表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/98

第三十七話 スラムの子供達(地図あり)

後書きにフィガロ周辺地図を掲載しています。

思えば俺は仕事というものをこれっぽっちも理解していなかった。

毎日会社に行き、言われた作業を行うだけだった。

確かに知識の要る作業や、難しい作業はあった。

しかしそれが何の為に行われ、どこにどう繋がっていくのかなど大して考えた事もなかった。

そんな事を考えなくても作業はできたし、自分の作業を行う上では何の不都合も無かったからだ。

目の前の作業を片付ける事以外の思考は無駄だとさえ思っていた。


果たして出来るのだろうか、そんな俺が、これから行おうとしている仕事を……




ファムの案内で商店街から三〇分ほど南東に向かい歩く、懐かしいファムに金をスられた場所から更にその先のマジノ山の南端を目指して街道を歩いて行く。

マジノ山の南端にはフィガロの城下町を囲む壁の始点があり、大きめの門が設置されている。

この門は東門と呼ばれており、フィガロの城下町を囲む壁に設置されている四箇所の門のうちの一つだ。

ここは警備もそれほど厳しくなく、指名手配中の犯罪者でもなければ問題なく通過できる。

俺達はそこをくぐって壁の外に出た。


マジノ山南端の門……東門を通るとまず見えるものは、長い下り坂とその先の盆地に広がる大霊園

ここはフィガロ王国住民用の共同墓地となっている。

広大な敷地に墓石や石碑が並んでおり、所々に小さく人の姿が見える、墓参りに来ている人々だろうか……

なんだか鎧を着ている人間もいるような気がするが、遠くなのでよく見えない。


そして坂を下って左手、丁度マジノ山の影となる通りに俺の目的地はあった。


マジノ山の東部を南北に走る細い道に沿って、粗末なバラックが立ち並んでいる。

コリーン村で見た農家よりも簡素で小さく、廃材のような板切れと藁を雑に組み合わせて作った屋根と隙間だらけの壁で出来ているその家は

本当にただ雨風を凌ぐ程度の機能しか持っていないように見える。

大きさもさほど無く、六帖を超えるような大きさの建物は見当たらない。

道にはぽつぽつと人が歩いているが、活気は無く、時折子供の騒ぐ声や泣き声のようなものが聞こえてくる程度だ。


以前、黒王に乗ってフィガロを一周した時には、ここは少し離れた道から見た程度だったが

その時はゴミ捨て場か何かかと思ったくらいだ……ここがスラムだったのか。

初めて見るスラム街は、想像していたような「悪党の巣食い、陰謀が渦巻く地域」といった雰囲気ではなく

どこまでも地味で小汚く、人々の表情が暗いだけの地域だった。


「どこを案内すればいいんだよ」


ファムが俺の方を見ながら面倒くさそうに聞いてくる。


「そうだな、とりあえずお前が養っているっていう子供達でも見せてもらおうかな」


「……皆に手を出したらタダじゃ置かないからな」


「お前の中で俺はどんだけ悪党なんだよ……」


俺達はファムの案内でスラム街を進んでいく。

道端にはゴミが散乱し、汚物がそのまま放置されているのが見える。

所々にボロ布のような服を着た女が立っており、こちらを値踏みするような目で見ている。

恐らく娼婦なのだろうが、お世辞にも見目が良いとは言えない。

髪の毛はボサボサで不健康そうな体はあまり洗っていないのか汚れが目立つ、例え俺が童貞のままであったとしても、お世話になりたいとは思わないだろう。


スラム街の細い路地を東に抜けると、目の前が開け、盆地の中にある大きな霊園が見えてくる。

その霊園へと続く道のすぐ近くに建っている粗末な小屋にファムは入っていった。


「ミルー、ロジー、みんなー、今帰ったよ」


ファムが家の中に向かって声をかけると、中からドヤドヤと少年少女達が出てきた。


「ファム姉おかえりー」

「今日は早かったね!」

「お仕事終わったの? 酷いことされてない?」

「後ろの人だれー?」


中から出てきた数人の男女は、何れも見た目は十歳から十五歳といった程度の少年少女達だ。

まだ中に何人かいるようだが、この家六帖程度の広さしか無さそうだけど、どうやって住んでるんだ……


「みんなただいま、ちょっと知り合いに道案内頼まれてるんだ、これお土産だから皆で食べてね」


そう言ってファムはエリザベートに貰った焼き菓子入りの袋を先頭にいた少年に渡す。

少年は袋の中を覗き込むと歓喜の声を上げた。


「すげえ! お菓子だ!」

「え!?」

「見せて! 見せて!」

「ちょ、まてよ! 落ち着けって!」


少年の声に引かれて中にいた他の子供たちも外に出てきた。

恐らくこれで全員だろうか、男五名、女五名の合わせて一〇名、皆見た目は一五歳以下であろうと思える背格好だ。


