己の道を進む
剣気を発する。いつでも斬り掛かることができると。
俺の間合いに充満している気の中に入り込む異物に向け剣を振るう。
「ふっ!」
「ぬぅっ!?」
「はぁっ!」
「なんのっ!」
「しっ!」
グロウスの木剣とぶつかり合う。手に鋭い痺れが走る。剣を握る手に力を入れて、痺れを封じる。
無駄な力を加えた手を緩めて、筋肉の強張りを解く。必要最小限の動きで突きを繰り出す。
「くっ!?」
たまらず飛び退いたグロウスを追う。踏み込み、斬り下ろす。グロウスの木剣が俺の木剣を弾いた。
グロウスの攻撃の荒波が押し寄せた。避けるが執拗に追ってくる剣を払って、距離を取る。
一旦距離を取って、一呼吸する。呼吸が上がりつつあった。グロウスも同じようで、汗が額を伝っている。
「止めっ!」
ウォルフの声で張りつめていた空気が緩む。
汗腺が弛緩したのか、体から汗が噴き出た。
「お父様、お見それしました。手加減のしようがありませんでした」
「ああ、ありがとな。でも、お前はもう息が整っているからな。まだまだだよ」
もう一度、大きく呼吸をする。心臓も落ち着いたのか、耳に響く鼓動は静かなものだ。
「マサヨシ、十分な腕前だ。グロウスの腕はかなりのものだぞ。ここらのモンスターで、お前に敵うものはおらんだろう」
真剣な眼差しでウォルフは言った。
その響きに今までの努力が報われた気がする。
思えばアインに剣の道を教えるために稽古を頼んだが、今となっては親子で稽古をつけてもらっている。
ウォルフに剣を教わって、どれだけ助かっただろうか。無力だった頃がひどく懐かしく思う。
「ウォルフさん、ありがとうございます。でも、まだまだ頑張らないと。アインに抜かれてしまいそうですから」
乾いた笑い声を上げる。本当のことなので、笑うことしかできない。
「アインと比べる必要はないだろう。お前はお前の剣を磨いた。……もう、わしが教えることはないだろう」
衝撃な言葉に息を飲んだ。どうして、俺への稽古を終えようというのだろうか。
「それって、俺だとここまでって事ですか?」
「そんなことではない。お前に必要なことは教えた。……それだけだ」
「でも、俺はまだ足りないと思ってます。もっとウォルフさんの剣を学びたいです」
「お前はわしになれるとでも思っているのか?」
そんな訳がない。恐れ多いことだ。
質問に素直に返すため、首を横に振る。
「お前に必要なのは、お前の剣を磨くことだ。わしの模倣ではなく、わしから学んだ技を元に作り上げる剣技を極めろ」
「俺の剣ですか? 俺にそんなことが」
「できる。お前の剣にはお前の思いが乗っている。それはお前の剣だ。すでにわしの剣から離れているのだ。……まあ、練習ぐらいには付き合ってやる。わしを楽しませてくれ」
顔を少しほころばして、素振りをしているアインのもとに歩いて行った。
俺が磨いてきた剣。いったい、それが何なのか分からないが、ウォルフには分かったのだ。
それなら今まで通り、剣を振るい続ける。剣聖であるウォルフを超えることはできないだろうが、唸らせるような剣を見せたい。
・ ・ ・
学校の校庭に人だかりができている。
「ファイアーボール!」
「エア・アロー!」
「メディク」
生徒が思い思いの魔法を唱えている。
その生徒たちを見ているのは、アインとルシーヌであった。
アインとルシーヌはA組に上がったこともあり、魔法学校以外で魔法を教えることを許可されている。
そのことを知った子供たちが魔法を教えてもらいたいと言ったことが切っ掛けで、青空魔法教室を実施していた。
教師となったアインは生徒たちに細かく教えているようで、忙しそうにしている。
ルシーヌは監督といった立場で、みんなの魔法を見て指導していた。
魔法を使っていた子供たちがへばったので、ルシーヌの手が空いている。話しをしに行こう。
「ルシーヌちゃん、ありがとね。わざわざ、来てもらってさ」
「お気になさらないでください。王都は窮屈ですので、息抜きにもなりますから」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。みんなルシーヌちゃんのように才能はなさそうだから、教えるのも大変でしょ?」
