いち
まだ小雪のちらつく三月の末。長野県にある初夏オープン予定のホテルグランディアが物語の舞台になる。
半年ほど前に立ち上げられたBOXという名のHPはミステリー小説や謎解きが好きな面々の間で有名になりつつあった。そのBOXがメインに掲げるのは謎解き。自分が探偵になった気分でショート小説、アニメ、動画静止画などのミステリー仕立てのクイズを解いていくというものである。
【QuestionBOX】とある赤い色の箱の中には二週間に一度挑戦を受けることが出来るお題が提示してある。回答は期限付きで応募でき、謎が解けたものは文章にして送信をする。回答が正解とみなされると【WhiteBOX】に名前がのり、さらに優秀な回答者は模範解答として掲示される。惜しくも珍回答となってしまった文章は匿名で掲載される【BlackBOX】というものまである。他に利用者が交流できる【ChatBOX】、訪問者に謎を募集する【MyteryBOX】。シンプルながらも話題にあがる最大の理由が【EnjoyBOX】の内容。いわゆる楽しむ為に守ったほうがいいよ、的に書いてある綱目で、利用規約とは別に掲示してある。
『BOXを楽しむにあたって
1 締め切り期限のきていない【QuestinBOX】の謎解きを【ChatBOX】でしないこと
2 BOXを利用の上で知り合ったもの同士が出会わないこと
3 BOX以外の媒体を通しての交流をしないこと』
1を設定するのは謎解きを楽しむ上で最低限のことと思われるが、2・3はどう考えてもおかしい文言である。趣味の合うもの同士が集まっている中でオフ会を企画するのは自然の流れのようにも思えるが、そこをあえて文面でしないように求めているのだ。
そしてにわかに囁かれていたオフ会を前提としたBOXが現れたのは新春のことだった。
『【RialBOX】犯人役募集。十代限定オフラインミステリーにおいて犯人役を担ってくださる方を募集いたします。』
大まかな内容が提示されたソレは十代限定の文字に落胆したものも少なくなかったらしいが、【QuestionBOX】に参加している、していないに関わらずBOXを楽しんでいた者には興味を惹かれるものであるのは確かなことのようだ。
はたして書物、画像、映像ではない現実に起こるそれを見抜けるのか、犯人役を買って出た者はそもそも事件を起こせるのか。
「なかなか想定外の大きさの建物・・・」
建物を見上げてそっと長谷はつぶやく。迎えのバスの時間に到着することが出来ず、オープン前のホテルにタクシーで乗り付ける事態となった。楽しみにしていたのだから遅れても参加させてもらえるだけ感謝しなければならないところだが、ひとけのない真新しいホテルを前に一人、心細さはぬぐえない。吹き付ける風の寒さと不安が長谷を小走りに建物へと駆け寄らせる。
リアルタイムのゲームに必要なもの。記憶力・洞察力・推理力、と言ったところだろうか、とりあえず長谷は建物の検証から始める。
正面のロビーへ続く扉は自動ドアのようではあるが、透明なそのガラスの向こうにはクローズのチェーンスタンドが上品に置かれていて開く気配がない。オープン前なので稼動していないのだと察して視線を左右に移すと右横にある手動の扉がすーっと開く。
「長谷様ですね」
20代後半くらいであろうスーツ姿の男が、長谷を呼ぶ。その声にこたえて長谷は足早に入り口へと向かい、男を目の前にしてにっこりと微笑む。
「はい」
「長洲と申します」
招待状の責任者の名前を名乗り、中に入るよう促されて長谷は建物の中へと入る。キャリーバックをコロコロと足の長い絨毯の上でころがし、進むロビーの途中で座るように促されて長谷は長洲と対面する形でソファーに座る。
「迷われはしませんでしたか?」
気遣ってもらう言葉を貰いながら、長谷は鞄から招待状の入った封筒をだし、割符の役割なのだろうか同封されもって来るように指定されていたカードを差し出す。名刺サイズのカードで地は黒・文字は白、左上にBOXと大きめに独特の装飾文字がありやや小さく同じ装飾文字でStage01、カードの下部分にはローマ字表記で名前が入っている。
長洲はそれを受け取り、名前を確認しカードを返す。
「カードの方は参加していただいた記念ということでお持ち帰りください。ではここでは他の皆様には迎えのバスの中でさせてもらった注意事項をすこし話させてください」
クリップボードを片手に持ち、柔らかい声をだして長洲はにっこりと微笑む。年齢は二十代後半、クリップボード以外の手荷物はなし、眉も肌も爪も手入れの行き届いているお洒落さん、と長谷はとりあえず人物チェックを始める。
