(二十三)龍神伝説
(二十三)龍神伝説
朝日を浴びて、白装束が目にまぶしい。高尾山の鮮やかな紅葉が山伏たちを包んでいる。
椿丸は今日も山道を歩く。法螺貝を吹き、経文を唱え、仏に手を合わせる。兄弟子の了雲から見れば、まだまだ至らないが、修行への真摯な態度は、誰もが認めるところであった。
椿丸には思いがある。
父は一族の無念を背負って戦った。蛇になって戦った。その気持ちを無にしてはならない、と。
祖父母の死は、あまりにも理不尽だった。人間には、どうしても譲れない一線がある。譲れない、というその心に、残された者は思いを馳せるべきであろう。
幕府の目は厳しい。だが父が名誉をかけて戦った事を、決して「無かった事」にしてはならない。後世に語り伝えていくことが、生き残った自分の使命だと思っている。
高尾山薬王院には、今日も椿丸の朗々とした声が響いている。
※
北条が治めた関東の地を、秀吉は徳川に与えた。数年後には、上杉を越後から会津へと移転させた。北条と上杉が関東の地をめぐって戦った時代は、すでに過去のものとなった。
竜次とヤマタノオロチの闘いの目撃者の多くは、八王子城落城の炎の中で抹殺された。勝者の側にいた者も厳しく口留めされた。
だが、人の口を完全に封じる事は出来ない。大蛇の戦いは、いつしか「龍神伝説」として、違った話になって伝承されていった。親から子へ、子から孫へと。
龍神伝説が庶民の間で語り継がれていくのを、豊臣政権も徳川幕府も禁止することはなかった。
それは、八王子城での壮絶な戦いを思うとき、勝者の側に後ろめたさがあったからかもしれない。
(了)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
この小説は清水工房より出版され、amazonで販売されています。




