第五十九話 魔法と才能と変態ども
「……それじゃあ、皆を頼む」
「ああ」
「それと……助けてくれてありがとうな。あの時は……その……済まなかったよ」
「……気にすんな、仕事頑張れよ」
ロジーが少し照れたように手を差し出す。
それを俺は考えのまとまらない頭で握り返した。
あの後、放心した俺をシャリドがリビングまで引きずって行き、我に返った頃には、周りでは様々な打ち合わせが終了していた。
気がつけば日も傾いている。
とりあえず一旦帰ろうとしたところでロジーに呼び止められ、謝罪の言葉を受け取ったのだが
その前に受けた衝撃が大きすぎて、おざなりな返事しか返す事が出来なかった。
まあ正常な状態でも、気の利いた言葉なんて恐らく出てこないんだけど。
帰り際にジャンヌに聞いた話では、ロジーとナタリアは以前から半分付き合っていたような間柄だったらしい。
今回の件で一気に距離が縮まったとの事で「きっとすぐに結婚するわ、あの二人」と、何やら興奮した面持ちで語っていた。
ロジーは一六歳でナタリアは一四歳だったと思ったが……まあこの世界でならさほど不思議はない。
家に帰ると、既にフェリスとユミナは帰ってきており、夕食を取っていた。
エスカリオ家での夕食は辞退してきたので、俺達もそれに加わって夕食を取る。
最近は社員寮内で食事を取ることの多い子供達も加わり、久しぶりに大人数での団欒となった。
俺はその席で、今日あった事を話す。
フェリスはコウモリを通じて既にあらましは把握していたようで、特に驚いた様子は無かったが、俺に黙って根回しをしていたことを気にしていたようだった。
もちろん咎めるつもりなど無い。むしろ礼を言いたい。
ユミナは船上パーティと聞いて飛び上がって喜んでいた。
ルークの事を聞くと、ルークに勝てるようになったとニコニコしながら俺に報告をしてくる。
男の微妙な心理について話をしようと思ったのだがいかんせん可愛すぎる、この笑顔の前ではルークのプライドなど馬の餌にもならないので、俺は思いっきり頭を撫でて褒めてやった。
今はカタリナと手合わせをしているらしいが、カタリナはスピードファイターのようでルークよりも数段手強いらしい、そりゃそうだろう。
しかし徐々にそのスピードにも慣れつつあるようだ。
これはカタリナがルークのようになる前に何とかした方が良いかもしれないな……
あまりに強くなりすぎて、変なところから目を付けられても困るし。
シエルはいつも通り、何食わぬ顔で俺の話を聞いていたが、パーティには全員参加という話を聞いたところで、僅かに顔を傾けた。
「ノア様、そのパーティとは、メイアも連れて行かなければいけませんでしょうか」
どうやらシエルはメイアを同伴させる事に不安があるようだ。
しかし、ここで連れて行かないと、存在が発覚した後でまた面倒な話になりそうな気がする、面倒でもここは全員顔見せをした方が良いだろう。
「ああ全員だ、ペットも残らずというくらいだからな、勿論黒王も連れて行く。
それに誰も居なくなってしまうんだから、一人だとむしろ危険だろう? 皆で行動した方がいい」
「……そうでございますね、承知致しました」
メイアは根っからの引きこもりなので、外を連れ歩くのは不安があると言えばあるのだが、とはいえ今回ばかりは外す訳にもいかない。
「さっきも言ったが、今回は俺の判断で既にこちらの手の内は伝えてある。シエルの素性もだ……本当に申し訳ないが」
「問題ありません、私の為を思っての事であると信じておりますので」
「あ……うん、そうだな」
今回は大ポカをやらかした上での成り行きでそうなってしまったのだが……この信頼で胸が痛い。
「ああ……そうだ、実はシエルにパーティでの料理を作って欲しいんだけど」
話したついでなので、パーティに関する内容も話しておく。
料理に関しては快く了承してもらえた。
場の設定についても問題ないようだ、シエル☆バリア保温型で寒い冬の甲板でもアンシンなんだそうだ。
