照彦の、絢音の決意
小魂の姿が見えなくなってからも変わらず、三途の川は流れ続ける。照彦はそれに気づくと、地面に膝を着いて、瞼を押さえた。目からは涙が溢れ、零れている。
「本当は…、連れて行きたかった。でも、小魂を危険な目に遭わせる訳にはいかなかったから、こうするしかなかったんだ…」
「照彦君…」
絢音とペグル、そして夢叶は照彦の側に来てそっと慰める。
「小魂ちゃんはきっと照彦君の気持ちを分かってると思うよ」
「みんな…」
照彦は、小魂が暴走したのは自分の責任だと思っていた。
あの時近くに居れば、自分が止めていればきっとそうならなかっただろう。これから夢前と戦うというのに、矢で暴走してしまったら、一緒に戦う事は出来ない。
それを小魂は分かっているのだろうか、絢音はきっとそうだろうと言っていたが、果たして本当にそうだろうか。
照彦は涙を拭ってみんなを見つめた。
そして、照彦達は三途の川を離れ、商店街に向かった。照彦の割れた霊水晶の瓶を新しく造ってもらう為だった。
水晶屋に来ると、クリスは粉々になった瓶を見て驚いた。霊水晶を壊すには相当なエネルギーが必要だ。それに、照彦の瓶は、照彦の霊力に耐えられるように頑丈に造っていたはずだ、それが壊れるとは、クリスも予想していなかった。
「こんな事になるなんて…、驚きだわ」
「直せますか?」
「時間は掛かるけど…、頑張ってみるわ」
照彦の瓶は、クリスの技術の真髄を使って造った力作だった。それが壊れてしまうとは、次は更に丈夫に造らなければならない。
クリスはそう言って奥の部屋に籠もってしまい、戻ってこなかった。
瓶をもう一度造ってもらうのには時間が掛かる。照彦達は火山屋に一度立ち寄る事にした。
火山屋にはフォルシアとコークスは居らず、パミスとスコリア、それからマグマが居た。二人が飼っていた魂喰虫の小桃も居なかった。
それをパミスに聞くと、どうやら照彦と同じように逃したそうだった。
「宿題も終わったし、最近ナイトメアが暴れてるから逃したの」
「小桃可愛かったけど、仕方ないよね…」
パミスとスコリアは、空っぽになった水槽を見て、寂しそうに言った。
「あれ?フォルシアさんとコークスさんは?」
「戦いに行ったよ?」
「全く、二人揃って何故鍛冶屋なのに戦闘狂なんじゃ、鍛冶屋は戦う死神の為に武器を造るのが常じゃろう」
誰かの鎌を研ぎながら、マグマはそうぶつぶつ呟いた。
「でも、僕達も戦いに行きたいよね?」
「うん!私もお父さんやお母さんみたいに強くなりたいなぁ…」
パミスとスコリアは、強い両親に憧れていた。
「とにかく、今の冥界は危険じゃ。他の世界もいつ壊れるか分からん」
マグマは研いでいた鎌を置いて、次の鎌を磨き始める。ナイトメアが暴れるようになってから、鎌の修理や発注が相次ぎ、マグマは忙しくしているのだ。
冥界ならきっと大丈夫と思い込んでいた照彦だったが、思った以上に夢前の力が侵食している。照彦達はすぐにでも夢界に行って、夢前を止めなければならない。
照彦がそう考えていた時、照彦の心の中に誰かの声が響いてきた。
「(照彦よ、『光の神殿』に来なさい。話がある)」
照彦は一瞬驚くが、すぐに立ち上がった。そして、その声に導かれ、火山屋から走って出て行った。
光の神殿、その話を聞いた事はあるが、実際行くのは初めてだった。照彦は、あの声にそこに行くように呼ばれたのだ。
何故、自分にだけ声が、聞こえるのだろう。あの声は一体誰なのだろう。疑問は尽きないが呼ばれているのなら、向かうしかない。
照彦は馬車に乗らず、ひたすら走っていた。すると、周りではナイトメアや、同じように怪が暴れている。死神達はそれを止めようとしていたが、苦戦を強いられているようだった。照彦は戦いの渦中を掻い潜りながら、進んで行った。
