第二十話 フィガロの大地
「ユミナ、私の血を吸いなさい」
「マリアちゃん、ユミナはご主人様の血で大丈夫なんだよ、マリアちゃんの血だと沢山必要になっちゃう」
「いいわ、気にせず吸いなさい」
「うう……」
ガドラスの攻撃により両腕を負傷したユミナは、マリアベルに包帯でぐるぐるにされた上
マリアベルから吸血をするよう迫られていた。
「吸血をせがむ人間など珍しいの、ヴァンパイアに理解があって良いことじゃ」
「……いや、あれはそういうんじゃないと思うぞ」
俺達はゼピオの一件から、騒ぎになる前にゼピオの遺体を凍らせ馬車に積み込み、状況が飲み込みきれていない風のガドラスを馬車に押し込み
逃げるように港町セルマを旅立った。
例の何とかの血の連中は散々脅した後に開放した。
夜明け前まで色々と話しを聞き、今回の依頼はゼピオから直接受けた事なので教会には伝わっておらず
アストリア達が黙っていれば誰にも話は漏れないという事だったからだ。
その話を完全に信用したわけではないが、殺して埋めるにしてもそれなりのリスクが伴うし、聞けばそれなりに苦労人のようだったので、とりあえず一度は見逃すことにした。
甘いとは思うが、目の前で許しを請うている人間を殺すというのは俺には無理だ。
現在はロシュフォーン街道を南下し、フィガロ国境を目指している。
遺体が一体増えてしまったので、体格のいい俺とガドラスが御者席に出ている。
「すまねえな嬢ちゃん……本当にすまん……」
ガドラスはユミナに平謝りしている。
ユミナがヴァンパイアであったので、腕を切断されても吸血で何とか回復できるが、これが人間のままだったらと思うとゾッとする。
そもそも何でガドラスがあんなところにいたんだ。
俺がガドラスに経緯の説明を要求すると、ガドラスはバツの悪そうな顔で話しだした。
どうやら俺達がポロニアから逃げ出した後、ガドラスは指名手配犯を匿ったとして警備隊をクビになり、フリーの傭兵として活動していたらしい。
本来であればもっと厳しい処罰が下される可能性もあったが、ガドラスは部下からの信望も厚かったため不名誉除隊という形で決着が付いたようだ。
何だかんだでポロニアには居辛くなったので、セルマの町に活動の拠点を移し、雑用や魔獣退治で生計を立てていたが
先日、ゼピオから誘拐犯の討伐の依頼を受け、例の厩舎で待機していたと言うことだ。
合図があるまで隠れて気配を消している間、ゼピオが討伐対象を予定位置に誘導、その後合図とともに一気に制圧するというシナリオだったらしい。
恐らくゼピオは計画が失敗することも織り込み済みで、最期はマリアベルを道連れに心中しようと考えていたようだ。
そうとは知らないガドラスは、ゼピオの合図で予定の位置にいたマリアベルに斬りかかったが、ユミナに阻止されたと言うわけだ。
しかし飛び出してみたら予定の位置にいたのは少女だった為、動揺して少々剣先が鈍ってしまったらしい。
そうでなければ今頃ユミナの両腕は完全に切断されていた事だろう。
「目標が女の子が二人だったら何かおかしいと思うだろ」
「思ったが、命のやり取りの最中に止まれねえよ、依頼主は誰かと格闘中で話せるような状態じゃなかったしな」
「隣国の王女暗殺未遂に婦女暴行とはやるじゃないか、段々俺の罪状に追いついてきたな」
「面目ねえ……」
普段は頼れる兄貴分と言った感じだったが、この一連の事件が堪えたのか、すっかり自信を喪失しているようだ。
いつものガドラスならこんな胡散臭い依頼に飛び付く事なんて無かっただろうからな。
冗談で言ったつもりだったが、がっくりうなだれてしまった。
これ以上からかうと本当に腹を切るとか言い出しそうだったので話題を変える。
「あの後フローリカは大丈夫だったのか?」
「ああ、何とかお咎めは無しになった、昔の部下にとりあえず任せてきたから、多分大丈夫だとは思うが……」
俺がこんなだからな、と頭を振る。
