素敵な時間を
「はぁ……」
アインのため息が食卓に響く。
原因が分かっている俺たちは顔をにやけさせて、アインの顔を見る。
その笑みにすら気づかない。このままだと恋に焦がれて、灰になるのではないかと危惧する程に思い詰めている。
「アイン、大丈夫か? 悩み事でもあるのか?」
分かっていることを聞く。悩みっぱなしなのも可哀想なので、話を聞いてやりたくなった。
「う~……。パパは話せない子に話し掛ける時って、なんて言うのが良いと思う?」
「う~ん、とりあえずは挨拶かな。後は天気だったり、昨日あった出来事で共通したことについて話すかなぁ」
「そっかぁ……。う~……パパ、ありがと。ごちそうさまでした」
語気を弱めて言うと、自室に戻っていく。
アインがいなくなったのを確認して、ジーンとレンで顔を見合う。
二人共、いやらしい笑みを浮かべている。俺もそうだろう。
「これは相当、熱を上げているね。あの調子だと、話し掛けることも難しいかもね」
「そうねぇ~。アインがここまで奥手だとは思ってなかったわん」
「可愛らしいけど、少し心配になってきたよ」
腕組みをして、少し唸る。このままにすべきことかもしれない。子供の成長には必要なことだと思う。
ただ、クラスメイトと話せないのは可哀想な事である。何かないだろうか。
「あ~ん! じれったい感じが可愛い~。恋って素敵。あのアインちゃんが悩んでいるんだもん」
「ああ、すごいよな。でも、俺も初恋の時は、あんな感じだったかも。そう考えると、話し掛けるのもハードル高い気が」
「う~ん、でも男の子から積極的にいかないと。ダーリンはぐいぐい来たもんね?」
「記憶を改ざんするな! 逆だ、逆! まあ、レンみたいに押せ押せは少数派じゃない?」
押せ押せどころか、押し倒して既成事実にしそうな力で迫るレンは例外であるが、女の子から話しかけるのはハードルが高そうに思える。
となると、どちらからも話し掛けることは難しいかもしれない。
更にハードルを高くしているのは、周りにたむろしている男子生徒たちだ。彼らを抑えなければ、アインはもとより女子生徒も話せない。
「話せない女の子とどうしたら話せるのかしらぁ。あなたぁ、何か方法はないのぉ?」
ジーンの問いに頭脳をフル回転させる。話せない子と話す。話せないので難しい。難しいなら、話さない方法で何か伝えるには。
「あ! 手紙だ。ラブレターだよ!」
「ああ~、ラブレターねぇ。でも、今のアインには難しいかもぉ」
「だよねぇ。良い案と思ったんだけど……」
ふりだしに戻った。やはり、ここは変に気を回さずに見守ることが妥当なのだろう。
半分、諦めムードの中、レンが手を叩いた。
「女の子から出してもらうのは? ダーリンからルナちゃんに促してさ」
「それはやり過ぎだろう。ルナに求めるのはダメだよ。まあ、出してもらえれば万々歳だけど」
「そっかぁ~。他の女の子にも手紙を出せたら、みんな幸せなんだけど」
手紙を出させるか。悪い考えではない。ただ、どうしたらできるのかが難しい。
ああでもない、こうでもないと考えていると、一つの考えが頭を過ぎった。
これなら公に話ができる。
「ジーン、レン、思いついたよ。これなら、色々な子とお話ができるよ」
・ ・ ・
生徒たちに近くの席で塊になるように言った。
四つのグループが出来上がると、各グループに紙を配る。
「さて、今日からの宿題を今から話すよ。今、グループが一緒になった人たちと自己紹介をしてください」
「せんせぇ~、もう知っているんだけど~?」
「ハンス、それで良いんだよ。これからする宿題は今、知っている人ともできるんだから」
目を丸くしたハンスは黙った。そう、これから行うことは普段話せないことを話せるのだ。
自己紹介が終わったのを確認すると、生徒たちに向けて言う。
「では、何をするかと言うと、グループの子と手紙の交換をしてください。グループの全員とだよ。書く内容は何でもいい。思ったまま、書いていいよ」
生徒たちが呆けている。理解できないのも分かる。ただ、これは普段言えないことを伝えることができる良い手段だ。
相手がどう思っているのか言葉にしづらくても、手紙なら書きやすい。今までいたクラスメイトだけでなく、ルナのことを知る機会になる。
「せんせぇ~、それならルナちゃんとした~い。だって、よく知らないもん」
男子たちから、同調する声が上がる。そう来ると思っていた。
「安心してくれ。ローテーションだから、いずれは順番が来る。楽しみなら、その時までとっておくといい」
「う~……それなら、いっか。せんせぇ、分かった」
扇動者のハンスが黙った事で、紛糾した場が静まっていく。
ルナを見ると、少し安心したような顔をしていた。向かい側にいるアインは伏し目で下から覗くようにルナを見つめている。
