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第十九話 ヴァンパイアハント

ぺしぺしと頬を叩かれる感触。

俺は薄目を開けて辺りを見る。

周囲は真っ暗だ、恐らく深夜なのだろう。

部屋を照らしていたろうそくの火は消えている、そういえば寝る前に消したな。


「主よ、就寝中に済まぬな、火急の要件である」


近くでフェリスが俺に話しかける、どうやら俺を起こしたのはフェリスのようだ。

俺は半分寝ぼけた頭を振って回復に努めた。


「何だ、こんな時間に」


ここの所、夜中に起こされてばかりじゃないか……


「うむ、主よ、とうとう黒幕が尻尾を出したようであるぞ」


「黒幕?」


「マリアベルの件じゃ、あの突っ込みどころ満載の襲撃の件じゃ、首謀者が最後のチャンスと見て襲撃をかけに来たのであろう」


「最後のチャンス? なんで?」


「敵の目的は予想通り、マリアベル本人であったのじゃろうな、このまま行けば明日にはフィガロの国境じゃ

事を起こすならもうこのタイミングしかないという事よ」


「良く分かったな」


「うむ、分かりやすい気配が近づいてきておるからのう、まあ顔でも洗って頭をすっきりさせておくがよい、面白いものが見られると思うぞ」


フェリスはそう言って近くの壁にかけてあるろうそくに火を灯す。

フェリスはまだ裸のままだった。


「何で裸なんだ……」


「主もそうではないか」


言われて気がつく……そういえばいたした後そのまま寝たんだった。


「妾とて主に抱かれたまま朝まで眠っていたかったわ、せっかくの初夜であったのにのう……」


初夜という単語に俺の中のグソクムシが反応し、フェリスを後ろから抱きしめた。


「これ主よ、時と場所をわきまえるのじゃ、仮にもこれから戦いであるのだぞ」


怒られてしまった。

後ろ髪を引かれる思いで服を着込む。

フェリスは天井に待機していたこうもりズを集めて服を作っていた、いつもの事ながら便利だな。

俺はフェリスに言われたとおり、顔を洗い、来客の準備をする。

戦闘だと言う割にフェリスは大して緊張もしていない、そういうレベルの連中だという事なのだろう。


俺が服を着終わった頃に、部屋の扉がノックされた。

来たのか?

フェリスが扉を開けると、そこには眠たそうな目のマリアベルとユミナが居た。


「姉様、連れてきました。」


「ご苦労である」


マリアベルは眠っていたところを起こされて不機嫌そうな顔をしている。


「マリアよ、一連の事件がこれより解決する見込みじゃ、寝ておっても良いが、興味があるなら起きておると良い」


それを聞くと、マリアベルは両手で頬をパンと叩いて目を見開いた、マリアベルにとっては長年一緒に居たメイドのシャノアが殺される要因となった忌むべき一連の事件

それが解決するとなれば、見届けたくないはずがないだろう。


「私はエサね」


「そうじゃな、じゃがここにおれば、エサだけ取られて逃げられることもあるまい」


さてそろそろかのうとフェリスは俺を見る。

フェリスの感じている気配とやらは俺には分からないが、ホテルの入口付近で何やらガヤガヤしているのには気がついた。

時間は既に深夜をだいぶ回っている、普通なら物音一つしないであろう、その為か、大勢の人間がこちらに向かってくる様子が容易に感じ取れた。

武装しているのだろうか、体につけた装備のようなものが擦れ合う音も聞こえる。

人数は一〇人くらいか……?

そんな事を考えていると、隣の部屋の扉が乱暴に開かれる音が聞こえた。

ユミナとマリアベルが泊まっていた部屋だ。


「いません!」

「よし隣だ!」


そんな声が聞こえる、寝ている人も多いだろうに迷惑な連中だ。


バタン! と部屋のドアが乱暴に開かれる。

同時に複数の男達が部屋の中になだれ込んで来た、八人だ、まだ武器を抜いていないが全員が武装してる。

鎖帷子の上に金属のプレートを付けた防具と、前面に十字架をあしらったフルフェイスの兜を付けている、八人とも全員が同じ格好だ。

武器は剣であったり斧であったりメイスであったりと様々だ。

一人だけ兜の色が金で、見るからにリーダーですといった感じの男がいる。


「我々はラギウス教会ヴァンパイアハンター同盟、『聖浄なる血』のメンバーである! ここにヴァンパイアが潜伏しているとの連絡を受けた!