「まずは、ご参加いただきありがとうございます。特殊な試みになりますので不手際があるかもしれませんがご容赦ください。BOX側の関係者はこちらでも人目につかないよう心がけ、一目でわかるようにしてありますが、もしお目に留まっても見てみぬフリをしていただけると幸いです。こちらがご利用いただける施設のご案内です」
1枚の紙をテーブルに差し出し、長谷は紙を手に取る。各階のフロアマップに避難経路と多少の文字が書き加えてある中途半端間のいなめない見取り図である。
「一階はフロントのみホテルのスタッフが常駐してくださいますが、ご覧いただいているとおり、カフェのほうは営業をしておりません。皆様が食事をしていただく二階レストランに常時飲み物のサーバーを用意してありますのでご入用でしたらそちらをお使いください。ロッカー室のほうは不必要ということで鍵がかかっています。くれぐれもキープアウトの表示がある奥へは進まれませんよう、お願いいたします」
「こちらの用紙は使える場所のみ文字が記載してあると思っていいでしょうか?」
その問いに満足そうに長洲が頷く。正規のホテルの間取りにBOXのスタッフが手をくわえ、あえて出ている中途半端感なのだと長谷は確信する。
「スタッフの関係でお食事の時間と行動時間の制約があり、そちらも記載してあります」
裏面を見ると朝食・昼食・夕食の時間帯が記載してあり、0時から7時は配布キーでの開閉が不可能であるとしるしてある。
「了解しました」
「今後の進行なのですが、私どもの変わりに参加者の方に幹事を勤めていただけるようお願いをいたしました。その他全員で何かを行いたい場合は幹事を通していただけると進みがはやいかと思います。終了をこちらで判断いたしましたら私が会場へと覗います」
案に長洲が言いたいのは犯人がわかりゲームの仕上げを行いたいときは、幹事を通して行うようにということなのだろう。あくまでBOXの利用者のみで事件を起こし、事件の解決を試みて欲しいようだ。
「最後に記載はしておりませんが、お部屋以外の要所にWEBカメラを設置してありますのでご理解ください」
「うまく進行すれば映像を編集してWEBで公開するのでしょうか?」
「本当にうまく進行すれば、になると思いますが、こればかりは・・・」
「そうですね・・・」
ミステリー好きのBOX住人とはいえ全員素人のはず・・・と長谷は言葉をを飲みこむことにする。そこを考えてしまっては見もふたもないゲームになってしまう。
「何人の参加者がきているか、聞いても?」
「17組29名です」
「ありがとうございます。名簿などあったらいただきたいのですが」
ごく自然に当たり障りのないことのように頼んだつもりの長谷に、長洲は不適な笑みを返してくる。
「幹事を務めてくださる方にお渡ししましたので、その方から入手できるかと思います。スタッフ共々長谷様のご活躍を期待しております」
お決まりの送り出しの台詞をいただいて、長谷はフロントでキーを受け取る。ホテルスタッフによる部屋までの案内は遠慮して、エレベーターホールへと足を進める。エレベーターは4基、二つはクローズのチェーンスタンドが置いてあり、一つはスタッフオンリーと紙が張ってあった。
貰ったカードキーは507と書かれており、エレベーターに乗り5Fを押す。そして貰った用紙を一瞥して、3F4F7Fを続けざまに押す。
「なるほど・・・」
5階のボタンは普通に点灯したが、使用が制限されている階は点灯すらしなかった。参加者に不必要な階では止まらないように設定してあるようだ。
廊下の案内板に従い部屋を見つけ、カードキーを差込み部屋の中へと侵入する。入って右にクローゼット左にバスとトイレ。少しゆったりとした空間にテーブルセットが置いてあり、ベットは二つ。ドレッサーを置いてもベットとの間でストレッチが軽くできそうな空間のあるベージュを基調た部屋。
誰もいないことをいいことに長谷はコートを着たままベッドへダイブして足をバタバタさせる。
「もー」
名簿は早めに手に入れておきたいアイテムの一つだったのに、と29人の名前を覚え、さらに顔を一致させるのはかなりな作業なはずである。すぐさま手に入るとは思ってはいなかったが、幹事に指名された人は一歩ぬきんでたはずであるのもまた事実。ひとしきり足をバタバタすることで気持ちを落ち着かせて、おもむろに起き上がりコートを脱いで荷物をときにかかる。三日分の洋服をつるし、化粧道具を手に鏡へと向かう。
