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時間調整庁 三雲しおり 〜下町オールドクロック スピンオフ〜  作者: イシマ ヒロ


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第6話 誰も寝ていない

 時間調整庁本部へ向かう車の中。


 私は窓の外を見ていた。


 正直。


 さっきまで怖かったはずなのに少しだけワクワクしている自分がいた。


 だって仕方がない。時間調整庁だ。


 「時間調整庁」

 名前からして格好いい。


 世界が終わりそうなのに、その世界を救おうとしている組織。


 絶対に地下基地とかある。

 秘密のエレベーターとかある。

 映画みたいな巨大モニターとかある。

 黒いスーツの人達が無線で会話しているに違いない。

 

 私は少し前のめりになった。


「どうしました?」


 結城さんが聞いてくる。


「いえ」


「顔が楽しそうです」


「そんな事ないです」


「あります」


 否定できなかった。

 好奇心の方が強くなって少し楽しくなってきたからだ。


 世界は終わりそうだった。


 それでも、初めて自分以外の『知っている人達』に会える。

 その事が嬉しかったのだろう。


「調整庁ってどんな所なんですか」


 私が聞く。


 結城さんは少し考えた。


「役所です」


「またそれ」


「本当です」


「絶対違います」


 結城さんは何も言わなかった。


 少しだけ笑った。


 その時の私はまだ知らなかった。


 時間調整庁が本当に驚くほど役所だった事を。


 到着して最初に見たのはコピー機だった。


「……」


 私は立ち尽くした。


 コピー機だった。


 どう見ても、どこにでもあるコピー機だった。

 その隣には書類棚、その向こうには会議室。


 さらに向こうには総務課というプレート。

 役所だった。


 本当に役所だった。


「役所ですね……」


「だから言ったじゃないですか」


 結城さんが言う。


 悔しいけれどその通りだった。


 ただ、一つだけ違った。


 全員が疲れていた。

 廊下を歩く職員。

 電話をしている職員。

 走っている職員。

 パソコンへ向かう職員。


 みんな目の下に隈があるように見えた。


「お疲れ様です」


「お疲れ様です」


「仮眠取った?」


「三十分」


「勝ち組だな」


 そんな会話が聞こえる。

 三十分で勝ち組。

 意味が分からなかった。


 でも。

 誰も本当には笑っていない。

 本気だった。


 私は少し怖くなった。


 世界の裏側は、もっと格好いい場所だと思っていた。

 でも実際は働いている人達の場所だった。


 結城さんに連れられて廊下を歩く。


 途中、壁一面のモニターが並ぶ部屋が見えた。


 私は思わず足を止める。

 世界地図だった。


 そして、赤い点が無数に灯っていた。


「これ……」


「観測地点です」


「東京じゃなくて?」


「世界です」


 息を呑んだ。


 世界中だった。

 駅前だけじゃない。

 日本だけじゃない。

 世界そのものが壊れているようだった。


 その現実が急に重くなる。


「無理じゃないですか」


 思わず言ってしまった。

 こんなの無理だ。


 世界が相手だ。

 結城さんはモニターを見上げたまま答えた。


「そうですね」


「え」


「無理かもしれません」


 私は言葉を失う。


 そんな事を言うのか。


 この人は。


「でも」


 結城さんは続けた。


「無理だからやらないという選択肢は無いんです」


 その言葉は静かだった。


 静かだったけれど。

 重かった。


 その時、部屋の奥から歓声が上がった。


「戻った!」


 誰かが叫ぶ。


「第三観測区正常化!」


 別の誰かが立ち上がる。

 空気が変わった。


 職員達が一斉にモニターへ集まる。


 さっきまで死んだような顔をしていた人達が。

 急に笑顔になる。


「やった!」


「戻ったぞ!」


「成功だ!」


 拍手。

 歓声。


 抱き合う職員。

 泣いている人までいた。

 私は呆然と見ていた。


「何があったんですか?」


「修復成功です」


 結城さんが答える。


「修復?」


「時間異常が一件止まりました」


 その一件のために。モニターに映る世界中の無数にある赤い点の一つ。


 こんなに喜ぶのか。

 私は驚いた。


 すると、部屋の奥で誰かが叫ぶ。


「おい!胴上げだ!」


「やめろ!」


「今日はいいだろ!」


 若い職員が持ち上げられる。

 本気で嫌がっている。


 でも周りは楽しそうだった。

 笑っていた、心から。


 私はその光景から目を離せなかった。

 

「助かったんですか」


 私が聞く。


「助かりました」


 結城さんが答える。


「誰かが?」


「大勢」


 短い返事だった。

 でも十分だった。

 私はようやく理解した。


 この人達は、ただ苦しんでいる訳じゃない。

 ただ残業している訳じゃない。

 ただ徹夜している訳じゃない。


 誰かを助けている。


 実際に。

 確かに。

 目の前で。


 そして、その成果を知っている。

 だから頑張れる。


 私は歓声を上げる職員達を見つめた。


 世界の裏側…そこには、

 英雄はいなかった。

 魔法使いもいなかった。


 いたのは、働く人達だった。

 その姿は私が思っていたどんなヒーローよりも格好良く見えた。


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