部屋を改めさせて頂きたい!」


金兜の男はそう言うと部屋にいる俺達を見渡した。

夜中だと言うのにでかい声出しやがって、周りの迷惑というものを全く考慮する気配がない。


「(フェリス、こいつらを知ってるのか?)」


俺は隣にいるフェリスに説明を求める。


「(聖浄なる何とかという組織は知らぬ、じゃがこういった手合は以前からよくおったの)」


フェリスはそれだけ言うと、まあ見ておれと楽しそうな顔をする

何でそんなに余裕なんだ、名前からして天敵っぽい連中だと思うけど……

そんな事を考えていると、鎧の一人がマリアベルを見て叫ぶ。


「隊長! 保護対象を発見しました!」


「む、マリアベル殿であるな! よし、確保せよ!」


隊長と呼ばれた金兜の指示で二人の銀兜がマリアベルの腕を掴もうとする。


「何? やめてよ!」


「マリアちゃんになにするの!」


マリアが抵抗し、ユミナが銀兜二人を突き飛ばした。

銀兜二人は「うおおお」と情けない声を出してたたらを踏み、耐えられず後ろに転倒した。


「た、隊長!」


「むう!? もしや既にヴァンパイアに魅了されているのか!?」


金兜とその部下は突拍子も無いことを言い出しながら唸っている。


「なによあなた達! いきなり人の部屋に入ってきて勝手に私を保護とか何様のつもり!?」


マリアベルはいきなり入ってきた男に腕を掴まれそうになって怒り心頭のようだ。

金兜にすごい勢いで抗議している。


「隊長これはもう既に……」


「うむ、既にヴァンパイアに心を支配されているな、我らの言葉が通じぬ」


金兜と取り巻きはさらに訳の分からない話をしている。

言葉が通じぬも何も、俺達はまだ何も言ってないし聞かれてもいないのだが……

いきなり部屋に入ってきて意味のわからないことを叫んでるキOガイに腕を掴まれそうになったら誰だって逃げるだろ。

隣を見るとフェリスが楽しそうな顔でそのやり取りを見ていた。


「やむを得ぬ、ヴァンパイアを炙り出すぞ!」


「ハッ!」


金兜の号令で後ろの銀兜達が一斉に俺達に向かって何かをなげつける。

投擲武器か!? 俺は咄嗟に顔を庇う。

バラバラと白い何かが俺やフェリス達の体にぶつかって跳ねた。

なんだ、全然痛くないぞ……何だこれ。

俺は下に落ちた白い何かを確認する……それはニンニクだった、ご丁寧に皮が剥いてある。


「どうだ!?」


金兜達はわりと緊迫した感じでこちらを伺っている。

いやいやいやいやいやいや……

念のためフェリスの方を確認する。

フェリスは相変わらず面白そうに金兜達を観察してる、足元には剥かれたニンニクが散らばっていた。


ユミナを見てみる、ユミナは不思議そうに落ちたニンニクを拾って匂いを嗅いでいた。


「なにこれくさーい」


ユミナは鼻を摘んでニンニクを放り投げている、効いてる……のか?


「隊長、にんにくが効きません!」


「仕方ない、ならば聖水を試してみるぞ!」


バシャっと俺達に向かって水がかけられる。

……冷たい


「何するのよ!」


マリアベルは顔を拭いながら相変わらず文句を言っている。

……まさかとは思うが、こいつらこの方法でヴァンパイアを探し出そうとしてるのか? 割りとマジに。


「ぷっ」


隣で何か堪えきれず空気が抜ける音がする。


「ぶわぁーーーーはっはっはっはっ!!!」


フェリスがとうとう噴き出した、この茶番に堪えきれなくなったようだ。


「あはっははは、あははははははは、は、初めて見たが、面白すぎる、面白すぎるぞあははははははは!