「これで全部か?」


「う、うん……そうだけど……」


俺は出てきた少年達の動きをしばらく見ている。

比較的体格のいい三人の少年と、二人の少女がお菓子に夢中になっており

残りの五名は数歩下がった場所からその様子を覗き込んでいる。


菓子袋に群がっている男達は既に焼き菓子を取り出して遠慮なしにバリバリを食べ始めており

時折、隣にいる女の子にお菓子を渡している。


「ちょっとロジー、皆で分けなよ!」


「分かってるよ」


ロジーと呼ばれた少年が焼き菓子を数枚取り出して、ちらりと後ろを見るとそちらに向けて無造作に放り投げた。

ロジーの後ろにいた少し小さい少年が慌ててそれをキャッチしようとするが、撮り損ねて一枚落してしまう。


「ははっ、グリムは鈍くせえな」


グリムと呼ばれた少年は、地面に落ちてしまった焼き菓子を拾い上げ、泣きそうな顔をしている。

それを近くにいた少女が慰めていた。


「グリム、それは私が食べるから、他は皆に配って」


「う、うん、ごめんミル姉……」


ミル姉と呼ばれた少女は、この一団の中で最も落ち着いた雰囲気を持っていた。

金色のショートヘアに青い目という、この国ではそう珍しくもない顔立ちだが、その柔らかな仕草などがこの粗暴な雰囲気の漂うスラムでは少々浮いている。


「ファムは食べないの?」


「う、うん、私は仕事場で食べたから」


ファムはそう言って頭をかくと、ミルという少女は自分が持っていた焼き菓子を、先程からかわれていたグリムという少年に渡した。

グリムはとてもうれしそうに笑みを浮かべてながらお菓子を食べている。


なるほど……


俺はその様子をざっと見て、何となくこの集団のあり様が理解出来てきた。

初めは、ファムが貧しい子供達を何とか泥棒までして養っているのかと思っていたが、どうもそういうお涙頂戴的な話ばかりという訳ではなさそうだ。

そういえばこいつらは少年窃盗団という物騒な組織のメンバーだったんだな……


見た感じファムよりも血色が良く動けそうな男手があるが、別に何か仕事をしていたような様子もない。

今もファムが持ってきたお菓子を半ば独占するような形で貪っている、後ろにいる子供達にはあまり気を回している感じもしない。

唯一、馴れ馴れしくぴったり寄り添っている女二人には、時折食べ物を渡したりなどしている。

この動きの中に、この集団の中での力関係が如実に現れていると見ていいだろう。


こいつらは要するにカラーギャングなのだ。

不幸な生まれからくる無教養な者達が集まった集団。

高度な秩序維持を行う知恵も知識もないので、集団内の序列は単純な力関係で決まってしまう。

そうなれば集団の中であっても弱い者の立場は弱いままだ。

しかしそうなる事が分かっていても、このスラムという環境で生きるには集団に属するしか手がない

子供一人で誰の助けもなく生きていくというのは非常に難しいからだ。

集団の中に属せば、少なくとも同じ集団の人間から攻撃を受けることは無くなる。

ギャング共はそうやって、環境に耐えられない者達を取り込んで大きくなっていったのだろう。


しかしある時、その集団をまとめていたトップがいなくなってしまった。

そして集団は瓦解、ここにいるのはその瓦解した集団の中で顔見知りだった者達だろう。

知らない人間よりは知っている人間のほうが安心感がある、だから顔見知り同士で集まって

また小さなギャングの集団を作ったのだ。


きっとファムはその中でも稼ぎ頭だったのだろう。

しかし稼ぎの量と集団内の序列は必ずしも一致しない、何故なら集団内では単純に力の強い者が偉いから。

だからファムは金を手に入れてくるのにそれほど大事にはされず、大して動きもしない男達がその戦利品を独占するのだ。

まるでライオンのオスとメスの関係のようだ。

そして強いオスに媚を売っておこぼれに預かっているのが、きっとあの二人の女なのだろう。


ならばファムは一人でやっていけるのだからこの集団を抜ければ良いと思うかもしれないが、それもそう簡単な事ではない。

多くの場合、こういった集団は抜けることが容易ではないからだ。

裏切りと称してリンチを加えられたりする可能性が高いし、何よりも、全員と仲が悪いわけではないだろう

ファムはファムなりに守りたい者もいるはずだ。

さっき話していたミルという女の子には気を許せている感じがする。

つまりそういったものがしがらみとなって、この非効率な集団から抜け出せなくなっているのだろう。


俺がそうこう考えているうちに、菓子袋を囲んでいた五名は中に入っていた焼き菓子を全部平らげたらしい。

ロジーと呼ばれていた男が、ファムに空になった袋を投げ渡していた。

結局後ろにいた者達に渡った焼き菓子は一枚だけだ、皆で分ければ一人三、四枚は食べることができただろうに……