公私混同であるかもしれないが、これが切っ掛けでルナと話せなかった子たちが話せるようになると良いなと思う。
・ ・ ・
食卓の一画から明るいオーラが発せられていた。
頬がだらしなく垂れているアインからである。
手紙の交換を始めて三日経った。グループ内の女子生徒とも少し打ち解けたようで、男子たちが群がる前に少し話をしている。
良い傾向だ。このまま続けて行けば、クラスのみんなと話すことができる日がくるはずだ。
だが、アインはまだ話せていない。その代わりなのか、手紙を書くときはかなり力を入れているようだ。
「ごちそうさま! 宿題してくるね!」
宿題に嬉々として取り組む日が来るとは思ってもいなかった。
アインの去った食卓には、いつも以上にいやらしい顔をしている三人がいた。
「あなたぁ、バッチリじゃな~い。良いアイディアだったわねぇ」
「ダーリン、さっすがぁ。私に手紙くれても良いんだよ?」
手紙交換の思った以上の効果に、夫婦と一人が安心していた。レンに手紙を出す気はない。
「でしょ? 我ながらナイスなアイディアだったよ。自分で自分を褒めたくなるね」
「すごいわねぇ。頑張った甲斐があったわねぇ」
「ありがと、ジーン。あとはアイン次第だね。手紙だけで満足してそうだけど」
「ここまでお膳立てしたんだからぁ、あとは本人次第よねぇ」
ジーンの言葉に頷く。ここからはアインが決める事だ。
切っ掛け作りはやり過ぎだったかもしれないが、クラスの雰囲気を良くすることに繋がったので、良かったと思う。
あとは我が子の選択を楽しみに待つとしよう。
・ ・ ・
教室に向かっていると、騒がしい声が聞こえた。
「うえ~い! アインの手紙、も~らいっ」
「あっ!? ダメだよ! それは!」
「え~、っと。王都で会った時はありがと~」
「止めて! 返して!」
アインが必死に止めている言葉が聞こえた。
足早に教室に向かう。
「あの時、私は引っ越すのが嫌で家出して……。えっ? これって?」
「だから、返して! あっ!? ルナちゃん!」
教室のドアを開けたところにルナが突然、飛び出して外に走って行く。
去っていく小さな背中を見ていると、アインが俺を押しのけて走って行った。
教室の中に入ると、決まりが悪そうな顔をしている男子たちがいた。
「なぁ、もしかして人の手紙を取って読み上げていたんじゃないよな?」
男子生徒たちはうつむいた。思った通りだ。アインの持っていた手紙はルナに貰ったものだろう。
大事そうに持っていたので、学校にも持って来ていたのだ。
「話を聞いてなかったのか? 読んだのか? 読んでいないのか?」
「せんせぇ……。俺……が読みました……。ごめんなさい!」
「先生に謝ってどうする。謝るんならアインとルナにだ。とりあえず自習にする。先生はルナとアインを探してくるから」
教室から急いで出る。外に出て、辺りを見回す。
森に行ってなければ良いが。嫌な光景を想像していると、遠くに人影が二つ見えた。
小高い丘の上だ。逸る気持ちを抑えられず、走って向かう。
近づくと、アインとルナが並んで座っていることが分かった。
何かを話しているようなので、黙って待つ。
何を話しているかは離れているので、断片的にしか聞こえない。
だが、話しているのだ。話せなかったアインが、ルナに何かを伝えている。
もじもじして声を掛ける事ができなかったアインが、ルナの後を追ってここまで来た。
その選択の結果が今の二人の光景だろう。
聞こえる声が少しずつ弾んだものに変わってきた。
今は何を話しているのだろうか。二人は目を合わせて話している。
二人だけの時間が流れている。誰にも邪魔をされず、思ったことを話している二人だけの世界がそこにはあった。
楽しそうな笑い声も聞こえてきた。そろそろ素敵な時間を終わりにしよう。
ここでの時間が終わったとしても、本当の終わりではない。二人の距離が縮んだ分だけ、素敵な時間は増えていく。
今のアインならば作ることができるだろう。笑い合っている横顔を見て、そう思う。
「お~い、アイン、ルナ。そろそろ、学校に戻るぞ」
笑みを残したままの顔で振り向いた。二人はすぐに照れくさそうに顔を背けた。
「さて、今日は授業の時間が少なくなったから、ビシバシ教えるぞ。二人共、覚悟してろよ?」
「え~? う~……分かったよぉ。頑張りま~す」
「よし、良いお返事だ。じゃ、ルナも頑張ろうね」
頷いたルナの顔には、先ほど見せた辛さは感じない。
心の傷は残っているかもしれないが、それ以上に良いものを貰ったのだろう。
二人の世界は思い出として残り、これから作る二人の時間を更に輝かせてくれる。
過ごす世界に彩りが増えたことは、二人の笑顔を見れば明白だ。二人が作る綺麗な世界をもっと見せてほしいと思った。




