さよなら、小魂
その翌日、小魂は朝の光に気づいて目を覚ました。照彦も、絢音も、ペグルも、皆眠っている。小魂は照彦のお腹の上に乗って、ぴょんぴょん跳ねる。
「てるひこ、おきるっピ、おきるっピ」
だが、朝になった事が分からないのか照彦は目を覚まさない。昨日の戦いでよっぽど疲れたのか、ぐっすり眠っていた。
だが、照彦が起きないと小魂は退屈でしょうがなかった。しびれを切らした小魂はヒレと尻尾をジタバタさせて、頬を膨らます。
「おきろっピ〜!」
小魂は天井まで高く飛び上がると、その勢いで照彦の顔に頭突きをした。それでようやく照彦は目を覚ます。
「痛っ?!小魂…?」
「おはよう、てるひこ」
小魂は、照彦の頬と自分の頬を合わせて擦り寄せた。照彦はやれやれと言って、小魂の頭に触る。
「早起きだったんだな」
「ピッ!」
小魂は満面の笑みで照彦を見つめた。
その後、絢音とペグル、夢叶と寒月、晴哉と幸代が次々と目を覚まし、朝の支度を始めた。
小魂は今日冥界に行くと知って、わくわくして、居ても立ってもいられない程ウズウズしていた。
「てるひこ、きょうは冥界に行くっピ?みんなに会えるっピ、楽しみっピ!」
「ああ…、そうだな」
せっかく冥界に行くというのに、照彦の顔は曇っていた。それを小魂は疑問に思った。
「ピッ…?」
昨日の夕方くらいから、照彦は自分の顔を見る度に悲しげな顔をしていた。一体何故だろう。自分から言い出さないという事は、小魂に知られたくない事なのかもしれない。
それでも、小魂は照彦の気持ちがどうしても気になった。そこで、照彦の気持ちを聞く代わりにこんな事を聞いた。
「てるひこ、こももは今どうしてるっピ?ぼくも、こももにきもちをつたえたいっピ!」
「きっと会えるんじゃない?」
そう言いながらも照彦は、相変わらず落ち込んでいるようだった。小魂は笑顔を見せてくれない照彦が心配になった。
朝食を食べて、照彦達は家を出た。照彦は、小魂に霊水晶を持たせてくれた。それで小魂は喜んだが、照彦の顔は曇ったままだ。
最初に冥界で出会った時、照彦は様々な表情を見せてくれた。自分を守るために必死になる姿を見せてくれたり、あまりもの弱さに落胆する事もあったし、一緒に喜んだ事もあった。
照彦と一緒に現世に来て、小魂は色々な事を知った。この世界には色々な人が居る事、皆悩みながら成長していく事、人々は皆手と手を取り合って生きている事、純粋無垢な子供のような心を持った小魂は、その全てを小さな身体全体で吸収していった。
もちろん、この世界には楽しい事ばかり起きるのではない事も知った。食べられそうになる事もあったし、危険な争いに巻き込まれる事もあった。
それでも、この世界は良いものだと小魂は思っている。三途の川に居るだけでは分からない生物が本当に生きている姿。無機質な魂の姿では分からない表情を見せてくれる。
三途の川に流れていた魂も、きっと現世で様々な事を見てきたのかも知れないと、今の小魂は思う。一度冥界に戻るが、これからも照彦達と一緒に現世で様々なものを見て、肌で感じていきたい。そう小魂は思っていた。
夢原城がある夢原山の奥地へと、照彦達は進んでいく。どうやら、この先に冥界への入り口があるらしい。小魂一人がわくわくしていた。
照彦は、ポケットの中の鍵を取り出した。鍵は細い光を放ち、入り口がある場所を導いていた。照彦はそれを頼りに進んでいく。
「てるひこ、たのしみっピ!」
小魂は照彦の肩に乗ってそう言った。照彦は小魂の方を向かずに指で頭を撫でた。
すると、目の前に不自然な形の岩が見えた。それは自然のものではなく、文字のような模様が彫られている。
照彦がその岩に手をかざすと、鍵穴が現れた。それに鍵を差し込んで回すと、岩が宙に浮き上がり、扉の形になる。照彦達はその中に入っていった。
扉の向こう側には、小魂が生まれ育った冥界の景色が広がっていた。朝焼けと夕焼けと青空が入り混じったような幻想的な空、地面には彼岸花の花畑が広がっている。
そして、目の前には三途の川が流れていた。きらきらと光る水面を見て懐かしくなった小魂は、思わずそこに飛び込む。しばらく離れていたが、三途の川は、小魂の事を忘れずに迎えてくれたようだった。
「てるひこ!なつかしいっピ!一緒に泳ごうっピ!」
小魂ははしゃぎ回るが、照彦達は川に足すら入れない。照彦は、しゃがんで小魂と視線を合わせた。
「お別れだな、小魂」
唐突にそう言われて、小魂は驚いた。一瞬意味が分からなかったが、言葉を飲み込んで、ようやく分かった。
何故照彦が小魂を見て顔を曇らせていたか、それは、小魂を三途の川に帰す為だったのだ。
小魂の大きな瞳から涙が溢れてきた。嫌だった。これからも照彦達と一緒に居られると思っていたのに、予想を見事に裏切られた。怒りよりも、悲しみの感情が小魂の心に溢れていく。
「てるひこ、おわかれっピ?どうしてっピ?!」
照彦の顔に影が掛かり、突き離すような声でこう叫ぶ。
「さっさと行けよ!俺はもう行くから」
小魂はしばらく照彦を見ていたが、三途の川に潜って行った。
その時、照彦が唇を噛んで、涙を流した痕が一瞬見えた。その姿が小魂の目に焼き付いて、離れなかった。
きっと照彦も別れるのが嫌だったのだろう。だが、そうするしかなかったと思ったのだ。恐らく、夢前の矢で暴走したのを聞いて、小魂の身を案じてそうしたのだろう。
悔しくて、悲しくて、でも、自分の力ではどうする事も出来なかった。本当は照彦と一緒に夢前に立ち向かいたかった。照彦に弱いと言われた時よりも、今はきっと強くなってる、そう思ってたのに…。小魂は三途の川に潜っている間も、涙が溢れて止まらなかった。
三途の川の中の景色は、昔と変わらなかった。魂が流れ、骨魚や魚人、仲間の魂喰虫達が居る。照彦はその中に小桃の姿を見た。
「こもも!こももっピ!」
小桃は小魂の姿に気づくと近づき、何か喋ってきた。だが、それは人の言葉では聞き取れない。
「そっか…、こももはしゃべれないんだったっピ、でも、気持ちは分かるっピ」
小魂は、小桃に寄り添って一緒に水面を見上げた。水は揺れ動き、キラキラと光っている。
それから、小魂は小桃と一緒に魂喰虫らしい生活を続けた。だが、上を見上げる度に照彦達と一緒に過ごした日々を思い出す。小魂は、いつかまた会えるだろうと信じながら過ごしていた。