すごいなシエル☆バリア、万能だな。
本当は何ていう魔法なんだろう……
「さて、調理器具に制限があるとの事ですので……あなた方にはこの二日間で調理器具無しで行う調理魔法を習得して頂きます、よろしいですね」
シエルがミルフィオリ達女性陣を一睨してそう話す。
ジャンヌがブルっと身震いするのが見えた。
「はいシエル様」
ミルフィオリが元気よく返事をし、ミランダがそれに続く。
ジャンヌは……いつのまにやらそっと回れ右をしてキッチンの奥にある裏口に移動しようとしていた。
「ライトニングボルト」
「あふん!」
ナーガがぼそっと呟き、バチっと静電気が走るような音がするとジャンヌがやけに色っぽい声を上げてその場に崩れ落ちる。
「貴方は戦場から逃げようとしています、敵前逃亡は死を意味します。お分かりですね?」
ゆらりと立ち上がったシエルが、倒れたジャンヌに手を差し伸べる。
その顔はとても慈愛に溢れているように見えるのだが、有無を言わせぬ恐ろしさがあった。
「ナーガ、お前」
「す、すまん、シエル様には逆らえなくて……」
どうやらシエルから何らかの指示があったらしい。
間接的に指示する分には攻撃制限に引っかからないようだ。
何ということか、シエルはここにきて、ナーガという攻撃手段を手に入れてしまったのだ。
「シエル……無茶するなよ」
「大丈夫ですノア様、期限までには調整しておきます。三度の飯を作らずにはいられない体に仕上げてみせましょう」
「いや……そうじゃなくて……」
シエルに手を引かれ、イヤイヤと首を振るジャンヌを見て俺はため息を付く。
「ジャンヌ、ボーナスやるから耐えてみせろ」
「いやあああああああああああああ」
少女の悲痛な叫びは、寒い冬の夜空に響いて消えた。
――――三日後
俺達は港町リベラへと向かう馬車の中にいた。
早朝に出発したため、途中で休憩を入れても昼過ぎくらいにはリベラに到着する予定だ。
そこから船に乗り込み、パーティの準備に取り掛かる。
パーティ開始は日没と同時、その時間に合わせてナーガが国王一家を予定のポイントに連れてくる手はずとなっている。
「いのり……ささやき……えいしょう……いのり……ささやき……えいしょう……いのり……」
トコトコと軽快に走る馬車の中から、呪文のようなつぶやきが聞こえる。
あれからシエル式短期魔法習得講座(煉獄級)を受けたジャンヌが、魂が抜けたような顔で馬車の中に転がってるのだ。
「ジャンヌ、しっかりして。もう訓練は無いのよ」
「ワニが……白いワニが来るよ、白いワニが……」
「ワニって何よジャンヌ、何もいないわ、安心して」
「……あれが、料理人の星……わたしは料理人のほしになるの」
「ジャンヌ今は昼よ、はいお水飲んで」
一緒に訓練を受けていたミルフィオリとミランダが、うなされるジャンヌに的確な突っ込みを入れつつ介抱している。
しかしさすがにこの二人も、だいぶ疲労が溜まっているようだ。
「シエル……うちの大事な従業員をぶっ壊すなよ」
「正直なところ、ここまでやり抜くとは思っていませんでした」
シエルが少し感心したような顔をしながら、ジャンヌの頭を膝に乗せ、体の様子を探る。
聞くところによると、ミルフィオリとミランダは共に体内に蓄積できるマナが多い為、通常の魔術師のように自身に蓄えられたマナを使用して魔法を使うことが出来るのだが
ジャンヌの場合は体内に蓄積できるマナが極端に少ないため、体内のマナを利用する方法だとすぐにマナ切れを起こしてしまうらしい。
そこでシエルがジャンヌに教えた方法は、自身の周囲に存在するマナを利用して魔法を行使するという方法だった。
ところがこの方法で魔法を使うという手順は、一般的にはまだ認知されていない。
多くの魔法が自分を起点としてしか発動しない理由がこれだ。
以前フェリスに、敵の中心で爆発でも起こせばあっという間に決着が付くのでは? と質問したことが有る。
要するにイオナズンだ。
