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第十八話 女の友情

クロウの襲撃から半日経ち、俺達はフィガロ国境まであと一日という距離に来ていた。

あれから誰も口は開かない。

それもそのはずだ、フェリスとユミナがヴァンパイア族だという事はマリアベルとゼピオに知られてしまった。

魔族はこの地方では悪魔と同義で恐れられている存在だ。

ただしガドラスが言っていたように、一般の人間は本物の魔族などそう出会うものではない。

殆どの人にとって見れば魔族とは、おとぎ話に出てくる悪魔くらいの感覚なのだ。


今回は突然現れたクロウにあっさりと敗れたが、それはクロウが規格外の強さを持っていた為で

フェリスとユミナも強力な能力を持っていることは、盗賊からマリアベル達を救った際に分かっている。

今までは魔術師なんですと言ってごまかせていたが、それが実は魔族でしたということなのだから

二人にとってはこの馬車の上はまさに地獄のようなものだろう。


ゼピオはあれから俺達とは極力目を合わせないように、ずっと御者席に座っている。

まあ目の前に見えているであろう黒王もヴァンパイアなんだけどな。

当然マリアベルも御者席で固まっている……と思ったのだが。

マリアベルはゼピオが止めるのも聞かず、馬車の中でフェリスとユミナの看病をしていた。

斬られた手足をくっつけ、包帯で巻いて固定し、血だらけになりながら二人に水を飲ませている。


俺は仕方がないのでゼピオの隣に座り、居心地の悪さを感じつつもフェリス達の様子を見ていた。

フェリスは既に傷口が癒着し、まだ腕は動かせないものの意識ははっきりしている。

しかしユミナはまだ傷口が癒着せず、さらに高熱を出していた。


「ちょっとノア! どうしたらユミナも治るのよ!」


「分からない、俺もこんな事初めてだし……ヴァンパイアって勝手に再生するんじゃないのか?」


「ユミナの主人なのにそんな事もわからないの! 本当に使えない奴!」


マリアベルの言葉が俺の胸に突き刺さる、そうです、俺が役立たずです。

しかし俺としてもユミナが苦しんでいる姿なんて見たくない、どうしたらいいんだ……


「マナを補給するのじゃ、ユミナはまだ生まれたばかりでそれほどマナを貯蔵して置けぬ

今回のような怪我の治癒には自身のマナだけでは足りぬのであろう」


「マナの補給ってどうすればいいのよ」


「一般的なものは吸血であるな」


そういう事なら俺の出番だ。

俺はマリアベルと位置を変わろうと御者台を立とうとしたところ、マリアベルはとんでもない事をし出した。

自分の首をはだけてユミナの口元に持っていったのだ。


「おいマリア何してんだ」


「決まってるわ、血がいるんでしょ、ほらユミナ、飲んで」


そのやり取りを聞いていたゼピオが大声を上げる。


「姫様いけません! ヴァンパイアに吸血された者はヴァンパイアになってしまうという話ですぞ」


その声を聞いたマリアは一瞬だけためらい、俺の方を見る。

え、俺が説明するのか?