「何で全部食べちゃうんだよ!」


「あん? 少ねえのが悪いんだよ、もっと多けりゃもう少しは分けたさ」


ファムが抗議の声を上げるが、ロジーという男は特に悪びれた様子もなく笑っている。

毎日の食料を十分取れないスラムの人間からしたらもっと怒りたいところだろうが、やはりこの男達がここでは立場が強いらしい。


俺はそんな様子を見て、自分の考えの甘さを痛感していた。


仕事が無いスラムの人間に仕事を作る、これが俺の当初の目的だったのだが

ここにいる人間は、仕事があればそれで良いという人間ばかりではない。

特にファムの知り合いはギャング上がりの連中だ、気に入らないことを力で何とかしてきたような連中だ。

そんな連中が俺の言うことを素直に聞くとは到底思えなかった。

それでもファムがこの集団で最も発言力を持っていれば何とかなったかもしれない、しかし現実はこの通りだ。

ファムがスラムの一団を養っているという話を都合のいいように解釈しすぎてしまった。


……とりあえずあの食い物を独占していた五人は除外だな。


俺はファムの知り合い達の中で話が通じそうな人間をチェックし、この場はとりあえず一旦下がる事にした。

日を改めて話ができそうな者だけ集めてもらおう。

特にあのミルという少女は話せそうだ。


「ファム、今度は南の方を案内してくれ」


「え……あ、う、うん……」


俺は努めて冷静にこの場を立ち去ろうと、ファムに移動する事を伝えた。

ファムも何となく悟ったようで、さっき通ってきた道を戻ろうとしたが……


「おい待てよオッサン、あんた何しに来たんだ」


少年の一人に声をかけられる、嫌な予感しかしないがここで強引に逃げては怪しまれる。

それに俺の体力じゃ走って逃げ切れるとも思えないしな。


「別に……ファムにスラム街を案内してもらっていただけだよ」


「スラムを? あんたみたいなのが何でスラムに用があるんだよ、そんなでかいメイド連れているようなお方がよ」


年長と思われる三人の少年はそう言うと俺の正面と左右に一人づつ立つ

まだ囲まれきってはいないが、嫌な予感は無くならない。


「ちょっとロジー、カシムとドノバンも止めてよ、ほんとにただの道案内だから……お世話になってる店の常連さんなんだから変なことやめて」


ファムは不穏な空気を振り払うように少年に呼びかけるが、逆に少年たちはファムに責めるような質問を浴びせかけた。


「ファムお前、街の連中が俺達の仲間に何したか覚えてんだろ、それがお世話になってるだって? どういうことだよ

まさか衛兵に俺達を売ったんじゃないだろうな、こいつは実は役人とかよ」


「そんな訳ないじゃない! お店だって、ちゃんとお給料くれる良いところだよ、何とか毎日パンを食べられるだけもらえるんだよ」


「それが既におかしいだろ、何でそんな所にお前みたいなのが潜り込めるんだよ、罠じゃねえのか」


「奥様を悪く言わないで!」


ファムと少年達は何やら言い合っている。

ファムは本当にエリザベートの店でバイトをしているだけなのだが、少年たちはそれが信じられないらしい

しかも俺の事を役人の手先じゃないかと疑っている。

どういう生活をすればそういう思考になるのか分からないが、仮にこのまま話が通じなかったら俺はどうなるんだ……


自分が思った以上に危険な場所に踏み込んでしまったという事実を今更ながら感じ、そして後悔を感じ始めた。

しかし今はそんな事を言っていても仕方がない、何とかこの場を治めなければ


「おいお前ら、俺は本当にただの一般人だ、こっちはメイドのように見えるが……学者だ」


「……本当に役人や衛兵の手先じゃないんだな?」


「ああ」


先頭に立っていたロジーという少年が俺の事をしばらく訝しげに見ていたが、両隣の少年に合図を送ると俺の周りを素早く囲み

懐からナイフを取り出して俺に向ける。


「な、何だよ、一般人だって言っただろ!」


俺は焦りで声が少し上ずる。


「だからそれは分かったよ、じゃあ話は速い、金になりそうなものを置いていきな」


「何でだよ、俺はファムの知り合いだぞ」


「関係ねえよ、塀の中の人間は全員俺達の餌だ」


「止めてよ! ねえロジーやめて! あの店で働けなくなっちゃう!」


「別にいいだろ、どうせ長続きしやしねえよ、何でそんなに拘るんだよ、お前にはスリの腕があるだろうが」


「私あの店辞めたくない! もうスリなんてしたくないの!」


「何だよ、俺達を裏切るつもりか!?」


囲まれながらテンパる寸前の頭で俺は今の状況を考える。

ロジー達の言動から感じるのは、ロジー達は塀の中の人間、つまりフェガロの一般人に並々ならぬ恨みを持っているようだ。

どう考えてもスリより今のバイトのほうが安全で割が良いにも関わらず、それを認められないでいる。

