運動会を開催します
暑さも和らぎ、教室の窓から涼しい風が入る。
蒸し暑い季節ともお別れで、心地よい季節の到来を待ちわびていた。
「せんせぇ~、お勉強あきた~。遊ぼ~よ~」
授業を妨害する主犯格のハンスが言った。
「ダメ! さっき、カバディやっただろう? 次はお勉強」
「え~! じゃあ、お勉強でおもしろいことしようよ~」
ハンスの言葉に同調する声が上がる。どれだけ俺の授業が面白くないと言いたいのだろうか
面白い授業と言われても困る。童話なんかは覚えている範囲で教えているし、算数も色々と分かりやすく教えている……つもりだ。
あとは道徳を教えるのもいいかもしれないが、真面目に取り組む者がどれだけいるか疑問だ。
「先生、アインが寝そうになっているから面白いことをしよ」
エイミが楽しそうにアインを見て言った。
言われた本人は目を見開いている。眠気もぶっ飛んだのだろう。帰ったらお仕置きだ。
「アイン、居眠りの件は後でしっかり話そう。……ん~、面白い事か」
勉強で面白いことを授業の一環ですべきことではあるのは間違いではない。だが、何が面白いのかが分からない。
「せんせぇ、アインが眠いってことは、みんな眠いと思うよ~?」
「そうそう。眠ってしまう程、面白くないんだよ。ね、みんな?」
ハンスとエイミが生徒を扇動したことで、教室にブーイングの嵐が到来した。
ここまで非難されると、俺も教師をボイコットしたくなる。
しかし、この程度でめげる俺ではない。首謀者を丸め込むのだ。
「面白くないは認めたくないが、面白い何かをするのは良い事だな。……で、ハンスくんにエイミさん? 面白いことをしたら授業に真剣に取り組むかな?」
二人を交互に見やる。二人は顔を見合わせて困り顔をした。
「良いよ。でも、肝試しはダメだよ? もう、したんだし」
エイミの酷な要求にため息を吐く。肝試しはエルム村だけでなく、近隣の村を巻き込んだ夏の風物詩となった。
年に一回の行事を生徒たちだけでなく、仕掛ける大人たちも楽しんでおり、積極的に行っている。それを実施してしまったので、他の何かを考える必要がある。
腕組みをして悩んでいると、生徒たちがまたブーイングを始めた。このままでは授業の再開もままならない。黙らせるものを考えねば。
「お前たち、変な所で協調性があるよな……。あっ」
頭上の電球に光が灯った。秋が到来したならば実施する行事があるではないか。
「よし、運動会をしよう」
・ ・ ・
校庭に大人たちが集まって、せっせと準備していた。
運動会の種目で使う道具を村のみんなで集まって作成する。
俺が覚えている範囲なので大掛かりな物はできないが、できるだけ面白かったことを再現したい。
木槌を打ち付ける音が響く中でスライムボールを作っていたクレアが横に来た。
「マサヨシくん、すごいわねぇ。運動会って、色々するのね」
「ええ。みんなで協力して競技に挑むので、色々な子ができるような競技にしないといけないんです」
「そうなの。私もやってみたくなるわ」
「大人も参加できる競技も考えていますので、お楽しみにしてください」
「あら? それは楽しみだわ。張り切って準備しないとね」
クレアはそう言うと準備作業に戻った。
「相変わらず、お父様は面白い事を色々と考えますね」
同じく準備を手伝ってくれているグロウスが話し掛けてきた。
「ま、みんなに協調性の大事さを教える良い機会だからな。上手く行けば、しばらくは黙って授業を受けるだろうからさ」
「生徒のことを思ってなのですね。お父様は教師の鏡だと思います。私もとても楽しみにしております」
素直に嬉しい言葉をもらった。照れくさくなったので、話を少し変えよう。
「ミリエルさんは呼ばなくて良かったのか? 変なことをしないなら、来てくれても構わないんだが?」