「いやなんかそれ迷信なんだってさ、特別な儀式をしないとヴァンパイア化はしないってフェリスが言ってた」


「そう、ならいい」


あっさり信じたマリアベルはためらいなくユミナの口元に肌を寄せる。

マリアベルはユミナに血を吸わせようとするが、ユミナは首に噛み付く元気もないようだ。

するとマリアベルはさらにとんでもない行動に出た。

ガリッと自分の唇を噛むと、ユミナの唇越しに滲んだ血を吸わせ始めたのだ。

ユミナはしばらく滲んだ血を舐め取っていたが、少しだけ元気が戻ったのか、唐突にマリアベルの舌に牙を突き立てた。

マリアベルがビクッと大きく震える、しかし離れること無くされるままに耐えていた。


ピチャピチャとユミナがマリアの舌を舐める音が続く。


「フーッ! フーッ! フーッ!」


マリアベルは涙を流しながら舌を貫かれる痛みに耐えているようだ。

今のユミナには痛みを緩和するなんて気遣いができるはずもない。

しばらくするとユミナの顔色が次第に良くなってくる。

うっすらを目を開けて、目の前で涙を流しながら口を開けているマリアベルを見つめた。


「……あれ、マリアちゃん?」


ユミナは次第に意識がはっきりしてくると、自分が何をしているのかを悟ったようだ。


「あれ? え? マリアちゃんなんで? きゃあああああ口の中が真っ赤だよ!」


唇を離し、ようやく話せるようになったマリアは、涙を流しながらもほっとした表情を見せた。


「この娘、後先を考えぬな……」


隣でその様子を見ていたフェリスが呟き、ようやく動くようになった手をかざし、マリアベルに痛み止めと回復の魔法をかける。

痛みは和らぎ、徐々にではあるが口の傷も癒えるだろう。


「ユミナ……吸血って痛いのね」


「マリアちゃん無茶しすぎだよ、ユミナはご主人様の血をちょっと飲めば大丈夫なんだよ?」


マリアベルは俺を一瞬見て、フンと鼻を鳴らす。


「ヘタレになんか任せておけない」


「だめだよ、普通の血だといっぱい飲まないといけなくなるんだから……あ、口の中真っ赤だね」


はむとユミナはマリアベルの唇に自身の唇を重ね、中でもごもごしている

恐らく口の中の血を舐め取っているのだろう。

マリアベルは真っ赤になりながらも抵抗する様子はない、それどころかなんだか気持ちよさそうだ……こやつ


「ぷは……マリアちゃんの血、おいしいね」


マリアベルはそんなユミナを、顔を赤くしながら見つめていた。




「見なかったことにしようと思います」


御者席でずっと前を向いていたゼピオは俺に向かってそう言った。


「あのお二人は魔族、それも、人間の間では最も忌み嫌われているヴァンパイア族とお見受け致します。

通常であれば、このような脅威からは一刻も早く避難するのが望ましい……しかし、今の状況がそれを許しません」


何でヴァンパイアだけぶっちぎりで嫌われてるんだろうな……

そんな俺の疑問をよそに、ゼピオは一呼吸おき続ける。


「ですが、フェリス様達にはロシュフォーンの国境で助けて頂いてからここまで、様々なご助力を頂きました。

先程のあの恐ろしいデーモンロードからも、我々を見捨てること無く最後まで戦い抜いて頂けました。

私の独断ではありますが、フェリス様達とは友好的な関係を築けていると判断致します。

ですので、本国へはこの友好関係を崩すような内容の報告を行わない、そう、お約束します」


要するに俺達の素性を黙っていてくれるという事だろう。

それはこちらとしてもありがたい。


「ですので、フィガロまでの道中、引き続きよろしくお願い致します」


改めてゼピオは俺に頭を下げる。

こちらは初めから見捨てるつもりなんて全く無い、遺体も運ばなきゃいけないし

むしろ正体がばれて起きるであろう余計なトラブルを想定せずに済むのでありがたい。


「いえ、途中で投げるつもりなんて無いですよ、こちらからもよろしく」


ゼピオは俺に自然な笑みを向ける。

良かった、これで戦力が心許ないという以外の心配事はほぼ無くなった。

もっとも、それが一番重要なんだけど……


「この先、街道を少し東に逸れた位置に、セルマという港町があります

色々あり、皆さんお疲れのご様子ですので、今日はそちらで本格的に休養なさった方がよろしいかと存じます」


ゼピオが俺の不安を読んだかのように提案する。

しかし今の俺達は五つの遺体を運搬中だ、見つかると当然面倒なことになるし、黒王もできれば目立たせたくない。


「その点は大丈夫でございます。少々値は張りますが、郊外の信頼のおける厩舎に預けましょう。

