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(十二)仇討ち

(十二)仇討ち

「まさか。伊達殿が…」

 八王子城の諸将は絶句した。奥州の雄、伊達政宗が秀吉に臣従し、小田原城包囲網に参陣したという。

 天下に北条の味方はいなくなった。日本(ひのもと)六十余州ことごとく敵となったのである。籠城するすべての諸将、兵卒にいたるまでが表情を曇らせた。敵は二十万を超えている。うち五万余が八王子に押し寄せて来る。城方は三千にも満たない。

「もとより他家を当てにしているようでは、家は保てない。我らは我らの戦いをするまでのこと。腹を据えて坂東武者の意地を見せてやるのじゃ」

 諸将の前で動揺の色を見せまいと、監物は強気を演じた。

「申し上げます」

 物見が戻って来た。

「上杉勢は、北浅川の手前で反転し、犬目村まで後退」

「ほう」

 一同の顔に一斉に喜色がさした。

「浅川には上杉兵の骸が足の踏み場もないほど転がっている、との事」

「何ぃ」

「大蛇がっ、大蛇が、川の中から現れて上杉軍を壊滅させたとの事。詳しいことは、ただいま調べております」

 監物の目が輝き、張りのある声を響かせた。

「了雲を呼べ。今すぐにじゃ」

「あの山伏でござるか」

「高尾山薬王院の了雲じゃ。あの首にマムシを巻いておる山伏じゃ」

 茫然としている諸将を前に、監物は確信を持っていた。

(椿丸の親父殿に違いない)

 これは頼もしい力になり得るだろう。監物の目に、一筋の希望が見えた。

  ※

 翌朝、監物は少数の兵を率いて出陣した。基本方針は籠城だが、好機と見れば少数精鋭による奇襲で敵を撹乱して素早く退くのも、また籠城戦の一部である。

 監物は椿丸を参陣させた。足軽具足を身に着けた椿丸は、監物の騎馬の左脇に付き従った。

行軍する北条兵の足取りは軽い。大蛇が上杉を蹴散らしたことは、すでに足軽はもとより近隣の百姓たちにも知れ渡っていた。

高尾街道を北へと進むと、やがて上杉の軍勢が見えてきた。監物の目に映る上杉兵はすっかり腰が抜けていた。大蛇の牙で受けた体の痛手よりも、大蛇の姿を見て怯えおののいた心の痛手のほうが大きかったようだ。

足軽も侍も、生気のない顔をして、視線は落ち着かず、足腰が定まらず、歩き方がぎこちない。

「掛かれぇ」

 監物は右手に持った采配を大きく振り上げた。小勢ながら北条兵は、猟犬のように走り始めた。

椿丸も勇んで最前線へと走った。槍を振り回し敵を蹴散らした。不意を突かれた上杉の足軽たちは逃げ惑うばかりで戦おうとはしない。

その中で、栗毛の馬に悠然と騎乗する大将の姿を、椿丸の目が捉えた。

「三宝寺勝蔵。見つけたり」

背中の旗指物には、何度も目に焼き付けた紋様が鮮やかに翻っている。了雲から「三宝寺勝蔵」という名前を聞かされて以来、仇の事を調べ尽くしてきた椿丸が、旗指物を見間違えるはずはない。

 その三宝寺が、今まさに手の届く所にいる。

「うおおぉ」

 椿丸は槍を水平に保ちながら、全速力で突進した。三宝寺の駒の両脇を固める従者たちは、椿丸の気迫に呑まれて、主を守るより己の身を守ろうと道を空けた。浅川で大蛇を見て以来、すでに腰が抜けていたのだろう。

 椿丸の槍は三宝寺の兜をかすめた。が、三宝寺は歴戦のつわものである。動じることなく手綱を操って巧みに距離をとると、太刀を素早く抜いて迫りくる槍を薙ぎ払った。戦場での技量と経験は、三宝寺のほうが上である。一方、椿丸には若さがある。

「三宝寺、三宝寺、三宝寺」

 椿丸は顔を真っ赤にして、喉も枯れるほど叫びながら、狂ったように槍を振り回す。

「うぬは何者じゃ」

 椿丸の尋常ならざる様子に、自分に因縁のある相手だと、三宝寺は気づいた。

「爺の仇、父の仇、思い知れ」

「仇じゃと。笑止千万なり」

 武蔵の国の足軽に、仇などいるはずがない。

 刀で軽くあしらいながら、槍持ちの従者を呼んだ三宝寺だが、腰が抜けた従者たちは、主が襲われているというのに散ってしまっている。

 気が付くと、上杉の兵ははるか後方に退いてしまっていた。奇襲をしてきたのは小勢だというのに、恐怖にかられて慌てふためき、大将の下知が下る前にあっと言う間に退いてしまっていた。謙信のころ諸国に恐れられた上杉の兵とはとても思えない。

 三宝寺は、いつの間にか二十人ほどの敵に取り囲まれていた。因縁の相手に気を取られている間に、逃げる潮を逸していたのだ。

 それでも数限りない戦場を渡り歩いてきた三宝寺は太刀を振り回し、縦横に馬を駆けさせ、獅子奮迅の暴れぶりを演じてみせる。

 多勢に無勢の中、鎧に数本の矢が刺さったまま阿修羅のごとく動き回る。

北条兵の槍が馬の足元をすくった。いつもの三宝寺なら難なく体勢を立て直すところだが、迫りくる槍を薙ぎ払うので精一杯だ。

姿勢を崩して不覚にも落馬した。なんとか受け身を取ったものの、起き上がろうとした瞬間、若い足軽が体をかぶせて来た。組み討ちになった

 多勢を相手にすでに体力を消耗しきっていた三宝寺に、椿丸の体重を撥ね返す力は残っていなかった。

 三宝寺を尻の下に組み伏せた椿丸は、左手で顔を押さえつけ、右手で短刀を抜いた。

「親の仇、三宝寺勝蔵。覚悟いたせ」

 椿丸は見事、仇の首を取った。

 日差しの強い五月晴れの昼下がりのことだった。


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