⑤橋本ジーンの成長1
開幕の鐘が鳴った。
僕らの魔力は、互いに様子見がてらの出力で構え出す。
ゴングと同時に観客たちが沸き立つ。歓声がゴングの音を掻き消すとき、僕らは一気に空気感が変わった。
血の気の立つ奴らがG組の人間の残酷なやられた姿を期待しているが、その期待を正面から打ち砕く可能性がある僕が対峙していると、僕は経験から思う。
そんな僕を尻目に、
「楽しい遊びにさせてくれよ!!!!」
『火炎術式-常炎鉄拳-』
ギャレンの両の拳に炎が纏わりつく。
やっぱり貴族の人間は肉体に馴染んだ術式を使用するのだろう。魔力によって変換された炎が、自身を包んでいる魔力との相乗効果によって、近寄り難い威圧感を生んでいる。
こうやって対峙すると、彼の魔術師としての才能を、僕肌で感じてしまう。だが、光る原石は、僕とて同じ。
彼は大きく身体を躍動させ、僕に向かって右拳を突き出してきた。いつものような、学生としての”遊び”でやってる威力ではなく、魔術師としての”遊び”を体現した様な、威力。
「オラッ!!!!!」
でも僕は、そんな攻撃を、やや右上から来る拳と判断出来るぐらいに視界はついてきている。躱す、あの時アダム君が軽々しく避けたように、僕は初見の術式の速度を躱した。
「何!!!!!」
「G組でもやれば出来ると、教えてやる」
それから右に左に拳を来るが、僕は全て躱す。
魔力による肉体強化術が、魔力運動によって格段に基礎のレベルが向上してきる。身体の動きがとても滑らかになり、動体視力と肉体の動きが無駄なく連動出来る。
アダム君の時と同様に、一度躱されると彼はどんどん大振りになる。そして彼が術式を使用しながら攻撃すればするほど、僕はスムーズな戦いの流れを作ることが出来る。激情しやすい奴との戦闘は、こんなにもやりやすいのか。
「よし、ここからだ」
今度は僕が反撃に、鋭く打撃を入れる。
大振りになっていく体に対して、最小限の肉体の動きに合わせたきめ細かい攻撃は、打撃を命中させる点では非常に効果的だった。
「あ!?細かく攻撃してる割に、何も効かねぇな!!」
しかし肉体が優れている彼には、然程の影響も無かった。というより僕の威力が足りないと言った方が良かったかな。
実際聖域内では、体術の練習はしていない。今これは僕が一朝一夕で行なっている、僅かながらの抵抗の打撃。
それを躱す度に細かく入れるが、彼は順当にパターンを把握し始める。そして身体と思考が慣れようと意識してるのが、わかる。
「それしか脳がねぇのか!!!!」
フェイントからの彼の煉拳を脇腹に喰らう。日頃人をゴミの様に身体を使って虐めるやつの体術は、それなりに脅威だ。短い間に、小癪な人間に対してのもっと有効的な打撃の活路を早くから見出す。
僕も負けじとその攻撃から即座に反撃の姿勢を出す。まずは相手の領域に入り、体勢を崩さなくてはならない
が、今度はお粗末な僕の打撃も彼は見切り始め、躱す。
無様にも僕の拳が地面に減り込み、瞬間的な隙を見て彼は距離を取る。反撃の僅かの希望をも与えない様に回りくどく動き、彼は発露する。
「しゃらくせぇ!!!!」
『火炎術式-放射熱風-』
最初の渾身のストレートたちを躱された焦りと小さな攻撃でも受けてしまった焦りから、彼は更なる技の為に、両手を前に出し、魔力の強い高鳴りを魅せる。
少しだけ離れた距離でも威力が落ちない業火が、今僕に向かって放射された。轟音を鳴らし、空気を焼く雰囲気が観客にも伝わる。
僕はこの瞬間を見極めていた。
だが今は、この距離とこの状況ならまだ手を明かすほどでも無かった。だから無理矢理身体捻り、しゃがんだ体勢で身体を低くする。
「へっ!!!隙だらけなんだよ!!!」
数秒間の放射後、その隙だらけの僕に向かって、また煉拳のストレートを入れようとする。しかし僕は魔力消費量的にも全然余裕がある。
「でも避けれるんだよな」
隙だからけの相手に傷を負わせられない事実を口頭でのべる。彼にはこの怒りの積み重ねが、恐らく一番効くだろう。
そうして徐々に冷静でなくなっていく彼に向かって、一発鋭く鳩尾に膝蹴りを入れる。
「…………なに、グヘッ!!!!」
僕の両手は上段を構えて、次の攻防に備える。
しかし、彼の思惑もこの時は動いていた。
ほぼほぼゼロ距離、そして再びの技。
「この距離なら!!!!食いやがれ!!」
『火炎術式-放射熱風-』
今度は先ほどよりも狭く、より高出力な熱量で僕を焼く。誰もがこの時は息を呑んだのだろう。
僕の上半身が焼かれる。
そんな瞬間がこの時訪れてしまったと。
だが、僕の時も熟してしまった。
『結界術式-防御する世界-』
僕は一面の結界を張り、その荒々しい火炎を防いだ。
「………………なんだと!!!」
再びの数秒の放射後、目の前に広がっているたった一面の防御結界を見て驚く。多分雑魚が術式を使用したこと、雑魚が使用する術式の強度が自身の火炎を上回ったこと。