「えっと・・・」
手荷物用のバックから、化粧の手順と色を示した紙を取り出し長谷は格闘を始める。
初日の顔合わせのドレスコードにあわせて、ビスチェ風のツインに、薄化粧。防寒対策に淡いブルーのショールを手にしてから全身鏡の前で一回転してみる。
「はぁ・・・大丈夫かな・・・」
呟いた言葉に返す人はもちろんいない。
集合時間の5分ほど前に部屋をでて、指定のレストランへ向かうとほぼ全員であろう、と思われる人々が雑談をしていた。レストラン内はマルテーブルが六つ、景色のいい窓際にはソファーとローテーブルが設置されている。一定の間隔で三つのグループに分かれている集団と、ホテルスタッフと打ち合わせをしている幹事とおぼしき人を視界に入れ、長谷は適度な位置に陣取ることにする。
程なくして幹事がマイクに声を乗せる。
「皆様お集まりのようなので、お話を一旦やめて頂いてこちらのマルテーブルの方へとお集まりください」
気負った感も無く、それでいて命令口調でもない美声。すんなりその声に応じ窓際のソファーセットに陣取っていた団体もマルテーブルの方へと移動する。人の動きが止まったろころを見計らい幹事は一礼する。
「幹事をやらせていただく桂木です。BOX初のオフ会ということで少々緊張していますがよろしくお願いいたします。全員未成年ということなので乾杯の音頭は省略させていただいて、まずは自己紹介といきたいところなのですが。皆様ご存知の通り、趣向のこったオフ会になります」
趣向の凝ったとは言いようで、アトラクションゲームを装ったオフ会。やる気のある人は早々に人間観察を始めているだろうし、犯人役の人も虎視眈々と機会を狙っているに違いない。
「この企画ならでわといいますか、BOX住人だからなんでしょうかこの中にBOXネーム当てを別ゲームとして企画している人たちが居るという密告がBOXのヌシとも言われる博士からありました」
もうばれてる奴いるし、と言った感じの言葉が漏れているが、幹事桂木は聞こえなかったように話を進める。
「あっさりと看破されてしまった人、既に名乗ってしまった人もいるとは思いますが、自己紹介でBOXネームは打ち明けないでください。豪華賞品とはいかないようですが、多く当てられた上位数名に粗品を用意してくださっているようです。30日に名前とBOXネームをかける用紙を配りますので、書いていただいた方から回収します」
BOXネームとはBOXHPで名乗っているいわばハンドルネームと呼ばれているものだ。BOXでは【QuestionBOX】をそのアイコンの形状から赤箱といったり、多々BOX用語が存在する。
「そして朗報です。10代表示を限定してもかなりの人数を思い浮かべ不可能だと思った人もいると思いますが、この中に博士からの使者としてBOXネームリストを持っている方がいます。記憶を頼りに推理するのも、リストを手に入れるのも手ですので、博士からの密告のゲームも楽しんでいきましょう。五十音順といきたいところですが、ホテルから合流した長谷さんから・・そうですね・・・名前と一言を前へ進んでからお願いします」
しっかりと幹事桂木に視線で捉えられてしまい、おずおずと長谷はマイクを受け取りに進む。
「長谷と申します。諸事情で出遅れてしまいましたが参加できるのを楽しみにしていました。よろしくおねがいします。BOXネームのリストを是非いただけたら、と思います」
一礼ののち長谷が桂木を見ると、にっこりと微笑み別マイクで進行する。
「一人目から参加意欲があって正直ほっとしてます、では浅川君お願いします」
ぺこっと一礼して群集からでてきた浅川にマイクを渡して長谷はささっと隅のほうへと移動する。
「浅川です。BOX初のオフ会ということで楽しみにしていた反面とても緊張しています。終日までよろしくおねがいします。えっとBOXネームリスト僕も欲しいです」
にっこりと性別を感じさせない笑みをして浅川は自己紹介をおへ、桂木に促されるまま次に呼ばれた綾瀬にマイクを手渡す。
そして長谷はあわてて持参のバックから携帯を取り出し、周りにわからないよう、ショールのはしにくるみ口元へ持ってくる。携帯電話の録音機能はデフォルトである。そして全員分の名前、性別、特徴、リストの是非を録音し、こっそりとバックに戻すのだった。
「全員の自己紹介も終わり、ビュッフェの用意も整ったようですので、食事をしつつ歓談にいたしましょう。お料理が出ているのは21時までの一時間になりますのでご注意ねがいます」
