よん
小春日和のうららかな午後、長谷はアルバイト先でPCに向かい書類を作成する。バイトの主な内容は書類作りである。複数ある資料の内容を雛形をつかって定型の形にし、すかしのあるちょっと贅沢な紙にプリントアウト、そして製本。資料は請求を作ったり、経費・人件費の計算をしたりで大活躍するが、それも終われば1冊のファイルに収まり収納される。関わらない部分もあるが、複数の資料が集まったところから収納までが長谷のお仕事である。
バイト先の業務内容はいわゆる探偵業・人材派遣も行っているが、調査の依頼の方が長谷が関わる率が多い。事務所は所長と契約社員のどちらかがつめている事が多いが、本日のように2人ともお出掛けをしていて長谷一人がコツコツと働いていることもある。
事務所は鉄筋2階建ての2階、外から直接2階に続く階段がありそこを登ると応接に繋がる。応接は革貼りの2人掛けのソファーがローテーブルを挟んで置いてあり、一人用のソファーが一つ置いてある以外は何も置いていない、ただしカウンターのついたミニキッチンが併設されてあり給仕はそこからできるようになっている。応接から事務室へ続く扉、特別応接室とお手洗いの三つの扉がある。
事務室で書類を作成していると訪問客を告げるシステムが点滅し、長谷は手を止めモニターのスイッチを入れる。顔認識システムが採用されていて、階段を登る間にカメラによって認識されモニターに顔の静止画が写される。従業員は顔の下に黄色いライン、その他訪問客は赤いラインが引かれる。
モニターに映される2人の顔と赤と黄のラインに、あら・・・と呟きつつも意外すぎる訪問客を接客するべく、長谷は事務室から応接へと続く扉を開ける。
「こんにちは~」
イントネーションの変った声が元気に響きながら岩崎は応接に現れ、続いてにっこりとさわやかな笑みをたたえ桂木が登場する。
「いらっしゃい」
「お給料明細もらいにきましたー」
「圭の付き添いです」
長谷がバイトを始めて丸2年になるが一度もそんな理由で岩崎と遭遇したことはなかったのだが、システムはハッキリと従業員だと表示していたので疑いようはない。
「金庫開けられる人が今いないの」
「そうなんや・・・おしゃべりしながら待っててもええ?」
「そのつもりで来たんじゃないの?」
えへへ、と照れて岩崎は肯定するように笑う。二人をソファーへ座るのを促して長谷は珈琲マシンへと向かい2人分の珈琲と自分用の紅茶をティーポットを用意し、対面のソファーへと着席する。ローテーブルには手土産なのかお菓子が用意されていた。
「仕事の方は大丈夫なん?」
「従業員の対応も仕事のうちなので」
たまにこうやって遊びに来る従業員もいるのでのんびりお茶をしていても怒られることはなく手馴れたもの部類に入る。
「なんや驚いてないな・・・やっぱり知っとった?」
「まったく・・・。なんだか色々と駆け巡る・・・」
あれやこれや思い浮かべている時に、すーっと扉があいて顔を見合わせてあ、と声を合わせて驚く。
「浅川君、そないなとこで固まってない入ってきて座って大丈夫やで」
「ここ、長谷さんのバイト先?」
ばつの悪そうな顔をしつつも浅川はあたりを一通り覗って観念したように一人掛けのソファーへと座る。浅川用にカップを用意し、ティーポットから注ぎいれお茶会が始まる。
「長谷のバイト先へようこそ」
「ここ、表札というか事務所の名前出てないんだね・・・」
出てたら入ってこなかったのに、といわんばかりの表情で浅川は紅茶を口にする。正しくは会社の表札はあるのだが見つけにくいだけなのだが、ないと言って差しさわりのない程度のものがでているだけなのであえてそこを否定することはない。
「なんやお化け屋敷にでもきたみたいな表情やな~浅川君」
楽しそうにいやそうな表情の浅川を岩崎がいじりはじめる。