これらの事実が驚愕の意識へと導く。
《結界術式》
そう、これが僕が選んだ術式。
最も相性が良く、最も肉体に負担の少ないもの。
考えた。魔術の本質や術式の原理を教えてもらった故に出てくる、僕なりの答え。僕の選択肢は、使い勝手が良く、汎用性に特化した術式。
「………………よし、イケる!!」
高出力の火炎放射を受けた僕が、防御の質のおかげで五体満足だ。展開した結界の耐久度合いを確認すると、僕は更なる攻撃に転じる。その刹那に驚愕している彼には、この距離なら、次の思惑の一撃は完全に通る。
僕の周りには煙が昇る。そしてその中で魅せる、最も輝く僕の魔力の発露。全く何も無い場所から、次の攻撃の為の、布石が彼の目の先まで来ていた。
「これからが本領発揮だ」
『結界術式-界する槍-』
槍ぐらい細い棒状の長方立方六角形の結界が僕の手には握られている。そして、彼の激情している額に向かって、上から下へと強い一撃を入れる。
その一撃で蹌踉めき、彼は慌てて距離を取る。
「ッ……………何だ、それは…………」
「君を叩く為の、僕の武器さ」
僕も魔力を安定させようと、ひと呼吸いれる。
彼の大技を完全防御するほどの結界で利用した槍。その強度は魔力で更に上塗りの強化をしなくても、ここの会場に楽々と穴を開けるほどの、威力。
その威力、強度によって彼に大きなダメージが入った。彼の足元に額から溢れた血液がポタポタと垂れ始めている。それほどの深さまでいった攻撃。
その時の彼の目を見た時、僕はあることを思い出した。
――――――――――――――――――――――
術式について考え始めた時、早々に壁にぶつかった。
やはり僕自身の魔術の才能はどこの誰よりも矮小な程度。当初構想にあった結界術式は出力がままならず、強度や大きさを含めて完成度が底辺で、ろくに術式として機能しないほどだった。
これでは、勝ち筋が見出せないどころか、勝負すらままならない。僕は一瞬戸惑ったが、戸惑い焦ったからこそ初心に戻り、そもそもの原理を見直した。
そこである足し引きを利用した。
“誓約”
僕は意識の中で自身の術式回路を様々に変化させた。
まず一度の魔力消費によって展開される結界を一枚に限定した。何枚もの結界を張るには、何度も魔力を消費しなくてはならず、多くの魔力が消費されていく。
しかし一枚に限定する事で、様々な副次効果が現れた。
まず展開速度が圧倒的に早くなった。限定すると一面を展開するだけの魔力効率でよくなり、ひと呼吸する暇もなく、一面の結界が現れる。
戦いをする上で攻防の一手の速度が早くなれれば、自身の手数も増えていく。選択肢が増えて、より良い活路へと導ける。
そして一枚で展開する結界の強度と大きさが、かなり融通が効くものとなった。例えば、一度の展開だけで一軒家ほどの大きい一枚の結界を展開出来るし、一度の展開だけで奥義レベルの攻撃にも耐えうる強度が出せる様になった。これは僕の中でも思いもよらぬ嬉しい誤算だった。
今回のこの術式の設定は術式自体を安定する為に、設けたもの。そこから派生させて別の攻撃方法を紡ぐ予定ではあったが、範囲や強度まで自由に設定出来るのは、新たな術式解釈を無理矢理広げなくて済む。
後でアダム君に聞けば、これは”誓約”と言うらしい。
必要なものを得て、必要なものを失う。
魔術史における、契約に近い現状らしい。
本来結界術式とは、何かを区分けする為の、何かから身を守る為の術式。それを瞬間的に一面しか展開出来ないとなると、場合によっては攻撃を完全に防ぐことが出来なくなるし、見事な区分けがされなくなる可能性がある。
更にこれは”防御”術式ではなく、”結界”術式だ。
結界とは、界を結んで区分けすることを言う。
この誓約では、結界の意味が破綻している。
だからこそ、この足し算が与えられた。
何か不完全な状態にすることによって、他の足りない部分を補う。あとは、技術や知恵で完全を目指す。
僕はここで漸く活路を見出せた。
この誓約があるからこそ、応用の効く結界術式が使用できる。後は此処から様々な形に発展させていくだけだ。
こうして、今まで雑魚として自分自身も揶揄していた僕ですら、今度の決闘への希望を視野に、ここ”聖域”の扉を開けるのだった。
―――――――――――――――――――――――
「さぁ、君を潰す為に、もっと叩こうか」
橋本ジーンが使用する術式は『結界術式』でした。僕的にも単純明快な術式内容を駆使して戦う戦闘スタイルが好きなので、こんな術式は多く登場予定となります。
しかし面白味のある術式もそれなりに用意しています。早くそちらも投稿したいですね。お楽しみに!!
Xの@aene1919では『理の魔術師は育てる』の裏設定や解説などを投稿しています。今作品を更に深掘りしたい人は是非ご覧下さい。