Chapter 1: Crossroads
表紙記事1:アッシュファルターの深い眠り、そして怒鳴り声
白いファンマ帽をかぶり、すぐそばの扇風機に白いコートがぶら下がったまま椅子に横たわって眠っている男の電話が鳴る。怒鳴り声のメッセージが次々と聞こえてくる。「もっと頑張れ」という言葉。しかし彼は気に留めない。
ぶら下がる鎖
――
# 第一部:彼は何者で、何をしようとしているのか――
薄暗い部屋から物語は始まる。
まるで最初から存在しなかったかのように、色彩は褪せ、世界から消え去っていた。
やがて幕が上がる。
観客たちは静まり返り、舞台が始まった。
それは士気を高めるための劇だった。
つい最近終結した戦争と、その後もなお人々を苦しめ続ける疫病を題材にした歴史劇。
だが、人々は歴史を見に来たわけではない。
彼らが求めていたのは――現実逃避だった。
劇は、一人の科学者と彼が愛した女性の物語である。
科学者は祖国に尽くすため、一つの爆弾の開発に携わった。
その結果が何をもたらすのかも知らぬまま。
そして後になって知る。
その爆弾が、自らの故郷の近くへ投下されたことを。
人々は死んだ。
家族は消えた。
感染者たちは、まるで羽虫のように次々と倒れていった。
物語が終盤へ差しかかる頃、観客席からはブーイングが飛んだ。
当然だろう。
誰が悪役を応援するというのか。
彼こそが世界を壊した張本人だったのだから。
しかし、その時――。
物語は最後の転換を迎える。
彼の愛した女性もまた、感染していたのだ。
照明がちらつく。
科学者は彼女を強く抱き締めた。
最期の瞬間まで。
彼女が腕の中で息絶えた時、その別れは永遠の別れとなった。
後に残されたのは後悔だけだった。
彼は床に落ちていたガラス片を拾い上げる。
彼女のいない世界など想像できなかった。
そして、自らの喉を切り裂いた。
幕が下りる。
静寂。
次の瞬間――。
劇場は拍手喝采に包まれた。
その歓声はどこか不気味だった。
まるで無数の蜂が一斉に羽音を立てているような、不協和音。
中には残酷な笑みを浮かべる者さえいた。
悲劇は娯楽だった。
きっと人は、自分より不幸な物語を好む。
誰かが自分以上に苦しんでいると思えれば安心できるからだ。
だからこのスラム街はこう呼ばれていた。
――ソープオペラ・スラム。
戦争は多くの人々から平穏を奪った。
そして、それ以上の人々を感染させた。
その病は人から人へは感染しない。
もっと奇妙なものだった。
放射性ウイルス。
人々はそれをこう呼んでいた。
――一週間ウイルス。
電波塔の近くにいた者は誰でも感染の危険があった。
最初の数日は風邪に似た症状。
その後の二日間は幻覚。
誰かに追われている感覚。
存在しない声。
激しい痛み。
そして最後の日々。
悪夢が現実になる。
恐怖は暴力へと変わる。
感染者たちは、自分にしか見えない影へ向かって襲い掛かりながら、内側からゆっくりと崩れていった。
一週間後。
彼らは死ぬ。
治療法は未だ発見されていない。
だが希望がないわけではなかった。
世界のどこかに四本だけ存在するワクチン。
それは人類に残された、四つの希望だった。
--
私はこの町が何もない場所から築かれていくのを見ていた。
何年も。
あるいは何十年も。
その間、一度も考えなかった。
自分が何者なのかを。
人々は私の前を通り過ぎていった。
まるで砂嵐の映るテレビ画面のように。
笑い。
泣き。
愛し。
憎み。
そして死んでいく。
私は物語が好きだった。
青色が好きだった。
好きなものもあれば嫌いなものもあった。
それが私の自己理解のすべてだった。
それでも噂だけは広がっていく。
赤い男。
そう呼ばれていた。
その名は消えなかった。
ワクチンは私が探すより先に、私を見つけた。
覚えている。
死体だらけの荒野を。
地面に倒れる男を。
その腕の中で眠る女を。
二人の間には愛があった。
理解はできた。
だが決して手に入らないものだった。
その時だった。
男のポケットから何かが落ちた。
ワクチン。
私は拾った。
そして持ち去った。
なぜか?
今でも分からない。
友情というものは理解していた。
愛という概念も理解していた。
だが。
誰一人として私を求めはしなかった。
だから私は借金取りになった。
権力というものに魅せられた。
力そのものではない。
その概念に。
世界中の人間が苦しみから救われる方法を探している中で、
私は別のものを探していた。
王座だ。
王になるなら、
敵を全員殺してはいけない。
そんなことをしたら――
誰を支配するというのだ?
