act.6
「魔王……だと……!? 本当だったのか!?」
「今、この状況で嘘をいっても仕方あるまい? 事実だ」
私は髪と自慢の耳を撫ぜながら答えてやる。
「バカな! 魔王は四人しかいないはずだ!」
「そうだな。私は異世界から転生してきた魔王だ。本来、この世界の魔王ではない。だが、私は五番目の魔王として望まれた。だから、ここにいる」
「……!」
「呪いを持つものならばわかるだろう。この私の存在の力を」
厳然に、本能へ訴えかける。
それだけでいい。白髪男は、否定など何一つできなくなる。
「くっ……!」
「この世界の不条理、呪い。世界を抑えきれなくなった魔王が、それらを殺すために、私は生まれた。呪いを滅する、五番目としてな」
私は食事を続ける。
「や、やめ、やめろぉおっ!」
白髪男が悲痛の声をあげる。
誰がやめてやるものか、と私はさらに呪いを食べる速度をあげた。
「それは、それは俺の力だ、俺が、俺だから選ばれた、俺だけの力だ! なんで、なんでお前が勝手に!」
浅ましくもすがりついてくる白髪男。
だが、その手は私に触れることはない。指先一つで巻き起こした風によって地面に叩き伏せられた。そのまま圧殺するのも可能だが、私は敢えてしなかった。
そろそろ復活する頃合いだからだ。
生々しい、硬い繊維質の肉が引き千切らられるような音を立てて、炭化していたはずのムカイの肉体が再生された。
その凄まじい光景に、白髪男は目をむいて、言葉を失う。
「そ、そんな……っ!?」
燃やされる直前となんら変わりない状態にまで戻ったムカイは、憐憫に満ちていた。
「僕も、呪われた人間だから。その気持ちはわかるんだ」
「……!」
「でも呪いはやはり、いけないことだと思うんだ。こうやって、簡単にひとを、命を、世界を捻じ曲げてしまう」
己自身も歪んでしまったが故に。その感傷があるのだろう。私にはわからない感覚だ。
「でもね、それでも。真っ当に生きてる人の魂まで奪うのは、よくないよ」
そしてそれ以上に、私はムカイが分からない。
虫酸が走るような偽善に、反吐が出る。だが、邪魔はしない。それが人間だというのを理解しているのだ。
「……そんなのっ!」
「確かに僕らはたまたま呪いを授けられた。それだけで不幸だ。それだけで、世界を恨むには十分すぎる。でも、だからって……そうじゃない人を妬んで、その人の人生を束縛して、奪うのは筋が違うと思うよ」
理路整然と、理想論な正論を放つムカイは、落ち着いていた。否。
失望していた。
助けたはずの、人間に。
「君は、《歌姫》になりたかったんだね。空を舞い、ありのままに歌い、そして誰かを笑顔にする。常に皮肉まみれな自分への皮肉の象徴だから」
「貴様っ!」
咬みつく様相の白髪男に、ムカイは鼻歌を入れる。
「らんらーらんらんらーらんらんらーらー……」
それは、はじまりの唄。
四人の魔王を巡る、悲しい歌。私も何度か耳にしたことがある。妖狐として私を育てた親が教えてくれたものだ。彼女は元気だろうか。
今もきっと、伝説の魔獣として、森を守り続けているのだろう。
「お前、どうしてその歌をっ!」
「君が歌いたくて、ずっと歌っているものだろう? きっとそれは、世界を恨むため? それとも、世界に救ってほしいため?」
「……ふざけるなっ! お前、お前っ! どうして、なんでっ!」
「記憶を覗いてやっただけさ。ムカイがな?」
ムカイの代わりに、私は答えてやる。
もちろん、そんな超高等技術、ムカイにはない。だが、助けた人間に限っては、そうではない。ある程度ではあるが、干渉する力がある。
それは、ムカイの秘術――魂の代償の影響だ。特別条件ともいう。
「そんな、バカなっ……!」
だがそれを白髪男にわざわざ教えてやる必要はない。
「死神になった気分はどうだった? なんて、ききたくはない」
ムカイの言葉も、終わりに近い。
まったく。私の食事はもうとっくに終わっているのだがな?
私は手拭きで口をぬぐいつつ、そっとため息をつく。
「僕はね、僕の命をもって、誰かの死をなかったことにできる。けどそれは、僕の寿命を明け渡しているに過ぎないんだ」
ムカイは、悲しそうに語る。
「じゃあその寿命が尽きたら、どうなる?」
少しだけ、間があった。
白髪男の表情が変わったのは、その指先が、足先が燃え始めたからだ。
「そう、死ぬんだ」
「な、な…………っ!?」
「僕が助けた人が僕を殺すと、僕に命が戻ってくる。これはたぶん、秘術の副産物。誰もそんなこと、体験したことないから知らないだけ。だから、ね」
ムカイは、いっそ微笑んだ。
「さようなら」
「なっ、な、ななあああああっ!?」
瞬く間に、白髪男が炎に包まれ、炭化していく。呼応するように、呪いによって止められていた時間が動きだし、炎が燃え移っていく。
私はこともなげに、ムカイを連れて空に舞った。
わざわざ燃えゆくだけの島の末路に付き合ってやる暇などない。
ただ、ムカイが町の住民どもを気掛かりにしていたので、住民どもの記憶をリンクし、転移魔法で飛ばしてはやった。いかな魔王でも、魔力を大量消費するものだったが、呪いそのものを食した私には関係がない。
煌々と、燃える。
皮肉の残骸を目にしつつ、私とムカイは離れていく。もはや重力境界線も存在しないので、気ままに空を飛ぶことができた。
「いつまで感傷気分だ、貴様は」
しんみりした空気が鬱陶しくて、私はつい声にトゲを出してしまった。いや、後悔はしないのだが。
「いえ、せっかくの歴史的遺構だと思ったのに……まやかしだったなんて思うと……」
「そっちか! そっちなのか!」
本当に分からないやつである。
「そりゃそうでしょうとも」
平然とムカイは言ってのける。
こいつ、命は大事にするが、命を粗末にする奴等は虫ケラにも思わないからな。そこがなんとも不思議ではあるが。
ムカイは決してお人好し、ではない。
「まぁ、とりあえず気を取り直して次の歴史的遺構を探しにいきましょう!」
「阿呆め」
私はそう評してから、空を舞った。
これで第一部終了です。