こや、こやつら本気で、本気でやっておるぞあははははははははは!!」


「フェリス……」


こんなに大爆笑しているフェリスは初めて見る、本当に面白かったんだな

いや俺も若干面白くはあったが。

一方、金兜達はネタでやっているような気配はない。


「た、隊長」


「ぐぬぬぬ」


金兜がうまくいかずにプルプル震えている、その様子を見て部下たちがオロオロしている。

何しに来たんだこいつら……


「ええい、ここにいるヴァンパイアは余程上位の存在に違いない!

マリアベルという少女以外は全てヴァンパイアとして討伐する以外にあるまい!」


とうとうキレたのか金兜が「よくわからんから皆殺す」宣言を出す。

ほんと何しに来たんだよこいつら……


金兜の号令で全員が武器を抜く。

あ、ちょっとヤバイ状況になったかもしれない。

隣を見るとフェリスはまだ笑い転げていた、フェリスさんや、そろそろ戻ってきてくれませんかね……


「心配する事はない! この武器は教会で聖女の祝福を受けた聖なる武器! ヴァンパイアでなければ傷は付かぬ!」


「そんな訳あるか!」


そのあまりに雑すぎる説明に思わず突っ込んでしまう。

死んだからお前ヴァンパイアな! 方式である、まんま中世の魔女裁判だ。

初めからマトモじゃないとは思っていたが、このヴァンパイアハンターとかいう集団は相当にイカれた連中のようだ。


「そこの金髪の少女以外に試練を与える! 覚悟!」


金兜とその仲間たちは次々にこちらに向かって突撃してきた。

冗談ではなくマリアベル以外を殺すつもりだろう、くそ、これだからキチOイは……フェリスは何やってるんだ。

金兜の部下が十字架を模した形のメイスのようなものを振り上げる

あれ、これは本当にまずい状況なのではないか……


「笑わせてくれた礼じゃ、受け取れ」


いつの間にか俺の隣に来たフェリスが手を前にかざす、その手の平から空気を圧縮した空気弾が連続で発射される。


「ごがああああああああああ」

「うぎゃああああああ」


俺の目の前に居た戦士と、その裏から迫っていた戦士の二人がまとめて吹き飛び、廊下に叩きつけられた。


「ユミナよ、少し揉んでやるが良い」


「はい、姉様!」


ユミナは、自分に迫ってきた男に掌底を当てる、男は叫びながら吹き飛び、壁に激突した。

さらにマリアベルを確保しようとしていた二人の懐に滑り込み、一人を投げ飛ばし、もう一人には肘を打ち込む。


「おべるああああああ」


ユミナの放った肘打ちは男は体をくの時に曲げ、胃の中のものをその場に撒き散らした。


「うわ、きたな!」


マリアベルがユミナの後ろに避難する。


「な、何だ? 我が精鋭達がこのような少女に一瞬で!?」


残ったのは金兜と左右にいる二人のみだ。


「ここはお任せを!」


左右にいる銀兜が杖を構えて何やら詠唱を始める。

こいつら魔術師か!