「止めた方が良いでしょう。アインちゃんに対する熱が私以上に高いので」
「あなたの奥さん、怖すぎ!」
アインとの面識は大してないはずなのに、どうしてそこまで執着できるのだろうか。まあ、ハーレム能力の所為だろう。
「お前の判断は正しいよ……」
「そうですね。ハンナちゃんには嫉妬しているので、この場が愛憎混じり合って大変なことになるでしょう」
「他所様のお子さんまで巻き込まないでいただけませんか!?」
とりあえずミリエルをこの場に呼ぶことは許してはいけない事が分かった。
グロウスよりも危険な人物がいるとは想像だにしなかった。ある意味で世界の闇を見せられた気がする。
割と危険人物と話していると、ウォルフがこちらに歩いて来ていた。
「なかなか賑やかだな。王都でもこのようなものは見たことがないぞ」
着々と準備が進む様を見てウォルフは言った。
「王都の学校だと貴族のお子さんが中心になりますからね。こういった遊びも交えた教育はあまりないでしょう」
俺の言葉にウォルフは頷く。ウォルフの目が、手伝いをしているアインに向いた。
「アインもお前の授業はさぼっているようだが、今回は楽しそうにしているな」
「うっ!? ま、まあ、アインは体を動かすことが好きですからね」
「魔法も勉強しているのだろう?」
「うっ!?」
痛い所を突かれた。魔法の勉強の方が難しいだろうに、予習、復習を欠かさない。
俺の授業との差に言葉も出なくなっている。
「剣技についても今では大人顔負けだからな。流石はお前の息子だ」
「あ、ありがとうございます。嬉しいです」
「魔法に関してはまったく違うがな」
「うっ!?」
アインは魔法学校のBクラスで上位の成績を収めている。
それに対して、俺には魔法の適性がそもそもなかったのだ。周りから見れば、トンビが鷹の子を産んだようなものだろう。
俺をからかいに来たのか分からないウォルフが笑みを浮かべて去っていった。
思いっきり肩を落としていると、グロウスが俺の肩に手を置いた。
無言の慰めが心地よかった。
「おや? ルシーヌ嬢ではございませんか。お久しぶりです」
「お久しぶりです、グロウス様。おじ様、お呼びいただき、ありがとうございます」
ルシーヌが俺を見てお辞儀をした。アインから呼んでも良いかと言われたので、手紙を出していたのだ。
見れば装飾豊かな馬車が離れた所に止まっていた。改めて、良い所の出であることを知った。
「あ! ルシーヌちゃん、来てくれたんだぁ」
「ええ、来てあげたわよ。魔法学校の授業よりも楽しそうだったからね。アインの村も見てみたかったし」
「そうなんだね。あ、みんなにルシーヌちゃんを紹介するね」
「そうねぇ。じゃあ、お願いするわ。おじ様、失礼します」
スカートの両端を摘んで、ぺこりと頭を下げた。
ルシーヌとアインの背中を見ていると、いつの間にかジーンが隣に来ていた。
「ふふっ。すっかり仲良しねぇ。良かったわねぇ、あなたぁ」
「うん。最初はとんでもない子だったけど、仲良くなれて良かったよ」
「……ま、鈍い所もあなたの良い所よねぇ~。ルシーヌちゃんのためにも、運動会を楽しくしなとねぇ~」
ジーンの言葉に首を傾げる。鈍いとは、どういうことだろうか。
悩んでいると視線を感じた。振り向くと、エイミとハンナがいた。
表情がない。能面とはこのことを言うのだろう。瞳にも精気がないのか真っ暗だ。
「ふ、二人共どうしたのかな? 何かあった?」
何かあったとしか思えない。もしかしたら大きな悩みでもあるのかもしれない。ここは教師としての腕の見せ所だ。
「別に」
「……何でもないです」
抑揚のない口調で返された。そのまま俺をしばらく見つめると去っていった。
一体、何があったのだろうか。よくは分からないが運動会をみんな楽しみにしてくれている。
村のみんなを巻き込んでの運動会の開催が待ち遠しい。




