想いよ、光よ、この胸に
しばらく倒れていた照彦と小魂が目を覚ますと、真っ白な空間に居た。二人の身体には透明な管が通っていて、そこから光が伝っている。二人の身体は傷だらけのはずだったが、その光のお陰なのか、すっかり治っていた。
上を見上げると、照彦達は透明なそこには巨大な男性が照彦達を見下ろしていた。男性は銀色の長い髪の毛をしていて、その服装は神界の天使によく似ている簡素な服装だった。
「ようやく目を覚ましたか、照彦よ」
「あなたは…?」
その人物は二人を大きな手の平に乗せた。吸い込まれるような銀色の目は、優しい眼差しで二人を見つめている。
「ようやく面と向かって話が出来るな」
照彦は、何がなんだか分からなくなり、その人に名前を聞く事も忘れていた。
すると、銀髪の男性の横に角を生やした真っ黒な男性が現れた。銀髪の男性とは違い、鋭い目をしたその人物は、照彦を懐かしい友を見るかのような目で見つめて来た。
「この姿の汝等に会うのは初めてだな」
二人が名前を聞かない事を気にして、銀髪の男性が先に名乗った。
「私は天帝、そちらは魔帝、この世界の奥底を支配する存在だよ」
照彦はその名を聞いて驚いた。
天帝と魔帝、照彦が旅をしていた時に聞いた名前だ。どちらも昴以上の力を持っていて、側近ですら顔を見たことないと言っていた。
そんな存在が今、自分の目の前に居る。しかも、自分が強い存在だと威張らずに、照彦と小魂を対等な関係として扱ってる。
今の状況が理解し難い照彦は、一度心を落ち着かせて、天帝に一言こう尋ねた。
「天帝様と魔帝様って…、お祖父ちゃんでも顔を見る事が出来なかったのに…、どうして目の前に居るんですか…?」
天帝は優しい声でこう答えた。
「私達は二人の"兄弟だった"存在だよ」
「"兄弟だった"…、俺達が…?でも、小魂は俺とは関係ないはずじゃ…」
「小魂は強大な照彦の魂を現世に繋ぎ止める為に、私が同じ魂から産み出したんだ」
「ピッ!」
小魂は照彦の周囲をくるくると回って、照彦の手の平に乗った。小魂の傷は治ってて、すっかり元気になっている。照彦は、そんな小魂の頭をそっと撫でた。
自分の目の前に居て、自由に動いている小魂が、まさか自分の一部だったとは、照彦は信じ難かった。
「俺と小魂は同じ魂から産まれたって事…?それじゃあ、俺の前世は一体何だったのですか?」
「『始祖の魂』って言っても存じないか」
「まぁ無理もない、冥界が生まれる前の話だからな」
天帝は、そう言って冥界が誕生する前の古い古い話を始めた。
始祖の魂とは、現世に一番最初に現れたとされる魂だ。地上で最初に現れた生命は、肉体が滅んだ後も滅ぶ事無く留まり続けた。
その後、その魂は様々な力を蓄え、光の塔のような形になった。その塔はいつしか『天空の塔』と呼ばれるようになり、次々に産まれる魂の道標となった。
それと同じ頃に産まれた天帝と魔帝は、始祖の魂をずっと見守っていた。始祖の魂がずっと居る空間は、地の果ての世界と呼ばれるようになり、魂達が最後に行き着き、新たな道に進む場所となった。
天空の塔は数々の魂を送り続けた。ところが、その魂の記憶を見ているうちに、自分も同じように生きてみたいと思うようになった。自分の魂は不滅だ。ずっとその場に留まり続け、変化しない。
だが、それよりも、限りある命に魅力を感じてしまうのは何故なのだろう。そう思った始祖の魂は、天帝の前で一言口にした。
「普通に生きてみたい、他の生のように限りある命を、苦しみながら、楽しみながら、懸命に生きてみたい」
天帝は、それを聞いて驚いた。そこで、魔帝と相談をして、始祖の魂の一部を切り取って、送る事にした。
一部とは言っても、始祖の魂は強大な力を持っていた。また、不安定で、現世に留まりにくい。現世から早く引き上げて、天使か仙人にして神界に留まらせるというやり方もあった。