そしてそれを続けたいというファムを裏切り者と断じている。

自分の嫌いなものに肩入れする仲間は裏切り者という訳だ、随分と思考が幼い。

両隣りにいる少年も特にロジーに物言うつもりはないらしい、つまりこの場で最も権力がある人間がロジーなのだ。


少女達と残りの少年は後ろの方でこの様子を見ている。

不安そうな顔はしているが、このロジーという少年に意見する者はいないようだ。


「ロジーやめなさい、ファムと喧嘩しても仕方ないでしょう、ファムがいなかったら……」

「うるせえよ、黙ってろミル」


誰もロジーに意見できないと思っていたら、後ろで少年の肩を抱いて様子を見ていた金髪の少女……ミルがロジーを諌めるが

それでもロジーは聞く耳は持たない。


「……分かった、シエル、さっき買った食べ物を袋ごと渡してやれ、ファム、シエルから袋を受け取ってアイツに持っていけ」


「え、でも……」


「いいから、どうせ皆で食おうと思って買ったものだから構わない」


俺の指示でシエルがファムに食料の入った麻袋を渡し、ファムがそれをロジー達に渡す。


「一〇人いるって聞いたから多めにある、後ろの連中にもちゃんと配れよ」


「はっ、俺達を餌で釣ろうとしてたのかよ」


「何でそういう発想にしかならないんだ……まあいい、じゃあ俺は行かせてもらうぞ」


俺なりに訪問先に気を使った手土産のようなものだったのだが、まさか釣り餌扱いされるとは思わなかった。

怒りがこみ上げてくるが、ここで切れてもろくなことにならない、ナイフ突き付けられている以上ここは素直に下がるのが得策だ。


「ちょっと待てよ、金も持ってるんだろう、置いていけよ、それと後ろの女の服もな」


下がろうとした俺からロジーはさらにモノを要求する。

何だこれは、まるでただの追い剥ぎじゃないか、こんな事をしていたら……


「お前、それじゃ誰が来ても敵を増やすだけだぞ」


「うるせえよ、元から味方なんていねえ。早く金出せ、ここはスラムだ、お前なんか死んだって誰も気にしないんだぜ」


ハッタリなのかも知れないが、確かにここで俺が殺されたところで誰もどうもしないだろう。

周りにはこの様子をちら見する人間すらいないし、国の兵士も余程のことがなければスラムの方には来ないようだ。

俺は腰から銀貨一〇枚が入った皮袋を外してロジーの足元に放り投げた。


「それで全部だ」


ロジーの隣にいた少年が袋を拾い上げ、中を覗き込む。


「すげえ! 銀貨だ!」


少年は興奮したような声を上げてロジーに中身を見せている。

ロジーも一瞬目を丸くして袋の中の銀貨を見ていた。


「それで全部だ、じゃあな」


俺はロジー達が銀貨に気を取られている間にさっさと立ち去ろうと踵を返す。

銀貨は勿体無いがここで争いになる事は避けたい、シエルの力を使えば逃げることはできるのだろうが

シエルの力はまだ未知数だ、予想外のことになりかねないので使用はなるべく控えたい。


「おいお前ら、そいつ逃がすんじゃねえ」


シエルに早く下がるように目配せし俺はその場を立ち去ろうとするが、ロジーの指示でそんな俺の行く手を遮るように少年二名と少女二名が俺の退路を絶った。

どうやら俺は金づる認定されてしまったようだ、思った以上に面倒な事になってしまったな。


「お前金持ちだな、生きて帰りたきゃそこのメイドに金もっと持ってこさせな」


「ロジー!? 何言ってるの、こんな事したら死刑になっちゃう! ナタリア、リリー、やめて、その人を帰してあげて!」


「うるせえよファム、それ以上邪魔するならお前は追放だ」


「そんな……」


ロジーはナイフを目の前で振りながら俺の方に近づいてくる。

完全に町のチンピラだ、こいつは俺の事を飛び込んできた金づるとしか思っていないのだろう。

スラムの人間とはこういうものなんだろうか……それとも、こいつがたまたまなのだろうか。


「お前、一生こんな事続けるつもりか?」


「あ?」


俺が近くに来たロジーとの会話を試みたその瞬間、顔に衝撃が走った。

目の前が揺れ、続いて口の中に鉄の味が広がる。

ナイフで刺されたのかと思ったが、どうやらナイフを持った手で殴られたらしい。

それなりに喧嘩慣れしているようで躊躇いが無い、一般人相手なら戦意を挫くのにちょうどいい強さの打撃だ。

この前死にかけた思いをしていなかったら、きっと俺も今の一撃でビビっていただろう。


少しだけ目を見開いて動こうとするシエルに待ったをかけ、シエルの隣りにいるファムに目を移す。


「ファム、お前こんな生活これからも続けたいのか?」


ファムは俺の問いかけに驚いたように周りの仲間達を見回し、そして俯く。


「……嫌だよ、私は普通に働いて普通にお金を稼いで普通に暮らしたい。

もうそれができるって分かっちゃったから、盗みなんてできない」