フローリカも迂闊だったとは思うが、人間、どこで感情が爆発するか分からないからな……
ふと大人しくなったマリアベル達を見てみると、マリアベルが首筋から吸血されながらうっとりしている。
ユミナも現在は調子が悪い訳ではないので、痛み止めも問題なく作用しているようだ。
以前からもしやと気にはなってはいたが、まさかのガチレズだったとは……
そんな二人を見ていたガドラスが俺に耳打ちする。
「なあ、あのユミナって娘、コリーン村にいたお前さんの許嫁の子だよな?」
「ああ、そうだな」
「コリーン村は確か……」
ガドラスはコリーン村がどうなったのか知っているらしい、もしかしたら見に行ったのかもしれない。
「まあ、ヴァンパイアになってる時点で察してくれよ」
「お、おう……大変だったんだな」
「だが俺の大切な女であることは変わりないからな」
「そうだな、こう見てると普通のいい娘だな」
短いやり取りでガドラスは色々と察してくれたようだ、もう今更なのか、ヴァンパイアが居る事に驚いた様子もない。
それはそれで楽でいいが。
「ノア、なんだか逞しくなったな」
「実感は無いけど……」
「いや、初めに会った時みたいなオドオドして自信のない感じが今はあまり無いぞ」
「色々あったからかな」
この数週間の間で立て続けに色々な事があった。
主に悪い事だったような気がするが、良い事も無いわけではなかったな。
もう少しでこのロクな思い出のないロシュフォーンを離れられると思うと少しだけ心が軽くなる。
「ご主人様、許嫁ってなーに?」
吸血が終わったのか、少し元気になったユミナが御者席に顔を出している。
どうやらさっきの話を聞いていたようだ。
「ユミナ、そんな事気にしなくていいのよ」
「でもご主人様とユミナのお話が聞こえたよ」
「いいの、ユミナは私といるんだから」
「えー」
マリアベルは余計な事言うなよといった目をこちらに向ける。
マリアベルも色々なことが重なってユミナに逃げたくなるのは分かるが、その要求はさすがに少し納得がいかない、ユミナは俺のもののはずだ。
「許嫁ってのは、結婚を約束した男女って事だ」
俺の気に入らない雰囲気を察したガドラスがユミナに余計なことを吹き込んだ。
「え! ユミナ、ご主人様のおよめさんになれるの!?」
「そういう事だ」
ユミナの顔がぱぁっと明るくなり、御者席の俺の方に飛び込んできた。
「ご主人様! ユミナのことおよめさんにしてくれるの!?」
「ああ……」
そうだな……と言いかけて重要な事を思い出した。俺は既にフェリスと夫婦の契りを交わしていたんだった……
ちらっとフェリスの方を見る、フェリスはこちらの様子を眺めながらニヤニヤしている。
ユミナと婚約をしたのは一番最初だ、だからユミナを俺の嫁にしても問題は無いはずだ、だが既にフェリスと俺は……
いや、俺が主人なんだから俺がガツンと言えばいいだけじゃないかな……フェリスに、ガツンと……
「……フェリスが良いって言ったら良いよ」
「そうなんですか! フェリス姉様!」
ユミナはすごい勢いでフェリスのところに飛んで行き、何やら話している。
その間、俺はガドラスとマリアベルからの冷たい視線に耐えていた。
「ノアよ、それはちょっと……情けなさすぎやしねえか」
「さいってー、さいってーのクズ男ね、さいってー」
いいんだよ、今までモテた事のないチビブサオヤジに亭主関白を要求とかハードル高すぎるだろ。
俺の一存で決めてフェリスに愛想付かされたらそっちのほうがきついわ。
そんな事を考えていると、フェリスからトドメの一撃がきた。
「主よ、愛人を作って良いかなどと妻に聞くものではないぞ」
デスヨネー
結局、もう少し落ち着いたらちゃんと考えるからと無難な回答をユミナにはしておいた。
ユミナはそんな煮え切らない答えでも、目を輝かせて俺の話を聞いていた……心が痛い。
マリアベルは、絶対に許さないからとか言いながら怒っていたが、別にガチレズの許可なんて必要ないし。