だが夜になると別の考えが浮かんでくる。
黒く塗られた壁。
空っぽの部屋。
その中で私は思う。
何のために生きているのだろう、と。
世界は本より広い。
夢より大きい。
ならば私に残されたものは何だ?
王になるだけでは足りないのなら。
何がある?
答えは一つだった。
自殺。
私は怪物かもしれない。
だがもし、
それだけしかないのなら。
他の何者にもなれないのなら。
誰も私を違う存在として見てくれないのなら。
私は本当に、
立つべき場所を持っているのだろうか。
――
# 第二部 深い内省、そしてその後の行動
二人の最初の出会いは、決して良い思い出ではなかった。
それはまるで、最初から騒がしい結末が決まっていた舞台劇のようだった。
薄暗いステージ。
色彩はどこか色褪せて見え、一つ一つの仕草に不必要なほど重みが宿る。
的のない矢には意味がない。
それなのに、いつの間にか二人は互いを狙う矢となっていた。
復讐の始まり。
いや、それよりもっと前の何かだったのかもしれない。
口論。
怒鳴り声。
椅子が床を引きずる音。
苛立ちは部屋中へ染みのように広がり、ついには二人とも店から追い出された。
だが、偶然というものは理屈よりもしつこい。
その後の数日間は、避けられない混乱の連続だった。
月曜日の午後。
マルフォンズがアイスクリームを取ろうとした瞬間、ネオヴァは砂糖を追加で頼んでいた。
一滴が落ちる。
服が汚れる。
悪口が飛ぶ。
そしてまた追い出される。
金曜日の朝。
マルフォンズは弓の訓練をしていた。
矢が風を裂く。
そこへネオヴァが現れる。
騒ぎを目撃すると、呆れたように踵を返した。
またか。
そんな顔だった。
別の日には、花束を抱えたネオヴァが肩を叩かれる。
「お前、ここに住んでるのか?」
「……お互い無視しないか?」
そう提案したのはどちらだったか。
結局、二人とも守れなかった。
何故なら、嫌になるほど顔を合わせてしまうからだ。
互いを「不吉な前兆」と呼んだ。
半分は冗談。
半分は本気。
まるで運命が最初から二人を近づけるつもりだったかのように。
沈黙でさえ窮屈だった。
世界そのものが二人の進路を押し曲げ、再び火花が散るのを面白がっているようだった。
◇
その後、マルフォンズは家へ戻った。
色彩を失ったような部屋。
幕が上がるのを待つ劇場のように重たい空気。
彼は鏡の前に腰を下ろした。
映る自分は何も語らない。
責めもしない。
慰めもしない。
「不吉な前兆、か……」
そんなもの、本当にあるのだろうか。
煙のような思考が頭の中を漂う。
やがて彼は立ち上がった。
まるで自分だけのために書かれた台本を読み上げる役者のように。
「お前は何者だ?」
部屋は答えない。
それでも、何かが囁いた気がした。
ネオヴァ。
初めて会った時の、あの目。
恐怖がなかった。
あれは何だった?
何を知っている?
何を隠している?
そして疑念は膨らむ。
――もし、あいつもワクチンを持っているのだとしたら?
# 苛立つな。
何を隠している?
私はあいつより劣っているのか?
私は何を漏らした?
壁の向こうから囁きが聞こえる。
背後の壁が私を責める。
ベッドにもたれながら、私は不安に押し潰されそうになる。
あの日から、本当に私は変わったのか? #
彼は立ち上がる。
まるでシェイクスピア劇の役者のように。
神を信じていないくせに、天を仰ぎながら。
「お前は何者だ?」
# 誰に聞いている?
私は力を持っている。
私は速い。
私は雷だ。
その気になれば、誰かの運命すら変えられる。
だから私は名を叫ぶ。
正義を感じる時はいつでも。 #
両手を広げながら、彼は宣言した。
「お前は正しいのか?」
# 私の目的は正しくないかもしれない。
それでも、そのどこかに正しさはある気がする。 #
「では、その怒りは?」
# 分からない。
だが怒りは障害に過ぎない。
時間はある。
私は再び正しくなれるはずだ。 #
彼の表情が曇る。
眉が下がり、握り締めていた手が力を失う。
「ならば、なぜ試練を始めない?」
# あの日のことを思い出すと今でも腹が立つ。
諦めた夢もある。
追い続けることをやめた目標もある。
だが、それを失ったまま満足したくない。
もし全てを失ったら――
私は何者になる? #
「お前は上なのか、それとも下なのか?」
沈黙。
そして最後に、彼は笑った。
# 私にできることは一つだけだ。
名を呼ぶこと。
私は――
マルフォンズだ。 #