俯きながらも小さな声ではあるが、自分の考えを主張する。

ロジーはそれを聞くと忌々しそうに顔を歪め、つばを吐いた。

その様子を見て俺はロジーを挑発するように笑い、腰に手を添える。


仕方ない、やるしか無い、今は代わりに戦ってくれるような人間は誰もない。

だが不思議と、ナイフを持った人間を前にしても以前よりは怖くない、恐怖にすら慣れ始めているのだろうか。

まあいい、ここまでする事になるとは完全に計算外だったが、元々俺の浅知恵でそんなにうまく事が運ぶわけがないんだ。

俺は覚悟を決め、息を大きく一つ付くとロジーを睨んだ。


「だとよ、ガキはお前だけみたいだなロジー?」


俺の挑発にロジーは顔を歪め、再度俺に拳を入れようと殴りかかって来た。


「シエル、サポート!」


「かしこまりました」


言ってからどんなサポートが来るのかと思ったら、直後、俺の体が軽くなり相手の動きが比較的ゆっくりと目に映るようになった。

身体強化の魔法だろうか、感覚的にはプールから上がった直後に体が軽く感じるような、そんな感じだ。

俺は手を添えてあった魂喰いを抜き放ち、白く描かれたロジーの攻撃の軌跡に向かって剣の峰を叩きつけた。


「ぐああっ!」


手首を剣の峰で強く叩きつけ、俺はその場から数歩下がる。

予想外の俺の逆襲にロジーはナイフを持ち直すと、殺気の篭った目で睨みながら飛びかかってきた。


俺は剣の名手ではないし、身体能力だって底上げされてようやくロジー達と渡り合える程度だ。

なので何度も剣を交える余裕は無い、この一撃で相手の戦意を挫く必要がある。


目に写るロジーの攻撃の軌跡を読む、ロジーの体勢は突きだ、確実に俺を殺しにかかっている。

その事実を認識するととたんに背中に冷たいものが流れ出すが、ここで怖気づいたら恐らく俺の死体が出来上がるだけだろう。

俺はクロウの剣撃を防いだ時の事を思い出し、ロジーの突きが繰り出されたのを確認した後、横に飛びならがその腕に思いっきり剣の峰を振り下ろす。

峰ではあるが手加減はしない、フェリスの腕を落とした時のように、迷いなく一気に、叩き折るつもりで振り下ろす。


魂喰いが吸い込まれるようにロジーの腕に振り下ろされ、そして固いものを砕く嫌な感触が伝わってくる。

俺の剣がヒットしたロジーは腕を打たれた反動を相殺できず、そのままバランスを崩して地面に倒れ込んだ。


「があああああああ、腕が、畜生! 腕が……」


倒れたロジーは右腕を押さえながらもがいている。

罪悪感のようなものが一瞬脳裏を掠めたが、こいつは俺を刃物で脅して暴力まで振るった男だ、俺が罪悪感を覚える必要はない。

そう考えて、その嫌な感覚を振り払った。


さて、ここまでやってしまったからには、この後の行動は素早く行わなくてはいけない。

俺はファムの方を振り返り、すぐに話ができそうな人間をまとめてもらおうとした、その時、ファムが俺に向かって何かを叫ぶ。


「ノア後ろ!」


その声に反応し、後ろを振り向く前にの体は後ろから何者かによって羽交い締めにされていた。

油断した、恐らく俺を囲んでいた少年の一人だろう、もがいてみるが振りほどけ無い。

たかだか一五歳程度の少年の拘束も破れないなんて、畜生、低身長がいけないんだ……


「ロジー、大丈夫か!?」


「あ、ああ……よくやったドノバン……畜生、痛え」


ロジーのところにはもう一人の少年と少女が駆け寄り、その体を支えて立たせている。

俺を羽交い締めにしているのはドノバンという少年のようだ、そう言えばガタイの良いのがいたな。


「くそ……このオヤジ……殺してやる」


ロジーはナイフを左手に持ち直してこちらに向き直った。

完全に目がイッている、まずい、シエル何とかしてくれ。


「やめて! ロジーやめてぇ!」


「死ね!」


ファムの悲痛な叫びを無視し、ロジーのナイフが俺の腹部に向けて放たれる。

ドノバンの拘束を外そうと必死にもがくが、体格差でガッチリ抑え込まれていて全く動けない。

何でこんな事になったんだろう、スラムに行こうだなんて思わなきゃ良かった、安い労働力を確保できるかもなんて甘かった。

そんな様々な後悔がごちゃまぜになった頭で、俺は迫りくる銀色の刃を眺めていた。



その時、風が吹いた。

キン! という甲高い音が鳴り響き、俺の腹部に迫っていたナイフがその姿を消した。

続いて俺に迫っていたロジーが後方に吹き飛ぶ。


シエルが守ってくれたのだろうか、しかしシエルは他者を攻撃できないはずだ。

周りを見ると皆は揃ってある一点を見ている、俺も釣られてそちらに目を向けると、そこにはフィガロでは珍しい十字架をあしらった銀の鎧が見える。

茶髪のボサ髪に気だるそうな顔をしたそいつは俺の良く知っている人物、ラギウス教会に所属し、「聖浄なる血」という団体の一部隊を率いる男、アストリアだった。