フィガロ国境が近くなってくると、八人の盗賊団に一度だけ襲われた。
やはり国境付近は危険らしい。
ユミナは治療中だったので、フェリスとガドラスで追い払っていたが
途中からマリアベルが弓を持ち出して盗賊に向けて矢を発射していた。
「マリア、何だその弓」
「あれよ、クロウとかいう魔族にもらったやつ」
「そう言えば何か貰ってたな、弓だったのか、しかし矢がないようだけど」
「マナを矢に変えて撃てるらしいわ、私はマナの量だけは多くて余ってるから丁度いいわね」
随分勇ましいことだ。
マリアの持っている弓を見てみると、白い鳥の羽のようなものを重ね合わせて作ったような形をしている。
どう見ても弓に使うような素材には見えないが、そこはクロウの持つ魔族の武器といったところなのだろう。
白羽という名前らしい。
ガドラスは俺とマリアベルが持っている武器を珍しそうに見ていたが、それがデーモンロード、クロウ・ヨシツネに貰ったものだと話すと
国宝級の武器だと腰を抜かしていた、まあその国宝級も、俺が持っていればただの役立たずの棒に早変わりなんだけどな。
そうして道を進んでいくと、街道の脇に『この先三キロメートル先 国境』と書かれた立て札が立っていた。
いよいよロシュフォーンを出る時が近づいてきたようだ。
ようやくこのお尋ね者としての生活から抜け出して一息つける、その後はどうにかしてクラリスの遺体を手に入れる為の方法を探らなくてはならない。
まだまだ先の見えない話ではあったが、一時的とはいえようやく見えてきた平穏に安堵してる時にその声は聞こえた。
「ところでこの男いつまで乗せておくのよ」
マリアベルがガドラスに目線を移して、そもそも何で一緒に来てんの? と言いたそうな顔をしている。
そういえば、ゼピオとの戦いの後、何となく知り合いだし放置しておくのも……という感じで馬車に押し込んでしまったが
マリアベルからすれば自分の命を狙ったただの襲撃者なのだから、そういう印象になっても仕方がないというものだろう。
そう言われてみればマリアベルはここまでの間、ガドラスと直接言葉を交わしていないな。
とは言え、ガドラスがこういう状況に置かれてしまっているのは俺にも多少の責任がある……と思っている。
ガドラスはポロニアの町では俺を助けてくれたし、初めの王都行きの時も自分達の四倍以上の数の盗賊相手に一歩も引かずに戦ってくれた。
それは例え仕事だからだという理由があると分かっていても、あの時の俺にとっては頼もしく、ありがたい存在だったのだ。
そういう事もあり、俺は既にガドラスには一定の信頼を置いていた。
厩舎での戦闘は事故だったのだ。
しかしそうは言ってもマリアベルは納得しないだろう、さてどうするか……
とりあえずガドラスの希望を聞いてみるか。
「ガドラスはこれからどうしたいんだ?」
「んん?そうだな、知った顔が居たから何となく乗っちまったが、都合が悪いなら俺は降りるぜ、どちらにしろ何の足枷もない身分だしな
ああ、できれば国境までは連れて行ってほしいな、ユミナの嬢ちゃんの詫びといっちゃ何だが、力になれるかもしれん」
「降りたらどこへ行くつもりだ? またセルマの町に戻るのか?」
「いいや、ロシュフォーンは何だかんだで居辛くなっちまったからな……せっかくだからこのまま南下してフィガロとアンクール辺りを見て、先のことはそれから考えるとするさ」
俺はガドラスの考えを聞いてどうするのが良いか、しばし考えを巡らせる。
「黒王、ちょっと道の脇に寄って止まってくれ、マリア、話があるちょっと出てくれないか」
俺の指示に黒王はヒヒンと鳴き、指示通りに街道の脇に停止した。
マリアベルは「何なのよ」と不満そうにしながらも外に出てきた、その手にはしっかり白羽が握られている。
戦闘じゃないんだが……と思いつつも、皆には馬車で待機していてもらい、馬車から少し離れた野原の方へ、マリアベルと移動した。
馬車の後方にあたる位置にいるので、誰からもこちらは見えていないはずだ。