「お化けはでなくても大蛇に噛み付かれそうだよ」
「おっかないのが出そうやけど、出かけてるらしいで」
お化け・大蛇・おっかないなどとさんざんに言われているのは事務所の所長だろう。少し考えて、まぁそう思われるのも仕方ない、と長谷は思うのだった。
「入るのに少し戸惑ったけどそのままわからなかったって逃げれば良かったかな。まさかこんな場所に呼び出されるとは・・・・。岩崎君ここの関係者?」
どうやら浅川は岩崎に呼び出されてここまでやってきてしまったようだった。
「せや、アルバイトしとる」
「リアルBOX中はアルバイトだったのかな?長谷さんの彼氏がホテルに居たでしょ、仕事で来てたのならその他兵隊さんが参加者に居ないとなりたたないし、まさか仕事じゃなくて長谷さんを追いかけてきたとも思えないし」
「バイトではなかったんやけど・・・、桐生さん来とってびっくりしたんは長谷さんと同じや、長谷さんは豪快にむせとったけどな、なんでおるねんって目玉飛び出そうやったわ。まぁ・・・追いかけてくるような人やあらへんな・・・・あの人は・・・、多分仕事できとったんだと思う。ここの仕事な外で見知った従業員に会うてもしらんふりするのが標準なんやわ」
事務要員なので長谷にはわかりかねる標準なのだが、ここで嘘をいっても仕方ないので本当のことなのだろう。調査員と事務員では給与も求められるスキルも天と地ほどの差があるのは、清書している数々の書類から見て取れるものだ。
「一応な大人の事情で頼まれとったことはあったわ。それでBOXジャージもろうたんやけど」
「頼まれごとって?」
浅川はBOXジャージの方には食いつかない。
「犯人役が犯行を行えるように、ちょっとかき混ぜてくれ、てな。長谷さんと高須君が嬉々として動いとったし、あまりそれについては働いてへんわ。ほぼ純粋な参加者やった。もちろんアルバイト代はでてへん~」
事件が起こるのを前提として集まっているのだから、例え初対面同士だったとしても犯行が起こらないよう複数人で警戒していれば事件を起こせずに犯人役の敗北で終了してしまうのは明らかで対策を立てるのは当然のことだったか、と長谷は意識的にかき回さないでも大丈夫だったな、と自分の行動を思い出して反省をしてみる。
「誰に頼まれるの?」
「BOXの運営会社の方に知り合いの知り合いがおってな、そっちからやわ。BOXはじめたのもその人からやってみーひんかーって」
謎がとけたのか浅川が脱力したようにうなだれる。
「そこか・・・・。この事務所自体BOXと関係してれば・・・」
事務所の従業員がいようが、おかしくはない、と結論づけたようで浅川には珍しく面白くなさそうな顔をしている。
「浅川君は長谷さんから知ったんやないの?」
「僕はユギさんからだよ。長谷さんは僕から、だけど遅いか早いかの問題で参加してただろうね」
事務所詰要員の名前があがる。何度か会っているので連絡を取り合っていてもおかしくはないのだが、そういった話はまったく浅川と長谷はしなかった。学校で仲は良いほうなのだがプライベートな会話はまったくといっていい、一線をしいての友人。奇妙な感じもあるがお互いにこの距離が一番しっくりときていたからこそ、お互いに聞くことはなく知りえなかった。
「出所同じやわ。この事務所隠密性高いしな。これは大人の事情がわんさかあったようやな~。大人はずるいわ」
「桂木君は違うの?」
「従業員とはちゃう。でもな悠とつるんどるのはユギさんよーしっとるわ、悠を正式な招待者にしたところでついて来るのは必然やし・・・そもそもなんで悠の方が正式招待者やねん」
「なるほど・・・幹事に指名されたのも知ってたからなんだね」
生徒会という立場で大勢をまとめることに長けていれば30人弱をまとめるのはお手の物だろう。ある程度の人間性を知っていれば会場へ送り込む方の立場としても安心できる材料になる。