私は厩舎に泊まり馬車をお見張り致しますので、ノア様達は姫様とお休みになられると良いでしょう」


「それじゃゼピオさんが休めないんじゃ……」


「私は大丈夫でございます、厩舎には馬主用の部屋もありますし、何よりこういう時くらい私がお役に立ちませんと

国に戻った時に、お前は何をしていたんだとお叱りを受けてしまいますので、どうか私のためだとお思い下さればと」


「執事っていうのも大変な仕事ですね」


「左様ですな」


この日はゼピオとの話がはずんだ。

執事という職業柄か話題を引き出すのがとても上手い、俺は特に気後れすることもなく自然に会話を楽しめた。

そしてゼピオの提案通り、今日はセルマの港町で一泊をする事になった。




日が西に傾きかけた頃、俺達は港町セルマに到着した。

黒王と馬車は予定通り郊外に在る大きな厩舎に預けてきた、万が一にも中を見られたりしないように、ゼピオが見張り番として残っている。

俺達はゼピオに貰った宿泊代と小遣いを持って街に入った。


ちなみに指名手配されている可能性のある俺は、フェリスに頼んで簡易変装をしてもらい、現在は金髪碧眼の冒険者風の容貌になっている。

ユミナとマリアベルには似合わないと何度も笑われた、フェリスは慰めてくれたが、顔はニヤけていた。

フェリスとユミナも茶髪と茶色目に色を変更している、髪と目の色が揃うと、何となく姉妹だと言っても通るような気がする。


「魔法って便利ね」


マリアベルが変装している俺達を見て呟いた。


「マリアは魔法は使えないのか?」


「無理、マナはそこそこあるらしいけどね、お父様が宝の持ち腐れだって嘆いてたわ」


「そうか、俺と同じだな」


「役立たずが基本のあんたと一緒にしないでよ」


自分でも役立たずだとはよく分かっているが、改めて人に言われるとくるものがある。

くそ、我慢、我慢だ、俺は大人なんだ。


ゼピオに教えてもらった宿に到着すると、その大きさに驚いた。まるで城だ。

貴族や大商人御用達のホテルらしい。

さすがにマリアベルを連れて下町の安宿に泊まるわけにもいかないので、この選択は仕方ないのものだ。

ちなみに料金は一泊、銀貨一五枚、普通労働者の二週間分の給料と同程度だという。

部屋は六人まで宿泊可能だが、今回は二部屋取り、二人づつで分かれる事になった。


「ユミナ、一緒に泊まろ」


「え、マリアちゃん、いいけど……」


ユミナはちらりと俺の方を見る。

二部屋で分かれるとなると、マリアベル一人かフェリスかユミナと一緒という事になるだろう。

さすがに俺とマリアベルはありえない組み合わせだ。

貴族御用達ホテルという事もあり防犯はしっかりしている、ホテルの入口には常に重武装の戦士が二人

館内にも見回りの武装したガードマンが複数人で巡回している、一人でも大丈夫だろうが、念のためユミナを付けておいてもいいだろう。

仲いいしな。百合的な意味で。


「ユミナはマリアと一緒に泊まりなさい、マリアを守ってやれ」


俺がユミナに指示を出すと、ユミナは嬉しそうに頷いた。




「さすがは貴族用じゃのう、酒と食事は頼み放題、部屋に専用の厠と風呂まで付いておる!」


フェリスが珍しく興奮した面持ちであちこち見て回っている。


「妾もこういうところに泊まるのは初めてであるからのう」


「以外だな、お偉いさんだったんじゃないのか?」


「常に最前線であったからの、観光などしておる暇は無かったわ」


フェリスの二つ名はそういう過酷な環境を勝ち抜いた時に付いたという訳か。

そう思うと目の前の少女のようなヴァンパイアがすこし可哀想に思えてくる。


「今は主がおり、ユミナがおる、昔の過酷な毎日があって今に繋がっておるというのなら、あの生活も悪くはなかった、今ならそう思えるわ」


「フェリス……」


俺はフェリスを後ろからゆっくり抱きしめる。

フェリスも特に抵抗すること無く、俺に体を預けた。

……あれ、この部屋、このふいんき、もしかしてここってあそこに似ていないか、あの伝説の、愛を育む館に

いや、実際に行った事は無いから分からないけどな。

俺は思わず部屋の中を見渡す、伝説の丸い回転するベッドや、ガラス張りの浴槽などは無いようだ。


「何をキョロキョロしておる」


「いや、ちょっと、俺もこういう場所は初体験だったものだからな……」


俺は照れ隠しに部屋の窓から外を眺めてみる、日は傾き、そろそろ夕方になろうとしてる。

ここは二階にある部屋なので、下を見ると町の人々が忙しく動き回る様子が見えた。


あれ?