銀兜魔術師の両手が光り、それが杖に収束していく。


「ホーリーライト!」


銀兜魔術師の掲げた杖から光線が発射される。

狙いはフェリスのようだ。

フェリスは下らないとばかりに手を掲げて光線を受け止めようとするが、次の瞬間、ジュワっという音とともにフェリスの突き出した手が焼けただれた。


「ぐ……これは、天族の魔法か!」


フェリスが少し怯んだ隙にもう一人の銀兜魔術師が同じ魔法を発射する。

フェリスは先程と同じように手を出してガードしようとするが、その手はひどい火傷をしたように赤くボロボロになっていた。

まずい。


「ホーリーライト!」


もう一人の銀兜魔術師が呪文を発するその瞬間、俺は無我夢中でフェリスに飛びつき、その体を庇う。


「主!?」


俺はフェリスに飛びつき、押し倒すように俺の体で魔法からフェリスの体を隠した。

銀兜魔術師の放った光線は俺の体に直撃する。

庇われたフェリスはすぐに体勢を立て直し、俺の体を探った。


「主! 主よ! 無茶をするでない!」


「……いてえ」


俺の呟きを聞いたフェリスは真っ青になり、俺に回復の魔法をかけると金兜達に向き直った。

その顔には強烈な怒りの表情が浮かんでいる。


「これは……油断しておった妾の責任である……」


部屋の空気が変わる。

先程までのどこかおちゃらけた空気は一変し、重苦しいプレッシャーが辺りを支配する。

フェリスの髪が黄金色に戻り、目が真紅に輝く。


「ひっ」


それだけで先程魔法を撃った銀兜魔術師は気圧され、一歩後退する。

金兜の息を呑む音が聞こえる。


「ほん……もの……?」


そんな色々と問題のあるセリフを金兜が吐いた次の瞬間、フェリスが爪を伸ばし、一瞬で金兜達との距離を詰めた。


「障害となる者は全て排除する」


フェリスは鬱陶しい虫を払うかのような視線を金鎧に向け、その爪を一閃する。

金兜の首と胴は永遠におさらばする……はずだった。


先程しこたま脇腹を地面に叩きつけたせいで声がうまく出ず、間に合わないと思い俺が咄嗟に挙げた手

フェリスは俺に背を向けている、直接見ることはできないはずのその動作にフェリスは気付き、金兜への攻撃を直前で停止した。

爪は金兜の兜を安々と切り裂き、頬に赤い切り傷を作ったところで止まっていた。


「フェリス、タイム、タイムだ」


「主!」


フェリスはすごい勢いで俺の隣に戻り、俺の体を撫で回している。


「大丈夫であるか主! どこぞ焼けておらぬか!?」


「ああ、大丈夫だ、何ともない」


俺の背中の魔法を受けたと思われる箇所は、服が焼け、穴が空いていたが体は何とも無かった。

そこをフェリスは何度も何度も確認し、本当に異常がないと分かると大きく安堵のため息を付いた。


「主よ……心配させるでない……」


「すまない、フェリスがダメージを受けたのを見た瞬間勝手に体が動いた」


「主……何事もなくて良かったのじゃ」


「それよりまずはアレを何とかしようぜ」


俺の見ている方向には、へたり込んで放心している金兜と両脇の銀兜魔術師が目に入った。

三人は揃って失禁していた……




現在、深夜の三時頃であろうか。

俺が宿泊していた部屋には襲撃してきた『聖浄なる血』のメンバー八人が鎧を脱いで正座している。

金兜は二〇代後半位の男で、名をアストリアと言った。

魔法を使っていた銀兜魔術師の中身は女だった、ユーリとカーナという双子の姉妹で一九歳だという。

残りは二〇歳から三〇歳程度の年齢の男達で構成されていた。


この『聖浄なる血』という団体はラギウス帝国内に本部があり、ヴァンパイアハンターとは言っているが

実際にヴァンパイアを狩ったことは殆ど無いそうだ。

ヴァンパイアとの戦闘経験があるメンバーなどおらず、昔話や書物からヴァンパイアの弱点やそれっぽい格好を学び

後は教会の指示に従って異教徒狩りを行う以外はただの傭兵と変わらないらしい。

異教徒狩りとは要するに、さっき俺達がやられたような難癖を相手に吹っ掛け、抵抗するならヴァンパイアだったとして処分する。

降るようであれば略奪するといった事を行うらしい。

こんないい加減な連中でも、教会のバックアップがあるせいで表立って批判する人間はほとんど居ないと言うことだ。

フェリス曰く、ヴァンパイア族への憎悪を煽るために天族によって設立された宣伝組織のようなもの、らしい。


「俺が言うのも何だが人間のクズだな、ここで殺しておいたほうがいいんじゃないか」


「うむ、妾もそう思うぞ」


俺とフェリスの言葉に全員が青くなる。


「ちょっとまってよ、教会に露骨に喧嘩を売るのはまずいと思うんだけど」


マリアベルが教会の影響力、情報収集力などについて説明する。


聖王ラギウスの教えを是とするラギウス教会は、この近隣の全ての国に信者を持ち

ラギウス帝国内での信者率は7割にも達するという。

教え自体は一般道徳に則ったものであるが、そこは巨大な組織の宿命といった所で、腐敗があちこちにあり

教会中枢は陰謀詭計渦巻く伏魔殿と化しているとか何とか……