しかしそれは出来ないとの事だった。
理由は単純、そこまで離れた位置にあるマナに直接影響を与える事が出来ないからだ。
今の魔族含めこの地に生きる全ての生物は、自身の体内に蓄えられたマナを利用して魔法を行使する方法しか知らない。
そんな中シエルは、周囲から意識的にマナを取り込み、それを使用するという、普通の人間では理解すら出来ない方法をジャンヌに叩き込んだ。
結果、ジャンヌは両手が届く程度の範囲からマナをかき集め魔法に転化する事ができるという、知る人が知れば歴史書に載るレベルの技術を身に着けたのだ。
「脈拍、脳波共に正常です、若いだけあって丈夫ですね。少々寝不足気味のようです」
「……三徹は……少々って言わない」
「お、気が付いたな」
ジャンヌが顔をしかめながら抗議する。
「社長……私、やりきった……よ」
「ああ、偉いぞ、本番は夜からだからしっかり寝ておけ」
「ぼ、ボーナス……」
「分かってる、ちゃんと考えてあるから今は休め」
「ふぁい」
いつもは騒がしいジャンヌだがさすがに今回は相当参っているのか、俺の言葉に安心したように微笑むと、そのまま深い眠りに落ちていった。
「旦那様、申し訳ございませんが私達も……」
「ああ、ゆっくり休んでくれ、時間になったら起こすから」
ミルフィオリとミランダも、三徹という程ではないがろくに睡眠も取れないくらい頑張っていた。
せめて今はゆっくり休ませてやろう。
それにしても、本当に驚く事ばかりやってしまう子達だ。才能があったのか、シエルの教育が良いのか……気になったのでシエルに聞いてみた。
「なあシエル、この子らは魔法の才能があるのか?」
「魔法を使用することに関しては特別これといったモノはありません、ミランダがややマナへの理解が早いです。
マナの保有量は人族の平均が一〇〇としますと、ミルフィオリとミランダが一三〇、ジャンヌは二〇といったところです」
「それじゃ三人共、別に天才とかそう言う訳ではないんだな?」
「そうでございますね」
シエルは何でもないようにそう説明するが、これは凄い事じゃないのか?
通常、魔法を習得する場合は、魔術師の弟子になるか、大都市にある学校に通う。
そこで数年にも渡り勉強し、早くて二年、遅い者だと十年もの勉強や修練が必要になる。
しかも習えば誰でも魔法を使えるという訳ではない、魔法の勉強をしても何も習得できずにその道を断念する者は、決して少なくはないのだ。
だがシエル式の魔法訓練は、特に目立った才能の無い者を僅かな期間で魔術師にしてしまえる可能性を持っている。
これは教育革命ではないだろうか。
魔法はこの世界では重要な技術だ。
俺の元いた世界で言う科学と同じくらい重要な……
科学と……同じ?
「……シエル」
「はい」
「例えば、例えばだよ……同じ魔法を繰り返し実行させる装置なんてものは作れるのか?」
この質問をした直後、シエルの目がほんの僅かに見開かれるのを俺は見逃さなかった。
「なぜそのような事ができるとお考えになられたのでしょうか?」
シエルが珍しく即答せず、俺の考えを窺ってくる。
これは何かある、少なくとも不可能という訳ではなさそうだ。
「今まで魔法っていうのは自分のマナを使用してしか使えないと思ってたんだけど、今回のジャンヌを見て、そうとは限らないんじゃないかと思うようになった。
以前フェリスに、魔法は自分の中でイメージを組み立てて力を具現化すると聞いた。
最初は意味が分からなかったが、よくよく考えたら俺の元いた世界にも、似たようなものがあった事を思い出したんだ。
それはあくまでも四角い箱の中だけで効果を発揮するものだったけど」
そこまで言ってシエルの目を見る。
特に動きは無いが、食い入るようにじっと俺の目を見て瞬きすらしていない。
何かに近づいているという確信のような感覚を掴みながら、俺は続けた。
「マナっていうのは、何にでもなれる物質……つまり、汎用物質とでも言うべきものなんじゃないか?
