白熱した戦い
校庭に子供たちだけでなく、多くの大人たちが整然と並んでいる。
俺はみんなの前に立って、開催の言葉を口にする。
「本日はお忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございます。……長々と言うのも何ですので、エルム村大運動会を実施いたします」
出場者だけでなく、見学者も含めて大きな拍手と歓声が響いた。
「では、さっそく第一種目の徒競走を実施いたします。出場者の方は準備をお願いいたします」
・ ・ ・
紅組と白組の得点を地面に書いて、現在の状況を声を張り上げて伝える。
各組から思い思いの声が聞こえる中、少し息を切らしたグロウスが歩いて来ていた。
「グロウス、お疲れ様。悪いな、障害物競争のために氷を張ってもらってさ」
「いえいえ、お安いご用です。アインちゃんやルシーヌ嬢に頼むのも気が引けるでしょうし」
「魔法で下手に疲れさせたくはなかったからさ。恩に着るよ」
グロウスと会話をしていると、障害物競争の勝者が決まった。一着は白組のハンスのようだ。勉強はしないが運動神経だけは抜群だ。
「おや? エイミちゃんが二着ですか。相変わらず、お元気ですね。眩しい笑みを浮かべております」
「ああ、元気な所は良い所だよな。男勝りとも言えるかもしれないけどさ」
「そこも良い所ではありませんか。たくましい、ひまわりのように思います」
「……お前がどう思っているのか、大体分かった」
グロウスの守備範囲の広さを改めて知った。雑食の域に達しているのではないだろうか。
変な想像から頭を切り替えて、得点を計算してまた報告をする。現在は白組が優勢だ。が、準チートな我が子が着々と準備を進めている。
アインについては馬鹿力なので、出場できる種目を限定した。それは力に左右されづらい競技である。
次は二人三脚である。さて、組む相手は誰になるのだろうか。アインに視線を向けると、二人の女子が詰め寄っていた。
ルシーヌとエイミだ。それをハンナが仲裁しているのか、少しオロオロした表情を浮かべている。
喧嘩に発展するのは不味かろう。先生としての出番だ。
「お~い、どうかしたのか? 次の種目、始まるぞ?」
「あ、パパ。どうしたら良いかなぁ? 誰と組めば良いと思う?」
俺を見たアインが視線をルシーヌたちに向ける。腰に手を当てているルシーヌと、腕組みをしているエイミ、挙動不審気味のハンナ。
この三人で誰と組むべきか悩んでいるのだろう。
「ん~……、アインはどうしたい?」
「え? ん~……、分かんない。みんなでできたら良いんだけど」
「それじゃ、四人五脚になるだろ……」
競技の意味を理解していなさそうなアインにため息を吐く。
「アイン! あたしと組んだら、間違いなく一位になれるんだ。さっさと行こう」
「どうするの、アイン? 私は別に良いけど、行くなら早く行きましょ?」
エイミがアインに食いつきそうな勢いでパートナー候補として名乗りを挙げている。
対してルシーヌはやや強気な姿勢だ。どちらとも引く気はなさそうに見える。
「えっと……エイミちゃんも……ルシーヌさんも……。アインくんが困ってるよ? それなら……えっと……私が」
やや弱気ながらもハンナも立候補した。全員、アインと親しい間柄だ。
三人の今の関係から考えるなら、普段から接しているエイミやハンナより、月に数日しか会えないルシーヌを大事にしてもらいたい。
「よし、じゃあ、ルシーヌちゃんと組むと良い。普段は会えないからさ。二人は普段から会って……るよねぇ……?」
エイミとハンナの視線が冷たい。俺の眼球から心まで凍結させそうな程だ。凍てついた口から次の言葉が出てこない。
「じゃ、ルシーヌちゃん行こ。パパ、ありがとう。エイミちゃん、ハンナちゃん、また後でねぇ」
上機嫌で去っていく息子の姿をアイスマンと化した俺はただ眺めていた。
・ ・ ・
数々の競技が終わって、現在は白組、紅組の得点はほぼ同じだ。
思った通りというか、アインを投入できる種目では紅組が優勢だ。
二人三脚では思った以上に二人は息が合っていた。続く、大玉転がしもエイミと組んだお陰か、堂々の一着であった。
紅組の追い上げに、白組は円陣を組んで気合を入れている。
「お父様、あと一種目ですね」
「ああ、最後は子供たちだけの競技だから微笑ましいものだろう」
「借り物競争とは面白そうですね。実に楽しみです」
グロウスの言う通り、これが最後の種目となる。
借り物は参加者が持ってきたものから、事前に紙に書きだしてもらい抽選箱に入れている。
「お? 始まりましたね」
校庭に目をやると、一斉に子供たちが駆けてきた。抽選箱を持つクレアに子供たちが殺到する。
それぞれが紙に書かれたものを探して声を掛けまわっている。みんなが必死になって声を掛けている中、エイミが駆け寄ってきた。
「グロウスのおっさん、行くよ!」
エイミが声を上げた。グロウスの持っているものが必要なのだろう。剣か何かだろうか。
「エイミちゃんでしたか。では、参りましょう」
「お前、自分で自分を書いたな!?」
俺の問いかけに答えず、グロウスはエイミに手を引かれて去っていった。
「先生……綺麗なお姉さん……って、どうしたら良いですか?」
いつの間にかハンナが傍まで来ていた。
「って、エイミ! お前がこれ入れたんだな!?」
届きはしないだろうが、とりあえずツッコミだけは入れておく。
ハンナの問いに何て答えれば良いだろうか。少し恥ずかしいが、これしか思い浮かばない。
「よし、ジーンに声を掛けて。綺麗だから、それでOKだよ」
「うん。分かった」
笑みで頷いたハンナを見送っていると、今度はアインが向かってきていた。
「パパ、せんせえって書かれてたんだけど、パパで良いよね? じいさに聞いたら、パパだって言われて」
ハンスだな。エイミといい、グロウスといい、借り物競争の意味をはき違えてはいないか。
三人に説教したくなる衝動を抑えて、アイン問いに頷いた。
「そうだね。じゃあ、パパと一緒に行こうか」
「うん! 早く、早く!」
「はいはい。じゃ、ひとっ走りするかな」
アインに手を引かれて駆け出した。
その手は思いの外、大きく、たくましいものであったことに驚いた。
アインも十歳だ。そう言われてしまえば、大して大きな手ではないかもしれない。
それでも伝わってくる温かさは、他の誰にも負けないと思う。
温かな優しい心を持ってくれた息子を見る。眩い笑みを浮かべて俺を見つめ返した。
立派な少年に育つまでに多くの出来事があった。
嬉しい時も悲しい時も、楽しい時もつらい時も、色々あった。
それが有っての今の俺たち夫婦であり、そして今のアインなのだ。
アインのお陰で今、俺はこの温もりを感じている。
初めて異世界に飛ばされた時から、俺の心を優しく包み込んでくれた温かさ。
俺も温める事ができただろうか。いや、できている。だって、今のアインは輝いているのだから。