「宗教団体なんてどこも碌なもんじゃねえな……」


「全くじゃのう」


信じたものを拝むのは全く構わないが、数が揃うと必ずこういう方向に進んでいく。

数の多さを傘に正義を説く、同意しなければ敵とみなし叩く。

愛や平等を説いている教えを信じているはずの連中が率先して争いを起こしていく。

だからそんなものには関わらないのが一番だ。

元の世界ならそれで済んでいたが……


「でもさ、ここで見逃したってどうせ理不尽に恨まれるだけだろ、こういう連中に理性なんて期待するだけ無駄だし」


「然りであるな、ここで全員処分して行方不明となってもらったほうがいくらかマシであると思うぞ」


ヴァンパイアハンター達の顔がさらに青くなる。

アストリアはそんなことしませんと首をブンブン振っている。


「フェリス、なんかこう、約束破ったら即死亡みたいな呪いとかないのか?」


「そんな都合の良い魔法はありはせん……いや、まて、全員レッサーヴァンパイアにしてしまえば……」


「お、それいいな」


俺とフェリスの相談を聞いていたハンターたちは首がちぎれるほどブンブンと首を振っている。

中には絶望して気を失っている者までいた。


「じゃあ一度だけチャンスをやる、この質問に遅滞なく正確に答えられたら、事が終われば開放してやる

言っておくが、少しでもふざけたりトボけたりしやがったら、こちらも遅滞なく首を撥ねるからそのつもりでな」


フェリスがジャキンと爪を伸ばす。

それを見たユーリとカーナは半泣きになった。

その様子を確認して俺は続ける。


「お前達の雇い主は誰だ?」




朝日が昇ろうとしている。

朝の早い農民達であればもう起き出して、仕事を初めている者もいるだろう。

海に行けば漁師が漁の準備をしているはずだ。

しかしここ、セルマの町郊外にある大きめの厩舎付近は静寂に包まれていた。


「これは、お早いお帰りですな」


厩舎の中からゼピオが出てきて俺達を迎える。


「こんなにお早いとは思っておりませんでしたので、朝食のご用意がまだできておりません

昼の弁当も一緒に作ってしまいましょう、少々お待ち下さいませ」


ゼピオはそう言って厩舎に戻っていく。


「茶番は良い、全てはあの者達が吐いたわ」


フェリスはいつのまにかゼピオの背後に周り、首筋に爪を突きつける。

マリアベルはまだ信じられないといった面持ちでゼピオを見ていた。


「……そうでございますか、彼らは敗れましたか、まあ初めからあまり期待はしておりませんでしたが」


ゼピオは何を弁解するわけでもなく、呟いた。


「抵抗せぬなら殺しはせぬ、おとなしくせい」


フェリスがユミナに縄を持ってくるよう指示する。

ユミナは予め用意しておいた縄を持ってゼピオに近づいた。


「どうして! どうしてなのゼピオ! 嘘でしょ? だってもう二〇年以上もフィガロに仕えてくれていたのに……」


たまらなくなったのかマリアベルがゼピオに問いかける。

マリアベルにしてみれば生まれたときから世話をしてくれていた執事なのだ、黒幕はゼピオでしたと言われてもすぐに納得出来ないのだろう。


「姫様……忠誠など無くとも、二〇年程度であれば勤め上げることもできるものですよ」


ゼピオは振り返り、マリアベルを見る。


「いえ……忠誠はあったかもしれませぬな、我が姫よ」


ゼピオの目……俺はこの目を知ってる。

欲しくて、恋焦がれて、どうしても我慢できなくて、でもやはり手にはいらないことが分かっていて。

絶望している目だ。

ゼピオの口元が笑みを作る、嫌な予感がする。


「ユミナ! マリアを守れ!」


俺が叫んだと同時だった、ゼピオがフェリスに体当たりをする。

完全に虚を突かれたフェリスは体制を崩す。


「今だ!」


ゼピオの叫びと同時に厩舎から影が飛び出す。

その影は猛烈なスピードでマリアベルに向かって突進した。

ズガッ! という土を踏見抜く音と、剣が骨肉にめり込む音が聞こえる。


「ユミナ!」


フェリスはユミナを確認し、加勢に向かおうとするがゼピオはフェリスの腕を掴み、どこから抜いたか取り出した短剣でフェリスの喉元を狙う。


「くっ!」


フェリスは間一髪でナイフを避けるが、ゼピオはそのまま体重をかけてフェリスに覆いかぶさった。

普段であれば躊躇いなく首を跳ねているのだろうが、突然の出来事が多すぎて判断が遅れているようだ。

俺はユミナに目を向ける。

ユミナに剣を振り下ろしているのは、革製の防具を付けた長身の戦士……あれは


「ガドラス!?」


「ノアか!?」


ガドラスは最初の一撃でマリアベルを狙ったが、ユミナの捨て身の防御で防がれてしまう。

ユミナは両腕に半ばまで剣が食い込んだ状態で必死にマリアを守っていた。


「ガドラスやめろ! その子はユミナだ! 俺の婚約者だぞ!」


「くそっ! 何だよこの状況は!」


ガドラスが混乱した様子で剣を抜こうとする、それをさせまいとユミナは斬られた左腕を剣に絡めて抑えていた。

何だとは俺が聞きたい、何でガドラスがマリアベルを狙うんだ? そもそも何でこんなところにいるんだ?