照彦が光の神殿に辿り着くと、辺りは戦いの最中とは思えない程静まり返っていた。照彦は、その中に入り、祭壇を囲む陣の真ん中に立って、手を合わせてこう唱える。
「光よ、それを司りし神よ、万物に宿りし八百万の神よ、どうか俺に手を貸して下さい…」
だが、唱え終わっても変化はない。自分は静かに祈り、機運を高めているだけだと思い、戻ろうとした照彦は、ある事に気づいた。
「でも…、この神殿って祭られてる神が居なかったはず…」
そうなのだ。他の神殿にはそれに対応した存在である、かつて活躍した死神達が祭られているはずなのに、光の神殿には何も祭られていない。
照彦の属性が光であった為、そこに呼んだと思うが、何も祭られていない空っぽの神殿に何の意味があるのだろうか。
すると、照彦の心の中で先程の声がこだました。
「(何かあるのか、照彦よ)」
「いや、俺が夢前を倒す事出来るのかなって…」
「(一つ言えるのは、奴を倒そうと思わない事だ)」
「えっ…?」
照彦は矛盾していると思い、聞き返そうとしたが、声は更にこう続ける。
「(だが、奴に立ち向かうには力が必要だ)」
そう聞こえた後、照彦の胸が光始めた。そして、前と同じように光の中から小さな水晶が出てくる。
「また俺の胸から霊水晶が…」
「(それを持っておきなさい)」
そして、声は消え、照彦は一人になった。手の中には先程の霊水晶がある。水晶は仄かに温かく、光を放っていた。
照彦が水晶を集めていた時、水晶は進んで照彦に集まってきた。また、真由のように陰陽師の力を持っていないはずなのに、二度も水晶を産み出した。一体どういう事だろう。自分が知らない力があるのかも知れない。
そう考えていた時、照彦を追い掛けてきた絢音達が光の神殿にやって来た。
「照彦君!こんな所に居たんだ!」
「絢音、みんな…」
照彦は祭壇から離れ、絢音の所に来た。
「良かった…、これからここを出ようと思ったから」
「でも、七つ目の水晶がまだ…」
照彦は、昴から頼まれた残り一つの水晶の事を何も聞いていない事を思い出した。
すると、夢叶が何かを思い出して口を開いた。
「七つ目の水晶は、恐らく夢水晶だと思います。夢水晶は夢の力を集めた結晶のようなものです」
「それを集めたら全部揃うね!」
「でも、また絢音ちゃんを危険な目に遭わせるかもしれないのに…」
「私、照彦君と一緒に夢界に行くよ」
絢音は照彦の手を握り、そう言った。
「絢音…、でも、危険な目に遭うかも知れないんだぞ?それに、俺と一緒に居たいから無理してるんじゃないかって…」
「無理なんか、してないよ」
絢音の目は決意に満ち溢れていた。それを止める訳にはいかないと思った輝彦は、絢音の手に自分の手を被せる。
「…分かった、絶対絢音を危険な目に遭わせないから、約束する」
絢音は照彦の手を見ながらこう言った。
「もっと自信持っても良いと思うよ」
「そうか…?」
照彦は一瞬顔を赤くしたが、絢音の事を守ろうと奮起した。
そして、照彦達は夢原に戻って行った。その帰り道、一度水晶屋に立ち寄ったが、照彦の瓶は完成していなかった。奥の部屋を覗いてもクリスは居らず、どうやら出掛けてしまったようだ。
仕方ないかと瓶を諦めた照彦は、夢原へ続く扉の鍵を開けた。すぐ近くにあった冥界が、一気に遠退いていく。
夢原は、曇天に覆われていた。ペグルは一気に山を降りて、時計塔へ向かう。この鐘を鳴らせば、強制的に夢へと旅出せる。
ペグルは両手で綱を引いて、鐘を鳴らす。照彦は、覚悟を決めて、それを聞いた。重ねた年月を感じるような荘厳な音色が、世界の全てを掻き回していった。