皿を片手に思い思いに広がり、席へついたりマルテーブルを囲っていたりする人を観察しながら、最初にレストランに入ってきたときと変らない3グループに分かれたのね、と長谷は結論付けてどこに吸収されようか思案する。
一つ目のグループは女性のみ。近くのマルテーブル3つに別れぎこちない感じではあるが女性的社交性で会話をしている。
二つ目のグループは男性のみ。女性グループの近くのマルテーブル2つほどに点在しており単発的な会話だが、食事のほうに目がいっているようでもある。
三つ目のグループは混合。マルテーブルには居ず、窓際のソファーセットに陣取っている。
「長谷さん」
「はぃ」
じっくりと観察に入っていたところに声をかけられ、変な声を出したな、と思いつつ長谷は声の主を見る。
「幹事さん」
「桂木でいいですよ」
「桂木・・君・・」
初対面の人に呼び捨てなど出来るはずも無く、君、と敬称をつけたところで折り合いをつける。
「はい。先ほどはありがとう。先人きって参加表明してくれたから後の人も続いてくれたし」
「いいえ。面白そうですし」
にっこりと長谷は笑う。このBOXオフ会には犯人役が潜んでいるわけで人物把握するのにノートを持っていたり書き込んだりするのが不自然にならないので丁度いいんです、と心の中だけで続ける。
そんな悪辣なことを考えているとは露とも思っていないのか、桂木はにっこりと視線をあわせて微笑む。ぞわぞわっと背中が走る悪寒に長谷は三歩くらい後退したいと告げる足を全身全霊で踏みとどまらせる。三歩下がった理由を聞かれるとなんと答えていいのかわからないからだ。
「オフ会設定だし、なにか他にゲームがないともたないよね」
「【QuestionBOX】も更新して締め切りになっていますから、話題にはことかかないかも?」
上手な言葉の選択、そして気遣い、微笑みに会話として成立する返事を返すが、脳内ではめまぐるしく撤退の算段を始める。
「ああそうか、そっちもあって三本立てか・・・」
うーん、と考え始めたその姿はきまっていて長谷の足は半歩後退する。
「悠、飯めっちゃうまいわ」
にっこりと人懐っこそうな人が飲み物片手に親しそうに桂木に声をかけ、逃げることをしなくなった足にこっそりと長谷は安堵の息をつく。後退した半歩に気づかれたかは定かではないが、桂木はその優しく穏やかな笑みを声をかけた人へと向けると逃げようとしていたのはなんの理由からだったのか、と思ってしまうほどいつもの自分に戻っていた。
「もう食べたのか」
「一通り?スタッフとなにかしよるから、暇でな~」
知り合い、と結論付けるまでもなく2人は同じ制服をきている。黒のジャケット胸には校章なのかエンブレムが入りフロントはシングルの三つボタン、白のワイシャツ深緑のネクタイに銀色でラインが二本、ズボンは薄いクリーム色だ。
自己紹介の時の記憶を長谷はたどる。この少し大阪よりのイントネーションの人は確かネームリストを欲したはずで、桂木は幹事であるのだから正式な招待者である。つまり、招待者の連れもBOXネームを持ってる可能性。単純に招待者17人のネーム当てとはいきそうにないのを確信する。
「岩崎です」
しっかりとした標準的なイントネーションに戻した岩崎がなにか微笑ましく、長谷ですと自己紹介をする。
「なんや可愛い格好してる子の横で制服っちゅーのも切ないなぁ」
すこしばかり桂木の方が背が高いので見上げる形になりながら岩崎は相槌を求める。割と中性的な顔立ちに少し長めの髪、くるくる変る表情がとても可愛らしい人だ。
「圭、長谷さんが呆れてるよ」
そんな諌める声まで優しい。
「ああ・・・ごめん。高校に入るまで関西方面点々としてて入り混じってる関西弁なんだ。この通り標準語も喋れます」
きりっと得意げに標準語を披露する岩崎に桂木は仕方の無い、という表情をしている。
「ちゃんとした音程の方言を知ってる人は聞き苦しいよね」
「あ・・・私わからないからどっちでも大丈夫。関西の方言聞くの初めてで、なんか可愛いなって」
「誉められたわ~」
「可愛いだなんて、長谷さんは面白い人だね」
にぎやかなタイプの岩崎と落ち着きのある桂木のコンビはなかなかのコンビネーションだ。
「ほなまぁ制服つながりで仲ようなった浅川君のいるとこに吸収されよか~」
「よかったら長谷さんも」
幹事桂木が孤立している長谷を確保し、幹事の連れ岩崎が確保した場所へと促されるナイスコンビプレーにより、窓際の男女混合グループへと案内される。