ユミナは興奮してガドラスの剣を押さえたまま、ガドラスに蹴りを入れる。

ガドラスはそれをかわすが、一瞬体のバランスが崩れた、俺は反射的にガドラスに体当たりをする。

ガドラスガバランスを崩し地面に倒れる、俺も一緒に倒れた。


「マリアちゃんを傷つける人は許さない!」


ユミナはがドラスの剣を取れかけた右腕で掴み、倒れているガドラスに向けて振り下ろした。


「やめろユミナ!」


無我夢中で鞘ごと出した魂喰いにユミナの剣が当たり、我に返ったユミナはそこから強引に剣の軌道を変えて、剣はガドラスの倒れている顔の横の地面に突き刺さった。


「ユミナ!」


マリアベルはユミナに駆け寄り、斬られた腕の止血を素早く始めていた。


「……これまでですな」


フェリスに弾き飛ばされて起き上がったゼピオは、俺達の様子を見て敗北を悟ったようだ。

次の瞬間、持っていた短剣を自分の胸に躊躇いなく突き刺した。

あっという間の出来事で、誰も止める事ができなかった……




「ゼピオ……どうしてなの?」


自ら胸を刺し、今まさに命の火が消えようとしているゼピオの隣に膝をつき、マリアベルはゼピオに問いかける。

ゼピオはしばらく黙っていたが、マリアベルの目を見ると、ポツポツと語りだした。


ゼピオがフィガロに仕え始まったのは二二年前、ゼピオは当時二八歳だった。

城に仕えてしばらくした後、妻と娘を病で同時に亡くし失意の底にあったゼピオを励ましたのは

フィガロの王妃、サイネリアだった。

ゼピオはサイネリアに感謝し、同時に恋心を抱くまでになる、しかし仕えている主の妻であるので、その想いは心の中にしまい込んだ。

その後サイネリアはクローディアとマリアベルを産み、その後病で亡くなってしまう。

ゼピオは嘆き悲しんだが、サイネリアの残した二人の王女を生涯かけて守ることを誓った。

時は流れ、マリアベルはすくすく育ち、大きくなるごとにその容姿や性格はサイネリアに瓜二つとなっていった。

ゼピオはその頃から、自分の心の中に黒い何かが芽生え始めるのを感じ始めていたという。

マリアベル一三歳のお披露目パーティの際に、マリアベルの婚約の話が持ち上がる、それを聞いたゼピオは、自分の中の黒いものをもう抑えられなくなっていた。

ゼピオは計画する、マリアベルを自分の手に入れる計画を。

二年かけて計画を練り、周到に準備を行い、そして実行した。

フィガロの手が及ばない第三国でマリアベルを拐い、自分のモノとする為に……


「あとは……皆様が御存知の通りです」


ゼピオはゴホゴホと咳をすると、口からは血の泡を吐いた。

傷は肺まで達しているようで、このままであれば助からないことは誰の目にも明らかであった。

フェリスは傷を癒そうとゼピオに近づくが、ゼピオ本人に治療を拒否されてしまう。


「私は長年仕えた雇い主を、国を裏切った大罪人、情けは無用ですぞ」


どちらにしろここまでの騒ぎを起こしたとなれば、生きて帰ったとしても死罪は免れない。

王女を危険に晒し、国の威信を貶めた罪はそもそもゼピオ一人の命程度では釣り合わないものなのだ。


「もっと……もっと他の方法は無かったの?」


長年信頼していたゼピオの裏切りという信じ難い現実を突きつけられ、言葉を失っていたマリアベルは

それでも絞り出すようにゼピオに問いかける。


「……今、思えば……しかし、二年前のあの日……黒い欲望に突き動かされ、走り出してしまった私はもう、自分で自分を止めることはできなくなっておりました」