「マリア」
「な、何よ」
マリアベルの目から視線を外さず、腰を低く構える。
そして……
「頼む、ガドラスの同行を許してくれ! できればフィガロまで!」
素早く両膝と両手を地に着け、そのまま頭を下げる。
すなわちDOGEZAである。
色々考えたが、時間も無いしもう小細工を弄する暇が無い、かくなる上は当事者に直接頼み込むしかない。
頭を下げて一〇秒ほど無言の時間が流れる。
「マリアが被害者だって事は分かってるんだが、無理を承知で頼む」
返事が無いので頭を下げたままもう一度頼み込んでみる。
さらに10秒ほど無言の時間が流れた。
「……何でアンタがそんな事するのよ」
反応があった、そう思い今まで下げていた頭を上げると、そこには弓を構えたマリアベルがいた。
「え?」
間抜けな声を上げる俺の頭上を、マナの矢が音もなく飛んでいく。
次の瞬間、少し後方でギャン! という叫び声が聞こえた。
「野犬よ、あんたこんなところで無防備過ぎ、国境近くなのよ」
「す、すまん」
なんだか思っていた流れと違う上に怒られて少ししゅんとしてしまう。
マリアベルは大きくため息をついた。
「ハァ……何なのよあんた、戦闘はからっきしだし、体力はないし隙だらけだしチビだしブサイクだし女々しいしオヤジだしゴクツブシだし!」
事実の羅列がこんなにも人を傷つける……いいかい言葉ってのはナイフなんだ。
マリアベルの容赦ない口撃にさらにしゅんとしてしまう。あれ、俺何しにここ来たんだっけ。
「なのに……何で私はいつもあんたに助けられてるのよ」
「ん、何だって?」
マリアベルの罵倒の嵐に俺の豆腐メンタルは崩壊寸前だったので、後半を聞き逃してしまった。
聞いてなかったなんてなったらまた何を言われるか分かったもんじゃない。
「なんでもないわ! ガドラスの事でしょ、いいわよ、別に気にしてないから」
「お? そ、そうなのか!?」
「別に追い出すつもりなんて無かったわよ、なんかあんた達が仲よさそうだったから……ちょっとムッとしただけよ」
んー?
俺はその言葉の意味を少しだけ考えそして
「いや俺はノーマルだから、そういうんじゃないからな?」
「アンタ何無茶苦茶な誤解してんのよ!」
ビンタされた。
「あんたもガドラスも私の護衛ってことにするわ、まあ実際そうなんだし
当然、国に戻ったらタダ働きにならないようにするから安心していいわよ」
「あ、ああ、お気遣い感謝するぜ……」
「ただし私のアレ、バラしたらタダじゃおかないからね!」
「分かってるよ、マリアがガチレズだって事は黙って……」
「具体的に言うなああああああ!」
またビンタされた。
冗談の通じない姫様だ。
こうして話は平和的? にまとまり、俺達は馬車に戻った。
ガドラスに、フィガロまでの同行OKと話すと「なんか悪いな」と言いつつ頭をかいていた。
「その代わりちゃんと護衛してよね」
馬車の中からマリアベルの声が聞こえる。
「へいへい了解だ、じゃあまずは華麗に国境を越えて見せますかね」
ガドラスはそう言って楽しそうに馬車を出発させた。
ロシュフォーン王国とフィガロ王国の国境地点、そこには川を挟むようにして小規模な砦が二つ建設されている。
北側の砦はロシュフォーン、南側の砦はフィガロだ。
国境の役割は様々あるが、その中でもメインとなる部分が犯罪者の洗い出しと通行税の徴収である。
この二点はそれなりに時間のかかる処理であり、国境付近は常に事務処理待ちの人であふれかえる事になる。
小国であり、他と比べれば通行の少ないここフィガロの国境でも、それは同じであった。
「おー、並んでるな」
馬車の御者席に座っているガドラスは、国境の行列を見て呟く。
見ると自分達の前に馬車が三〇台ほど並んでおり、その行列は二〇〇メートルほどになっていた。
時刻はすでに夕方に近くなっており、このまま並ぶと今日中に通過できるか微妙なところである。