「長谷さん」
紛れもなく、躊躇いもなく名前を呼ばれる。自己紹介で名前を聞いた時は明確な理由で後ろを向いてダッシュで逃げようかとも考えたのだ。地元湘南と呼ばれる地域から離れ、長野という地にはるばるやってきたのになんでクラスメイトに会わなければいけないのだろう。
「荻野・・・」
嫌そうに呟く長谷に優しく、一点の偽りも無く優しく桂木が聞く。
「連れ?」
「断じて違います。私1人参加だから」
多少ムキになりつつも早口で訂正をする。こんな奴と同室だなんて一秒でも長く思われていたくない。クラスメイトとして一年、会話をするようになって半年。さまざまな荻野の言動を思い返し、存在を抹消しよう、と結論に達する。
「あ~噂のクラスメイトさん」
お誕生日席窓側に陣取った女の子がにっこり笑いながら声をかけてくる。このグループの主導権を握っているであろうと思われるのだが、長谷には名前がすぱっと出てこない。
「ねぇIQどう思う?別枠招待なのに地域がかさなりすぎよ」
IQはBOXネームである。強制参加ではないとは言えしょっぱなから呼んでいるのを聞いてしまうと何かこう楽しみを半減される気分で長谷はあらぬ方向を見つめ始める。
「楽しもうとしてる人もいるから、呼ばないほうがいいとおもうよ雅」
「そういいながらBOXネームで呼んでるじゃない。私は興味ないからばらしちゃうけどね、何考えてるのかしら発案者」
突っ込みどころ満載な2名の会話の流れでいくと、答えた男がIQで・・・・と長谷は涙目になりそうな自体を見つめる。
「この場合さ、地域限定していると思ったほうがいいとおもうけどな」
最年少と思われる風貌の子がIQと呼ばれていた人に向かって言い放つ。なにやら見えない火花が両者の間で散っているようだった。
名前を早く記憶しないと関連付けをするのが厄介になりそうな展開であり、記憶力をフルに活用せず携帯に一任して後でどうにかしようとした横着を長谷は少し悔やむ。
「大阪弁の奴も混じってるみたいだし、全国からじゃないのか?」
「小山さん、桂木さんの制服は都内の有名な私立学校のものだよ。それと大阪ってのもどうかな?完全な大阪弁であのイントネーションはありえないと思うな」
相手を挑発するような視線を送る少年、そして子供を見下したような態度をとる青年。どちらかが勝者なのかすでに明白で拍手を送りたくなる記憶力と観察力、推理力の少年だ。
「クラスメートさんが同席するとなると~椅子運んでこないと場所ないからよろしく。で、IQさっきの続きの話なんだけど」
色々な箇所をつっこんで聞きたくなる会話だったのを一掃で長谷はふーっと横に息を吐く。
「お話の邪魔してごめんさい」
にっこりと笑って長谷はとりあえずビュッフェへと向かう。トレイを手に大皿・スプーン・フォークをのせる。
「お姉さんすごい見切りの早さだったね」
「高須君、そんな言い方せんであげてや~」
いつのまにか同じように食器を携えた2人組みがビュッフェに並んでいる。
「誉めたつもりだったんだけど・・・」
高須君と呼ばれた少年はにっこりと可愛い顔を長谷に向け、視線を合わせる。
「あ、そう聞こえたので大丈夫」
高須少年の視線を振り切るようにして覗いた夕食のビュッフェは中華のようで、前菜・海鮮・肉・野菜・米・麺・スープ・デザートと並んでいる。種類が豊富というわけではないが、なかなかの料理のチョイスではある。皿に盛る量と自分のお腹の量を考える横で、高須・岩崎はどんどんと皿に盛っていく。つられて皿を盛りにしてデザートの位置で悩ましげに長谷は立ち尽くす。
「三種類かぁ・・・どれも捨てがたい・・」
エッグタルト・ゴマ団子・マンゴープリンを見つめていると、ホテルの配膳をしている人が微笑ましげに話しかけてくる。
「お取り置きしておきますか?」
「是非!全種類」
「はい。では21時までにお声がけください」
にっこりと笑って別のトレイに移すところに、僕のもお願いします、と口々に4名が続く。そして何となくその5名でソファーセットに着席することとなった。
「あかんなぁ~ホテルのおねーさん呆れてはったわ~」
「後ろから4人も続いたらからね」
イタズラ大好き、と顔に書いてありそうな岩崎と高須少年。
「一応名前だけ確認しておこうか。俺は桂木、右から長谷さん、高須君、正面にいって浅川君、隣が岩崎」
よどみのない紹介だった。
「さっきのテーブルの名前も確認したいんだけど・・・わかる?」
「なんだかご機嫌ナナメだったのが加藤さん、時計回りに荻野君、水城兄譲君・水城弟武君・高須君・浅川君・望月さん・上田君・日高さん・小山君だね」