一瞬、視界の端に見知った顔があったような気がした。

この世界で俺が知っている人間の数なんてたかが知れている、俺は誰を見たのかと、先程気になった地点に目を凝らしてみる。

程なくして目的の人物を見つけることができた。

一人はメイド服を着て黒い髪をした長身の女性、もう一人は手入れもろくにしていなそうな薄ピンクの髪を携えた眼鏡の女性。

いつだったか、ピアルテの町で見かけた二人組だ、確か姉妹だと言っていたな。

俺はこの時、色々なことに浮かれており、警戒心というものをどこかに置き忘れてしまっていた。

知った顔を見たことが嬉しくなり、考えなしに宿を飛び出してしまう。


「フェリス、ちょっと出てくる」


「主? こら、主!」


突然のことに困惑するフェリスをそのままに、俺は宿の外に出て、姉妹の見えた市場まで向かった。




姉妹はすぐに見つかった、やはり一八〇センチ程もあるメイド服の女性というのは目立つ。

姉だったかのほうも、髪が薄ピンクなので目立つと言えば目立つ。


「久しぶりです」


俺は妹メイドのほうに話しかけた、ピンク姉は相変わらず店の中をあれやこれやと物色している。

妹メイドはこちらを振り返り、一瞬だけ何かと考えた後、俺に挨拶を返した。

しかしここで俺は自分の迂闊さを呪うことになるのだ。


「その節はどうも」


「……ああ、王女殺しの方ですね」


全身の毛が逆立つのを感じる。

そうだ、俺はお尋ね者だった、何で白昼堂々と他人に声なんかかけてるんだ。

でもまて、今の俺は変装しているはずだ、何で分かったんだ。

そもそもいきなり王女殺しを指摘してこの人はどうしたいんだ? 俺が逃げたらどうするんだ?

色々な何故? で頭が埋まる。


「お、俺はやっていないんです、俺じゃない」


散々考えてようやく出た言葉は、犯人が言うお決まりの第一声だった。

こんな事をこの人に言ったところでどうにもならない、余計に疑いを持たれるだけだ。


逃げよう、そう思って踵を返そうとすると、意外な言葉で引き止められた。


「存じております」


え、どういうことだ、俺はやっていないって知ってる? 信じてくれた?

なんで? ブラフ? そもそも一回しか会ったことがないのに何で事情を知っている?

俺が再び何故? の嵐で頭がパンクしていると、商品の物色が完了したのか、店の奥からピンク髪が戻ってきた。


「だーめだ、めぼしいものはなにもないよ、あれ、シエルその人誰?」


「今話題の王女殺しです」


「わー!」


何が何だか分からないが、とにかく色々と話し合わないと行けない気がする。

どうやって切り出そうかと考えているとまたしても妹メイドが爆弾発言をぶっ放した。

何だよ、やってないって知ってるんじゃなかったのかよ。


「ああ、一部に熱心なファンが居る王女殺しの人ね、そんな人がなにやってんのこんなとこで」


「分かりません」


もうこの二人の会話の流れが予測できない、なんなんだこの姉妹。

しかも王女殺しにファンなんていたのか……どうなってんだ。


「あの……その王女殺しっていうのやめてほしいんですけど……」


「ですがお名前を存じ上げません」


……盲点だった。

この姉妹は俺の名前を知らないから、俺の特徴で俺を呼んでいたということか。

色々と納得行かない点はあるがここはさっさと名前を教えて名前で呼んでもらおう。


「俺の名前はノア・シドーです」


「ご丁寧にどうもありがとうございます、王女殺しの方」


「絶対わざとやってるよね? それ」


俺の突っ込みに、妹メイドは眉一つ動かさず、俺の名称を改めた。

ほんと何なの!?


しかし名称が落ち着いたことで一息ついた俺は、次の疑問を妹メイドに問いかけようとする。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