「よーしそこまでだガキ共、それ以上やりたいなら俺が相手をしてやる」


ロジーを蹴り飛ばした後の体勢を立て直し、ナイフを弾き飛ばしたであろう長剣を鞘に収めながらその男は苦笑いを浮かべる。


「旦那の行く所では、トラブルに事欠かないですね」


「……凄いなお前、俺が女だったら絶対落ちてるぞ今のタイミング」


「いやあギリギリでしたよ、なんか旦那ぽい人がガキ共と戯れてるなって思ったらいきなり囲まれたから、こりゃまずいと思って走ってきたんですが

お邪魔でしたか?」


「いや間違いなく本日のヒーロー確定だよ、ありがとうな」


「今日限定ですか、何だかあんまり嬉しくないですね」


アストリアは剣を収めると笑いながらも周りを確認する。

俺を後ろから押さえていたドノバンに目を向け、威圧を送ると俺の体を締め上げていた圧迫感は取り除かれ。

今まで俺達を囲んでいた少年達は一斉に数歩後ずさった。


なんだかアストリアが凄くカッコイイ、マンガだと暴漢に絡まれてた少女を助けるとそこから恋が始まるという使い古された展開があるが、あながち嘘でもなさそうだぞ。


「旦那、目が不穏なんですが……」


「ハッ、い、いやちょっと、乙女の気持ちが理解できたような気がしてな」


「気持ち悪いこと言わんでくださいよ……で、こいつらどうします? 見たところスラムの悪ガキグループみたいですが

といいますか、何で旦那がこんな所にいるんですか?」


「そりゃこっちのセリフだ、何でアストリアがこんなところにいるんだよ」


「ああ俺はほら、バイトですよ、何でもこっちの墓地でグールが出たって言うんで、ちょいと見回りと駆除を引受ましてね

姐さん達も来てますよ、知らなかったんですか?」



……アストリアの話をまとめるとこうだ。


魔獣討伐の後、しばらくフィガロに留まることになったアストリア達は、護衛や大工の手伝いなどのバイトを探していた。

そんな中、今日の朝頃にたまたまフェリス達と出会い話を聞くと、フィガロの共同墓地でグールが出たという騒ぎがあり、国王からの要請で調査に行くというではないか。

そこでグール退治に丁度いいと、天族の魔法を使える魔術師を連れているアストリア達を強引に調査メンバーに組み込み

先程一通り墓地を回って三体のグールを討伐し終え、上がろうとしていた所だったという事だ。


ちなみにグールというのは、死んだ人間の体に僅かに残った魂にマナが何らかの作用をもたらす事で発生する、ゾンビのようなものだという。

稀に自然発生する事もあるが、そちら方面の知識に長けた魔術師によって作られることもしばしばあるようだ。

そしてその発生過程から、死体が多く集まる場所……つまり墓場などに現れることが多いらしい。

魂が殆ど抜けた素体であれば、力は強いが動きは緩慢で、他の生物を見境なく襲っては貪り食うという行動を繰り返すだけの、いわば典型的なゾンビのようなモノとなる。

魂が残っている場合は、その残量に応じて生前の記憶や自我を残している状態となる。

しかしグールとなった後は例外なく強烈な飢餓感を常に感じ続けるようで、自我が残った状態でグール化した者が出た場合、大抵は悲しい結末を迎える事となるらしい。



……という事は、フェリス達も近くに来ているのだろうか。

思わぬ所での遭遇に、俺は心の準備が出来ておらず挙動不審になる。

今フェリスに会ったら何て言ったらいいんだ、ごめんなさいか、愛してるよか、お疲れ様か……

そうだ、全部言えば良いんだそうしよう、ええと……


「ねえ旦那、それでこのガキ共は何なんです?」


俺がフェリスに会った際のシミュレーションを行っていると、再度アストリアが状況の説明を俺に求めて来る。


「ああそうだ、実はな……」


とりあえずフェリスへの言い訳は後の課題として残しておくとして、まずはアストリアに事の顛末を簡単に説明した。

もちろんシエルのくだりはぼかしてある。


「なるほどねぇ」


アストリアが右腕を押さえてうずくまっているロジーの横腹を蹴り上げる。

ロジーは悲鳴を上げながら転がり、ファムや他の女達が抗議の声を上げた。


「おい、あんまり乱暴にするなよ」


「いいんですよ、スラムのガキなんて取っ掛かりはこうやって躾けてやらないとロクに話も聞きやしないんですから」


まあ確かにそんな感じはするけどな……

それにしてもアストリアはこういった類の人間の扱いに慣れているようだ。


「なんか随分と手慣れてるよな」


「いやあ、育ったところがここと大差ないんで……教会の施設なんて言っても悪ガキだらけでしたからね、常識も無いから加減も知らない馬鹿ばっかで

そういうのにルールって奴を教え込むのはこうするのが手っ取り早いし確実なんですよ」