だが、それは現世に居たいという始祖の魂の思いに反する。考えに考えた末、天帝は魂の更に一部を切り取って、別のものにする事にした。そうする事で、少しでも現世に留まれるようにしたのだ。
そこまで話した天帝は、今の照彦と小魂を見つめた。
「君の思いを聞いて私は、魂の一部を現世に送った。だが、不安でしょうがなかった。」
「それでも、照彦がここまで来れた事、成長出来た事は嬉しく思う」
「私達はずっと二人の事を見守っていた。時々声を上げる事もあった。でも、この様子なら、もう大丈夫そうだな」
「あの声は、あなた方だったのですか…」
それを聞いて、照彦はようやく納得した。二人の声が照彦と小魂にしか聞こえなかったのは、二人がずっと照彦と小魂を見守っていたからだった。
照彦と小魂は、前世の関係の為だけでここまで見守って、時には手助けしてくれた事に感謝してもし尽くせない気持ちになって、二人の顔を見て、深くお辞儀をした。
魔帝は、それを見て少し頬を緩めると、照彦の手の平に夢前の魂を乗せた。
「その魂を返してやるんだろう?」
照彦は、目の前に現れた夢前の魂を見て、頷いた。
「うん…、今の俺は死神だからさ、彷徨う魂があるなら返してあげなきゃ」
「そうか…、その意気だ」
天帝は照彦の手の平に、金の枝と宝珠の実で造った冠を手渡した。
「風見照彦よ、天光君子の位を授けよう。そして、また何かあったら此処に来なさい」
「…ありがとうごさいます」
二人が自分達の事を"兄弟"と呼び、親しく話し掛けてくれるものの、照彦は未だに他人のような気がした。小魂と自分が元々同じだと分かっても、そうではないような気もする。
そう思いながら、照彦と小魂は天帝と魔帝が居る空間を出て、元の世界に戻って行った。
照彦と小魂が現世の夢原に戻ると、絢音達がずっと照彦の事を待っていた。
「ただいま、みんな」
「照彦君、何処に行ってたの?」
「まぁ…ちょっとね」
照彦と小魂は、天帝と魔帝に会っていた事を絢音達には伝えなかった。珍しく自分の事をはぐらかす照彦を、絢音は不思議に思った。
その後、照彦と小魂は天の法衣を纏った姿になった。そして、指を鳴らすと、絢音達と一緒に地の果ての世界へ一瞬で辿り着いた。
そこには、天空の塔が立っていて、魂達が流れ続けている。照彦はその前に立つと、天帝から授けられた冠を被り、手に黄金の鎌を持った。
「彷徨えるものよ、縛られしものよ、導きの光によって、或るべき場所へと還れ」
照彦がそう唱えると、夢前に縛られていた者や、戦場で命を落とした者の魂達が、天空の塔へと流れて行く。その光景は、青空に光の河が流れているようだった。
それを見守った後、照彦は夢前の魂を両手で持ってこう言った。
「さあ、あなたも」
「ここまで送ってもらって…、すまないな」
夢前は、そう申し訳なさそうに言うと、数多の魂の流れの中に混じり、天空の塔へと向かっていった。
そして、全てを見届けた照彦は、冠を外して絢音達の方を振り向いた。
「さぁ、帰ろっか、元の世界に」
そう言って見せた照彦の笑顔は、死神でも、始祖の魂のものでもなく、年頃の少年そのものだった。だが、平穏な日常を愛していた時よりも、その顔は逞しく見える。
ここまでの旅は、夢前の事を追う為のように見えた。ところが、それと同時に照彦自身を見つめる旅でもあった。長かった旅は、夢前を送り、照彦が天帝と魔帝に認められた所で幕を閉じる。
そして、照彦達が現世に帰ろうとした、その時だった。地の果ての世界の奥の方から、何かが向かって来る。
「お〜い、ちょっと待ってくれ!」
「お祖父ちゃん?!」
その声と共に昴が勢い良く飛んできて、照彦にこう言った。
「照彦、帰る前に一度冥界に立ち寄ってくれないか?」
「えっ?どういう事…?」
照彦達は、よく分からないまま昴に付いて行き、冥界へと向かって行った。