「それは構いません、しかし先程から般若のような面持ちでこちらを睨んでいるお方がおりますが、よろしいのでしょうか」


「え、誰?」


「あちらに」


そう言って妹メイドが指した先には、俺の宿泊している宿があり、その二階の一室から身を乗り出してこちらを睨んでいる人影が見えた。

フェリスだ、そして間違いない、凄く怒ってる。


「こんな上等な部屋に宿泊してご主人としっぽりしようと思っていたところ、主人は外に飛び出して他の女と仲良さそうに話している……

妥当な反応であると考えます」


「何でそこまで知ってるんだよ!」


「現状から導き出される予測です」


多分合ってる。

本当に浅慮過ぎる自分が嫌になってくる。

しかしそれはそうとしても、この二人組の言動は色々とおかしい、できればもう少し話を聞きたいが……


「今の状況を長引かせる事は妥当ではないと考えます、ノア様はどうぞお戻り下さい」


「でも、えーと」


「シエルです、こちらは姉のメイア」


「そう、シエル、何というかこう、うまく説明できないけど、もっと色々話したい」


「え、何? シエル、ナンパされてんの?」


メイアがさほど興味なさそうに横から突っ込んでくる。


「大丈夫ですメイア、ナンパではありません、ですがこれ以上はノア様にご不幸が訪れる未来しか生まれません

ですので、私達はこれからフィガロに向かう事をお伝えしておきます。それで良いですね?」


単純に会いたければフィガロに来いと言っているのか、それとも俺達の目的地がフィガロだと知っての発言か。

後者であれば厄介な話になってきそうだが、今のところ敵意のようなものは感じない。

ここはおとなしく退散しておいたほうが良さそうだ。


「分かった、それじゃフィガロで」


「お待ちしております」


そう言うと、シエルは一礼してメイアとともに去っていった。


「え、フィガロ行くの!?」

「そうです、行きたがっていたでしょう?」


二人の去り際にそんな会話が聞こえた。




土下座ドゲザ

1.昔、貴人の通行の際に、ひざまずいて額を低く地面にすりつけて礼をしたこと。

2.申し訳ないという気持ちを表すために、地面や床にひざまずいて謝ること。

『引用:デジタル大辞泉』


シエル達と別れた後、俺は大急ぎでホテルに戻り、一目散に自分の部屋を目指した。

途中、大浴場から上がってきたばかりのホカホカと湯気を上げるおいしそうなユミナ、マリアベル組とすれ違ったが

今の俺はそんな目先の小事にかまっている暇はないのだ。考えうる最短距離を最短時間で駆け抜ける。

自分の取っている部屋が見えてくる、素早くドアに手をかけ、僅かに手前に引く

ロックの類はかかっていないようだ。俺は運がいい、ここで一時停止をしていたら勢いを殺してしまうところだった。

流れるような動作で通れるギリギリの分だけドアを開け、中に滑り込む。

一目で部屋の状況を確認する、窓の側に佇むフェリスを確認した。

床は絨毯、ためらう必要はない。

俺はそのまま滑り込むように膝を折り、両手をハの字にして地面に付け、一気に目を床上一センチまで下げる。

小細工は要らない、申し訳ないという全ての気持ちをこの一言に込める。


「申し訳ございませんでした!」




「今までで一番良い動きをしておったぞ」


「光栄にございます……」


フェリスは俺の膝の上に乗り、部屋に運ばれてきた食事を食べている。

フェリスの口に食事を運んでいるのは俺だ。


あのパーフェクト土下座の後、フェリスは苦笑しながらも俺を許してくれた。

シエルとメイアの事も話したが、フェリスも特に殺気などは感じなかったという事で

フィガロで会った時に聞きたい事は聞けばいいという結論に落ち着いた。


そして、手が動かないからと俺にアーンを要求してきたのだ。

もちろん手が動かないなんて嘘だ、フェリスの両腕はもう完全に治癒している。

だがここで突っ込むのは野暮というものだ、俺はフェリスの要求を全て飲むことに決めた。


「ほれ、あーん」


「あーん」


エビの蒸し焼きをカットしたものをフェリスの口に運ぶ。

フェリスは美味しそうにそれを頬張った。

ここセルマは港町と言うだけあって、海の幸が豊富だ。

だがやはり調理方法は簡単なものが多く、食材の味付けは塩かトマトソースかチーズかといった程度であった。

それでも野宿で食う血生臭い肉に比べたら何百倍もマシだが。


「ほれ、あーん」


「あーんぐぅ?」


フェリスに食べさせようとしてフェイントで俺が食う。

フェリスは俺をぽこぽこ叩いて抗議していた、腕が動かない設定はもうどうでもいいようだ。


「人間の食べ物も、久しぶりに食べると良いものであるな」


「まあここの料理って超高級料理だろうからな、うまくない訳がない」


それにしても港町なのに魚介類の種類が少ないような気がする。

イカやウニやイクラはどうしたというのだ。

メイドのお姉さんに注文したところ、そんな食材はありませんと言われただけだった。

いないのか、ウニ……




「良い湯である」


「風呂なんて何ヶ月ぶりだ……」