よどみのない口調で一人一人指を折る形で確認しながら桂木が質問に答えてくれる。顔合わせをしてから少しの間なのに人物把握は完璧にしてきている。人の顔覚えるの、苦手なんだけどな、と思いながら長谷はフォークを手に取る。
「ありがとう。でわいただきます~」
口火を切って長谷はモグモグと食べ始める。
「最近の女の子は年中ダイエット中なのかと思ったけど・・・山盛だね」
桂木の問いにコクコクと頷くだけ頷いて、長谷は食べ進める。食べ終わるまでに桂木・高須が再度山盛りの皿を食べつくし、たいした会話のないまま食事風景が終わる。
「食べきりよった」
半ば笑いを漏らしつつ長谷の前の皿を見て岩崎が感想を漏らす。
「デザートははいるん?」
「うん!」
「ほな、紅茶か珈琲もってきたらええよ。悠、珈琲よろしゅう~」
岩崎が全員分のデザートをトレイで運び、すっかりアフターディナー珈琲・ティーが整い、長谷は紅茶を手に一息つく。
「サスガに皆食べすぎよね・・・」
「浅川君だけが自分を見失ってなかったけどね」
桂木が余裕そうな浅川をみて言うと浅川は苦笑いをする。
「これでもいつも以上に食べたから苦しいんだけど・・・」
「長谷さんより食ってへんわ・・・」
女子より食べていないのに苦しいらしい。多少の無言の後、桂木が話を進める。
「まぁ頭動かして消化しようか」
「だよね~あっちのPTじゃ生産性のない自慢話ばっかりでさ、始まれば変るかと思ったけどどうしようかと思ったよ」
ネットを媒体としたゲームに参加しているのだからPTといっても表現的にはおかしくはないはずなのだがなかなかの表現をつかう高須少年に長谷は自然に笑みがこぼれる。
「僕は挨拶後から加わったからあまり聞けなかったけどそんなにひどかったの?」
「浅川さんいなくて正解。加藤・小山コンビが打ち合わせしてたんじゃないかってくらいお互いを褒めちぎるし。浅川さんと荻野さんが知り合いだっていう会話から変ると思ったんだけど、まったく方向転換しないし」
「知り合い?」
呟いた桂木、そして全員の視線が浅川に集中する。
「中学の時の同級生だって。荻野さんは加藤さんの連れ、いとこらしいから重要じゃない。やっぱりここはソロで来ていて地域の近い浅川さんと長谷さんの2人といいたいところだけど。残念なことに僕の学校の高等部のお兄さんが2人ほど。兄貴も同じトコ出てるし」
「なるほどね、本人の資質で選んでるわけだ・・・」
資質とは生まれつきの性質や才能・資性・天性、辞書からそんな言葉を引っ張り出してきて長谷は考え込む。
「まぁそれもまた微妙にニュアンスがな・・・。地域は選んでる、例えば神奈川、東京近辺。平たく言うと関東ってくくりかな?」
BOXネームが露見しない状態での横の連携を考えるなら、地域・性別・キャラクターでの同調性が鍵というところかもしれない、エッグタルトを口に放り込み咀嚼する。
「それにしても雅が先頭きってネーム当て拒否するとはね」
あえてBOXネームをだしながら高須は団体を見つめる。
「信憑性は?なんだろう・・・違和感があるっていうか・・・」
「僕もそう思う」
長谷の手元にあるマンゴープリンに頬を引きつらせながらも浅川が同意してくれる。
「自慢話をね耐えつつも聞いていた僕からすると、雅はありというかドストライクだったよチャットで何度か一緒してるけどあんな感じだし」
「そうなんだ・・・。IQの方は?」
「ダウトだね」
「なるほどね・・・」
思ったよりもこっちのゲームのほうが手ごわいかもしれない、スプーンをじっと見つめていると浅川が心配そうに言う。
「食べきれないなら、高須君か他の人が食べてくれると思うよ」
「ああ・・大丈夫。このマンゴープリン絶品だよ浅川君」
一口食べた後にそう言った長谷に、浅川は壮絶に嫌そうな顔をしたのだった。
朝8時。身支度を整えてから長谷が真っ先に向かったのはフロント。係りの人は長谷の申し出をうけ、胃腸薬を渡してくれたのだった。
9時からのビュッフェ準備中の二階レストランで、サーバーから水を一杯とり、ソファー席へと陣取る。
昨日はあれから女子グループから携帯での盗撮されていたことから、桂木が生徒会の役員であることがわかり近隣ではなかなかの知名度であることが発覚した。なんだかんだと盛り上がり、気づけば消灯ぎりぎりであわてて部屋に戻りあわただしくバスを使いきゅーっと倒れるように眠り込んでしまった。
食前の胃薬を飲んでから、長谷は携帯にイヤホンをつけ機能吹き込んだ内容を手のひらサイズの白色付箋へと書き込んでゆく。