ちなみに黒王にはボロ布で作った即席の馬着を被せている、急いで作ったため、非常にみすぼらしいものになってしまったが
その見た目のショボさのおかげで黒王の威圧感は大幅に抑えることができているので良しとする。
黒王は非常に不満そうだったが。
「死体を六つも運んでるからな、下手に中を見られると厄介なことになる」
「普通にフィガロの王女ですって言えばいいんじゃないか?」
御者台から誰からを探しているガドラスに俺は思ったことをそのまま返した。
「……まあ、ノアならそう言うと思ったけどよ」
ガドラスは、やっぱりなという顔をして誰かを探す作業を続けながら俺に国境の何たるかを教えてくれた。
「国境警備ってのは中央から遠くて危険な上に給料は少ない、要するにまずい仕事なんだよ
大体は新人か、中央で問題起こした奴を押し込む為の場所になる、そうなるとどうなる」
「国境という国の中央から最も遠い場所に問題児か新人ばかり集まる……汚職の温床になる?」
「そういう事だ、そんな所でこんないかにも訳ありですなんて集団が来たら、なんやかんやと理由をつけて通過を妨害されるに決まってる
そしてさっさと通してほしければ……ってなる訳よ」
つまり賄賂を要求されるということだろう。
しかもフィガロの王族と名乗る者が死体を六つも運んで来たとなると、相当引っ張れると思われるかもしれない。
金で済めばまだいいが、場合によっては……
「国を盾にして脅して通ってもいいんだが、それだと下手すると国と国の問題になっちまうからな……お、いたいた」
ガドラスはそう言いながら誰かを見つけたようで、おーいと叫びながら手を降っている。
その方向には、行列の整理をしている一人の国境兵士がいた。
その兵士はこちらを見ると、一瞬訝しげな表情をしたが、すぐに何かに気づいたようでこちらに走ってきた。
「ガドラス隊長じゃないですか!」
馬車の近くに走ってきた兵士はまだ若く、一五、六歳に見える。
ガドラスを確認すると嬉しそうな声を上げていた。
「おう、フリード久しぶりだな、元気でやってるか?」
「毎日毎日行列の整理で飽きちゃいますよ、これをあと半年も続けないといけないなんて地獄ですね」
「ははは、俺も若い頃は散々やったさ、だがこの辺は魔獣も少ないからまだ良いほうなんだぞ」
ガドラスはフリードと呼んだ少年と少しの間、世間話をしていた。
昔の部下とかなのかな?
俺がそんな事を考えていると、フリードはこちらをちらりと見る、俺は何となく何かしないといけないと思い、軽く会釈をしておいた。
フリードもそれに軽く応じ、ガドラスに何事かと尋ねる。
「ところでガドラス隊長、何で馬車になんか乗ってるんですか?」
「おお、それなんだけどよ、実はな……」
ガドラスはフィガロの姫様と訳あり品を運搬していると、ほぼ直球でフリードに伝え、念のためとマリアベルに出てきてもらう。
マリアベルは馬車から降り、今まで見たこと無いくらい丁寧に名前と簡単な自己紹介をフリードに行った。
続いてガドラスも馬車から降り、フリードの方へ行く。
ガドラスはフリードと二分程度話し、何か小袋を渡すとフリードは大喜びで国境の砦に走っていった。
一〇分ほどしてまたフリードが国境の砦の方から走ってくるのが見えた。
「ガドラス隊長、大丈夫ですこちらへどうぞ」
フリードはそう言うと俺達の馬車の先頭に立ち、国境の門の方へ誘導していく。
そのまま特に荷物検査もなく、難なくロシュフォーン国境を通過し、フィガロ国境砦の手前に流れる川まで進んだ。
「ここから先はフィガロ王国になりますので、俺はこれで」
フリードがガドラスに向かって一礼する。
ガドラスはそれに手を降って応え、馬上からフリードに革袋とメモを渡した。
「ありがとうよ、また何かあったらよろしく頼むぜ」
「こちらこそ! ガドラス隊長もお元気で!」
「もう隊長じゃねえけどな」
「俺にとっては今でも頼りになる隊長ですよ」
フリードはそう言うと上機嫌でロシュフォーン国境の砦に戻っていった。
一体何をしたんだ?
