって横薙ぎに斬りつける。
ゆっくりとした構えの動作から急加速して繰り出される斬撃は、重い風切り音を立てて空を切った。
「効いてない?」
鉄を撃ち抜くティアマトの攻撃に、ゴーレムは全く動じる様子もなく、目に見えてダメージを受けている様子もない。
「私がやりますわ!」
俺の隣りにいたルビーナが三メートルほどの巨大な氷の槍を高速で放つ。
ゴーレムは空いた左腕で氷の槍を受け、甲高い音を立てて氷が砕け散った。
それでもやはりゴーレムに傷が付いた様子はなく、僅かに後方に後ずさるだけに留まっている。
「何ですのあれは? 化物!?」
「俺に聞くなよ、古代の兵器なんだろ!」
ゴーレムは体制を立て直すと、ゆっくりと俺達のいる方へと向かってきた。
歩を進める度に、重苦しい音が辺りに響く。
その進行を止めようとティアマトが攻撃を繰り出すが、自慢の髪の攻撃もゴーレムには全く効いている様子がない。
「だめだ、撤退する! アリスとフローワは!?」
見ればゴーレムの後方で足を引きずるアリスと、それを支えるフローワがいた。
床には血の流れた跡……アリスは先程の斬撃に飛び込んだ結果、右足を膝の先から失っていた。
「お母さん、私は良いから早く逃げて下さい」
「馬鹿者! 子を捨てろと言われて頷く親がいるか! 連れ戻すに決っているだろう! 絶対にだ!」
フローワはアリスを支えながらジリジリと元来た通路の方へ移動している。
幸い、今はゴーレムの注意はフローワ達に向いていない。
しかしこれですぐに引く訳にはいかなくなった。
せめてフローワ達が安全な場所にたどり着くまではここで持ちこたえなければ……
だがティアマトの必死の抵抗も、ゴーレムの歩みを阻害するには至らない。
ティアマトは決して弱い訳ではない、むしろこのメンバーの中では最も高い戦闘能力を持っている。
しかしそれも相手が生物であるならばなのだ。
あの鉄よりも硬いと思われる蒼い装甲に覆われたゴーレムを撃ち抜く為には、瞬間的な攻撃力が足りないらしい。
元々ティアマトは多数の目標に対する同時攻撃を得意としている上に、得意なフィールドは海だ。
不利な状況が重なった上で鉄より硬い金属の塊を相手にしろというのは、いくら竜族でも厳しいのだろう。
「止まらない……竜さえいれば……」
ゴーレムの攻撃は今のところ、右手に持った三メートル程の黒い剣を振り回して来るだけだ。
振り抜く速度こそ速いが、動きが単調な上に攻撃の間隔が長いのでティアマトの回避は難なく行えている。
しかしティアマトの力ではゴーレムを押し留める事は出来ず、じりじりとこちらに詰め寄ってきている。
手負いのフローワ達に攻撃の手が及ばないのは良いのだが、このままではジリ貧だ。
「おいルビーナ、エルフ一の魔法使い! 何とかならないのか!?」
「やっていますわよ! でも氷も炎も全然効果がありませんわ、どうなっているのあの体は!?」
「出し惜しみしてる場合じゃないぞ、何か無いのか? 鉄の扉崩した時みたいなの」
「見ていたでしょう? あれは前準備に時間が掛るのです、あのゴーレムが二〇分も三〇分もジッとしていると思いまして?」
そう言っている合間にも、ルビーナはティアマトが下がったタイミングで、ゴーレムに向かって魔法を放つ。
その威力は申し分なく、あのトカゲの魔獣辺りであれば十分致命的な打撃になるであろうレベルのものだ。
しかしそれがこのゴーレムには全く通用している気配がない。
「おかしいですわ、いくら硬い金属とは言え、ここまでの攻撃を受けて欠けもしないなんて……」
ゴーレムは一歩一歩確実に近付き、俺達との距離は既に一〇メートル程にまで接近している。
フローワ達は今ようやく俺達がこの部屋に入ってきた通路に差し掛かった所だ。
ここから俺達が通ってきた通路を五〇メートルほど進まなければ、この施設から出る事は出来ない。
フローワ達の安全を確保する為には、今下がる訳にはいかないのだ。
「なんかさ、あのゴーレムやる気なくない?」
「メイア? まだここにいたのか!?」
いつの間にか俺の隣に来ていたメイアが、大して慌てた様子もなくそんな事を口にする。
「ここは良いから、フローワ達と一緒に逃げろ」
「最初は頃合見てそうするつもりだったんだけどさ、なんか引っかかるんだよね」
「何が?」
「だってあのゴーレム、最初の一撃以来ずっと同じ事しかしてないじゃない。
あれだけすごい装甲を持ってるのに、攻撃が剣を横に薙ぐだけってちょっとお粗末すぎじゃない?」
そう言うとメイアは再びゴーレムの動きを観察し始める。
それにつられ、俺も改めてゴーレムを見た。
ゴーレムは一歩進む度に剣を横に薙いでいる。
それをティアマトが後ろに下がって回避しているので、だんだんと距離が詰められている状況だ。
しかし言われてみれば確かに違和感も有る。
このゴーレムは兵器のはずだ、実際、最初の一撃でアリスは負傷した。
しかしその後はすぐに対象をティアマトに変え、剣の攻撃も横に薙ぐ単調なものばかり。
……いや、あれは攻撃というよりも、ティアマトを追い払っている?