「ここにきたんはな、長谷さんがしっとったのか確認しよーか思うて。まさか向こうで聞くわけにもあかんし、個人的に呼び出そうにも連絡先おしえてくれへんかったし」
事務所から貸し出してもらっている携帯の番号とアドレスを教えてもなんの意味もないので、聞かれた人全員に自分の物ではないと説明してお断りをしていた長谷。
「事務所の貸し出し携帯だから・・・」
「あ・・・借り物ってほんまやったんか、携帯もっとらん高校生なんておらん、思ってたわ」
珍しい部類だというのは長谷にも自覚はあり苦笑いになってしまう。
「持つようになったらおしえてな?」
「もちろん。それまではBOXのメールか・・・浅川君経由で」
「浅川君が一瞬渋い顔したけど、了解したわ。でどーなん?どこまでしっとった?」
「あ~全然まったく。BOXがユギからっていうのもしらないし。岩崎君が従業員なのも今日知ったし。まさか現れるなんて思わなくて飲み物器官に入ったし・・・。今思ってみれば気前良く事務所の備品貸し出してくれるのはそういうのもあったのかな、ってくらい」
「何かりとったん」
「自分のって言えるのは靴と下着くらいなものでほぼ全部。髪形とかお化粧の仕方とか全部ユギプロデュース」
「そこでおかしいと思わなあかんわ・・・」
「制服で全行程ごまかそうと思ってたから、哀れに思われたのかと・・・」
バイトの休みを伝える際にBOXの招待状を見せているので、参加するのは知っていたはずだ。依頼があったとすれば別ルートから知っていてもおかしくはないので、どちらにしろ確信犯でイロイロとしてくれたようだ。
「変な人だとは思ったんだよね、桐生さん」
ぼっそり浅川が呟くのも無理はない。ホテル側に紹介され、事件の解明目的に現れたはずなのに、参加者に接触してる風はまったくなかった。ホテルの人と話し込んでいるのは何回かみかけたのだが。
「あれでしょ、ただホテル内動き回りたかったからさしさわりのない理由つけて紹介してもらっただけ」
「ありえすぎて、否定できひんわ・・・・」
大人の事情、というか行動が自由すぎる。
「そうだ浅川君いつ名刺もらったの?」
疑問は全部解消するに限るとばかりに長谷は聞く。
「ホテルで貰ったんだよね。なんでか一瞬あせったんだけど、支社の住所が地元だったし、桐生さん現れたとき長谷さんむせ返ってたし、BOXネーム雅だし。長谷さんの彼氏かって結論になったわけだけど」
BOXネームリストを入手した後であり、BOXネームを解答用紙に書いていたときはもう持っていたわけで、いつそんな時間があったのか再びの疑問となる。しかし問うことなく浅川は答えをくれる。
「2日目の23時過ぎ」
「ホテルの人に扉あけてもらったの?」
「それじゃフロントに聞いたら僕が犯人になるでしょ・・・」
「ああ、そうか・・・」
フロントはそういったことは正確に答えてくれ、犯人の見方ではない。
「鍵かからないようにしたんだね」
付き添いで傍観していた桂木が会話に参戦してくる。きっと事前に事務所関係の話はきいていたのだろう。
「扉空けたままドアフックかけておけば閉まらないから」
「浅川君・・・」
三番目の事件がなかったら犯人扱い確定の行動である。
「二番目の件で犯人役の水城君は運営の課題はクリアしてたから、そこで終わりって選択もできたんだよね。頑張ってくれて助かったし、なりふり構わず保身にはしって正解」
保身にも走るわけだ。
「あとさ~高須兄、あれ完全に自ら望んでゲームアウトっぽくなかった?」
「多分そうやと思う」
「知り合い?」
「学校の先輩やしな~。いつにも増して存在感なくてびっくりしたわ」
「携帯越しに微笑まれて、なんていうの?死の微笑?呪われた感が・・・」
にっこりとした微笑を思い出してぞぞっと背中に悪寒が走る。なんで携帯越しに微笑まれたのか謎過ぎる。