気になった俺はガドラスに聞いてみることにする。
「あん、賄賂だよ賄賂、めんどくさいのに捕まる前に知り合い探して、そいつに中継ぎを頼んだんだよ」
先程のフリードという少年は、一年程前にポロニアの警備隊に所属された際にガドラスが新人教育を担当したうちの一人なのだそうだ。
最初に渡していた革袋には門番への心付けが入っていて、それをフリードが渡しに行ったらしい。
最後に渡した袋とメモはフリード本人への謝礼と、ガドラスの紹介状のようだ。
「紹介状?」
「これからフィガロに渡って士官するかもしれないから、ロシュフォーンが嫌になったらそれ持って何時でも来いよって事さ」
「士官って……まだ何も決まってないのに?」
「そこはそれ、人望って奴だよ、俺がどこかで成り上がると思ってりゃ価値のある紙って事さ」
「人望ねぇ」
「おい馬鹿にすんなよ、一〇年後にはラギウスで将軍とかやってるかもしれないだろ、そんなことになったらあの紙は金貨十枚じゃ効かない価値になるんだぜ」
ガドラスが将軍……想像がつかない。
ガドラスが金ピカの鎧を着て偉そうにしている様子を想像してみたら思わず噴き出してしまった。
「あ、ノアてめえ笑いやがったな、くそ、絶対成り上がってやる」
「そういえば百人長の椅子が一つ空いてるってお父様が言ってたわね」
話を聞いていたマリアベルがフンと鼻を鳴らしながら話に入ってきた。
さっきフリードに挨拶していたマリアベルと同一人物とは思えない雑さだ。
「おお、よし、その椅子俺がもらうぜ」
「町の守備隊の隊長ごときに取れるわけ無いでしょ」
マリアの容赦ない責めにガドラスがぐぬぬと唸る。
「でもまあ……試験くらいは受けられるようにしておいてあげるわ」
俺が、えっ? とマリアベルの方を見ると、マリアベルはぷいっと横を向いて頬を膨らませていた。
その顔は少しだけ赤く染まっていたような気がした。
「フィガロ王国第二王女、マリアベル・フィガロよ」
フィガロ国境砦の前、馬車の列ができていたので、俺とガドラスとマリアベルは馬車から降り、歩いて国境門番の場所まで行った。
そこでマリアベルの凛とした声が響き渡る。
兵士達は慌てた様子で砦の中に戻っていった、どうやら上の人間にお伺いを立てに行ったらしい。
数名残って俺達を遠巻きに見ている兵士の中から「あれはマリアベル様だ」などと言った声が微かに聞こえる。
数分すると砦の中から立派な鎧を付けた壮年の男が出てきた。
年齢的には四〇歳前後だろうか、俺より年上の人間を見るとなんだかほっとする。
その男はこちらを見るとぎょっとした顔になり、すごい勢いでダッシュしてきた。
そうと思うとマリアベルの前で止まった瞬間跪き、頭を垂れる。
「マリアベル様! ご無事でしたか!」
「ロレント、久しぶりね、この者達のお陰でこうして私は無事よ」
「おお!」
ロレントと呼ばれたオヤジは俺とガドラスを交互に見て立ち上がった。
「お前達! 姫様の護衛誠に大義であった、礼を言うぞ!」
ロレントは白い歯を出して笑みを作り俺達に声をかける。
俺はとりあえず恐縮ですと無難に返しておいた、ガドラスも特に当たり障りのない返事をしている。
「至急、父上にご報告したいのだけれど」
「はっ! 大至急王都まで護衛させて頂きましょう、ですが今日はもう日が落ちます、姫様がおいでになるようなところではありませぬが
本日はどうか砦にてご養生頂ければと!」
どうやら今日はもう遅いから一泊していけという事らしい。
確かに自国内とはいえ夜通し移動では魔獣や盗賊の奇襲が気になるところだ。
姫を連れて歩くのだ、余計な不安要素は無い方がいいに決まっている。
「分かったわ、よろしくお願いね」
「は! 光栄でございます!」
マリアもその案で良いようで、ロレントに宿泊する旨を伝える。
ロレントは急ぎ部下に指示を出していた。
「それじゃは私は少しロレントに状況を説明してくるから、ノア達には宿泊所を提供するよう言っておくから安心しておきなさい」