「そんなことはありませんわ。みんな一生懸命にしてますし、良い線いっている人もいますから」
俺から視線を外したルシーヌが、アインと話しているルナに向いた。
ジーンの話ではルシーヌもアインに好意を抱いていると聞いたので、その視線を複雑な目でしか見れない。
「アインは相変わらず優しいですね。荒れていた私に接してくれたのは、アインだけでしたから」
感傷に浸っているように、少し寂しそうな声色で言った。
「荒れていたって?」
「おじ様たちに失礼なことをした時です。あの節は大変申し訳ありませんでした」
ルシーヌが深々と頭を下げた。慌てて、頭を上げさせる。
「私は家で愛されていなかったんです。愛情は兄と弟に向いていました。私に求められていたのは、貴族の娘としての人生。いわば道具扱いだったんです」
政略結婚の材料としか思われなかったのだろう。
この世界でも跡取りとなる男子は重要視されるが、女子は有効な道具と見られることが多い。
ルシーヌもご多分に漏れず、可哀想な扱いを受けていたのだ。
「そんな私に付き合ってくれたのはアインだけでした。不器用な表現しかできなかった私の相手をしてくれた。……好きになるには十分な理由だと思いません?」
「えぇっ!? あの……えっと……」
「おじ様が悩ましい目で私を見ていたもので。別の女の子といるのは少し寂しいですけど、それ以上に楽しそうにしているアインの顔を見ることができて嬉しいんです」
優しい眼差しから嘘は吐いていなさそうだ。
ルシーヌはアインの幸せを祈っているということなのだろう。
自分の思いを殺している。アインのために。
「とはいっても、負ける気もありませんわ。私は私で大事に思ってもらえるように頑張ります。あ、おじ様を味方につけておけば、私に分があるかも。その時は私を贔屓してくださいね?」
悪い笑みで俺を見て言った。
今は自分に向いていなくても、向かせてみせようと頑張っている。
ルシーヌは辛い道を生きようとしているのかもしれない。
その姿に自分を重ねてしまう。辛い道だと分かって俺はアインを育てようと決めた。
その先に俺は幸せな生活を得る事ができたのだ。ルシーヌの進む道の先にも輝かしいものがあってほしいと祈った。
・ ・ ・
家の前で木剣を握り、レンと対峙していた。
レンは小ぶりな木剣を両手に持ち、手を垂らしている。
「ダーリン、手加減してよね? もし傷物にしたら責任とってもらうからね?」
絶対に傷つけない。傷つけてしまえば、拒絶する材料がドンドン減ってしまうのだから。
ただ、レンと立ち会ってみたいので、了承する言葉を発した。
軽く剣を振るうと、レンの双剣が俺の剣を弾く。それなりに加減しているが、ここまで簡単に弾かれるとは。
剣の腕が立つとの言葉に誇張はなさそうだ。
少し思案していると、懐に潜り込もうとする影が見えた。
俺の懐目掛けて、レンの間合いが滑るように入ろうとしている。
双剣が振るわれる前に対応する。突進してきたレンに体をぶつけるように前に進んだ。
「きゃっ!」
レンと体が接触した。が、レンは飛び退かなかった。一瞬の思考を縫うように、脇腹を両手がすり抜けた。
更に体を密着されると、背中に双剣が突きつけられる。レンの鮮やかな攻撃に感心してしまった。
「あ~ん! ダーリン、積極的~! 自分から体を押し付けて来るなんて」
俺の背中に両手を回して、胸に顔を擦りつけている。
レンの狙いはこれだったのだ。ある意味、肌が粟立った。
「お前、稽古関係ないだろう?」
「これも稽古だよ? 変な女にダーリンが抱きつかれても耐えられるようにね」
「変な女はお前だろ!?」
「きゃっ! 女だなんて嬉しい!」
更に俺をきつく抱きしめる。何か疲れてきた。
違った意味での稽古が続いていると、遠くから声が聞こえた。
イーサンが手を大きく振りながら駆けてきている。
「おい、レン離れろ。イーサンさんが呼びかけてるから」
「えっ? 白昼から積極的に襲い掛かったダーリンを見せてあげようよ」
「襲い掛かったのは、お前だ!」
抱きついたまま離れないレンと押し問答をしていると、イーサンが息を荒げて口を開いた。
「マサヨシ……村長が倒れた……」
イーサンの言葉で体が固まった。