「見たんや珍しい」
「僕も見ましたよ、長谷さんに言われるまでまったく気付かなかったですけど」
「めっさ美形やったやろ、笑うと何か企んどるようにしか見えへんけど、めったに無いことやし、気にいられたんやなきっと」
悪寒の走る気にいられ方など無いほうがましだった、と長谷と浅川は瞬きを不自然に忘れて紅茶をコクコクと飲み始める。
「瑛士さん気配けすのうまいんよ。あそこの家族な~個性強いのばっかり集まっとって上5人が男でいっちばん下の子が女の子なんやけどな~。その子めぐって兄さん達が熾烈な争奪戦繰り広げとるんよ、そこで培った・・・なんて言うの?他の兄弟が争ってる間に気配消して妹かっさらう的策略で身についた技ゆうてたわ。ちなみに皓士君が末の男子で瑛士がその上の兄貴ね」
皓士君を作った一端を垣間見ることのできる岩崎の言葉だった。
「今小学生なんやけど、めっさ可愛いで」
皓士君とお兄さんで4歳差は確実にある。長兄といくつ離れているのかわからないが、皓士君の見え隠れしたその才はお兄さん達にに負けないために養われたものであり、争奪戦に負けないように努力したに違いない。そして兄達も容赦なかったゆえに育ったに違いない。そら恐ろしい兄弟の争奪戦を各々が想像して沈黙が訪れる。
「今回は探偵勝利でうまく行ったけど中々むずかしそうだよね、リアルBOX」
沈黙を振り切って桂木が次の話題を提示すると、それに乗るように浅川が答え会話が再会される。
「犯人役勝利・探偵勝利でも形がつけば良いけどやっぱり犯人役が役目を果たせないのがきついね」
今回は運営側から犯行を行いやすいようにとかき回し役を配置し、参加者が自主的に引っ掻き回したからその隙ができて犯人の任務は完了したが、犯人役が意をけっして犯行を行えなかったらただの豪かなオフ会だ。
「次もやる気満々でしょ、参加者カードにStage01って」
「せやな~。まず人界と隔離された別空間やないとな・・・今回は新築のホテルやったけど、関係者以外がおると本気で通報されてしまいそうやし。だからでっかい別荘とか点在のコテージなんかもええな」
次回開催場所をあれやこれやと考え始める岩崎。
「人数多すぎでしょ。29人って覚えられないよ・・・」
「人数多くないと隙がうまく作れない」
人数に言及した長谷に浅川がゲーム自体が動かなくなる可能性を示唆する。
「犯人複数にしてみるとか」
桂木の提案に、3人がそれやりそう、と頷きあう。
「参加してさ、やりたい放題してたけど経費ばかにならないよね。交通費・食費・人件費・リネン系もしっかりしてたし、あのカメラとマイクの数・・・」
いったいいくらかかっているのか計算したくないほどかかっていそうなのだが、参加者は一銭も払っていない。行って食べて遊んでの楽しい旅行だ。
「ホテル側の広告宣伝費やろ。ホテルスタッフは実習かねていれば練習にもなるよって、最後に細かいアンケートあったやろ鬼量やったな」
5ページに渡る詳細アンケートはタダ飯の代わり。タダより高いものはないと言うことなのだろう。
「カメラとマイクは二回目以降の開催を予定した初期投資」
「BOXのHPでどういう形でのるんだろうね」
ホテルの紹介はまず豪華なフロント部分から部屋の写真、レストランからの風景、大浴場。料理の提供は種類別にカフェテリア・ビュッフェ・日本食・中華・フレンチ・イタリアンは写真付きでのるに違いない。
「大人はただじゃ労力をつかわないってことだね」
桂木がみもふたもない裏側の検討を纏め上げた。
「浅川君BOXジャージきた?」
「うん。きたよ」
「仲間っ」
その後は高校生どうしのたわいもない会話で盛り上がり、帰って来そうにない事務所所長の話になど触れることなく長谷の従業員対応は終わる。ただ一つ、岩崎の性別の謎を残して。