仮に侵入者の排除が目的なら、俺達より先に撤退しようとしているフローワ達に全く目が向かないのもおかしい。
では一体このゴーレムは、誰を狙っているのだ?
そこまで考えた時、俺の脳裏に恐ろしい回答が浮かんだ。
「ねえ、あのゴーレム、ノアの方に向かってきてるよね?」
その恐ろしい答えを、メイアが代弁する。
しかしそうだ、右へ左へと飛び回るティアマトには目もくれていない。
あの鎧の間から光る赤い目はずっと俺を捉えている……ように見える。
俺は魂食いを握って無意識に構える、しかしいつもは出るはずの攻撃予測は表示されなかった。
どういう事だ? 現に今もティアマトに向けて剣を振るっているというのに……
「ノア、にげて! 私が囮になる!」
焦りを含んだティアマトの声が響く。
ゴーレムとの距離は既に七メートル、あと数歩踏み込まれれば、瞬く間に俺は両断されてしまうだろう。
攻撃予測はまだ出ない。
フローワ達も、まだ脱出できていない。
判断がつかない事だらけで頭がパンクしそうだ。
「っこの!」
隣で魔法を放っていたルビーナが唇を噛みしめる。
それと同時に、今までとは違う、青い光がルビーナを包み始めた。
「お前に攻撃を当てているのは私なのに……見向きもしないなんて。
鉄クズの分際で! 私を舐めるな!」
怒りを含んだ声と共に、ルビーナの髪の色が黄金色に、そして、目の色が赤く変化していく。
その姿はまるでフェリスのようだ。
俺は目の前に迫った危機も忘れ、その光景に目を奪われる。
「消え去れ!」
叫びと共に、ルビーナの周りに浮かんでいた青い光が一斉にゴーレムへと向う。
このタイミングになって、ゴーレムは初めて剣と左腕を使って身を守るような体制を取った。
そこに青い光が殺到し、ゴーレムに当っては、小気味よい破裂音とともに弾けていく。
するとどうだ、今までどんな魔法をぶつけてもびくともしなかったゴーレムの装甲が、青い光の消滅とともに破壊されていくではないか。
二度、三度と、ルビーナの周りから発射された青い光が、ミサイルのように緩い放物線を描いてゴーレムへと向かい、破裂音と共にゴーレムの装甲を削り取る。
決して強烈な力が加わっているようには見えない。
聞こえてくるのは風船が割れるような気の抜けた破裂音だ。
破片が辺りに飛び散る訳でもない。
それなのに、まるで俺の奥の手である光の剣に飲み込まれたモノが消滅する時のように、散りゆく青い光に飲み込まれたゴーレムの装甲が削られていくのだ。
四度目の青い光が放たれた時、ゴーレムの装甲は見る影もなくボロボロになっており、そしてとうとうその歩みが止まり、地面に膝をついた。
それと同時に、ルビーナもガクリと膝をつく。
見れば額からは大量の汗が吹き出ており、肩で息をしている。
見た目には迫力は無く、綺麗な花火のような魔法だったが、相当体に負担のかかるモノだったという事だろう。
「凄いぞルビーナ! ティアマト、今だ!」
俺は崩れ落ちる寸前のルビーナを抱き止め、ティアマトに合図を送る。
今やゴーレムを守る蒼い装甲はボロボロに崩れ、内側に張り巡らされた複雑な機械構造がむき出しになっている。
今なら、ティアマトの力でゴーレムを撃ち抜けるかもしれない。
ティアマトが髪を一点に集め、必殺の一撃を放つまさにその時だった。
ゴーレムの右手がこれまたボロボロになった剣を手放し、俺に向けて掌を見せる。