『浅川・綾瀬・糸井・今井・岩崎・上田・近江遥・近江奏・荻野・奥井・小野・桂木・加藤・小山・桜井・佐藤・高須瑛士・高須皓士・広瀬・時田・長谷・波多野・林・日高・藤崎・水城譲・水城武・望月・横井』
29枚の付箋の広がったテーブル。そして付箋を昨日の会話の情報を元にB5のノートへと相部屋別に貼り付けていく。
「浅川君はシングル、岩崎・桂木ペア・高須兄弟・水城兄弟・近江姉妹。キョウダイ参加はわかりやすくていいな・・・ああ荻野・加藤ペア・・・シングルは後3人・・・」
不明な人たちはとりあえず表紙の裏に収納して、新たに黄色の付箋を取り出す。
「混合PTが絞りだせれば・・・男女別PTはおのずとわかるわけで・・・」
加藤・荻野・高須・浅川・岩崎・桂木と書いたところで手が止まる。レストラン内では着々とテーブルセッティングがされていく中、参加者の姿は見当たらない。
ソファーセットの標準はお誕生日席が一つ、ソレを基準として両翼にある長ソファーはがんばれば四人は座れそうな代物。長谷は目をつぶり昨日の風景をイメージする。加藤さんが座っていた席の左翼に男女が交互に座って4人、右翼に男性4人。浅川君が翼に座っていたイメージがないので、加藤さんと対面のお誕生日席に座っていたのだろう。
「そう、加藤さんの近くに荻野が座っていて、手前が高須君だった。兄弟が中に座ってたんだわ」
ぺらぺらとノートをめくって水城兄弟の名前を確認して書き込む。高須君と火花を散らせ、IQを名乗っていた人の名前はなんだったか・・・、ノートを片手に表紙裏の男性と印のつけた付箋をぺらぺらとめくっているとレストランに参加者が現れる。
「おはよう、長谷さん」
「おはよう浅川君」
「早いね、まだ朝食には時間があるよ」
「朝食・・・昨日の中華は強敵だった・・・」
笑いながら浅川は対面のソファーに座り込む。
「胃が重くってさ・・・フロントに胃薬貰いに行っちゃった」
「ああ・・・僕も貰いにいってこよ・・・」
「余分にもらったのでどうぞ」
「ありがとう」
手にとって飲み物サーバーへと水を浅川はとりに行き、胃薬を飲み込んでから胃を撫でる。
「それ何書いてるの?」
付箋のひどい文字をみて浅川が呆れ声で質問してくる。
「昨日のPT別編成?IQって呼ばれてた人の名前覚えてる?」
「小山君」
すらっと出てきた名前を書き加える。
「隣の女の子は?」
「日高さん」
「もう2人は?」
「上田君・望月さん」
「コンプリート。ありがとう」
「すごい字だね・・・」
「見られてもかまわないように、多少意識して崩してるかな」
「なるほどね」
シングルは後3人、この男女はコンビと考えて問題はないはずである。4人分の付箋を裏表紙から外し、部屋別へと付け替える。
「長谷さん楽しそうだね」
「うん。とっても楽しい」
何かが起こるとわかっているゲームなどそうそうない。犯人役の人がいつ仕掛けてくるかもワクワクするし、なんといってもゲームなのだ本当に死体がでるわけではないので罪悪感など皆無、犯人が動いたとしても純粋に楽しむことが出来る。
「チャットか・・・浅川君はチャットはよく通った?」
「あまり参加しなかったかな?初期の頃と参加が決まってからだね」
「だよね~。やっぱリスト入手は必須か・・・BOXでそこそこ活躍してる10代表示のある人なんて・・・・クロウ・SIN・noise・みかん・・・あとは・・・」
「まぁ有名どころだね、あとはNaGaとか・・もちろんIQと雅は押さえないとね」
「メビ・ICHI・御手洗・・・きりがない・・・」
とめどなくBOXネームを頭に思い浮かべてはみるが、確定できるものはなく途方にくれてしまう。しばらく2人は無言でそれぞれに考えをめぐらせたが、ぱらぱらと人が朝食をとり始めるころを見計らって浅川が声をかける。
「朝食始まったみたいだよ」
「では行きますか」
昨日は立食のテーブルだったものに椅子が加えられ、数が倍に増えている。どうやらソファーでの食事はしてもらいたくないようだ。
朝食は和食ビュッフェ。米・粥添え物として梅干・塩辛・辛子明太子・高菜・海苔が置かれており、おかずとして豆腐・キンピラ・煮物・マグロの醤油漬け・鮭・半熟タマゴ・焼卵・天ぷら・お吸い物・味噌汁。デザートはフルーツでイチゴ・バナナ・パイン・メロン・ミカン。
食欲のそそられるメニューなのだが長谷はお粥と添え物を何点かチョイスして円卓を独り占めしている浅川の横に着席する。
「浅川君もお粥か」