しかもマナが勝手に変化するわけじゃない、あくまでも外から加わった力を元にして変化する、それがイメージという名の……なんだろう、意志力みたいなもの? なんじゃないか?」
シエルは以前、マナの本質を理解すれば大抵の事は出来ると言った。
つまりシエルにとってマナとは万能なものなのだ。
では何故人間が使う魔法はシエルに遠く及ばないのか、それは人間がマナの本当の使い方を、実際には全く分かっていないからではないだろうか。
シエルはじっと俺の目を見て、まだ何も答えてはくれない。
何かを考えているようだ、こんなシエルは初めて見る。
「なんじゃ、面白そうな話をしておるのう」
御者席に座っていたフェリスが、こちらの声を聞きつけて荷台に入ってくる。
代理でザックスとグリムが御者席に移動し、はしゃいでいるのが見える。
まあ荷台を引いているのは黒王なので、誰が御者をやっても問題はないだろう。
「最近は主とゆっくりできる時間も取れずに寂しい事よ、それに加えて何かといえばシエルシエルで、妾のへそも曲がるというものじゃ」
「ご、ごめん……そんなつもりはなかったんだけど、確かに最近あまり一緒にいられなかったな」
「ふん、そう思うのであれば態度で示して貰わぬとのう」
態度……態度か。
スリスリと擦り寄るフェリスを見てふと思いつき、フェリスを抱きかかえて膝の上に乗せた。
軽いので俺でも簡単に持ち上がる。
「うむ、分かっておるではないか」
俺の胸に頭を預け、嬉しそうにくつろぐフェリス。
しかし俺の示す態度はまだ終わっていない。
素早く服の間に手を入れると、フェリスのぷにあばらを撫で始まる。
いつもながら素晴らしいあばらだ、浮き出すぎず、脂肪に隠れ過ぎず、大きさも柔らかさも手触りも抜群だ。
「ひゃっ! ま、待つのじゃ、ひ、そこは……」
「こら大人しくしてろ……ああ、やっぱりフェリスのあばらが一番いいな」
「一番? 一番か……そうかの? へへ……って違う! そうじゃ、久しぶりなので忘れておった、主はヘンタイであった!」
「失敬な、やましい気持ちなんて微塵もないぞ、子犬を見たら頭を撫でたくなるのと同じだ」
「同じではないわああああああああ!」
絶叫はするが決して離れようとしないフェリスのあばらを堪能し尽くした所で、話が大幅に脱線していた事を思い出した。
「そうだ、シエル」
改めてシエルを見ると、あれからずっと俺を見ながら何か考えていたらしい。
綺麗なエメラルドグリーンの瞳は相変わらず俺の方を向いている。
そうしてフェリスがぐったりして動かなくなると、ゆっくりと口を開いた。
「ノア様、先程のご質問の答えはパーティの後でよろしいでしょうか」
「え、う、うん、別にいつでも……」
「マナの性質について非常に近いところを当てられ、驚いています。
ですがこれは非常に難しい判断を必要とする問題です、ですので少々お時間を下さい」
「分かった、もし教えられないと言う事なら、それでもいいんだからな」
「承知致しました。それでは私からも一つよろしいでしょうか」
「ん? なんだい?」
シエルはそう言うと、おもむろに上着をめくり上げる。
白く綺麗でシミひとつ無い、まるでフォトショップで加工した後のような肌があらわになる。
「なっ?」
「私のアバラはどうでしょうか」
「えっ!?」
「ノア様の理想のアバラになっているでしょうか」
どうやらシエルは俺とフェリスのやり取りを見ていて何か思うところがあったようだ。
言われるままに顔を近づけ、シエルの脇腹を見つめる。
色は白く、触ると絶妙な弾力を感じる、シミや無駄毛など一切見当たらない、一言で言うなら最高の脇腹だ。
しかし……
「凄く綺麗だとは思うけど、理想かと言われるとちょっと……八〇点位?」
シエルのアバラは形が浮き出ないように絶妙な厚みの脂肪がかかっている。それ自体は非常に完成されたものなのだが、俺の理想かと言われれば否である。
俺はアバラが少々浮き出てるくらいが最も理想なのだ。
背伸びをするとハッキリ見えるくらいに浮き出るくらいがいいのだ。
しかしそんなものは個性である、浮き出ていないから気に入らないなどという事は決して無い。
だがシエルは俺の評価にことのほかショックを受けたようだった。
「……精進します」
小さくそう呟いたシエルは、表情こそいつもの無表情であったが、眉の両脇が微妙に下がっていた。