次に俺達が堪能したのは、部屋に備え付けてある風呂だった。

日本式のお湯を張った湯船だ、広さはそれほどでもないが、二人同時に入ることはできる。

でかい風呂が良ければ大浴場へ行けということらしい。

お湯はちょっとぬるめだった。

どうやって風呂を用意してるのだろうと思ったところ、部屋の利用時間に合わせて水を張り、湯沸かし用の魔法でお湯を温めていたようだ。

何という力技の風呂だろうか。

何でも風呂を維持するためにはそれ用の魔法を使える人員が必要なため、水を温めることの出来る魔術師は人気なのだとか。

まるでボイラー技士の資格持ちみたいな感じだな。

ちなみに追加料金を払えば、専属魔術師の勤務時間内であればいつでも再加熱は出来るらしい。

魔法が人々の生活に溶け込んでいる一幕だ。


俺は風呂の外で旅の垢を落とし、湯船に入った。

フェリスは初めは嫌だと拒んでいたが、どうしてもと頼み込むととうとう折れ、一緒に入ることになった。

今は俺の前に座って同じように湯船を楽しんでいる。


「まったく、主は変態であるの」


「妻と一緒に風呂に入るのは普通だろ」


「そ、そうなのか?」


「背中流してくれたりするもんだぞ」


「そういうものか……難しいのう」


「既に裸で風呂に入り合ってるのに、難しいも何もないだろ」


「ただ入るのと、色々するのとではレベルが違うであろう」


その理屈が良くわからなかったが、まあいい、これから段々慣れていけばいいさ。

風呂に入ってゆっくりしていると、色々な事が頭に浮かんでは消えていくものだ。

そこでふと、たまたま思い出した疑問を聞いてみた。


「そういやクロウが言ってたシャルルって誰なんだ? まああの言い方からするとフェリスの親父なんだろうけど」


「……うむ、シャルルは我が父じゃ」


「クロウが覚えてたって事は有名人ぽいし、さぞ強かったんだろうな」


「うむ、強かったぞ……強かった」


フェリスの歯切れが悪い、あまり話したくないような話題なのだろう。

なら今無理に聞く必要はないか。

俺は話題を途中で切り上げ、フェリスのぷにあばらを堪能し始めた。

フェリスはもだえながら変態変態と騒いでいる。ありがとうございます。


「主よ」


ん?ギブアップ宣言か?

フェリスは俺に背中を預ける、フェリスの肌の感触が気持ちいい。


「妾は幸せであるぞ」


赤く上気した顔でそうはにかむフェリス、そんな姿を見ると俺の体温が一気に上昇してしまう。

いや、今は二人共裸だ、もう恥ずかしい事なんて無いはずだ。


「主は己を信じきれておらぬようじゃが、妾はもう三度も主に救われておる

かつて妾をこのように救った者など……父上だけじゃ、そして今、クロウにまでも認められた、お主は……自慢の良人であるぞ」


「いや、クロウの件はただの偶然だろ」


「偶然とは言うが、その偶然で果たしてどれだけの者がクロウに認められるのじゃ?

偶然などではない、主がそこに居たからこその結果なのじゃ」


そんな大層なものだろうか、あのクロウという魔族はノリと勢いでやっているようにしか見えない

案外ヨイショすればホイホイ武器くれるんじゃないのか……

なんだか必要以上に持ち上げられているような気がして居心地の悪さを感じる。

そんな様子を見てフェリスは慈しむような顔を俺に向けた。


「ふふ……そういうところが主らしい、良いところでもあり、悪いところでもある、だが良いのじゃ

妾はそれに救われてここまで来れたのじゃからのう」


「そういうものか? まあ幻滅されないように出来るだけ頑張るよ」


そうだ、なんだかんだ言っても、今回みたいにやれることをやっていくしかない

明日はフィガロとの国境だ、フィガロ、楽しみだな、王女助けたから報奨金とか出るのかな。

そんな俗物的なことを考えていると、いつのまにかフェリスが俺の胸にのの字を書いている。

何をやってるんだ……


「何やってるんだフェリス、胸板フェチか? 俺にそんなものを求めるなよ」


「違うわ……そ、そのな、今日、妾達は夫婦の誓いをしたな?」


したような気がするな、直後クロウのせいで色々台無しになったが。


「それで、そのあとにクロウから守ってくれたな?」


守ったのか、あれは……


「妾はとても幸せであった……それで、な、今日は記念の日であるので、妾はもっと……幸せになりたいのじゃ」


またフェリスに言わせてしまった。

気づいていたはずなのに、言い出せなかった。

風呂にまで一緒に入ったのだ、もうそういう事だというのは分かっているのに……

本当にフェリスはこんな男で良いのだろうか、そのうち後悔させてしまうんじゃないだろうか。


「余計な事を考えるでない、良いから言っておるのじゃ、主が納得ゆかぬなら何度でも言うぞ、主が良い、妾を主のものにしておくれ」


何度でも言うぞと繰り返そうととするフェリスの唇を塞ぐ。

俺の胸の中は感謝と喜びと幸福と、そしてほんのちょっとの罪悪感であふれていた。

そしてその日、俺とフェリスは初めて結ばれた。


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