それはまるで降参の合図のような……俺に救いを求めているような姿にも見えた。
「ティアマト、待て!」
そんな言葉が反射的に口に出た。
自分でもおかしいと思う。
こんな危機的な状況で、ルビーナが倒れるまで攻撃を続けてやっと手に入れた逆転のチャンスだと言うのに。
ミスは許されない。
俺の判断が間違っていれば、全滅だってあり得るのだ。
しかしメイアに言われてからずっと気にはなっていた。
真面目に戦っているような素振りもなく、明らかに俺を目指して前進して来たのは何故か。
そしてつい今し方、ゴーレムが地に膝を付いた際に、ちらりと見えた肩の装甲部分。
そこに書かれている文字を、俺は見てしまったのだ。
だから……確かめずにはいられなかった。
「ノア! なんで!?」
ティアマトが攻撃を中断して後方へ下がる。
こんな要領を得ない判断にも律儀に従ってくれる事に感謝し、俺は数歩前に出た。
「近づいちゃだめ!」
叫ぶティアマトを手で制し、俺は数歩前に出てゴーレムの伸ばされた手に触れる。
冷たい金属の感覚が伝わってきた。
紛れもなく、金属で作られた体。
念の為手を沿えた魂食いからは何の反応もない。
やはりそうだ、このゴーレムには俺を攻撃するつもりはない。
いやむしろ今までだって、明確に相手を殺すために攻撃を行ったのはフローワに放った最初の一撃だけなのだ。
「お前は、アイゼンという名なのか」
俺の言葉に反応したように、ゴーレムの首が僅かに上下に揺れた。
同時に、周囲から驚きのような声が上がる。
これで俺は確信する。
このゴーレムには意志がある。
「お前の名をもっとよく見せてくれ」
その声に応えるように、ゴーレムは自らの肩を捻って俺の前に晒す。
ボロボロになった肩のパーツには、俺の良く知る文字でこう書かれていた。
“BDU-03C 愛染”
勝手な想像だが、このゴーレムを作った人間は、日本に縁のある人物だったのではないだろうか。
迫りくるゴーレムの肩に刻印されていたこの文字を見た時、俺の中で様々に浮かんでいた曖昧な情報が、一つの形に纏まったような気がした。
何故、逃げる侵入者を追わないのか。
何故、ティアマトとまともに戦わないのか。
何故、まっすぐ俺の方に向かって来るのか。
それはもしかして、このゴーレムは俺に伝えたい事があるのではないか?
そう考えた時、もっとこのゴーレムについて知りたいと感じてしまったのだ。
それは危うい感情だったのかもしれない。
たったそれだけの根拠で、自分の身のみならず周囲すらも危険に晒すなど、とてもまともとは言えないだろう。
運が良かった、ただそれだけなのだ。
「お前は俺に用があるのか?」
ゴーレム――アイゼンは俺の言葉にゆっくりと頷くと、人差し指を俺に向けて突き出してきた。
握手かな? などと考えながら俺の腕程もる指を両手で抱える。
しばらくすると、アイゼンは指を引っ込め、金属音を立てながらゆっくりと立ち上がった。
一体今のは何だったのだろうか。
そんな事を考えていると、アイゼンは自身が守るように立っていた、中央の広い通路へと向かってゆく。
時折こちらを振り返る様子を見せるところを見ると、どうやら付いてきて欲しいという事らしい。
アイゼンが何を求めているのかまではまだ分からないが、一つだけ確かになった事が有る。
危機は、去ったのだ。




