己の道を探して
気がつくと、エメルダは冥府の王宮の寝室に寝かされていた。驚いたエメルダは慌てて目を覚ます。
「やっと起きたか、エメルダ」
エメルダの横には、昴が居て何かをしていた。どうやら、昴がここまで連れて来てくれたらしい。
エメルダは、しばらく倒れていた事に自分も気づいていなかった。今まで自分の身に何が起きていたのかと考えながら思い出すと、はっと驚いて飛び起きた。
「どうした?エメルダ」
「白蛇はどうなったの…?」
「え?」
エメルダはベッドから降りて、窓の外を見た。
戦いが終わり、戦火は静まりかけている。戦場に集まっていた死神達も、皆帰っている。エメルダは、その中に白蛇の怪の亡骸がある事に気づいて、窓を開けて身体を乗り出す。
「確かあいつだけ亡骸が残ったままだったんだよ」
「白蛇は…、倒れたの?」
エメルダは窓から離れて、外へと駆け出した。突然飛び出したエメルダを、昴は慌てて追い掛ける。
白蛇の亡骸の前に立った。炎によって燃やされた白蛇は、真っ白な身体だった身体が真っ黒になっていた。
「結構暴れてたもんなぁ、ようやく身体が休めるってとこか」
白蛇の亡骸は、すっかり炭化して脆くなり、強く握ればすぐに粉々になってしまいそうだった。
エメルダは、白蛇の形が崩れないように、そっと抱き抱え、身体を寄せた。
「にしてもエメルダ、どうしたんだ?お前はそいつに殺されかけたのによ」
「白蛇は暴れたくなかったって、もっと自由に生きたかったって言ってたのに…」
エメルダは白蛇の身体を更に寄せて、身体を震わせた。
エメルダは、精神世界で白蛇と話した事を鮮明に覚えていた。白蛇は、幼い頃の自分と同じように、周囲の圧に押されて自分の意見を言えなかった。
白蛇は本当は自由に生きたかった、自分の声を聞いてくれる人が欲しかったと言っていた。だが、夢前の一族は自分を使役させるだけで、声すら聞いてくれなかった。
そんな白蛇を、昴は素っ気ない態度で見放すようにこう言った。
「白蛇は死んだ、これでようやく呪縛から解き放たれたって事でいいじゃないか」
「白蛇…」
エメルダは、願いが叶わないまま果ててしまった白蛇が、哀れに思えてきた。
確かに、死んだらこれ以上悲しむ事はないし、理解されないというだけで苦しむ事もない。話も出来ないのだから、聞いてくれないと思う事もない。
だが、死んだからと言って、白蛇は自由になった訳ではない。エメルダは、もし自分だったら余計に悲しむだろうと思った。しかも、誰もそれを聞いてくれないのだ。そう考えると、涙が溢れ、止まらなくなった。
その涙が白蛇の亡骸に落ちた、その時だった。白蛇の亡骸が頭から破れ、中から白蛇よりも一回りも二回りも小さな白い蛇が顔を出した。
その蛇は、そこから抜け出すと、泣いているエメルダを慰めるように、背中によじ登って頬を擦り寄せた。
それに気づいたエメルダは、その蛇と顔を合わせた。
「あなたは一体…?」
蛇は、エメルダと目を合わせ、首を起こした。
「初めまして、私は水蛇と申します」
「もしかして…、白蛇の亡骸から新たな怪が産まれたっていうのか?」
水蛇は昴の方を見て、こう説明しだした。
「ええ…、実はあの時死ぬ寸前までいったのですか…、死んでいなかったのです。そして、脱皮してこのような姿になりました。」
水蛇は、エメルダが精神世界で話した白蛇とは違い、丁寧な口調で話していた。
最初は、脱皮した事で性格も変わったのだろうと思ったエメルダだったが、ひょっとしたら、これが白蛇本来の姿なのかもしれないと思った。
蛇はエメルダの肩によじ登り、笑いながらこう言った。
「私、エメルダさんと色々なものを見たいです」
エメルダは、水蛇が自分と一緒に行きたいという事に驚いた。だが、ここで何を見ればいいっていうのだろう。すると、昴がエメルダにある提案をした。
「そうだ、エメルダは現世に行った事ないって言ってただろ?」
「ええ…、そうですが」
「エメルダには旅をして来て欲しいんだ。現世で色んなものを見て、人を知って来い。それから、此処に戻るのも、戻って来ないのも、お前達の自由だ。もう一人じゃないんだろ?二人で行って来い」
エメルダはずっと智の話を否定していたが、本当は、現世に行きたいと思っていた。だが、現世での仕事ではなく、ましてや冥府の役人であるエメルダは、現世で旅をして来ていいのだろうか。
「昴様…、でも、私が居なくなって大丈夫なんですか?」
昴は胸を叩いてこう言った。
「心配するなって、俺が居るからよ。それと…、エメルダに会いたいって人が来てるぜ」
昴がそう言った後やって来たのは、エメルダの兄であるジンと、両親、それから親戚の面々だった。
「お兄様!それと皆様…、でも、仮面を外して大丈夫なのですか?」
「ああ…、気にしないでくれ」
ジンはエメルダを抱き締めた。
「今まですまなかったな、エメルダ」
「はい…」
「私達の事は気にしなくていい、行っておいで」
エメルダは親戚のうちの誰かがそう言ったのを聞いて、深く頷いた。
そして、昴は部屋の奥の方に向かうと、あるものを持ってやって来た。
「エメルダ、これは俺からの餞別だ。受け取ってくれ」
そう言って昴が手渡したのは、霊水晶の腕輪と小瓶、それから現世と冥界を行き来できる鍵と、祭事に使うような小さな香炉だった。
「ありがとうございます!ですが、この香炉は何に使うのでしょうか?」
「これが必要な人が何処かに居るはずなんだ、その人に手渡してくれ」
「ありがとうございます、昴様」
エメルダは、それを全て手の中に抱えてそう言った。
翌日、大きな鞄を背負ったエメルダと水蛇は、大きな門をくぐって現世へと旅立った。何もかもが初めての現世、辛い事も、悲しい事もあるかもしれない。それでも、その全てをこの身で感じながら、進んでいく。
エメルダと水蛇が様々なものに出会いながら、自分自身を見つめる旅が今、始まった。