その様子を感心した様子で見ていると、マリアベルは何か不満そうな顔を俺に向けた。
「何よ」
「いや……マリアって王女様だったんだなと思っただけだよ」
「どういう意味よ!」
「カッコイイって事だよ」
「……っ」
マリアは一瞬言葉に詰まり、ぷいっと顔を逸してしまう。
そして「当然よ!」と憤りながらロレントと共に砦の中に入っていった。
その後、俺達はロレントの部下たちに案内され、厩舎と兵舎の一部を貸してもらえることになった。
中の遺体の説明をすると、若い兵士に同情的な目を向けられた。
厩舎の中で黒王を一旦馬車から外す、久しぶりに肩の荷が降りて黒王も嬉しそうだ。
「大きい馬ですね、こんなボロ布の馬着じゃ可愛そうですよ」
厩舎番の兵士がそう言って黒王のボロ馬着を外していく。
しかし黒王の体が露になるにつれ、兵士の顔はどんどん引きつっていった。
「な、こ、これ、この馬、どうしたんですか!?」
「いやあ、うちのじいさんの形見で……」
「ノアさんってもしかして有名な貴族か何かですか?」
「いや、うちは……ただの農家だったよ」
一瞬ノトス達のことを思い出し、そう言っておいたが、兵士は信じられないという顔をしていた。
以前ゼピオに聞いた事が本当なら、黒王は城と交換されるだけの価値がある馬ということらしい。
そうであるなら無理もない話だ。
「こんな馬、フィガロの王都にだって居ないと思いますよ……」
「ま、まあいいじゃないか、たまたま立派に育っちゃったんだよ、親はそこらのふつーの馬だよ」
兵士はほへーという顔で黒王を見つめている、すると、あちこちに小さな擦り傷や毛並みの悪いところがあるらしい事が分かった。
ずっと馬車を引かせっぱなしで水浴びもさせて無かったからだな、あとで少し遊ばせてやるか。
そんな事を思っていると、その兵士はすごい勢いで俺に黒王を洗わせてくれと提案してきた。
「お、俺洗います! 毛も爪の手入れもします!いいですか? ノアさん」
やってくれるというならありがたいが、彼も仕事を持つ身だ、俺が自由にできる金もないし……
「だけど仕事あるのに悪いよ、礼もできないよ?」
「いりません! こんな良い馬を触れるだけでもう、こっちがお金払ってやりたいくらいですよ!」
しかし兵士は何もいらないという、彼も厩舎番として何か感じるものがあったんだろうか。
「そういう事なら、甘えちゃおうかな」
「はい! 任せて下さい! 不眠不休でやります!」
俺が洗うと言っても馬の洗い方なんて知らないし、やってくれると言うならプロに任せたほうが良い。
断る理由はないな。
「じゃあ黒王、今日はこの人が面倒見てくれるから、間違って蹴ったりしないようにな」
「ブルゥ」
一応黒王に注意しておく、間違って蹴りでもしたらこの兵士の頭は破裂したスイカみたいになってしまうだろう。
さすがにペットが人を殺しましたなんて勘弁して欲しい。
「黒王、黒王かぁ、いい名前だな、へへ、すごい筋肉、今日は寝かさないぞ黒王」
「ブルル!?」
黒王を任せるとなったら兵士の目の色が変わり、黒王を艶めかしい目で見つめている。
さすがプロだ、馬にかける情熱が凄いな、若干不穏な単語が聞こえたが彼の仕事への熱意の表れであろう、何の問題もないな。
「さあ黒王、こっちにおいで、まずは体を洗ってあげるよ、きれいに、隅々まで、そう、隅々までね」
「ブル!? ブルル!」
後ろで黒王が何か抗議の声を出しているように聞こえるがきっと久しぶりの風呂が楽しみで興奮を隠しきれないのだろう
俺は邪魔しないよ、ゆっくりしてくれ、戦士にも休息は必要さ。
「ブルルルー!!」
黒王の魂から出るような歓喜の叫びを背に、俺は用意された兵舎の一室に移動した。
「と、いうことで黒王は預けてきた」
「せっかくの静かな夜に難儀であるのう」
フェリスは悲しいものを見るような目で厩舎の方向を見た。
おかしなことを言う、黒王は今頃プロのマッサージを念入りに受けて夢見心地であるはずだ。
「まあ良い、間違っても傷つけはせんであろう」