そう言うとアストリアは回りにいる少年少女たちをぐるっと見渡すと、遠巻きにこちらを眺めている少年少女たちに大きな声で語りかける。


「おいお前ら、この旦那はお前らに仕事を世話してくれると、そう言っておられる。

見たところガキばっかでろくに仕事も取れないんだろ、どうせセコい盗みで細々と食ってたんだろうが

このお方は王室にも顔が利くすごい方だ、そんなお人から声がかかるなんて、この先百年待ってもあるものか

こんなまたとない幸運を、このバカのせいで台無しにしちまってもいいのかよ、ん?」


何だか多少誇張が含まれているが、アストリアの演説を聞いて周りにいた少年達の顔が青くなっている。

“このバカ”の部分で再度ロジーの脇腹を蹴り上げたが、今回はファムが少し声を上げただけで、誰も抗議の声を上げる者はいなかった。

その代わり、俺がわざわざスラムに来た事についての疑問を、先程俺を押さえつけていたドノバンともう一人の少年が口にする。


「で、でもなんで、そんな人がわざわざスラムに来るんだ……人なら町にいっぱいいるだろ」


「そ、そうだよな、何で俺達なんだよ」


「うまい話には裏があるってのは基本だがな、今回のはちゃんと理由がある。

そこのファムって嬢ちゃんが、旦那の懇意にしている店の従業員だったからだろ。

こういうのを縁って言うんだ、お前らそんな事もろくに聞かずに旦那を囲んでたのか? 馬鹿じゃねえのか」


さっきの短い説明で要点を掴んだアストリアが呆れたように説明すると、二人の少年は顔を見合わせて不安な顔をしていた。


「まあいいアストリア、とりあえず誤解は解けたようだし少し疲れた、場所を変えて話したい。

ファム、奥にいる五人の子と話したいんだが、とりあえず俺の家に来てもらえるか話してもらっていいか」


「え? う、うん……いいけど……」


ファムはそう言うと、バラックの近くでこちらを伺っていた五人の少年少女達の所に行き、何やら相談を始める。

その様子を見て、俺を囲んでいた少年たちはバツが悪そうに下を向いてしまうが、その顔には焦りの色が浮かんでいた。


「おいお前らそんな話に乗るなよ、壁の中の人間なんて皆嘘つきだからな、いいようにされてどこかに売られちまうぞ!」


アストリアに蹴られていたロジーが脇腹を押さえてようやく立ち上がると、忌々しそうにこちらを睨み付ける。


「なあ、お前らこいつの話になんか乗るなよ、ドノバン、カシム」


ロジーは近くにいた取り巻きの二人と思われる少年……ドノバンと、恐らくカシムという少年の所に行き肩を叩くが、叩かれた少年は俯いたままだ。

しかし何を勘違いしているんだこのガキは、俺が誘ってるのは奥の五人だけだというのに……

どこの世界に自分を脅して殺そうとまでした奴を雇おうと思う奴がいるんだよ。


ともかくアストリアがここで目を光らせている間は、ロジー達も再び襲いかかって来るようなことはないだろう。

とりあえずの安全が確保され一息ついた所で、俺はアストリアがここにいる理由を思い出していた。


「そう言えばアストリア、さっき言ってた話だと、近くにフェリスも来てるのか?」


「ええ、兵士達と事後処理をしていたので俺達は先に上がってきたんですが、そろそろ終わるんじゃないかな」


「フェリスの腕は……」


「ええまあ、まだ治ってはいませんでしたね、でも魔法で戦う分にはあまり関係無いって顔してましたよ、実際いつもと変わらない感じでした」


「……俺の事は何か言ってたか?」


「疲れてるようだから家で休んでるって言ってましたね……しかしもう次の仕事の算段とは、さすが旦那ですね」


「はは、まあ……俺もいつまでも遊んでるわけには行かないからな……」


俺はフェリスの当たり障りのない対応に感謝しつつ、感心しているアストリアを見て、これまでの経緯を思い返し苦笑いを返す。

結果オーライとはいえ、ここ最近の俺の無様さは本当に黒歴史モノだ。

周囲に恵まれていなかったら、とっくに異世界ニートになっていたところだ。


「おお、そう言えば旦那、報奨金ありがとうございました。

いやあ、あんなに出るとは思わなかったですよ、ほんと助かりました」


「ん? ああ、そう言えばアストリア達の分の報奨は俺の報奨に入ってるんだったな、幾ら出たんだ?」


「金貨三枚ですね、これで半年は問題なく活動できますよ。

旦那に無理やり魔獣討伐に組み込まれて、あんな馬鹿でかいのが出てきた時はもうほんと嫌になりましたけど、何がどうなるか分からないもんですね」


「それは良かったな、まああのトカゲ倒したのもお前ん所の双子みたいなもんだし妥当じゃないのか」


「教会だったらあれだけの魔獣倒しても何もくれませんよ……いいですねフィガロ、しばらくここにいようかな」


「無茶苦茶な事しなきゃ俺は構わないぞ、いるならいるで仕事頼みたいこともこの先出てくるだろうしな」