「消化のいいものじゃないと辛いよ」
ゆっくりと味を変えながら粥を食して、食後の紅茶をとりにいった頃には参加者のほぼ全員が円卓とソファーのあちこちで食事を始めていた。
「なんだかなぁ・・・・」
ソファーで食事を取ってほしくないそういったホテル側の意図を理解しなかったのか、マルテーブルは開いている席が無数にあるのに、ソファーでいちゃつきながら食事する4組を見て大きなため息が出る。
「なんなんだろうな・・・」
「ホテル側がピリピリしてること?」
「あ~それもそうか・・・浅川君はよく気づいたね」
「ん~なんとなく?かな?長谷さんはフロント」
「うん。顔はにっこり笑ってるし欲しい物もすぐ出してくれたんだけどさっさと行ってくれって感じだったな~」
「何かあったのか・・・何か起こるのか・・・」
「何かあったとしたらそれはゲームじゃなく、起こるとすれば一時間以内にここで、ってとこかな」
「同意」
「それは置いておいてさ、ここってかなりのカメラが点在してるわけで・・・」
円卓の中心には花が飾られていてその中にカメラが入っている。個々のテーブルには盗聴マイクがしかけてあるという。仕掛けてありますとは事前に聞いてはいたが、見つけてしまうのもどうかと思う。
「高須君は最年少なのに優秀だよね」
「盗撮盗聴に詳しい最年少もそれはそれでどうかと思うけどね・・・」
「そうすると、目に余るカップルさん達か」
浅川は苦笑いをしながらソファーのほうに視線をゆっくりと視線を動かし、何事もなかったかのように円卓に視線を戻す。撮られている、未成年、HPでの公開もありうる、と頭の中で長谷はぐるぐる考えてみるが、旅先で気持ちの緩んだ彼らの行動は人目お構いなしだ。
「加藤さん・・・は確か同室荻野だったわよね・・・」
ソファーセットを使っているカップルでは一番後方の席を陣取っている彼女は髪の色で判別できる。ミディアムの長さで綺麗な栗色の後頭部、隣に座るのは茶髪の男性。
「今一緒にいるのは・・・小野・・君かな・・?」
「上田・望月、小山・日高・・・あと誰よ・・・」
「林・藤崎」
「どうやって覚えたの・・・」
「秘密です」
秘密って答えてるあたり記憶力じゃないし、と長谷は浅川をじーっと見つめる。にこにこしていて表情からは何も読み取れそうにはないが、教えてくれるので良しとすることにしよう。
「桂木君はモテモテだし・・・」
「そうだね」
桂木の横には岩崎が座っているが、2人が座った席には女の子がニコニコしながら座っている。そういった類に慣れているのがコンビの方には戸惑いがなく、会話は弾んでいるように見える。
「近江姉妹かな。まぁカッコイイからね、2人は」
カッコイイのか、な?と頭に疑問を浮かばせてみるが、とりあえず話しに乗っかってみる。
「浅川君が入ってトリオでも違和感ないと思うよ」
「それはどうも」
「でもさ~飛びぬけて一人、芸能人かっってくらいの人いるのにそっちはフォーカスされないのが不思議で不思議で・・・」
「誰?」
「高須兄」
浅川は沈黙して記憶を探っているようだが、表情は渋い。
「昨日の夜・・・居た・・・?」
「食事してさっさと帰っちゃったのかな?歓談してたときは姿がもうなかった」
「自己紹介してたよね・・・あまり印象に残ってないな・・」
「そう?浅川君携帯だして?」
「え?うん・・・」
意図のわからないまま浅川は携帯を出し手に握り締める。長谷は携帯を操作して動画を引き出し、ズームアップをかける。
「高須兄」
そう遠くないところで優雅に座っている高須兄がズームされる。
「ああ・・うん。横顔でも・・・すごく整った顔してるね」
「でしょ?まぁ身近なアイドルのほうがいいのかなって思いもするけど、それにしては他の女の子が沸き立ってないしなんでかな~・・・」
長谷は高須兄のアップの横顔が写った携帯を握り締め、浅川はホーム画面の携帯を握り締めたまま長谷の携帯画面を見てまじまじと観察する。
「うげ・・・」
「うわ・・・」
2人同時に声をあげ、画面に釘付けになってしまう。
「どどど・・・どうしよう・・・」
携帯越しに目があって微笑まれてしまった・・・。
「聞こえてたかな・・・」
「どうだろう・・・そんな大きい声でしゃべってたわけではないし・・・」
「携帯越しに目が合ったの初めてなんだけど・・・」
声のトーンを完全に押さえてしゃべり続けるのだが、動揺して微動できずにいる。
そして高須兄はカタンと物音をたて立ち上がり、喉元に手を当てて激しく咳き込みながら床へと落下した。