俺はゼピオの独白とマリアベルとのやり取りを見ているうちに、俺の中にゼピオに共感している部分がある事を感じていた。

欲しい、どうしても欲しい、夢に見るほどに欲しい……だが手に入らない。そういうものがかつて俺にもあった。

それは周りから見ればとてもちっぽけで、何故そんなに必死になるのかという程度のものだっただろうと今になれば思える。

でも俺はその時、本当にそれが欲しかった、何をしてでも、どんな犠牲を払ってでも、そう思っていた。

だが俺は行動しなかった、ゼピオは行動した、ただそれだけの違いなのだ。

ただそれだけの違いが、何の違いなのだろう……


「未来であろう……」


気がつくとフェリスが俺の手を握っていた、小さな白い手、だが俺にとっては何よりも強い大きな手。


「主とこの者……違いは未来である、主は自ら切り開く未来を選択した、この者は未来を自ら切り伏せる選択をした、その違いじゃ」


何故俺の考えを?


「主の考えは、顔に出るからのう」


俺はフェリスを見る。


「俺のは……そんな格好いいもんじゃない」


フェリスは少し寂しそうに微笑み、俺の手を強く握った。


「……未来ですか……確かに、私にはもう、未来を待つ時間などありませんでしたな

姫様……マリアベル様……私は、どうすれば良かったのでしょうな……」


ゼピオは苦しそうな顔で空を見上げる

空は澄み渡り、朝日がいままさに地平線から昇ろうとしていた。


「……いや、選ばなくとも良かったのかもしれません、マリアベル様が結婚し、そのお子を一度でもお抱きすることができれば……そのような未来も……」


「ないわ」


ゼピオは朦朧とした意識で自分の後悔を呟いていたが、そこにマリアベルの声が重なる。


「ゼピオ、無いわ、私は結婚なんてしない」


「……姫様」


マリアベルは一度だけつばを飲み込み、何かを決心したように次の言葉を紡ぎ出した。


「私は……女性が好きなの、だから男と結婚することなんてできない、したって続かない……無理なのよ」


その場にいる全員が固まる。

信じられないものを見たような目をマリアベルに向ける。

唯一、ユミナだけは良く意味が分からないようで、きょとんとしていた。


「……は……ははははは……はははははははははははははは!」


ゼピオが激しく咳き込み、血を吐きながら笑う。


「これは……このゼピオ、一五年間お側におりまして……全く気が付きませんでしたぞ」


「自分で気がついたのは一〇歳の頃よ、それ以前は……よくわからなかったわ」


「それでは……私のやってきた事は」


「幻だったのよ……」


ゼピオは再び空を向き、ヒューと一つ大きく息を吸い込んだ。

そしていつもの、俺がよく知っている熟練の執事の顔に戻り。


「そうでございますかマリアベル様……それでは、これにて……さらばでございます……」


それを最期に、ゼピオは静かに目を閉じた。

そしてその目は二度と、開かれることは無かった……


マリアベルは動かなくなったゼピオに恐る恐る近づく。

そしてゼピオの死を確認すると、マリアベルは抑えていたものをすべて吐き出すように。

一五年間ずっと隣りにいた執事の遺体に縋って泣いた。

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