「俺もマッサージして欲しいくらいだ、ずっと馬車で同じ体勢だから肩がこって……」
「ふむ、もう少し落ち着いた場所であったなら妾がほぐしてやるのだがのう」
「ユミナもやるよ!」
「ユミナよ、お主にはまだ早い」
「んうー?」
フェリスとユミナは俺を挟んでそんな会話をしている。
俺達は今、兵舎の一室を借りている。
元々旅人が宿泊するような場所ではないので、部屋には簡素なテーブルと、木造のベッドが四つ無造作に置いてあるだけだ。
木の椅子は座り心地が良くなかったので、ベッドに腰を掛けていた所、フェリスとユミナに挟まれる形になった。
そして目の前のベッドには目に残念なものを宿したガドラスがいてこっちを見ている。
「なあノアよう、そのくらいの年齢で結婚とかあまり珍しくもないんだがな」
「言うな」
「なんかお前が両脇に嬢ちゃん侍らせてると、そこはかとない犯罪臭がするのは……」
「分かってる」
「何でだろうなぁ」
「分かってるんだ!」
そりゃ俺のいた世界では三二歳のオヤジが一二、三歳の女の子侍らせてたら間違いなく事件だからな。
そのあたりの引け目のようなものが表に出ているのだろうか。
最近だいぶ慣れたつもりだったが、やはりまだ一緒に居て当然というレベルにまでは達していないようだ。
「主には自信が足りぬからのう、落ちついたら妾がその辺りもしっかりと鍛えてやらねばの」
「ユミナも鍛えるよ!」
「お主にはまだ早いのじゃ」
「んうー?」
なんだか軽いデジャヴを感じる……何を鍛えて頂けるのでしょうかねフェリスさんや。
それから特にやることもなかったので、俺達はフィガロに着いた後の方針を話し合った。
ガドラスはとりあえずマリアベルに甘えて、士官試験を受けてみるらしい。
何だかんだ言っても定職があるとないとでは安定感も信用も違うからな。
「妾達はどうするのじゃ?」
フェリスが俺の考えを聞いてくる。
色々あったが、当初の目的であったロシュフォーン脱出は成功した。
フィガロに行けば多少は謝礼も貰えることだろう、しばらくはそれで何とかなるとしても
いつまでも馬車の生活という訳にもいかない、最近野宿もあまり苦にはならなくなってきたが、それでもやはり飯はまずいし寝てもすっきりしない
もう少し健康で文化的な生活を送りたいものだ。
特に俺はセルマの高級宿に泊まった時から、家での生活というものを強く欲するようになっていた。
やはり屋根がある家は良い、いつもベッドで寝て、風呂にも入れる、人間はこうでなくちゃいけない。
それに家を持つとなればいつでもフェリスとイチャコラできる、野宿だとそうもいかないからな。
「……主は分かりやすいのう」
はっ、また顔に出てたか。
「とは言え、今回は妾も主と同じ気持ちじゃ、早う主に抱かれてゆっくりと眠れる夜を手に入れたいものよ」
「ユミナも!」
「お主はまだ早い」
「いや! ユミナもご主人様のお嫁さんだもん」
ユミナも今回ばかりは譲らなかったようだ、やれやれと言った様子でフェリスが俺を見る。
「これは主殿には頑張ってもらわねばのう?」
「……はは」
身から出た錆
そんな単語が俺の頭を通過した。
だが初心者にあまりテクニカルな対応を求めないで欲しい……
「すると次の目標は家か、いきなりハードル高くなったな」
独り言のようにそう呟いた次の瞬間、俺達の部屋のドアが勢い良く開け放たれた。
「話は聞かせてもらったわ! ご飯よ!」
いきなり部屋のドアを開けてバァーンと言った感じで出てきたマリアベルが、話の前後が噛み合わない決め台詞っぽいものを放った。
俺達はあっけにとられて皆ぽかんとしてしまう。
「えーと……」
「何よ、食事の用意ができたから呼びに来たのよ、早く行くわよ」
有無を言わさぬマリアベルの物言いに、聞いていた話は? とか、どこから聞いていた? とか、何で王女様が飯の連絡に来てるんだ? とか
そんな当たり前の疑問は鳴りを潜め、俺達は皆何も言わずにマリアベルに従い食堂へと移動するのだった。




