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混乱の冥府


 その頃、智はジクに呼ばれ、王宮に来ていた。昴不在の冥府で、冥界を回すのは冥府の役人達だ。

 智は、昴の家系の者として呼ばれたのだが、智自身は政治にあまり関わった事がなく、ずっと現世に赴いていた。役人の中には、智と同級生で、ウォルの妻であるライトも居た。



 智はジクとライト以外の冥府の役人達を初めて見た。

水属性で真珠の死神のパール、葉の死神のリーフ、氷の死神のエメルダが居る。

 中でも智が気になったのはエメルダだった。エメルダは、役人の中で最も年齢と身長が低かった。

智は、何故こんなに若い死神が役人をやっているのだろうと、疑問を抱いた。

「智君、久し振り!」

ライトが智を見かけて手を振る。智は少し会釈をして、王座の下に来た。

「俺、役人でもないのにどうして…」

「役人達をまとめて頂きたいのです」

ジクは智の元にやって来て、恭しくお辞儀をした。

「俺、人をまとめた事なんてありませんが…」

「智様を慕っている死神は大勢居ます、それだけ智様には死神達を惹き付ける魅力があるのでしょう」

 確かに智は色々な死神達に慕われている。だが、それは智が現世で頑張ったからであって、他の死神達よりも立場が上だからではない。剣崎家だからといって持ち上げられるのは、正直、智は苦手だった。


 智はライトに現在の状況を聞いてみた。

「ライト、今は何を話し合ってるんだ?」

「今、冥界ではナイトメアとみられる被害が多く、死神達は困惑しております」

「そのような緊急事態なのに、何故昴様は呑気に旅なんてなされてるのでしょう。智さん、剣崎家の御曹司で昴様のお祖父様にあられるのですよね?あなたには分かりますか?」

エメルダに強い口調で智にそう訊いた。

「昴の事だ、何か理由があってそうしてるんだろう」

「昴様を庇うのですか?!昴様は冥府神皇、冥府を束ねるのが仕事でしょう、それなのに、どうして突然冥界を出ていったのですか?」

智が反論する暇も無く、エメルダは更にこう続ける。

「剣崎家、もとい風見家の死神は、代々現世に住まわれているのですね。正直、私は納得いきません。死神は冥界で、人間は現世で住まわれるのが普通でしょう。そして、死神にとって、現世は仕事場です。それなのに、仕事でもないのに死神達は呑気に現世に旅行に行ったり、死神達の中でも高尚であるはずの剣崎家はそこに住まわれている。おかしい話ですよね?」

「そういうエメルダは、現世に行った事あるのか?」

エメルダは一瞬言葉に詰まった。

「ありません…」

「さて、話が逸れたな。ナイトメアの対策だったっけな?」

智が話を続けようとすると、智の首元の何かか動いた。

「ううっ…」

その声と共に、智のフードから、チルがぼとりと落ちた。寝ぼけたチルは、這って智に近づく。

「なっ…、何でこの王宮に怪が居るのですか?!」

「チル、どうして来たんだ?」

「ふぇ?気がついたらここに…」

チルは人の姿になって智を見上げた。

「幾ら凶暴じゃなくて、小さいとしても怪は怪です!今すぐ外に逃して下さい!」

「ひっ…、ひどいです…」

エメルダの剣幕に押され、チルは智の背中に隠れて泣いていた。

「エメルダ、チルは俺の友達なんだ。それに、小さな子を泣かすのはいくら怪だからといってもあんまりだぞ?」

智は、背中に居るチルを慰めながら、ジクにこう訊いた。

「ジク、エメルダっていつもこうなのか?」

「ええ…、やる気があるのはよろしいのですが…、少々人の当たりが強いのが悩みです」

「少々、どころではないんだけどな…」

智は、遠目でエメルダを見つめた。


 確かに、智も現世に住んでいる間、何故自分は現世に住んでいるのかと悩んだ事がある。智の父親の廉は、生きている人間と関わり合う事で、人間の事を知って欲しいと言っていた。智は玲奈達と出会う前は、その意味が分からなかったが、玲奈達と理解し、関わり合う事が出来たお陰で、今はその意味が分かる。


 智は、他の死神達にも仕事と関係なく現世に行ってほしいと思っていた。冥界以外の世界を知るのも、死神にとって大切な事だからだ。

 今までそう考えていた智にとって、今日エメルダに言われた事は、まるで自分を否定されているようだった。



 智は、エメルダを諭そうとしたが、適当な論理ではすぐに言い負かされてしまう。


 とりあえず今は、冥府の議題であるナイトメアについて考えなければならない。智がそう思ったその時、チルもナイトメアの被害者である事を思い出した。

「ナイトメアの一人である黒蝙蝠の怪は、チルを襲ってきたんだよな?」

「ナイトメア?ああ…、確かに頭に目の紋様がありましたね。でも、ナイトメアの狙いって私じゃないと思いますが…」

「怪と(あやかし)ならまだ分かるんだけど…、怪が怪を襲うなんてな…」

「妖…、ってなんですか?」

産まれたばかりのチルは、その時初めて妖の存在を知った。

「妖っていうのは、現世とか冥界で産まれた存在で、怪とはまた違う特性を持った化物の事だよ」

ライトがそうチルに優しく教えた。

「妖…、会ってみたいです!」

ライトは、怪が妖に会ってみたいと言う事にびっくりした。

「えっ、でも妖って怪の敵なんでしょ?」

「敵かどうかは会ってみないと分からないじゃないですか?」

チルは、コウモリの姿になって、智の頭に乗った。


 智は、議論を続けようとしたが、自分でどうまとめればいいか分からない。

「どうしよう…、今はまとまらなきゃいけない時なのに、俺じゃまとめられない…。昴はこれをまとめてるのか?」

ジクは頷いた。

 今まで政治の事には全く関わってこなかった智は、改めて昴の存在と実力について考えた。昴はどうやってこの冥府の役人達や冥府神霊をまとめているのだろう。智は今日が初めてだが、昴にはこれが毎日ある。今の智には、到底真似出来そうになかった。

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