「旦那は王室にコネがあるってのがいいですよね……港町では散々でしたけど、ほんと人生って分からないものですね」


俺とアストリアはそんな世間話をしていると、ファムが五人の少年達を連れてこちらに戻ってきた。


「ノア……さん、連れてきたけど」


ファムの後ろには先程ミル姉と呼ばれていた少女を筆頭に、一二歳位の少女が二名、同じような年齢の少年が二人いる。

皆、恐る恐ると言った様子で俺とアストリアを見比べている。

先程のやり取りで、俺の名前を聞いている少年もいるかもしれないが、とりあえず基本は大事だ。

俺はまず少年たちに自己紹介するところから始めた。


「やあ、俺の名はノア・シドーだ、ファムから聞いているかもしれないが、俺はお前達に仕事を頼みたい

詳しい話は俺の家に行ってからしようと思うんだが、付いて来たい奴はいるか? もちろん話を聞いてみて嫌なら断ってもらって構わない」


俺の言葉に、少年達は顔を見合わせながら不安げに何やらヒソヒソと話し合っていた。

まあいきなり出てきた正体不明のオヤジについて来いって言われても不安だよな。

そんな事を考えていると、年長と思われる少女……ミルが俺に質問を投げかける。


「ミルフィオリと申しますノア様、よろしいでしょうか?」


「ああ、どうぞ」


「ありがとうございます、ノア様は貴族の方でしょうか? また、私たちに頼みたい仕事とはどのような……つまり非合法的なものでしょうか」


ミルフィオリと名乗った少女は、鈴の鳴るような声でとても丁寧に話す。

このスラムの少年たちの中でも異彩を放っている存在だ、もしかして没落貴族の娘だったとか?

まあそんな物語的な話はそうそう無いであろうが。


「ああっと、ミルフィオリ……ミルでいいかな」


「はい、それでよろしいです」


「ではミル、俺が頼もうと思っているのは、要するに裁縫全般に関する作業だ、非合法でもないし、危険な仕事でもない、ひたすら地味で、誠実さが求められる仕事だ

そして俺は貴族じゃない、ロシュフォーンの片田舎から出てきた何の取り柄もないただの中年男だ」


ミルは少しだけ考えた後、とてもいい笑顔を俺に向ける。


「興味があります、是非お話をお聞かせ下さい、ノア様」


ミルが俺に同調したのを見た他の少年たちは次々に付いていく決断を俺に伝える。

このミルフィオリという少女はこの弱い少年たちの支えとなっている女性なのだろう。

そう言えばロジーに意見をしていたのも、ミルとファムくらいだったな。


そうとなれば話は早い、俺は頭のなかでこれからの行動を組み立てていく。

まずは近くにフェリスが来ているという事なので、これから合流してしまおう。

しっかりと謝罪して、俺の考えを伝えよう。


子供達はシエルに家まで送っていって貰おう。

ファムもいるから恐らく問題はないだろう。


「シエル、この子達を俺の家まで連れて行ってくれないか、食事と風呂を与えて、俺が帰るまで面倒見てやってくれ」


「かしこまりましたノア様」


特に口を挟むでもなく俺の近くに控えていたシエルは、俺の指示に一礼すると少年達をまとめ始めた。

シエルを見た少年達は「でっけー」などと言いつつ長身のメイドに興味津々だ。


「旦那、あの美人メイドはどなたで?」


「ああ、あれはウチの居候で……」

「お初にお目にかかります、アストリア様、私この度ノア様の妻となりましたシエルと申します、夫共々、何卒宜しくお願い致します」


俺がシエルの紹介をするよりも早く、シエルはアストリアに自己紹介を始めた。

しかもやけに妻という部分を強調しているような気がする……いやいいんだけどさ。


「旦那……姐さんというものがありながら……」


「いや、これには深い訳があって……」


アストリアの視線が痛い、お前そういうキャラじゃないだろとその目が訴えている。

そんなこたあ分かってんだよ、俺だって何でこんなに嫁が増えてるのか納得できる理由を知りてえよ。


「ま、まあいいじゃないか、あとで機会があったら話してやるから……」


「うむ、楽しみにしておるぞ」


「分かった分かった、だから俺達はこれからフェリスと合流……」



俺はそのままの体勢で固まり、そこからピクリとも動けなくなる。

幻聴であってほしい。

そんなどう考えても叶えられないであろう願いを込めて、アストリアがいるであろう方向にゆっくりと目を向ける。

茶色のサラサラした長い髪が揺れているのが見える。

目が青い少女がそこに立っている。

女神のような笑顔を湛えて……そこにいる。


その事実を俺の脳が認識した瞬間

俺は一も二も無くその場から三歩後方に後ずさり、地に膝と両手を付くと、躊躇なく額を地面に叩きつけた。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